第87話 JPにて
十七時から始まった国内オークション。今日のオークションのメイン、大トリは俺たちが出品した魔金だ。出品者は会場で登壇することも可能だが、もちろん俺たちは正体を伏せて出品しているから会場には行かずに自宅で鑑賞だ。
「とはいえ、見ているだけで出来ることも特にないし、なんか微妙だな」
「そうやね。なんかもうおなかもいっぱいやし眠ぅなってくるな」
「ううう、先輩、これから取引価格数千万円の大商いだっていうのに、なんでこの人たちのやる気とか緊張感はゼロどころか眠いとか言ってマイナスなんですかぁ」
「うーん、雅代の言ってることはすごくまともだわ。だけど千里と葵の言ってることもわかるのよね」
「ええ、そうですね。雅代さん、信じられないかもしれませんが、千里さんたちの場合はですね『これっきりじゃない』からなんです」
「え? それって? え? 何度もある当たり前のことだから一喜一憂する必要が無いってことですか?」
「うふふ。これからも『Renegades』はオークションにお世話になりますからね? 雅代さんの力が必要ということですよ」
「さあ、うちのオークションが始まるわよ。今回は魔晶石の青色二個、黄色三個、そして大トリの百グラムの魔金のインゴットが五本よ」
正直、俺と葵は元の価値もよくわかっていないからノリだけで見ている。でもご安心ください! 園子の解説付きだからおもしろおかしく楽しめることだろう。
「まずは魔晶石ね。黄色は電気、雷の魔法に特化した合成触媒になるわ。今回出品しているのは直径が七センチのものよ。普段オークションに掛けられている魔晶石の大きさが直径五センチ程度ですからね、魔晶石の中では群を抜いて大きい部類になるわ。大きい分、威力も魔力保有量も増えるから素材として、とても希少なものよ。魔晶石が大きくなることのデメリットなんて重くなること以外に無いですからね。ギルドでの買取査定額だと百万を少し超えるぐらいかしら。そこから二割から三割の割り増しは最低ラインね。今回は百万円スタートで最低落札価格は設定していないわ」
なるほど。よくわかった。
「園子はさすがだな。そのままオークション会場かネット中継の解説者が出来るんじゃないか? ものすごくわかりやすかったよ。ありがとう」
「園子先輩は相変わらずヲタってますね~」
「いや、雅代、ヲタクっていうのは凄いんだよ。それは、その道のプロが自らの地位が脅かされるのを恐れて悔し紛れに揶揄する言葉だ。だから俺は園子が周りのダンジョン関係の人間にアイテムのヲタクって言われるとしたら、同じ冒険者として尊敬しかないよ」
「千里さーん、そのぐらいにしておかないと先輩が真っ赤っかでしゃべれなくなっちゃいますよ~」
「ほら! 画面見て! オークション始まるわよ!」
『さあ、いよいよ今宵のオークションも終盤戦を迎えます。出品アイテムの打順もクリーンナップまであと少しです! まずはリードオフアイテムの登場です! なんと、直径七センチものイエロー魔晶石です! なお、出品者は匿名となっています! どうですかー、解説の席根さん!』
『こういう時はですね、最初は見送りで誰も入札なんかしません』
『え?! こんなに大事な局面なのにですか?!』
『はい。セオリーですね。ちょっと、ね、黄色はね、様子見ですね』
『そうなりますとネットなどでは最低百五十万円という声もありましたが』
『いやいやいや、そんないかない。百三十』
『さすが黎明の冒険者と名高く、微笑みの鬼軍曹とも呼ばれた解説の席根さん! 大胆な予想です! さあ、間もなく百万円より入札開始です! 入札は事前審査を通った全国の皆様がネットから、通信端末を耳に当てる代理人、そして熱心な方は会場にもお越しいただいております! さぁ、いよいよ注目の一戦、入札開始!』
ウ~~~~~~
開始のサイレンと共に、さあ、いよいよスタートだ!
