第8話 会議はシラフで
「ヤるわ」
すっかり肉食系女子に変身した獰猛美人の西宮さんが食い気味に、そして興奮気味にそう言って右手を差し出してきた。それを見たエースが遠慮がちに手を離した。俺が右手を差し出すとガッシ! と掴んでぶんぶん振られた。酔っちゃいないだろうけどこの人は本来、ダンジョンジャンキーなのだろう。
寅吉さんを見ると腕を組んで目を閉じていた。
「やりたいです!」
今度は自分の意思で大きな声を出したのだろう。クローザーさんは言い直さなかった。目を見て頷く。すぐ右横を見る。不安そうな目をした少女がいた。
「どうした。今日一元気が無いな。らしくないんじゃないか?」
「せやかて、兄やんのそれ、こうしえん? ウチなんかが付いて行っても、どうせまた足手まといになってまうから」
「おいおい、またってなんだよ。俺たち、エースのことをそんな風に思ったことないぞ。ねえ、クローザーさん、そうでしょ?」
「はい。いつも頼りにしていますよ」
「でも、ゲームとリアルはちゃうんやで?」
「それはそうだな。だから今、俺はそれぞれのやる気を聞いている。なにが出来るかは聞いていない。言ったろ? 俺は秘密を共有出来て命を預け合える仲間が欲しいんだって。欲しいのはやる気だ。やる気が無いならダンジョンは入ったらダメなんだよ。俺が高校三年生の時、一緒にスキル鑑定をしに行った友だちはな、卒業式の日にパーティーが全滅して五人全員が死んだよ。だから俺は誰にも一緒に行こうとは誘えない。ダンジョンで死ぬその瞬間にも信じ合える、後悔しない人としかダイブは出来ないんだよ。葵、誰も来いとは言わない、でもな、誰も来るなとも言わない。それが『Renegades』だったろ」
「……ウチな、ダンジョン行きたいねん、だからな、止められても行くからな!」
クローザーさんがエースを後ろから抱きしめた。それをぼんやりと見ていた寅吉さんが重い口を開く。
「星名さん、本音を言おう。俺自身の心は決まってる。行くに決まっている。社会人、準公務員としての立場を捨ててもいい。ただ、俺には家族が、娘がいる! そのために自らの意思で一度は辞めたんだ。俺ひとりでは今ここで結論を出せない。すまないが持ち帰らせてくれないか」
「寅吉さん、もちろんです。先ほども言いましたけど、冒険者といえど社会人ですからね。俺だけが知り得る情報でダンジョンを攻略して、成功するためのメンバーが欲しいんです。経験豊富な寅吉さんのインテリジェンスだけでも俺にとっては宝です。オブザーバーとしてでも参加いただければうれしいです。奥様とお嬢さんによろしくお伝えください」
「すまん、ありがとう」
「ねえ、ところでそのエースとかクローザーとか、あとレネゲイズ? それって何なの?」
西宮さんからの当然の疑問だった。ゲームとネット配信とクランの説明をする羽目になった。最後にやっと各人の自己紹介だ。
「俺がクランの主催者でクランマスターの星名千里です。歳は二十八でレベルは今日十になりました。タックネームはセンです。監督って呼ばれる時もあります」
今日、無職になりました。根暗で彼女もいない弱小ゲーム配信者。無駄に身長だけ高くて百八十センチ。ダンジョン行くなら身体鍛えないとなぁ。
「ほな、次はウチやな。ウチは川下葵、お肌ぴっちぴちの十八歳やで。レベルは三やね。呼び名はエースや。スキルは【範囲攻撃魔法】やな」
