第86話 NYにて
夕方五時に始まったお疲れ様会は四時間後の九時に此花ちゃんの寝る時間を過ぎたということでお開きとなった。『竜騎兵』の方々はこのまま飲み続けるらしい。和代ちゃんが「いつものことだから!」と快活に笑い飛ばしていた。寅吉さんは、今夜は家族連れということで、我々と一緒に帰宅した。
寅吉さん家族は自宅に帰って行ったが、今夜は雅代と咲耶ちゃん、それに小佐原さんがウチに来ている。小佐原さんは店を出る時に『竜騎兵』の方々に肩を組まれて震えていたので、俺から言うことは何もない。
「うおおおおお! こ、これが四人の愛の巣でござるか!」
「あちゃー、代々木よりぜんぜん景色良いっすね~」
「うわぁぁ。人間がゴミのようだわぁ」
三人共に空いた口が塞がらない状態で呆然としている。わかる。俺もいまだにこの絶景には慣れないから。
「そ、園子せんぱ~い。もうめちゃめちゃ勝ち組じゃないですかぁ」
「雅代、まだまだよ。本当に欲しいものを手に入れるその日まで戦いは続くのよ!」
「園子せんぱ~い。なんか怖いですぅ~」
「女性のみなさん、お風呂入っちゃいませんか? 二回に分ければ早く済みますから」
「ほな最初は園子ちゃんと雅代ちゃんで入ってまえば?」
「そうね、さっさと済ませましょ。雅代、行くわよ」
「はいぃ~」
有無を言わせぬリーダーシップが園子の長所だ。さすがウチの真のリーダー。
◇
風呂から上がってきた雅代は、葵が勧めるままノリノリでセーラ―服を着ていた。まだ二十一歳だしぜんぜん若いね。園子が悪い笑顔でいろいろポーズをさせながら写真を撮りまくっている。酔いが醒めたあとどうなるんだろう。
「ふわわわわわ。やっぱりこの窓の景色が凄すぎますぅ」
セーラー服を着て冷えたビール片手に窓外の夜景に釘付けだった。なんかこれは背徳感漂うヤバい絵面だな。小佐原さんが呆然としている。
「むむむ。やはり拙者もゆくゆくは高層マンションに住むべきでござろうか」
「マンションじゃ鍛冶仕事できないから無理じゃないですか?」
「否! プライベートと仕事場を分ければいいのでそれは、可能なのです!」
「おお~、そうですね。あとは鍛冶場に近い高層マンションですね」
「くっ、城南島におしゃれな高層マンションを建てて欲しいでござる!」
園子たちと飲み直していると葵たちが上がってきた。さすがにお客さんの前ということで葵もきちんとパジャマを着ていた。
「お、葵、風呂上がりにちゃんと服を着てて偉いぞ」
「へっへーん、せやろ? ウチかてやる時はやんねん!」
「いや、え? それってどういう意味でござるか?」
「小佐原さん、お風呂入っちゃってください」
「いやいやいや、さすがにそれは無理でござる! せめて拙者は千里殿の後にさせていただきまする!」
この人がどうしても憎めず好感度が高いのはこういうところだ。大事なところで道を踏み外さない。
「そうですか。それじゃサクっと入ってきちゃいますね」
その晩も宴会と酔った頭での経理研修が続いた。小佐原さんは装備部屋に敷いた布団、雅代は園子、咲耶ちゃんは香流の部屋でそれぞれ寝たっぽい。
◇
翌、日曜日の朝、テラスでの朝練のために着替えて外に出ると、咲耶ちゃんもそこにいた。昨日はかなり飲んでいたはずだが、それを微塵も感じさせない軽快な身のこなしだ。
「おはよう。咲耶ちゃんも付き合ってくれるの?」
「おはよーございます! せっかくですからねー!」
地上ではレベルアップの身体強化の恩恵は受けられない。昨日の夜にふざけてやった腕相撲では女性陣は誰も男には勝てなかった。
ところが、準備運動後に始まった模擬戦でえらい目にあった。
咲耶ちゃんの技がエゲつない! 咲耶ちゃんのそれは、武道ではなく、格闘術だ。相手を制圧、そして抵抗力と命を奪うための技術だ。
俺も園子も葵も、小佐原さんもまったくお子様扱いだった。
「わぁ! 香流さん、つよーい!」
棒を使った模擬戦で咲耶ちゃんが感嘆の声を上げた。
「いえいえ、ぜんぜん敵いませんね。でも、よい稽古になりました」
香流は技を教わるたびに、水が吸い込まれるスポンジのように自らのものとして取り込んで行く。
「わたしも自分で得意な方だと思ってたんだけどなー。香流さん、センスありすぎっす! なにかやってましたよね?」
