第3話 俺、冒険者になる
「初めてで勝手がわからないのですがよろしくお願いします」
カウンターの上にポーションとエクストラ・レッドスライムの魔石を置く。
「えっ! でっか! 鑑定に回しますので少々お時間いただきます。お手続きしますので冒険者証をお願い致します」
美人で仕事が出来そうだったがなかなか個性的な方のようだ。
「すみません、冒険者登録はしていないので冒険者証は持っていないのですが」
「え? あっ、初めてなんでしたね! それではマイナンバーカードをお願いします。このまま冒険者登録もできますがいかがでしょう」
それならばと冒険者登録をお願いしてタブレット端末で写真撮影など手続きをしていると別の職員がアイテムを回収に来た。彼女は職員に「最優先で!」と伝えている。よほど希少なものなのだろうか。
「えーと、鑑定料は一点あたり千円になります。こちらで買い取らせていただいた場合は鑑定料はいただきません。アイテムは安全にダンジョンに運び込んでから鑑定士が鑑定します。こちら、マイナカードをお返しいたします。冒険者証の発行手数料は千円になります」
鑑定料は鑑定後の支払いなので冒険者証の千円をスマホ決済で払う。査定窓口はボックス構造になっているので待合室から中は見えない。隣の部屋の音も聞こえてこない。持ち込むアイテムを周りに知られないようにするためなのだろう。普通は番号札を持ってロビーでお待ちくださいとか言われると思うのだが、なぜか美人お姉さんと差し向かいだ。しょうがないので鑑定が終わるまで世間話をして過ごす。
「申し遅れました。私、西宮と申します」
美人受付嬢が名刺をくれた。買取窓口 西宮園子と書いてある。名刺をもらったことで改めて彼女を見る。軽く染めているのかこげ茶のきれいなストレートヘアを後ろでまとめ上げている。化粧はナチュラルで、卵型のきれな二重の目の瞳は黒曜石のようにキラキラとして好奇心旺盛な印象を受ける。日焼けしている様子もなく、耳たぶに控えめなピアスが付いているぐらいで指輪やアクセサリーも見当たらない。冒険者ショップの店員ってこんなに美人なの? 個室でこれはちょっと危ないのではと心配になるな。
「西宮さん、私みたいなド新人にも名刺配ってるんですか?」
そんなわけないよなと思いつつ理由が知りたくなるのが男ってものでしょ! たとえ可能性がゼロ%だとしても!
「いえ、そういうことではないのですが、ちょっとあのアイテムは特別だと思うので」
言葉を濁すがそういうことだ。勘違いしてはいけない。
「そうなんですね。価値があるといいんですけど」
告白する前に振られるってこういう感じのことを言うのかな? 西宮さんは「お飲み物はいかがですか」と小さいメニューを出してきた。「こういう時は役得で頼めるんです」と言うことは彼女にとっての役得なのだろう。アイスカフェオレをお勧めされたのでそれにする。すぐに彼女の同僚らしき制服を着たやっぱり美人職員が持って来てくれた。喉が渇いていたのでうれしい差し入れだった。
「ダンジョンなんて初めてで緊張したから特に美味しく感じます」
などと言いながら時間を潰す。朴念仁の俺だってこれぐらい社交的な女性相手なら少しは間を持たせられるぜ。
なんて思ってたら彼女の後ろのドアがノックされてやたらガタイの良いおっさんが鑑定に出したアイテムを持って入ってきた。
「え、支部長? わざわざどうしたんですか」
なんか偉い人っぽいぞ。西宮さんが席をずらして二人並んで座った。なんか真面目そうだけどやたら迫力ある人だな。
「星名さん、突然申し訳ありません。私はここの支部長をやっています寅吉と申します」
そう言いながら渡された名刺には、冒険者支援機構、代々木公園前支部、支部長 寅吉勝利と書かれていた。支部長ということはここで一番偉い人だよな。短く刈り揃えられた黒い頭髪に、力を入れたら弾けるんじゃないかと思うほどパツパツのスーツの違和感が凄い。身長は175センチ前後といったところか。引き締まった表情だが、怖いというよりは真面目といった印象が強い。
「星名さん、こちら冒険者証になります。どうぞ」
免許証のような写真入りカードの冒険者証をゴツゴツとした手で渡される。支部長自ら持って来てくれた新人冒険者証。恐縮です。
鑑定結果が書かれた紙を見ていた西宮さんが声を掛けてきた。
「それではまずは私からご報告させていただきます。ガラス瓶の方はパワー・ポーションとの鑑定結果が出ました。効果は五分間、力、つまり物理的な攻撃力が二倍になるという大変希少なものです。最前線の攻略組がこぞって欲しがる逸品です。冒険者支援機構での本日の買い取り金額は三十五万円になります。オークションに出品された場合、この金額より高くなることもあるかと思いますが、星名様のお手元に入る金額としてはそこまで大きな差は出ないものと思われます。時間や手間を考慮しますと、当支部での買い取りをお勧めいたします」
俺はすぐにでも現金が必要なんです。喜んで売ります!