『百十、二十、三十、百五十万円まで一気に上がったぁぁぁぁ! おーっと、ここで会場のフダも上がる! 百六十万円! ネットから百七十万だ! 八十!』
『百八十五万!』
『会場から百八十五万の声がああ! いるか? いないか? いるか? いないか?』
一瞬の静寂。
『ハンマァープラァーーーイスゥッ! 会場の方の百八十五万円で決まりましたぁっ! トップバッターから大きいのが出ましたねー! いやー、解説の席根さん、いかがですか!』
『そうね、最初ですからね、盛り上がるのがセオリーですね』
『まさに、予想通りの展開ということですねー!』
プチッ。
「音はいらなかったわね」
ほぅ~。全員の口から溜息が漏れる。
「え? 一個目が終わったんやんな?」
「なんかあっという間というか、よくわからないうちに始まって終わったな。百三十万とか百五十万って言われてたところ百八十五万か。手数料と税金で合わせて一割引かれるから、まぁ、手取りで百七十万弱か。直接買取の四割増しだから相当得したな」
「さぁ、黄色の二個目が始まったわよ」
「うわ~、先輩、これ、一個目の値段でタガが外れちゃいましたね」
「これを逃したら次いつ出るかもわからないものね」
黄色の二個目は一個目を上回る二百十二万円で終わった。
「なぁなぁ、これって一円でも高こぉなったら勝ちなんやろ?」
「ルールとしてはそうですぅ。でも今回は一万円単位での入札っていう制限を入れたの。一円だけ吊り上げて落とすような真似、見たくないしそんな相手に売るの嫌でしょぉ?」
「ほえ~、さすが雅代ちゃんやな。やっぱ商売は気持ちよぉやらんとな!」
「次は青ね。青は水系の魔法にバフが掛かるからダンジョン攻略で水魔法使いに必須の魔晶石だわ。クランで何人か水魔法使いを抱えて、水の補給を楽にして、重量のある飲料の持ち込みを減らした分、食料などを増やせるから助かるのよね。直径七センチということは直径六センチのものからでも容量で1.6倍になるから買い替える意味があるのよね。企業だけじゃなくて大手クランも狙ってるんじゃないかしら? けっこう期待できると思うわよ」
「前回、六センチのやつが百二十万で落札されてるんだよな。今回の七センチの落札予想が百七十万円か」
『さあ、会場は大砲の登場の前に早くもヒートアップ! 次はダンジョンの深層攻略では水補給のブーストのために必須となる合成素材、ブルー魔晶石です! 先ほどのイエローと同じく、大きい! 大きい! 来るか、来るか、来たー! 大きさは七センチ! 次からは三球連続で同じ球になります! どうですか席根さん!』
『こういう時はね、手が出なくて見送りですね。そういうもんです』
『そういうもの、だそうです! 前回のオークションに出た青の魔晶石は直径六センチで、百二十万円での落札でした! 今回、ネットの声では最低落札価格が百七十万円と予想されています! それでは、第一球です!』
会場にいる入札者は暗い照明の中の後ろ姿だけで、どんな人物かは特定できないようになっている。だが、一瞬映った会場がなにかソワソワした雰囲気なのが画面越しに伝わってきた。番号の書かれた札を持つ入札者の手が小刻みに動いていて落ち着きがない。まるで入札者同士で牽制しあっているみたいだ。
一個目の入札が始まった瞬間から画面の入札金額があっという間に上がっていく!
