第7話 秘密と誘惑と
店の入り口まで出迎えに行くとほどなく入店してきた。
「こんばんは。寅吉さん、西宮さん」
寅吉さんまで来てくれたのは嬉しい誤算だ。立場的に来るのは難しいかと思っていたからだ。二人で来てくれたのなら話は早い。二部屋五人を合流させてもらえないか店員に相談すると八人部屋への引っ越しを勧められたのでありがたくそうさせてもらう。
二人には先に行ってもらって、さっきの部屋に戻ると、さりげなく扉を開けて待ち構えるエースと目が合った。覗き見する気満々だな。
「あれ? ひとり? フラれたん? 慰めたろか?」
やかましわ。
「フラれてないし。ちゃんと来てるし。えーと、二人に相談なんだけど、今来た人たちと一緒に俺の話を聞いて欲しいんだ。同席してもらえないかな」
ふたりとも俺の話には興味あるからということで飲み物だけ持ってお引越しとなった。クローザーさんは帽子とメガネをして、エースのリュックは俺が持って掘りごたつの座敷部屋に入る。対面は奥が寅吉さん、入口側に西宮さん、こちらはクローザーさんを奥にする。給仕の人に接触させないための処置だ。真ん中にエース、入口側に俺。こちらの配置を見て向かいのふたりが少し「おや」という顔をしたように見えた。社会人だね。
「急遽このような形を取らせてもらって申し訳ありません。各人の紹介はあえて先にはしません。私の話を聞き終わって、その時に残った人同士で紹介し合えればいいと思っています。とはいえ、そんなに緊張するような話でもありません。とりあえず乾杯だけはさせてください。あと、ここは料理も美味しいので遠慮なく摘まんでください。この後、良い話し合いができることを祈って、乾杯」
メガネと帽子があっても破壊力のあるクローザーさんの顔面のせいで斜め前にいる寅吉さんの挙動が少しおかしい。かと思ったら西宮さんも気になるみたいだ。だよね、どう見てもお忍びの芸能人だから。そしてこの真ん中に座るチンチクリンじゃなくてド派手ヤンキー娘の関西弁も二人にはインパクトが大きいようだ。十八歳だから酒は勧めないでくださいと言ったらやっぱり二人も若さにやられていた。
「でも女性のお二人はそんなに大して年齢変わらないでしょ」と言ったら「制服を着ている者と脱いだ者では何もかもが違うのです!」と西宮さんに詰められた。
「いや、そんなん言うたらウチかてこ間卒業したからもう制服は着ぃへんで? お、それか兄やん、ウチの制服姿見たいんか? あとで見したろか?」
リュックを指差しながら笑顔でそんなことを言いやがった。入ってんの? なんのために?
「お、いいの? ラッキー。じゃあひとつ頼むよ」
「あはははは! 任しとき! 兄やん、やっとエンジン掛かってきたなぁ!」
背中をバシ! っと叩かれながらそう言われた。うん、なんとなく慣れてきた。
「ごほん。星名さん? そろそろ座も暖まって来ましたよ?」
笑顔の西宮さんが司会進行してくださったので俺とエースの背筋が伸びた。みんなが聞き取りやすいようにお誕生席に座り直す。
「えーと、俺だけはみんながどんな人かを知っています。まだ名前も知らない人もいますけど、それでも、みなさんが俺なんかにいろいろと打ち明けてくださったお陰で俺の秘密を打ち明けていい人たちだと思えたんです。まず、俺のスキルは鑑定の結果は【地図】でした。で、能無しってことで十年間、取得しないまま、ダンジョンにも入らずに今日に至ります」
みんなの顔を見る。
「今夜。こんな回りくどい方法を取らせてもらったのにはもちろん理由があります。査定のあの場で話してしまうと会話の内容が公になってしまうでしょうし、お二人も職業上知り得た情報の報告義務などもあるでしょうから言えませんでした。ちなみに、今この場で知った情報は報告の義務は負っていたりしますか?」
「それはだね、国防上我が国に不利益となることならばもちろん報告の義務がある。あとはまぁ各個人の裁量という面もある。報告しようと思えばなんでも報告できるからだ。その逆もまた然りだ」
それはそうだ。なんでも報告出来るし、黙っていようと思えばそれもできる。俺の特殊スキルを黙っていることが国の不利益だと思えば報告の義務が発生するとも言える。だが、ここまでぶっちゃけてくるこの人のことは信じられると思いたい。国防などという言葉が出てきてエースとクローザーのふたりの表情も少し硬くなる。右横の二人を見て微笑んでから寅吉さんの顔を見る。
「まず、私はどこの組織とも無関係です。バックを洗ってもらっても構いません。今日、お二人にお会いして話した全てが真実です。今朝、出社したら社長が法令違反で逮捕の張り紙があって会社が倒産待ったなしになって、俺には失業保険の受給資格が無いと言われ、金に困って渋谷第一ダンジョンに直行、アイテムを持ってお二人のいるお店にこれまた直行です」
喉の渇きを癒す。さぁ、勝負だ。
「そして、こんな話をここでするということは、みんなが思っている通り、俺にはまだ誰にも話していない秘密があります」
みんなの目には戸惑い、西宮さんの瞳にだけは好奇心が溢れていた。
「自分でもこの秘密を持て余しています。皆さんには今から俺が話すことは内密にとお願いしたいです。そして、できれば助言が欲しいです。俺は、仲間が欲しい。信頼できる、命を預け合うことの出来る、一緒にダンジョンで稼ぐための仲間です。取り繕うつもりはありません。探索、冒険への憧れはあります。でも、俺はダンジョンを知らない。そして、いい歳をした大人でもあります。大事なことは身の安全、次に稼ぎです」