「わかりました。では買い取りでお願いします」
タブレット端末でその場で振り込み処理にしてもらった。源泉が引かれた三十万円前後が振り込まれる。その場でスマホで確認すると確かに振り込まれていた! とりあえずこれで一、二か月の延命が出来た。助かった。肩の力がどっと抜ける。タブレット操作なのかすぐに職員が現れてポーションを回収して行った。さて、にこやかな西宮さんに対して次は厳しい表情の寅吉氏の番だ。
「なかなか良いドロップでしたね。おめでとうございます。次に魔石になります。こちらはエクストラ・レッドスライムの魔石という鑑定結果が出ています。魔石の色は赤。大きさも素晴らしい。炎の特性を持った大変レアな魔石です。ただ一点、エクストラ・レッドスライムという魔物の件です。こちらは私どものデータベースに存在していません。星名さん、率直にお聞きします。この魔石、どちらで手に入れたものですか」
俺を試しているのかな。俺のダンジョンへの入場記録はさっき潜った渋谷第一ダンジョンしかないんだからそこに決まっているだろうに。ちょっと馬鹿にされた感じがするのは被害妄想か。
「私が潜ったダンジョンですか? ここは民間の冒険者ショップではないのだからそれぐらいはそちらで把握されているでしょう」
こちとら社会人だからね。ナメないでもらいたい。会社はもう失くなるけど。
「そうですね。失礼しました。星名さんは本日、およそ十年ぶりに渋谷第一ダンジョンに潜っていますね。この魔石はそこで入手したもので間違いないでしょうか」
そろそろ試されているのではなくナメられてるって確定判断してもいいのかな。小首を傾げて答えないでいると寅吉氏の目に動揺の色が見えてきた。
「あのっ、星名さん、すいませんでした!」
びっくりした。大きな声を出しながら西宮さんが頭を下げる。
「支部長! ちゃんと謝ってください! 星名さん、怒ってますよ!」
「え、あ、それはどういう」
寅吉氏の動揺が激しくなる。
「なんの対価も示さず貴重な情報を寄越せとかありえないんですけど!」
西宮さんが寅吉氏の態度に大激怒でブチ切れている! 大丈夫なのか? あなたの上司でしょ?
