第5話 オフ会!
十九時半まではまだずいぶんと時間がある。シャワーと着替えに一度帰ろうかと歩いている時に、ふと気になってスマホを覗き込む。チェックするのは俺が配信しているマイナーゲームのクラン掲示板だ。昨夜は終電で帰ってシャワーを浴びてそのまま気絶するように寝てしまったけど、こんな時に限って珍しく誰かが書き込みしている。
エース:明日、急遽東京行きます! 誰か会えますか! てゆーか泊めて!
うわぁ。なんて面倒な。これは初のパターンだな。まず、書き込まれたのが昨日の深夜だ。書き込んだのはエースさんで、彼はボイチャを使わないチャット勢だが、書き込みはいつも関西弁だ。ゲームのプレイスタイルは猪突猛進。書き込みからもそんな姿勢が見て取れるな。今夜は約束もあるし、初対面のおっさんを家に泊める気は無いが、主催者の義務として少しは相手しないとなぁ。配信者としては視聴者とプライベートでの接触は避けるべきだが、今すぐ会えるのなら昼メシぐらいは一緒に食ってもいいかなと思うのは、大金を手に入れて気が大きくなっているからなのかな。
SEN:エースさん、書き込み今、気付きました。今すぐなら渋谷駅で昼メシぐらいなら付き合えます!
さて、これで俺のクラン主催者としての義務は果たされただろう。スマホをしまって歩き出す。坂を下って世界でも有名なデカいスクランブル交差点を渡る。改札を潜る前に掲示板をチェック。
エース:せんやん! さすがやん! 今ちょーど渋谷におるで! どこ行ったらええのん?
マジか。十年振りに来た渋谷でいろんなことがあるなぁ。
SEN:日本一有名な犬のところに向かいます。場所わかりますか? 私も今から向かいます。五分以内に着きます。
すぐに犬の前に着いたが、昼を過ぎて観光客と待ち合わせの人でだいぶ賑やかだ。最近は外国人が多いけれど、彼らはダンジョン目当てではない。ダンジョンに入るには日本国籍を有していることが条件になる。ダンジョン産アイテムを国外に持ち出すのも重大な密輸犯罪になる。それぐらいダンジョンに関する国家間の緊張は高い。
SEN:着きました。犬に向かって左横にいます。スーツの左肩にリュックを掛けてスマホいじってる無駄にデカい男が私です。
書き込みをして辺りを見渡す。人を探してるっぽいおっさんを探す。何人かのおっさんと視線が交差するが、向こうが視線を外してくるから俺を探しているわけじゃなさそうだ。誰も声を掛けに来ない。掲示板に書き込みも無い。大阪の人なら銅像の場所がわからないのかもしれないからちょっと待ってみよう。
クローザー:渋谷ですか? 監督さんがいらっしゃるなら私もお昼ご飯、御一緒してもよろしいでしょうか。
おっと、なんか増えた。クローザーさんもチャット勢のひとりだ。文面からもわかる通り、丁寧な話し方をする、エースさんとは対極みたいな人だ。ちなみに監督っていうのは俺のことだ。俺のプレイスタイルがパーティーメンバーへの指示出しだからクランではそう呼ばれることも多い。あとは普通にハンドルネームのSENさんと呼ばれている。
SEN:クローザーさん、もちろんです。ぜひご一緒しましょう。お待ちしております!
そろそろ午後一時を過ぎるからランチを食べるにしても店が空いてくるころでちょうどいいな。午前中の金欠が嘘みたいだ。口座には五十万が振り込まれ、時価数百万円の希少アイテムを預けてある。あらためてホっとした。ただ、今日あったことは偶然だ。これを必然に変えていく必要がある。そのために何をすればいいのかを知らなければならない。
それにしてもエースさんが遅いな。渋谷駅にいるんだよな?
SEN:リュックの色は黒です。スーツはグレー、シャツは白です。今、ネクタイ外します。
いけね、ネクタイ緩めただけで締めたままだった。もうサラリーマンじゃなくなる俺にはこれは不要なものだ。ネクタイを外してシャツのボタンを緩めると何かから解放された気がして思わず深呼吸していた。
「あ、あ、あのぉ」
左側から女性の声がした。俺? どうしたんだろう。道を聞かれても渋谷はわかんないよ。
「はい。私でしょうか?」
「あ、はい。あのぉ、私、先ほど掲示板でランチをご一緒にと書き込みをさせていただいた者なのですが」
太い黒ぶちメガネにマスクと鍔のある帽子でほとんど顔はわからない上にベージュのズドンとしたスプリングコートを着た見上げるほど背の高い女性だった。だれ? はっとして慌てて立ち上がると身長百八十センチの俺と目線がまったく同じ高さだった。小声で話し掛ける。
「あの、ひょっとしてクローザーさんですか? 私、SENです」
「あ、はい、そうです。よかったですぅ、人違いじゃなくて」
めっちゃキョドっててかなりな不審人物だ。これでサングラスだったら逃げてたかもしれん。
「クローザーさん、はじめまして。すいません、ウチのサイトに集まってるのって、てっきり自分と同じようなおじさんばかりだと思っていたもので、こんな若い女性が来てくれてたなんて思ってもいなくて、気付くのに時間掛かってしまいました。エースさんがまだなんで、ちょっとここで待ちましょうか」
「いえいえいえいえい、わたしなんか。はい。でっかいばっかりでいつも役に立たず」
えらい自分を卑下するな。ネトゲに背が高いの関係あるか?