『伸びる! 伸びる! 伸びる! どこまで伸びるのかー! いったー! 二百万の大台を超えたー! どこまで伸びるんだー! 入ったー! 二百五十六万円です! いやー、席根さん!』
『こういう時はね、伸びます。ええ、ええ。そういうもので』
プチッ
「まぁ、大台超えって言われてもね。百万、二百万の話なのよね」
「まぁ、なんや、オークションてエンタメなんかな?」
「ううう、園子先輩、十八歳で二百万円をエンタメ扱い! これが『Renegades』なんですねぇ」
結局、青の魔晶石はその後も回を重ねるごとに落札価格は上がっていった。
「二個目が三百二十六万、三個目が三百六十万円ね」
「先輩、これって個人勢がずいぶん出張ってますよねぇ?」
「そうね。大手クランが最初は落としたのかしらね。後半でどうしても手に入れたいところが値段度外視なのか投機目的なのかはわからないですけどね。先に出た黄色が思ったより上がってしまったから、それより重要だと言われている青の値段が釣られて上がっちゃったわね。でも高すぎるわ。あ、金貨。朝のダンジョン金貨を落札した人の中に日本人がいたわよね。なんか変なところがアイテムを買い漁ってるんじゃないかしら?」
「出品者にとっては高値で売れていいんだろうけどさ。素材に関しては実際にダンジョン探索で使ってくれるところが落札してくれる方が気分はいいよな」
「お茶をいかがですか」
香流が暖かいお茶を淹れてくれた。玉露だ。ホっと落ち着く味だ。
「香流、ありがとう。日本茶、いいね。旨いし落ち着くよ」
『さあ、いよいよ本日の締め、スラッガーの登場です! これは一発、大きいのが期待できます! 出品物は、なんと! 百グラムの魔金です! 本日のオークションの締めではありますが、出品点数は驚異の五本になります! これだけのまとまった魔金がオークションに登場したことは未だ且つてありません! 席根さん、これは最後に大物の打順が回ってきましたね~』
『こういう時はね、なかなかうまくいかないですね。そういうものです』
『さあ! 今ゆっくりと大歓声を浴びて一番から五番まで強力なラインナップで登場です!』
『みんな同じでしょ』
『席根さんの解説も絶好調です!』
プチッ
「もう音は邪魔なだけね。入札する人は誰も安く済ませたいでしょうからね。何番目が一番安くなるか、予想を立ててくるわ」
「とはいえ早く決めちゃいたいですからねぇ。思惑が絡みまくったひとつ目がいくらになるかで今回の相場が決まるでしょうねぇ」
園子と雅代の司会進行の方がわかりやすい気がするなぁ。
「魔金に関してはいわゆる純金の相場はまったくあてにならないわ。魔金は完全に魔道具製作の要となる素材だから。そういう意味で絶対的な希少価値がありますからね」
「そうですね。それでもやっぱり金ですからね。金相場の価格に引っ張られて上下する傾向がありますねぇ。ちなみに今は空前の上昇傾向ですぅ。ギルドでの査定だとグラム十万円です。今回は百グラムインゴット一本あたり一千万円が最低ラインになります。それで、これは素材扱いなんですけど、グラムで相場として動くので、仕入れてすぐ売っても値段がそんなに変わらないんですぅ」
「ん? それってなんかおかしいん?」
「葵、ぜんぜんおかしいわよ。普通は仕入れてそれより高い値段で売るから差額で利益が出て商売になるんでしょ? ところが魔金は素材といいながら売り買いがほぼ同じ値段で取引されているのよ。だから、冒険者にとっては余計においしいのよね」
「とにかく高いんですぅ!」
「おお、めっちゃわかりやすいな」
「始まりましたよ」
あくまで百グラムの魔金のインゴットとして出品しているので、入札はグラム単位ではなく、トータルの価格として表示されている。スタート価格は五百万だ。それがスタートの瞬間に一千万円まで跳ね上がる!
「上がったなぁって、おおう? 千三百万なったで」
「止まったわね」
「千三百五十、四百! 四百十、二十、三十、お? また止まった?」
「一個目はとりあえずこんなところかな」
「千五百や!」
そのまましばらく動かずで、ついに。
「終わったわね。一個目で千五百万円だわ」
「これ、高いよな?」
「ちょっと高すぎね。二個目から下がるんじゃないかしら?」
園子の予想は当たって、二個目が千三百六十万、三個目が千四百万で落札された。
「あと二個か。まぁ、こんなところだろうな。というか高すぎて怖いんだけど」
「なんやもうウチらとは無関係な世界の話みたいやなぁ」
そして四個目。
「これはどうしても欲しいところが被ってるのね」
値段がドンドン上がっていた!