身長は百五十センチを少し超えるぐらいなのに胸は三人で一番デカイ。ド金髪に前髪のひと房が黒。やたら露出が多くてキツイ化粧のなにわのヤンキー姉ちゃん。
「私は、岩沙香流、二十四歳、会社員です。レベルは十七です。クローザーを名乗らせていただいております。スキルは【絶対領域】です」
身長百八十センチ弱でヒールを履いたら俺より高身長。黒髪ツヤツヤロングで超絶美貌のどこから見てもスーパーモデルか女優さん。でも中身はただの地味娘。酒に弱いらしい。
「自分は、寅吉勝利です。四十二歳、レベルは六十五。妻と四歳になる娘がいます。冒険者支援機構、代々木公園前支部の支部長です。元陸上自衛隊、第一空挺、攻略部隊の前衛です。現役時代のタックネームはタイガーでした。所持スキルは【剣術】です」
短く刈り揃えられた頭髪にガチムチ体形。身長は百七十五センチぐらいだけど俺よりデカく見える。あらためて聞くととんでもない経歴の人だ。家族のために一線から身を引いたが慣れない事務仕事のこともあって現役復帰を希望する、日本一の最前線部隊出身の猛者。粗忽な感じは無く、見た目のゴツさに反して真面目で慎重な性格。香流と葵が経歴にびっくりしている。
「冒険者支援機構、代々木公園前支部、アイテム買取窓口担当、西宮園子、二十三歳、レベル十二、ダンジョン産のアイテムのことならお任せください。所有スキルは『瞬間移動』です」
軽く染めたロングヘアーを後ろでまとめた清楚美人。というのは見た目の印象で中身はグツグツに煮え滾ったダンジョンジャンキー。たまご型の美しい黒い瞳は実に表情豊だ。なにわのヤンキー娘の若さと身体の一部パーツの大きさに対抗心を燃やしているように見えるのは気のせいか? 大丈夫! 君にはダンジョンアイテム好きという誰にも負けない強みがある!
「この五人で冒険者パーティー『Renegades』です。もし、パーティー申請するとしても実際に攻略する寸前にしようかと思っています。明日いきなり隠し部屋攻略とか言いません。メンバーそれぞれ仕事の都合もあるでしょう。ひとり頭二百五十万円オーバーの仕事です。初仕事ですし、ひと月、ふた月掛けて攻略してもいいと思っています」
「うん、それでいい。焦ってもしょうがないし、二十年見つからなかったものが今更誰かに先を越されることも考えにくいからな。キラービーのボスか。レベルは高くないが俺ひとりで誰もが無傷のまま殲滅するには取り巻きの数が多過ぎる。なんらかの対策が必要だ」
「それと、念のために言うと、ボス討伐は第二目標です。あくまで宝箱の聖銀が回収できるならそれだけで充分です」
「なるほど、それはそうだな。俺のいた部隊にその視点はまったく無かったから目から鱗だ」
「いいわね。さすがリーダー! 私もその視点はなかったわ」
意外に脳筋な西宮さん。
「いや、いちおうクランマスターとは言ってますが、このパーティーのリーダーは誰が考えても寅吉さんですよね?」
「ん?」「えっ?」
みんなが一斉に俺の顔を見た。
「いやいや、クランマスターもパーティーリーダーも誰がどう考えても兄やんやろ」
「うむ。自分もそのつもりでいたのだが?」
え? なんで? 俺が間違ってるの? 全員の視線が「お前は何を言ってるんだ?」ってなってるんだが?!
