第6話 能無しx3=
えらい目にあった。もう夕方なんですけど。
「エースさん、お腹空きましたよね。ご飯食べに行く時間ありますか?」
交番での聴取で一応、本名は聞いたけどまだその名前で呼ぶほどの仲じゃないよなぁ。
「ホンマに!? 行く行く! けど、なんや兄やん、せっかく共犯になったのにまだえらい距離あるやん?」
「なぜ俺たちが犯罪者に? ごはん、行かないのかな」
「メシ食わしたる言うてくれてんのんに断る手は無いわなぁ」
まったく、調子良いなぁ。
「はいはい」
交番を出て夕方になりかけの渋谷の雑踏で気安い話をする。この娘は俺より十歳も年下なことが判明。いっしょにゲームをしていたこともあり、気は使っていないが、言葉が固いのは俺の性格だからしょうがない。ネット上の視聴者だっていう気持ちが抜けない限り変えられない。
しかしこの娘と一緒に歩くのは目立ってしょうがない。金髪に前髪のひと房が黒という浪速のド派手ヤンキーだ。顔だけ見ると可愛いいし、美人のはずだが、キツい色のリップのせいで印象がよろしくない。真っ赤なヘソ出しのキャミソールに丈の短いデニムのジャケットを着て黒のでっかいリュックを背負っている。白のホットパンツから生足を出して、足元は何センチあるのかわからん厚底ヒールだ。これでよく転ばないな。
「あっ!」
思わず声が出た。目の前に不審者じゃなくてクローザーさんがいた!
「クローザーさん、どうしたんですか」
「あ、あの、気になって仕事終わりに前を通りかかったらまだ中にいらっしゃったので」
うーむ。チャットの印象通り真面目な人だ。ていうか俺のクランって普通の人いないのだろうか? おっさんばっかりと思ってたらやけに女子率高いわ盗撮犯がいるわ。これがインターネットの闇というやつか?
「わざわざありがとうございます。警察呼んでくれたことも。もしお時間に余裕あったらこれからごはんでもどうですか。あ、彼女がエースです」
ふたりともハンドルネームは知ってるし、同じパーティーになったこともあるので、お互い女性だったということに驚いていた。女性メンバー同士ということで仲良く、できるかこれ? とりあえず三人でメシを食いに行くことになった。
後ろからエースのリュックに手を伸ばして引っ張り上げる。
「わ、わ、兄やん、何すんねんな」
「いいからリュック貸しな。持ってあげるから。これ、なに入ってるんだ。すごく重いけど」
「ほな、たのむわぁ」と気軽に寄越してきた。大事な物が入ってそうなわりにあっさりしてるな。
個室居酒屋というのがあったので入ってみると客もまだほとんどいなくて落ち着いていい感じのお店だった。ダメ元でこのあと隣の部屋を確保できないかと相談したら快く応じてくれた。平日に同僚と飲んでから帰る文化っていうのは本当に廃れたみたいだ。お店が暇してるのね。西宮さんに居酒屋の名前と場所をショートメールすると、すぐにまた「了解」とだけ返ってきた。
「俺、このあとここで人に会うのでウーロン茶で、クローザーさんはもうぜんぜんお酒飲んでください。生でいいですか?」
「あ、ありがとうございます。では、それで」
銘柄の好みがあるのでタブレットの発注は本人に任せた。お酒好きなのね。俺もとりあえず飲みたい気分だ。
「ほなウチもとりあえず生でー」
「ていっ」
パツキン頭にチョップ。
「あた! なにすんねん!」
「ダメだろ。十八歳」
「えええ! じゅじゅじゅ十八歳!」
クローザーさんがエースの思いがけない若人っぷりにショックを受けていた。
「そうなんです。彼女、未成年じゃないけど二十歳未満なのでお酒はダメです。おい、違う意味で警察の世話になる気はないぞ。俺たちを犯罪者にするな」
「ははっ、い、嫌やなぁ! ちょっとしたかわいいジョークやん! ほな、ジンジャーエールでももらおっかな!」
女性二人とおっさんになりかけのアラサー、いや、十八歳からしたら立派なおっさんの俺が相手ということで、地獄のようなオフ会の可能性もあったが、始終エースが賑やかだったのでその心配はなかったのだが、事件は最初の乾杯の瞬間に訪れた。