「ああ、そうですね。これは私としたことが。大変失礼いたしました」
そう言って頭をさげる巨漢。
「支部長! ここはもう自衛隊じゃないんですからね! 公営だけど収益は上げていかなきゃなんだから冒険者の方には配慮しないと民間にお客さん取られちゃうんですよ!」
これではどっちが上司かわからんな。いわゆる冒険者ショップを運営している企業はたくさんある。そのうち冒険者支援機構は公営に属する店舗だ。寅吉氏はどうやら元自衛隊のダンジョン探索班かなにかの出身っぽい。公僕の感覚で俺たちに接するとこういうことが起きる。俺、公務員じゃないからね。金になる情報には対価が必要だ。
「西宮さんの言う通りでした。星名さん、申し訳ない。私が不躾でした。エクストラ・レッドスライムは未知のモンスターです。これを発表することは名誉でもあります。それが当支部の名前で発信できるのであれば私どもとしましても大変喜ばしいことです。新種のモンスターの発見に関しては懸賞金が支払われます。民間企業は名前を出すことに価値を見出しているのでかなり高い金額を設定しています。星名さん、当支部名義で発見報告をさせていただく場合、私の権限で民間に負けない金額をお支払いする準備があります。いかがでしょうか。モンスターの情報をお願いできませんか」
どうやら新米支部長といったところか。この発表で箔も付くっていうことなのだろう。どうやら悪い人どころか根が善人っぽい。二十代前半の女子職員にここまで言われて素直に謝るとか、とても自衛隊出身とは思えないな。苦労してそうだ。
「そうですね。民間と同じ額をいただけるんですね? だったらもちろんお教えするのは問題ないです。これはでも私から西宮さんに報告するという形を取らせていただいてもいいですか」
「ありがとうございます! さすが星名さん! わかってらっしゃる!」
うん。何もわかってないし何がさすがなのかもわからないよ。さっきからの態度でこの手の情報に価値を見出している人たちがいるってわかっただけだからね。
「これ、査定に響くの?」
「はい!」
満面の笑みで肯定する美人担当。飲み物を役得と言ったりこの娘もなかなか正直なキャラだ。今日は朝の倒産騒ぎ以降は良い巡り合わせが続いているのかもしれないな。
「はははは。そういうの正直で好きですよ。では西宮さんにお話します。エクストラ・レッドスライムは渋谷第一ダンジョンのボスモンスターでした」
「はい? えーと、渋谷第一ダンジョンはスモールスライムがボスですよね。え? ひょっとして、レアボスが出たってことですか? この二十年で一度も出て無いのに?」
「過去の事例とかは知らないのですが、たぶんそうだと思います。これがその時の写真と動画です。ひとりで潜っていたので闘う前に撮影したこれしか証拠はありませんけど」
そう言ってスマホの動画を見せる。
「でかしたっ!」
びっくりした。寅吉氏が急に大きい声を出す。
「支部長! これすごいですよ! 星名さん! あなた最高!」
今度は西宮さんだ。この二人、案外良いコンビなのかも。
「うむ! ソロでこんな状況ならそこまでの余裕は無いのが普通だ。証拠が何もないなんてザラだからな! 星名さん、今度からはダンジョンに潜っている間はボディカムを装着して全てを記録しておくことをお勧めしますよ。闘っているところまで動画であればさらに付加価値が上がりますから」
なるほど。そういうものなのか。ダンジョン攻略動画はそういうデータから作ってるのか。でもね、そういうことやるにも金が掛かるんだよ。
そのあとは酸を吐いたこと、どうやって倒したのかを話して聞かせた。パワー・ポーションもその時のドロップ品だと告げる。
「それでこの情報と魔石にはどんな対価が支払われるんですか」
寅吉氏が答える。
「レアボスの名称、攻略情報と動画、写真込みで二十五万円でいかがでしょうか」
高っ! そんなに貰えるのか! 内心の驚きを抑えるのが大変だ。
「民間と差異がないのであればそれで構いません」
「ありがとうございます。こちらの金額もただ今お支払い手続きをいたします」
西宮さんの操るタブレットに了承の署名をして完了。その場でスマホで銀行口座を調べるとさっきのポーションと合わせて五十万円以上の入金があった。すごいぞ! これで数ヶ月生きて行ける! わずか一時間の稼ぎでこれか。冒険者稼業が辞められなくなるはずだよ。
「最後に炎の魔石です。星名さん、これは手放すのであればオークションをオススメします」
西宮さんが真面目な顔で、まるで説得するように俺に向かって言う。そうだ。まだ大本命が残っていた。
「そんなに価値があるものなんですか?」
西宮さんが説明してくれたところによると、魔石は内包している魔力によって価値が決まる。それはイコール大きさということだ。魔石は魔道具の燃料、触媒として使われるが、同種の魔石を複数仕込んで出力を上げることはとても難しいらしい。電池と違って並列はもちろん、直列に繋いでも出力は並んでいる魔石の中で最大のものを超えることが無いらしい。今回の魔石は容量的にスライムの魔石のおよそ百倍以上にも達するそうだ。
「魔法使いの杖の触媒に最適なんです! オークションに出したら数百万円の価値があります!」
「数百万だって!?」