「いやいや、パーティーではいつも守備に徹してくれて助かってます。それと、初対面の女性にこんなこと言うと気を悪くされるかもしれませんが、ほら、私も意味も無くデカイでしょ? だから隣に背の高い女性がいてくれるとホッとします。あとですね、男は背が高くても威圧感ばかり出て良いことなんてないんですけど、女性で背が高い方は背筋を伸ばしてシャンとしてるとカッコイイですよ。そういう人、好きなんですよね」
「あ、そうなんですか。それは思ったこともありませんでした」
「そうですよ。男と違って女性は背が高いことをからかわれたら『ふっ、あんたみたいなのはお呼びじゃないのよ』って微笑んで見下してやればいいんですよ。そうすればきっと良い出会いがありますよ」
ちなみに俺は人材派遣会社で働いていた。その時、自分の手にはさっき外したネクタイが握られたままなことに気が付いた。ネクタイをリュックにしまっていると右の方で若い女の子が大声で喚きだした。
「自分! なに勝手に動画撮ってんねん! それ盗撮やろがぃ!」
なんだ? 盗撮被害だろうか。声のする方を見るとでっかいリュックを背負った背の低い金髪に黒メッシュの派手な女の子が男が掲げる手からスマホを取り上げようと掴みかかっていた。危ないことするなぁ。
間の悪いことに周りは外国人観光客ばかりで、ただの痴話喧嘩ぐらいにしか見えていないかもしれない。相手を見ると背の低い三十手前ぐらいの男だ。まぁ、これならいけるか。
「クローザーさん、危ないかもしれないのでいつでも逃げられるあの辺りに」
そう言って交番の方向を指差しながら騒動の元へ向かう。ダッシュで駆け付けて男の背後からスマホを掲げ持つ右手首を掴む。左手は男の左の肘を掴む。
「なんの騒ぎだよ」
できるだけ低い声で言う。俺は背だけは無駄に高いからね。意味も無く怖がられる百八十センチという身長はこっちにそんな気がまったく無いにも関わらず、相手に威圧感と恐怖心を抱かせるのだということを嫌というほど知っている。子供にも女の子にも近付くだけで怖がられる。たまーに、大きいというだけで喜ぶのもいるけど、それは動物園の動物を見ているのと同じ感覚だからね。そういう類の好感だから。俺はもう騙されないから。
今回も案の定、頭の上から低い声で言われて男の方がビクっとなって動けなくなった。その隙にヤンキー娘がスマホを奪う。
「な、なんだよ! 俺はなにもしてねーよ!」
まあ、みんなそう言うよな。
「じゃかましいわ! これでもなんもしとらん言うんか!」
金髪黒メッシュのヤンキー娘が俺たちに向かってスマホを突き付けた。そこにはたしかに盗撮動画が再生されていた。映っているのは俺とクローザーさんだ。はい?
「はぁ? 俺ら? なんで?」
「ほれ! これも! これも!」
ヤンキー娘がスマホをスライドすると俺の写真が次々出てくる。えーと。ええ! まさか! 俺にはそんな趣味はないぞ! 掴んだ手首を離した方がいいのかこれ?
「センやん! これ!」
そう言って見せてきたのはクラン掲示板だ。ピンと来た。
「おい、お前の名前はなんだ」
「え、いや、それは、あの」
「ハンドルを言えって言ってんだよ」
大声は出さない。そんな必要はない。
「あ、あああの、スチールですぅ」
steal? そのまんまじゃねーか!
「なにが悲しくてクランメンバーに盗撮されなきゃなんないんだろうな。お前、なんなんだよ? ふざけんなよ」
これだから実際に会うの嫌だったんだよなぁ。マイナーゲームの弱小配信者を晒して楽しもうってか? 頭にきたので後ろ手に捻り上げる。
「いだだだだだだ」
「はいはいはい、ちょっと通してねー。なにかありましたかー」
のんびりした声が聞こえたと思ったら誰よりも不審な恰好のクローザーさんが二名の警官と共に現れた。盗撮犯のスチールを警官の方に突き放すと警官がしっかりとベルトを掴んで逃げられないようにして男を現場から引き離す。もうひとりの警官が俺の方に来て声を掛けてくる。
「お兄さん、どうしましたー」
警官って相手を興奮させないようにわざとのんびりした口調で話しかけて来るんだよね。
「いや、彼、盗撮犯なんですよ」
「ほら! これが証拠やで! これ、あいつのスマホな!」
「あー、これはいかんねー。じゃあ、お手柄でしたね。ちょっと一緒に交番来てもらえます?」
げっ! そうなるのかぁ。めんどくさいなぁ。金髪メッシュも苦い顔をしている。クローザーさんは「私、仕事が~」と言っている。なるほど、昼休みに抜けて来たとかかな?
「その人は騒動を見て交番に行ってくれた善意の人だから解放してあげてもいいんじゃないですかね。俺たちふたりで証言しますから。じゃあ、ありがとうございました!」
クローザーさんにそう言うと、ハっとしたあとに「失礼します~」と急ぎ足でその場を離れて行った。俺の左手はそっと反対側に歩き出そうとしていたヤンキーの背中のリュックを掴んで逃走を阻止した。なんだこのリュック! 重っ!
「じゃ、交番すぐそこだから」
こってり事情聴取させられた。ちなみにスマホには俺の不鮮明な写真が一枚しか残ってなかった。その代わり、出て来るわ出て来るわ階段の下から覗いた写真や動画たち。あくまで逮捕したのは盗撮写真が大量に出てきたのを確認した警官で、俺たちは参考人だ。
「で、お兄さんと彼女さんとの関係は」
「彼女さんってそんななぁ、ウチらべつにそんなヤらしい関係とちゃうでぇ?」
「あ、初対面です」
すっごい面倒だった。