「それでは僭越ながら、えー私が主催するクラン、『Renegades』の最初で最後になるかもしれないオフ会に参加していただいてありがとうございます。いろいろありましたがとりあえず、顔見知りになれたことを祝しまして、乾杯!」
「かんぱーい!」
と言ってクローザーさんがマスクを外した瞬間。
「はぁぁ?! なんでぇ?! なんで、自分マスクなんかして過ごしてんのん?!」
それは俺も思った。とんでもない美人じゃないのこれ? でっかいマスクでわからなかったけど顔ちっさ! エースが「ええやないかええやないか減るもんでなし」とか言いながら帽子と眼鏡を剥ぎ取った。メガネ、レンズ入ってないし。帽子を被ってたから髪の毛は乱れてはいるが、エースも唖然としている。ほとんどすっぴんに近い薄化粧なのにとんでもない美人だ。エースだって、ド派手過ぎてわかり辛いが、背が低いのに胸は大きいし、じゅうぶん可愛いとか美人と言えるのだが、クローザーのこれはちょっと次元が違う美しさだ。
「なんでぇ? これでなんで顔隠してんのん?」
クローザーさんは困ったように微笑を浮かべるだけだ。
「あー、あれかな。クローザーさん、美人過ぎて苦労してるんでしょ」
「はぁ? なんやそれ。それでなにが困んのん?」
「ほら、好きでもなんでもない、っていうかむしろ目が合うのも嫌な奴とか、街を歩いてたら見知らぬ男とかが一日に何人も声を掛けてくるんだよ。ヤバイのになると後を付いて来たり。で、こっちは顔も知らないような奴から告白されるわけだ」
「うえええ、マジかいなそれ。それは、めっちゃ嫌やなぁ。ごめんなぁ、ウチ、無神経なこと言うたなぁ」
素直なヤンキーおもしろいな。いや、ヤンキーだから素直なのか?
「ああ、いえ、たしかにその通りすぎて、気を使わせてしまって申し訳ありません」
「ん? あ、逆にすいません、俺は気は使ってないです」
ビシっと宣言。違うものは違うからね。
「なんでやねん! そこは気ぃ使いぃや!」
「なにをどう気を使えと?」
「それはやな! えーと、あれや! なんや? あれぇ?」
「お、カラアゲ美味っ! ふたりとも熱いうちに食べよう! 誰も昼メシ食えてないでしょ? おい、十八歳、若者から金なんか取らんから遠慮なくたくさん食べなさい」
「おお! さすが監督! おっとこ前!」
「こんな時だけ監督扱いなんかい。クローザーさんも、遠慮しないでどうぞ。俺たちしかいないし、初対面の人間なんて他人みたいなもんなんだから遠慮しなくていいですよ。二度と会うかもわらない相手に気を使っても疲れるだけですよ」
「いやいや、二度と会わんて。こない美人を二人も前に、ようそんなこと言えるなぁ。でも逆に、やな! いやぁ、兄やんやるなぁ。こんな美人はん前に普段通りでーとか、余裕やな? モテ男やん。なんでこんな美女ふたり前にしてそんなカッコよぉできんの? めっちゃ慣れとんなぁ。な、姉さんもそう思うやろ?」
やたらと自分のこと美人と連呼するのはどうなんだ。しかし、クローザーさんもコクコク頷いている。いつの間にか俺たちはこのコの兄姉になったらしい。
「俺がモテ男なわけないでしょ。だったらアラサーで彼女ナシじゃないだろ。俺はね、モテないの。あと性格暗いの。配信見てたからわかるでしょ? あれがモテる男の配信ですか? どうせ俺には縁のないことだと理解してるだけだから。だからどんな美人を目の前にしても平常心でいられるだけだよ。身の程を知る、です」
「か、枯れきっとる。姉さん、兄やんこのままだとアカンのんちゃいます?」
「ええ、これじゃダメね。そんなことでは私たちの男として物足りないわね」
「えっ」
「とりあえず生で」
おかわりの時点でも「とりあえず」と言うのかは微妙だがクローザーさんの目が座ってる。酔うの早くないか? 飲ませたらダメな人だったか?