「千五百万や! うわぁ、こわ!」
「どっちも引かないわね」
十万刻みで上がり続ける。
「これ、どっかのクランですかね? 企業系なら予算が決まってるから一気に入れてきそうですけどねぇ」
「いやぁ、クランでこの価格は元が取れない気もするでござるが」
「決まったわね。千五百七十万円よ」
「もう、心臓に悪いわ。損するわけやないしずっと値段追わんでもエエ気がするわ」
「確かにな。出品が一点、二点ならいいが、大量出品だと最低価格さえ割れてなければいくらでもいい気がするな」
「ホント、あなたたちらしいわ。それって、十万円でも高く、一万円でも高くって思ってないからよね」
思いっきり図星だ。葵もその通りらしく特に反論もない。
「うふふ。千里さん、百万円安かったとしても、次に潜った時に別のものを確保すればそれでいいって思っていらっしゃいませんか?」
「香流マジか。よくわかるな。うん、そう思ってしまったよ。ちょっと調子乗ってるよな。でもまぁ、オークションの入札価格なんて俺たちがコントロールできることが何もないからな。経過で一喜一憂するのもなんだかな、って思ってしまったよ」
「そうね。これがまぁ会場にいればまた違うのかもしれないわね」
「あー、たまにありますよぉ。出品してる冒険者が会場にいて、顔出しでもっと入札しろーって煽るんですよぉ。クランの宣伝も兼ねてるんですよねぇ。有名なところだとタイタンズとか大トリじゃなくても出品した時は絶対に女社長が凄い服着て出てきますよねぇ」
「わははは。なんやそれ! あのおばはんのやりそうなやつやなぁ!」
「なるほどね。そういうのが好きな人たちは盛り上がりそうだよな」
「千里はそういうのとはぜんぜんタイプが違うわよね」
「せんぱーい。終わっちゃいましたよぉ」
パーティーメンバーの誰もオークション画面を見ずにお茶を飲んで世間話に興じていた。
「あぁ、ごめんごめん。最後はいくらだったの?」
「最後は千七百万円でしたぁ」
「へー。ずいぶんと高値だね。で、香流?」
「はい、魔晶石の合計が一千三百三十九万円、魔金の合計が七千五百三十万円でした。合計、八千八百六十九万円です。ここからオークション手数料と税金で一割引かれて七千九百八十万円です。パーティー資金に魔晶石と魔金の二点ということで二百万円引いて、五人のひとりあたりの支給額は、キリが良いところで一千五百五十万円となります」
「い、一千五百五十万円でござるか。キャンピングカー代を全回収して余裕でおつりが来ましたぞ」
「せ、せ、せんぱぁい。今日の午前中、夢じゃなかったら二千万円もらってましたよねぇ?」
「さすがにちょっと引くほどの金額ね」
「うーん、銀行の残高見るの怖ぁなってきたわ」
「お祝い、行くか?」
一応聞いたけど誰もお腹いっぱいだからまだ行かなくていいという話になった。
「どうしましょうかしらね。このまま宅飲みにする?」
「ふふふ。いいですね。じゃあまたみんなで買い出しに行きましょうか?」
「そうだね。明日も朝から代々木公園だから、朝は雅代の出社時間に合わせて送って行けばいいよね」
「ふおおおお、神ですかぁ! これで心ゆくまで飲み明かせますぅ」
「ぬおおお、これがクラン! これがオークション! 拙者、感動しております!」
「ほな、早よ買いに行こやー。今日は日曜やさかい、地下の売り場も売り切れてまうで」
ひとり酒を飲めない葵による冷静な指摘に慌てて身支度をして家を飛び出した。
なろうは不定期で遅れて更新になっています。
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