「そうですね。武道はいろいろやってはいましたけど、格闘術の方はやっていませんので大変勉強になりました」
やっぱりこのふたりの組手は有意義みたいだなぁ。このまま続ければすぐにでも咲耶ちゃんの稽古相手としても通用するようになるだろう。
「咲夜ちゃん、今度ぜひダンジョンの中でも教えてほしいな」
「いつでもいいっすよ! ウチの人たちとやると負けてばっかりでストレスだから!」
どうやら俺たち相手に日頃のストレスを発散させる気らしい。
朝練が終わってシャワーから上がると朝食の準備が出来ていた。そこに二日酔い気味の小佐原さんと雅代がのっそり起きて来る。
「おあよーございますぅ」
「おはよう。大丈夫かい?」
「だいじょーぶですぅ。でも、なにか昨日の夜のことがあまり思い出せなくて」
園子がニヤリとしていた。
「小佐原さん、おはようございます。朝食、食べられそうですか?」
「おはようでござる。こんな機会めったにないのでいただくでござるよ」
◇
テュルルルン、テュルルルン
「あ、トラのおっちゃんちゃうか」
葵がインターフォンに出ると玄関まで出迎えに走った。
「おはよう。朝早くからお邪魔するよ」
「おはようございます。ごめんなさいね。お言葉に甘えて来ちゃったわ」
「おはよーございます!」
寅吉さんと真由美さんが恐縮しながら入ってきて、此花ちゃんは元気に挨拶しながら葵と手を繋いで入って来た。
「おはよーございます。楽しみですよね」
日本時間のお昼前、現地ニューヨークの夕方から夜に行われる世界的オークションのイブニングセールの開始が間もなくだ。寅良さんと一緒に確保した二十グラムのダンジョン金貨二十枚のオークションがいよいよ始まるのだ。
園子がパソコンの画面をリビングのテレビに映して準備万端。
「緊張するわね」
マグカップを両手で抱えるようにして持つ真由美さんが緊張気味だ。
「二十グラムのダンジョン金貨はここしばらく世界的に表に出てきていないわ。単純に二十グラムの純金の価値は五十万円ぐらいね。だからこれが最低価格になるわ。前回の出品の記録は、二年ほど前にイギリスの会場でオークションにかけられたものになるのだけど、その時は五枚出品されて、一枚当たりの平均が、日本円で七十万円だったわ」
此花ちゃんと遊んでいる葵が振り返る。
「そんなびっくりするほど高くはないんやね」
「まぁそうなんだけど、この時の金相場は今の半値ぐらいなのよね。だから二十五万の価値のものが七十万円になったとも言えるわ」
「ということは三倍ぐらいになるっていうことっすか?」
「まぁ、そんな単純にはならないはずだからまったく読めないのよ」
「たしかにな。仕入れ値が倍になったからって二倍の利益に値付けなんかしても高すぎて誰も買ってくれないだろうしな」
「あー、そうっすね。えー? じゃぁこれ、どうなるんすかね?」
その答えは誰も持っていなかった。
「金相場で換算すると一人あたり四枚で二百万円の価値があるわけだ。これが仮に三百万、一枚七十五万円でも充分すごいって思うかな」
「おー、兄やん、わかりやすいわ。それやったら夢あんなぁ」
「今回は二十枚を全部バラで出品してるから、あっという間に次から次へと競りが終わると思うわよ」
映し出される画面の中ではすでに他の出品物の競売は始まっていた。入札は粛々と進み、パっと見は大して盛り上がりもなく進んでいるようにしか見えなかった。
「なんや、けっこう地味なんやな」
「まぁ、ある意味みんなプロだからよね。この場にいる人たちも代理人ばっかりでしょうし。さ、始まるわよ」
現地音声が英語でよくわからないので下げてある。それより園子や香流の解説の方がわかりやすい。
画面ではダンジョン金貨を紹介する説明とイメージ動画が流れている。
ビデオから会場に戻るとさっきまでの静かな雰囲気が一変していた。立ち見の客もいるみたいで、司会も女性から年配の男性に代わって声を張り上げている。
「なんか盛り上がってきたわね。一枚目が間もなくスタートよ。ちょっと低めの二千ドルからスタートで、七十五万円なら四千七百ドルを超えれば日本円でそれ以上になったってことね」
薄く流す音声でも初老の競売人が会場のノリを受けてさらに煽って盛り上げているのがわかる。
いよいよオークションがスタートした!