「えっと、皆さんがそう言うなら一応そういう形にしますが、実戦では寅吉さん、お願いしますね」
「うむ。まぁ、前線から感じたことはフィードバックするよ。でも、そもそも自分は前衛で指揮官じゃなかったしな」
まさかの本職の脳筋は脳筋のままなのか?! その後もいろいろ話して各人の休日でダンジョンに出られる日があればスケジュールを共有して完熟練習をしようということになった。
「とりあえずは寅吉さんの家族会議次第ではありますね」
「うぐっ! そ、そうでした」
「明日お休みの方はいますか?」
「はいはーい。いつでもいけるでー」
「エースって今日、東京に出て来たんだよな? いつまでいられるの?」
「せやなぁ。ま、ダンジョン攻略するまではぜったいにおるから安心してや!」
「そうか。じゃあ【こうしえん】にどう認識されるか確かめるのに明日一緒に渋谷第一ダンジョンに潜ってみる?」
「おー、いくいく! 連れてってーや!」
「あ、千里さん、私もお昼でしたら出られますのでよろしければご一緒したいのですが」
クローザーさんもやる気だ。明日の無料鑑定のスケジュールを見ると午前九時と午後三時の二回の枠だけだった。
「明日の昼は鑑定枠は無いですね、十二時には入口のロビーにいるようにしますので慌てずに。都合が悪くなったら気軽にダメになったって連絡もらえればいいですから、無理せずに」
「はいっ! わたしもお願いします! 支部長! 明日、西宮は有給になります!」
「ええぇ?!」
寅吉さんがひっくり返りそう。
「いや、西宮さん慌てないで。えっと、いつもと違う行動も控えましょう。西宮さんが有給取って店の目の前の渋谷第一ダンジョンに潜ったってなったらちょっとしたニュースじゃないですか? 同僚の方の目とか大丈夫そうですか?」
「ん~、そうね。吊るし上げられる姿しか思い浮かばないわ。あ、わたしもお昼休憩に出ればいいんだわ」
西宮さんはすぐ近くで働いているし問題なさそうかな。
「じゃあ、私、軽くおにぎりでも握って行きますね。そうすれば時間の節約になりますし」
クローザーこと岩沙さんが女性ならではの提案。食べている間に軽く打合せもできていいね。
「いいですね、俺もコンビニでなにか買って行こうっと」
「えっ、あの、よろしければ私、みんなで食べる分ぐらいはお持ちしますので」
「はいはいっ! 西宮もお持ちします!」
「大丈夫ですか? みんな、負担になることはしないでくださいよ。なんだったらこういうのはパーティーとしての必要経費としてあとで報酬から補填するというようにしてもいいので」
「あ、私、経理なのでパーティー予算の管理しましょうか」
マジ優秀、クローザーさん! さっきから人が変わったように積極的だし建設的で助かる!
その場で話し合ってパーティーでの訓練、打ち合わせなどの飲食代は常識の範囲で経費として計上していく制度が決まった。後日、精算時に全員で監査して経費としての可否判断をしようということになった。今日の居酒屋代が打合せ経費第一号だ。クローザーさんの酔いが醒めて初回からいい話し合いが出来た。午後十時も過ぎていい時間なので今夜はこれで解散だ。誰もがこの楽しい時間の終わりが寂しいと感じているようでリーダーとしてうれしい限りだ。
「えー? もう帰るん? このノリやったらこのままカラオケでオールちゃうのん?」
「なんてことを言うんだ。いいか? それは今ここにいる全員が思って口に出さなかったことなんだよ。みんな社会人で明日も仕事があるんだよ。暇なのは無職になった俺とお前だけだ。あれ? お前も暇なんだよな?」
「兄やん、なかなかええで。ウチのことお前言うてカレシみたいやな。なーんか距離縮まってきたんちゃう~?」
「よし、帰りましょう!」
「いけずやなー」
ここは独身リーダーの俺が清算を立て替える。攻略を成功させないとただ飲み会で金が出て行っただけになる。遊びじゃないんだ。
路線が違う寅吉さんと西宮さんとは駅で別れた。クローザーこと岩沙香流さんとエースこと川下葵は俺と同じ路線だったので一緒の電車に乗る。
「で? 葵はどこまでなんだ?」
「んー? てゆーか香流ちゃんはどこまでなん?」
さすがにダンジョンの外では本名呼びじゃないとまずいということになった。まぁ、俺の場合は好きに呼んでもらって支障はないからいいんだけど。
「んー? もう少し先ですぅ」
「これ、急行だけど大丈夫ですか? ウチはあとひと駅です。おっとっと」
満員御礼電車でキツイ! ふたりをできるだけドア横で守りながら踏ん張る。こういう時だけは背が高くて良かったと思える。ちっこい葵を香流さんと挟んで守っている。
「あ、ウチも降りるからリュック頼むで」
「おっけー」
満員電車をクリア! もう明日からこれに乗らなくていいことを喜んでいいのか、悲しまなきゃいけないのか。感慨に耽りながら改札を出る。えーと。駅のデッキで三人で立ち止まる。
「えーと、今さ、唐突に怖いことを思い出したんだ」
「ん? なにぃ?」
葵がニヤニヤしている。
「お前、まさか、まさかとは思うのだが」
「ぴんぽんぴんぽーん! 兄やん泊めてや!」




