第4話 魔石(時価)
確かにデカかったけど、あんな弱いモンスターの魔石が数百万円の価値があるだって? にわかには信じられない。
「星名さん、ワイバーンでもこの大きさの魔石は獲れません。このクラスだと直径が一ミリ違うだけで値段が全く変わってきます。今回の魔石は直径が八十ミリを超えて八十三ミリです! こんなおっきいの、わたし初めて!」
西宮さんが魔石を見つめてうなされるように熱弁を振るっている。ちょっと怖い。
「西宮君! 落ち着くんだ! 星名さん、すまない。彼女はダンジョン産のアイテム好きが高じてこの職に就いたと公言して憚らないものでね」
「わ、私としたことが、大変失礼しました」
やっぱり似た者同士なのかもこの二人。
「いえ、ぜんぜん気にしてないです。逆にアイテムが好きだということは嫌々仕事をする人なんかよりよほど信用できるので大歓迎ですよ」
魔石は真球だ。自然に出来たとは思えない物質だ。いや、工業製品だとしてもその正確な精度は異常だろう。そして魔石はその大きさで全ての価値が決まる。西宮さんが俺に何かを伝えようとしている。
「炎の魔石は攻撃魔法の触媒として人気が高いので価値が高いんです。数百万円と言いましたが、タイミングによってはそれ以上の値段も見込めると思います」
「すぐに売りに出してもいいけれど」と続ける。え? 速攻で売り払う一択じゃないのか? 寅吉さんが「あちゃー」という顔をしているが彼女を止める素振りはない。
「星名さん、これ、買おうとするとまたオークションに出るのを待つことになります。そして、たぶん買えません。民間企業が資本に物を言わせて必ず競り落としに来るからです。これを売ってお金にしなければいけない事情が無いのであれば、私ならギリギリまで手元に置いておきます」
「でも私が持っていても使い途が無いですよ」
「そう、ですよね」
それ以上は買取担当職員としては言えないということだろうか。彼女は苦し気に唇を噛んでいた。
「星名さん、私、先ほど彼女が言ったように陸自出身でして。ダンジョンダイブの攻略組だったんです」
マジか。リアルダンジョンに詳しくなくても少しでもミリオタが入ってるなら知ってるぞ。攻略組といったら第一空挺団出身で組織されたとんでもない猛者だぞ。だが、いったい何の話だ?
「まぁ、いい歳なんだからもういいだろうということで慣れないデスクワークなんて始めているわけです。あの頃にその魔石が自分の小隊にあったらと思わずにはいられません。私自身がそれを使えなくてもです。そう言う理由で今すぐそれを欲しているパーティーもあるし、世のことを思えばすぐにでも手放すのもまた意味のあることだと思います。ただ、いずれにせよそれを自宅に持ち帰るのはお勧めできません。危険です」
「そうです! それ、リュックに入れて持ち歩くようなものじゃないです! そんなの拾ったらダンジョン職員に言うかショップに連絡入れて保護申請しないとダメですよ!」
西宮さんが息を吹き返した。なるほど、盗難の可能性が高いのか。
「もし売らないならショップに預けるのがいいと思います。最小の保管庫で月額一万円ですから」
俺にはこいつを手元に置いておく理由がまったく思いつかない。この二人もマイナカードのデータから俺のスキルが無能の【地図】だってのはわかっているはずだ。それでもこの魔石の価値として手放さない方が良いと言っている。自分だったら絶対に売らないということだろう。俺は金に困っている身だ。だけど幸いなことに今は月一万円なら数か月はキープできそうだ。それとこれは重要な示唆になるかもしれない。俺のスキルは普通の【地図】ではないのだから。
「おふたりがそこまでおっしゃるならその通りなんだと思います。不勉強な私にここまで親身になっていただき感謝しかありません。お恥ずかしい話、今朝出社したら会社が倒産の危機に瀕していまして。半ばヤケになってダンジョンに潜ったんです。これも何かの縁かもしれませんね。幸い、先ほどの入金でしばらくの間は生活もできそうだし、短い間になるかもしれませんがこれは預けさせてもらいます」
西宮さんがすぐにタブレットを操作して保管庫を確保してくれた。二人は何かあれば名前を出して相談してくれと言ってくれた。たまたま一回目でアタリを引いたビギナーズラックのアラサーの冴えない男なのに。
そんな思いが顔に出ていたのかもしれない。
「星名さんはすごいです。スキルが無いのにひとりでダンジョンに潜って結果を出して。わたしは、昔からダンジョンが好きで、冒険者になりたかったけど、諦めたので。それでもやっぱりダンジョンが好きで今もこんな仕事してるんです」
「いや、西宮さんの方が偉いですよ。私は鑑定で【地図】と言われてそのままダンジョンから背を向けて十年ですよ。今日、たまたまきっかけがあって入っただけです。諦めないで今は仕事にまでした西宮さんの方が俺なんかよりよっぽど偉いんですよ」
この人たちなら仕事を離れたところでなら相談してもいいのかもしれない。
「ところで【聖銀】というのは一キログラムあたりいくらぐらいのものかわかりますか」
突然の話題変更に戸惑いつつ西宮さんがタブレットで検索してくれた。
「えっと、今の【聖銀】の一キログラムの買取価格は二百五十四万円になります」
ということは隠し部屋の宝箱の聖銀は合計で一千万円を超えているわけだ。
「ありがとうございます。それと、各個人が持っているスキルというのは隠蔽することはできるんですか?」
これには寅吉さんが答える。
「いえ、そういうのは聞いたことはないですね」
「では、どんなスキルもいずれは公になるんですね」
「星名さん、あなたはいったい何を」
俺は静かに首を振るしかなかった。今度は俺がこれ以上はここでは言えない。ここの会話は全部記録されているだろうし、彼らが業務上知り得た情報を上に報告しなければならない義務を負っていても不思議はない。
西宮さんが俺の目の前に置いてあった自分の名刺をひったくるように取ると裏に走り書きをして戻してきた。俺は二枚の名刺を取ると席を立つ。
「寅吉さん、西宮さん、ありがとうございました」
俺がそう言うと西宮さんがすっくと席を立った。
「お送りします」
寅吉さんはほとんど呆然としていた。西宮さんは決意と好奇心を湛えた瞳のまま俺を出口まで案内してくれた。
「星名さん、またのご来店をお待ちしております」
「はい。お世話になりました」
別れを告げて昼の渋谷を駅に向かって歩き出す。歩きながらポケットの名刺を取り出す。西宮さんの名刺の裏を見ると「~十九時」という時間と携帯の番号が書いてあった。これはそういう浮かれた話ではない。路上で立ち止まって「今夜十九時半、有名な犬の前」とメールを打つ。すぐに「了解」とだけ返ってきた。
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