あっという間に三千ドルを超える。
「ああ、盛り上がってきてるわね」
四千ドルを超える。
「おー、どうなんねやろね、これ」
誰にもわからないし何もできない。
「あ、超えたわ」
園子の声で四千七百ドルを超えたのがわかった。
「あら? 止まらないわね」
あっという間に値段が駆け上がり、競売人のテンションも爆上げで声を張り上げている!
「これ、一万ドル超えてんのちゃう?」
入札がまったく止まる気配がない。埒が明かないと見た競売人が入札単位を上げたみたいで、価格上昇がさらに加速する!
そして、ついに力強く木槌を振り下ろした。
「一枚目が終わったわ。二万八千二百ドルですって?」
「えーと?」
「四百五十万円ぐらいね」
ドルで言われてもよくわからないし、円で言われても実感できなかった。
「ほな、良かったやんな?」
「え? 二十枚で金相場四百万円相当だっただろ? これ、一枚目の値段だけだよな?」
「ちょっと高過ぎね。なんなのこれ?」
園子が予想が外れたせいなのか、高かったのに不機嫌だ。
「これはコレクターが動いているのかもしれませんね。希少な金貨ですと、金相場に対して二十倍、三十倍の値段がついているものもありますから。そういったコレクターの方の食指が向いていますね」
香流が首を傾げている。
「あ、もう二枚目始まっとる」
「七、八千、九千、一万、二万、止まらないわ」
「お? 終わったん? 二万九千? あ、もう三枚目始まったん?」
初老の競売人がビシ! ビシ! っと会場を指差しながらテンポよく捲し立てている。
落札が決定するたびに木槌をガン! と勢いよく叩いて落札者に向けて満面の笑みを浮かべる。大した役者だと思った。落札者はそれを受けて競売人に向けて指を向けて歓声を上げていた。まさにライブだ。
「同じものの出品でこれだけ数が多いと中ごろで価格が下がるものなのにね」
「下がるどころか上がり続けてるやん」
「先輩! これ、どうなってるんですか! SNSとかでも話題になってますよ~」
「世界中のコレクターが参戦していますね。一度にこれだけ大量に出品されることはないですから、安く買えるだろうと思ったのに落札価格が上がり続けるのでパニック入札になっていますね」
「まったく、嗜好品なんだから無理して買うことないのにな」
「なーんで千里さんってばそんなに冷静なんですかぁ! もっと熱狂して全財産突っ込めー! って思わないんですかぁ?!」
やはり雅代にオークション担当を任せて正解だろう。仕事として考えるなら俺の感性は不利にしかならん。
「ふわぁ~、すごいわぁ」
真由美さんがフワフワしながら時々口にするのは「すごい」ばっかりになっている。
コーヒーのお代わりをしようとしたら香流と目が合った。
「お代わりですか? はい、どうぞ」
「お、ありがとう」
コーヒーを注いでもらってテーブルのミルクピッチャーからマグカップに牛乳を入れる。
「兄やん、ひとくちちょーだーい」
「はいよ」
いつのまにか隣に来た葵にマグカップを渡す。
ごくごくと飲んで中身が半分ほどになったカップを受け取ってひと口すする。
「うん、美味い」
最近やっと配合が決まった我が家のカフェオレ用のオリジナルブレンドだ。
「ふふふ。千里さん、オークション終わってしまいますよ」
「ん? ああ、すまん」
苦笑交じりに俺を見ていた香流に促されてテレビを見る。葵はもう完全にテレビから離れて此花ちゃんと遊んでいた。
「おー、なんか必死だな」
画面の中で競売人の紳士が髪を振り乱して「他いないか!」みたいに絶叫していた。そして、派手に木槌を振り下ろした。
「最後のは四万三千ドルね」
「え? 一枚でだよね? 当初の希望落札価格が五千ドル以下だったよな。ずいぶんと上がったんだな」
「ええ、世界の金持ち、実業家がこぞって参加していたわ。何枚かの落札者は日本人だったみたいよ。まぁ、イベントの客寄せとかにするんでしょうね」
「世界のダンジョン展みたいなやつかな?」
「そうね、そんな感じよ」
園子が笑顔になったから俺の発言もまんざらじゃないな!