「それでいい。民間人ならそれが一番良いと私も思う。国を背負う公務員の攻略組とは違うからね。怪我ひとつせずに家に帰ること、家族を養うことが最優先だ。それはダンジョンに潜らなくなった今の私の最優先事項とも何ら変わらない」
「いいわ。ダンジョンに潜りきることが出来なかったわたしだけど。今の星名さんの話を聞いて腑に落ちたわ。そうね、ロマン優先で命や身体を賭ける気はわたしにも無いってよく理解できたし、しっくり来たわ。それでも、それは今のわたしには出来ないことだわ。そして星名さん、あなたもわたしと同じ『能無し』ならそれは出来ないはずよ」
寅吉さんと西宮さんの意見だ。寅吉さんの瞳には戸惑いが、西宮さんの瞳は期待で濡れ光って見えた。右横を見る。クローザーさんがメガネと帽子を脱いだ。席を立つつもりはもう無いという決意だ。エースは俺の横に来ると助けを求めるように右手に左手を伸ばして握ってきた。
ずいっと前のめりになる西宮さんの瞳が濡れて見えるのは獰猛な肉食獣の捕食前の猛りだ。次はお前の番だ。早く言え! そう脅されているみたいだった。
「俺が今日手に入れたスキルは【地図】じゃありません」
西宮さんの瞳を覗き込む。ギラギラとしていた。エースが握る手に力が入る。
「俺が取得したスキルは【高度戦術支援地図】です」
西宮さんの口角が吊り上がる。寅吉さんが苦しそうに呻く。
「高度戦術支援地図? 聞いたことがないぞ。なんだそれは? なぜそうなった? 【地図】との違いは?」
ばっ! と、西宮さんが俺を見つめたまま寅吉さんの目前を手で塞いだ。
「星名さん、ぜんぶ、おしえて」
アルコールのせいか頬を上気させながら喘ぐように言葉を吐き出す。
「西宮さんには全てを話してもいいことはわかります。きっとあなたは俺を受け入れるでしょう。寅吉さん、どうしますか?」
これ以上聞いて上に報告する、は通じない。
「寅吉さん、ご家庭をお持ちですか?」
寅吉さんが顔を歪める。
「いる。妻と四歳になる娘だ。俺が部隊を辞めて機構に入ったのは家族、娘のためだ」
「その選択は尊重されるべきだし、誇るべきものです。では、話しの続きをお聞かせすることは構いませんが、話を聞いて受け入れられないとしても、絶対に、ご家族にも内密にすることを誓ってください」
「誓うわ!」
クローザーさんが自分の発した声の大きさにびっくりしていた。
「誓うわ」
俺の目を見ながらもう一度、静かに告げた。宣誓だった。素顔を晒していたことに今さら気付いた寅吉さんが、そのあまりにも映画のワンシーンのような彼女の姿に呆然としながらも頭を振って俺を見た。
「もちろんだ。家族、国家、組織、誰にも言わないと娘の名誉に賭けて誓おう。元攻略組の血が騒ぐ。ここまで来て話を聞かないまま席を立てん」
自分自身に呆れたように苦笑交じりにそこまで言うと残りのビールを飲み干した。俺の右手を握る小さな手の力は入りっぱなしだ。
「確実ではないのですが、最初に倒したボスがユニークボスだったから【地図】がユニーク化して【高度戦術支援地図】になった気がします。ただ、これは他の誰かで追加検証しない限り推測の域を出ません」
「ふむ。たしかに。今までそういった事例は聞いたことがないな。明日確認してみるか? いや、余計なことはやめておこう」
西宮さんが視線だけで続きを促す。
「【地図】との違いなんですが、どこから話せばいいのか」
少しずつ、みんなに話して聞かせる。最初からフロア全てのマップが見えること、自分、モンスターの位置や名前、特徴が表示されること。
全員の口が開きっぱなしになった。
「ダンジョンに入った瞬間からどこに何のモンスターがいるかわかるのか? リアルタイムで? 味方の位置も?」
「今日はソロだったので味方の位置が表示されるかはまだ不明です。ただですね、地図にパーティー登録の機能があるみたいなんですよ。五人分あって、一番に自分の名前がありました」
「ボス部屋の位置もダンジョンに入った瞬間にわかっちゃうんですよね?」
西宮さんだ。
「見えると思います。まだ渋谷第一にしか入っていないので、探知範囲という概念がある可能性もありますけど」
西宮さんと寅吉さんが顔を見合わせる。なんと言っていいかわからないみたいだ。寅吉さんの表情が少し怖い。
「星名さん、検証は必要だろうが、それはとんでもないぶっ壊れチート性能だ。それらの情報が先に得られるなら、ダンジョン攻略から『冒険』の要素が無くなると言ってもいい」
「え? 待って。星名さんが今日最後に聞いてきた『聖銀』はいったいなんだったの?」
西宮さん、いいところに気が付くね。正にそれこそが核心だ。
「このスキルを公表して国や企業に売り込めば俺は被験者として大金を得られるかもしれません。俺に出来ることが何も無いというのならそれでもいいのかもしれませんが、たとえ冒険じゃなくなってもこの力を使って自分で出来ることはやってみたいんです。出来なかった人たちの分も」
すっかり温くなったジョッキを左手で持ってひと口飲む。
「渋谷第一ダンジョンには隠し部屋があります。そこには宝箱があって、その中には聖銀が五キログラム入っています。時価総額一千二百五十万円以上です。守っているボスモンスターはレベル十のキラービー・ソルジャーが四匹とレベル十五のキラービー・クィーンが一匹です。最初の仕事は無事に聖銀をゲットすることです。どうします? 一緒にやりますか?」




