第10話 ファミリー
今夜は配信どころかパソコンの電源を入れる余裕もないなと思いながらスマホを開く。西宮さんからのメッセージは、良い店だっただの、ダンジョンが楽しみだのと、とめどなく書いてある。帰りの電車で寝てしまわないように書いたのかもしれんな。
俺はパーティークラッシャーの要素は全て取り除きたい。奇しくも本人から自分がクラッシャーだと名乗る女がいるからな! 西宮さんに、葵が家出少女っぽくて今夜うちに泊めること、香流さんが酒に弱くて成り行きでこれまた家にいて、いま二人で風呂に入っていること、明日のおにぎりは作れそうもないことを書いて、コンビニでおにぎりを買って行くので一緒に食べましょう、心配しないでくださいと締めて送信した。直後に着信が来た。
「うわ! びっくりした~。はい、もしもし、西宮さん、どうしました?」
『いや、どうしましたじゃなくてですね! だ、大丈夫なんですか? それって』
「え? どれですか? おにぎり?」
なんか電話の向こうで怒ってた。
「あの、西宮さん、俺はパーティーリーダーとしてですね、このパーティーが大事ですから。みんな大事なビジネスパートナーですから。なにも起こるわけがありませんから」
『いや、それもそれでどうかとはですね、あの、思うことはあったりも』
「あ、上がってきた。ちょっと葵が呼んでるんで」
そのままスピーカーフォンにしておく。
「どうしたー? ドア開けるぞー?」
引き戸を開けると髪の毛が濡れてるけどちゃんとスウェットを着た香流がニコニコして立っていた。が、問題はそこじゃなーい!
「じゃー、兄やんあとたのむでー」
「おま! ドア閉めろ! 全部見えてるぞ!」
「にゃはははは」
「ったく、しょうがないなあいつ。香流さん、酔いは少しは醒めましたか?」
「千里しゃーん、髪かわかして~」
そう言った瞬間に細いウェストのせいでスウェットズボンが足元に落ちた。
「あーはいはい。ダメだこりゃ」
ズボンを拾って手を引いてリビングに連れて来てビーズソファーに座らせる。首に掛かったタオルを取って後ろから髪を拭く。ロングヘアーの乾かし方なんかわからんぞ。
「じゃー、髪拭きますね~、痛かったら言ってくださいね。あ、西宮さん、ちょっと今からドライヤーも掛けるんで通話切りますね?」
『あ、は、はい、一瞬ビデオ通話を、いえ! なんでもないです! わたし、星名さんのこと信じてますから!』
切れた。クッションの上で胡座をかいてパンツ丸出しの超絶美女の髪を乾かすだけの召使いか下僕の俺、爆誕。葵がいてくれて良かった。いや、葵が居なければそもそもこんな事態も起きていないのでは? はー。男女混合パーティー、難しい。俺はおっさんだけのパーティー運営しかやったことないんだよ。実際はこの女たちがメンバーだったんだけどな! バーチャルではこの女らみんなおっさんだったはずなんだよぉ。
俺が配信しているゲームは『東京・ダンジョン・ストラテジー』だ。五人パーティで行うダンジョン探索ゲームで、リアルに東京にあるダンジョンを模したオープンワールド型シミュレーションゲームだ。ダンジョンを探索し、モンスターを倒したり宝箱を漁ってアイテムをゲットして金を稼ぐのが目的だ。
ゲーム内での俺の役割りはパーティーメンバーに指示を出す司令塔だ。俺の配信はクラン運営がメインコンテンツなわけだが、クラン所属メンバーは約二十人。視聴者平均数は十人を超えることはないという弱小にも程があるチャンネルだ。
ゲームなんかするより本物のダンジョンに行って動画撮って編集して投稿する方が人気が出るに決まってる。今時東京オンリーのダンジョンゲームの配信に来るのは、リアルのダンジョンに行くことの出来ない一部の『能無し』だけだ。
タオルドライが終わってドライヤーを掛け始めたところで葵が氷入りのグラスと麦茶ボトルを手に戻って来た。葵は布団の上でTシャツ一枚のまま胡座をかいて麦茶を飲みながらスマホをいじり始める。もう完全に自宅のくつろぎ方だな。ドライヤーの合間に家のWi-Fiパスワードを教える。
ドライヤーを掛け終えたので、もう一度トイレに連れて行った。戻った香流に麦茶を飲ませながら声を掛ける。
「香流ちゃん、ロフトってわかります? いや、酔ってるなら下で寝てもらった方がいいか。香流ちゃん、今日はこの布団で寝てください。隣に葵もいますからね」
「はーい」と返事をしながらコロンと横になった。布団を掛けてスマホを頭の上に置いておく。葵が横でドライヤーを掛けている最中に「手を握って」とか「頭を撫でて」とか命令された。そして寝た。つ、疲れた。寝落ちたところで葵のドライヤーが終わった。
「ありゃ、もう寝てもうたんか」
「じゃあ俺もシャワー入るわ。香流さんが酔っててロフトだと危なそうだから下で一緒に寝てやってくれるか。夜中にトイレとかに起きそうだし。たぶん、起きたらここがどこだかわからなくてパニック起こすぞ」
「にゃははは。ありえるー」
◇
シャワーから上がって風呂場で髪を乾かしてから出た。今が春先で良かった。夏ならこんなの暑くて無理だ。
リビングに戻ると、二人を起こさないように薄暗い部屋を歩いてロフトに上がって毛布を捲った。制服を着た葵が横になっていた。
「え? どした?」
「ん。約束やから」
えーと、なんだっけ? 制服? なんか話したような? あ、居酒屋で制服見たいって言ったやつか!
葵が枕元のスタンドを灯すと起き上がった。
「おー、そうだったな。もっとよく見せてよ。へー、いいね。かわいいじゃん。今度明るい時にも見せてよ。東京の街中で写真撮ろうぜ」
「えー、兄やん、だいぶ調子乗っとんなぁ」
「まぁまぁ、気が向いたらでいいからさ。頼むよ」
「気ぃ向いたらなぁ。条件やからなぁ」
条件?
葵に手を引かれて一緒に布団に倒れ込む。
「制服、シワになっちゃうぞ」
「せやな」と言ってライトを消して制服を脱ぐと、さっきまでのTシャツ姿になったので毛布を掛けてやったら身を寄せてきた。
「葵って大阪なのか」
「うん」
「帰れる場所はあるのか」
「んー。もう、家には帰られへんかなぁ。帰るとな、あかんねん。あいつがおんねん」
葵の身体から力が抜けていく。そっと頭を撫でると腕の中で絞り出すように囁く。
「おかんがな、再婚してんけど、あいつがな、最近、なんかな、ヤらしい目で見てきよんねん。でもな、卒業式だけは出たいやんかぁ。ずっと友達んちに泊まってなぁ、やっと昨日卒業式やってん。それに出てからなぁ、夜にな、バス乗ってん」
「そうか。卒業おめでとう。よくがんばったな」
「うん。ウチなぁ、がんばってん」
この娘も俺と同じで崖っぷちに立って今にも転げ落ちそうなところを踏ん張って必死なんだな。何かの縁で俺が選ばれたのなら、どうせなら『当たり』と思われたいね。
「葵はな、俺のクランのメンバーだからな。クランは家族って言うし。これからは葵のやりたいことをやれよ。俺は今のところ無職になるぐらい頼りないリーダーだけどな。応援するから。ま、お互いもうひと頑張りだな。ダンジョン、成功しような」
「うん」
頭を撫でていたら葵は糸が切れたように寝落ちた。階下から鼻をすするような音が聞こえたのはそのすぐあとのことだ。