香流が今回の集計を発表する。早い!
「ダンジョン金貨二十枚のオークションが終わりました。合計落札価格は約七十万ドルでした。日本円にして一億一千二百万円です。一枚あたりの平均落札価格は、およそ三万五千ドル。日本円で五百六十万円ほどです。私たちが最終的に受け取るのは、オークション手数料として五万ドル少々と日本のギルドへの仲介手数料百万円、売り上げに対する税、パーティー資金に百万円を引いた金額になります。最終的な個人支給額は二千万円ほどになりそうです」
「に、にせんまんえん」
真由美さんがマグカップを持ったまま呆然と呟いている。そのマグカップ、中身減ってないですよね?
「香流、ありがとう。この短い時間の中でよくそんな計算ができるな。さすがだ。さて、金相場価格で二百万円のものが二千万円ってことは十倍になったんだな。なんかとんでもないことがおきた気がするんだが?」
「ちょっと呆れちゃうわね。ネットで世界中のダンジョン関係者が大騒ぎよ。今までダンジョンに興味なかったような人まで乗っかってきてる感じね。ほら、急にお金持ちになった有名人というかインフルエンサーみたいな人たちがいるじゃない? あと、動画投稿者とかね。さっきも言ったけど、落札したアイテムを使って注目を浴びて二次的に儲けようとしたり、注目を集めるためにやってるんでしょうね。もちろん、本物の金貨コレクターが欲しがったり、盛り上がり方を見て投機目的で入札した人も多いでしょうね」
「金持ちのやることはなんかよくわからんな。まぁ、金貨なんてダンジョン攻略にはなんの役にも立たないものだからな。冒険者以外の人間が大金を出して買っていってくれる分には誰も困らないし、こっちとしては大歓迎だな」
「ふふっ。そうね。せいぜいわたしたちに貢いでもらえばいいわね。雅代、これからは任せたわよ」
「なんかすごく悪いことしてる気になっちゃいますけど、お金いっぱいもらえてものすごく楽しそうなんでなんでもやりますぅ~」
誰からともなく起きた拍手で俺たちの初めてのオークションは終了した。
「じゃあ、オークションがうまくいって大いに儲かったから打ち上げに昼を食べに行こうか。雅代と咲耶ちゃんも一緒にね。もちろん小佐原さんも」
「いいんですかぁ! やったぁ!」
「わぁ! お邪魔して良かったっす~」
「咲耶ちゃんはこのオークションが俺たちの出品だったことの口止め料込みだからね」
「あははは。口にご飯入れてくれたら何もしゃべらないっす!」
「今日はお祝いなのでお寿司屋さんを押さえてあるわ。ちょうど小佐原さんの車があるから二台に分乗で行けるわね」
「ついに拙者がお役に立てる時が! 場所はどこでござるか?」
「代官山よ。いまお店の情報を送ったわ」
雅代と咲耶ちゃんが小佐原さんのスマホをぶん取って名前から店を検索している。
「せんぱーい! お店がお店が、お店が素敵ですぅ!」
「お祝いですからね」
「そうだな。オークションで増えたお金だしね。パーティー資金から出るお金だから遠慮なく食べてよ」
ハイエース二台に分乗して代官山の寿司屋に行くと、もちろん貸し切りになっていて、子供も入れて十人で食べ放題か! というぐらい高級寿司を食べた。
雅代は「これがS級冒険者なんですねぇ!」と感動しきりだった。だよね。だけど、俺だけだったらこんな金の使い方は思いつかなかったよ。
葵も店に着いた直後はさすがに高級店の雰囲気に大人しかったが、座敷で貸し切りということもあってすぐにいつもの調子に戻った。朝からおにぎり三個余裕の葵はよく食べた。雅代が、寅吉さんと並んでも遜色の無い葵の食べっぷりとプロポーションの良さは辻褄が合っていないと抗議していた。
昼ごはんのあとは咲耶ちゃんの家が近いので送ってから帰宅。小佐原さんと雅代は引き続きウチに戻る。
寅吉さんたちは自宅に帰ったが、小佐原さんと雅代を交えてまたリビングに集合している。
夕方からは、小佐原さんとダイブした時にゲットした魔晶石の青二個、黄色三個、そして魔金百グラムのインゴット五本の国内オークションが行われるからだ。
なろうは不定期で遅れて更新になっています。
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