「いや、あの、ちょっと一回ペースを落としていただいて。何か食べましょうね」
「暑いわね」とか言って、そりゃコートなんか着てりゃ暑いですよわぁお。コートを脱いだら目の前にスーパーモデルか女優がいた。脱いでもスゴイんですね。
「これ、マズイぞ。エース、俺はもうすぐここを中抜けしなければならん。あとは頼むぞ」
「いや、それはムズいんとちゃうかなぁ!」
「わたし、『能無し』なんですぅ。わたしのスキルは【絶対領域】なんですぅ。一日一回しか使えない能無しですぅ。それでも、子供のころから憧れだったダンジョン探索がやりたくて、何度もパーティーを組んでがんばったんですけど、なぜか毎回パーティーのメンバー同士が喧嘩して解散になってしまって続かないんですぅ。なんでですかねぇ?」
突然始まった独白に俺とエースは顔を見合わせた。そして、「原因は完全に貴女だと思います」とは言えなかった。これは完全に『パーティークラッシャー』だ。しかも天然モノだ。
「努力してこられたんですね。ちなみに【絶対領域】ってどういうスキルなんですか」
彼女の説明によると、自分を中心として半径3mの攻撃不可侵のバリアが形成されるらしい。敵からの攻撃を受けないし、こちらからの攻撃も出ないという絶対防御だそうだ。さすが能無し。尖った性能だ。使いどころがわからん。
「へー、姉さんも頑張ったんやなあ、偉いなあ」
そう言いながら年上超絶美人の頭を撫でた。怖いもの知らずというか距離感バグっているというか。酔いが回り始めていたクローザーがうっとりと頭を撫でられていた。美人姉妹によるてえてえを前に動画撮影したいと思ったが誰かさんのように捕まるからやらない。
「ウチはやなぁ【範囲攻撃魔法】やねん。魔法やけどなぁ、これも『能無し』やねん。ダンジョンなぁ、ちょい頑張ってんけどなぁ、やっぱみんなとうまいこと絡めんくてなぁ。あかんようなったわ」
「ちなみにそれってどういう魔法なのか教えてもらえる?」
世間話の流れなら聞かないところだが、今の俺には必要な情報だった。エースによると、その場所の敵目掛けて魔法を使うと、敵がいるところ全部が燃えるらしい。部屋の中なら部屋の中全部、フィールドなら見えてる敵の範囲だそうな。危な過ぎて使える気がしない。しかし、
「なるほど。なんかこう、使えそうな気がするなぁ。ふたりはこのあとはどうします? 俺、十九時半にここで人に会って話しをしなきゃいけないんですよ」
「それ、どんぐらい時間掛かんのん?」
「どうだろう。まぁ小一時間ってところかな」
「ほな、ここでごはんして待つわ。姉さんは?」
「あ、わたしもぜんぜん大丈夫なのでエースちゃんと待ってますよぉ」
エースはちょっと一人にできない気がしていたから正直助かる。気を使わせたかな? クローザーさんも酔っぱらってるしちょうどいいか。
「席は隣だから何かあったら呼んでください。あー、どうしようか? とりあえず連絡先交換しておきましょうか。あとで削除なりブロックしてもらって構わないので」
「おお、さすが兄やん。ソツないなぁ」
「エースも、遠慮なく食べなよ」
「こどもちゃうっちゅうの」
西宮さんから到着の連絡が入った。




