第84話 父親ズ
今日の主役は誰がなんと言おうと寅吉さんだ。上座はもちろん寅吉さん。立神氏は一番下座の端に座っている。なぜか隣が空いていて、呼ばれた俺はそこに座らされる。それでも俺の方が立神氏より上座になっていて居心地が悪いったりゃありゃしない。こういうの全部計算じゃないでしょうね?
席に着くなりビール瓶を掲げる立神さん。すかさず目の前のコップを両手で捧げ持つとすぐにビールが注がれる。目の前に置いてあるビール瓶を持って立神氏のコップに注ぎ返す。
「形としてな、最初の一杯だけ。あとは勝手にやらせてもらうよってな。千里はんも手酌でよろしう」
乾杯の形式として酒を注いだけど、これ以降は酒を勧めることはないという宣言だ。トップがこれだと場が荒れようがない。出来たお人だ。さすがパワハラにも厳しい元陸自幹部。
このお疲れ会の主役は寅吉さんで、幹事は俺だ。まさか竜騎兵の幹部が来るとは思っていなかったなぁ。竜騎兵からは、立神氏の他には咲耶ちゃんの他に二名が参加している。
各人のグラスに飲み物が入ったところで乾杯だ。先輩を前にやり辛いが、司会進行は幹事の役目。半歩下がって席を立つ。
「それでは皆様、グラスに飲み物は入りましたでしょうか。今夜は、冒険者支援機構、代々木公園前支部、支部長をお務めになった寅吉勝利さんの退任を労う会を、冒険者クラン『Renegades』主催で開催させていただきます。寅吉さん、支部長という大任のお務め、お疲れ様でした。私は寅吉さんと知り合ってまだ日が浅いですが、初めてお会いした時からお世話になりっぱなしです。そして、今は同じクラン、同じパーティーとして命を守っていただく毎日です。これからもお世話になることは間違いなしですが、いつかこの御恩を少しでもお返しできるよう、精進していきたいと思います。寅吉さん、お疲れ様でした。これからもよろしくお願い致します。それでは引き続き乾杯の音頭を、大先輩クランの竜騎兵代表、立神和俊氏よりお願い致します」
寅吉さんはちょっと苦笑いだ。こんなはずじゃなかったって顔だ。
「お前、そんな嫌そうな顔すなよ! わっはっはっは! いや、すまんな、急に顔出してもうて。せやかてお前、ウチで宴会するっちゅうのに顔出さんわけにもいかんやろ。ま、寅吉がまた現場に出るゆうんならこれは大変喜ばしいこっちゃ。そのうち下で一緒になることもあるやろ。その時はあんじょうよろしゅうたのんまっせ。ほな、寅吉勝利君の前途を祝して! 乾杯!」
「乾杯!」「かんぱーーーい!」
此花ちゃんの無邪気な「かんぱい」の声に場の空気が一気に軽くなる。
広くて居心地のいい、掘りごたつの宴会場だ。新品の畳の匂いがなんとも落ち着く。テーブルの上に熱々の美味そうな料理が次々に運ばれてくる。誰もが遠慮なく料理に箸を付けて食べまくって飲みまくる。ここは料理が美味しいお店なのだ。
「やっぱり酔恋い処は料理が美味いですね」
「わははは。せやろ? 親バカやけどな、あいつらなかなかエエ腕してんで?」
「ああ、そうか、立神さんの息子さんたちのお店でしたね!」
「なんや、千里はん、もう忘れてたんかいな。ほな、お世辞とちゃうんやな? わははは」
「いや、お世辞じゃないですよ。わたしたちが渋谷で最初に会った時に入ったのがたまたま酔恋い処で、それから事あるごとに使わせてもらってましたから。なんなら昼メシ食うのにも行ってましたよ」
「そうやったんかいな。そら、うれしい話やな。この店はご近所さんなんやろ? 贔屓にしたってや。割引は効かんけどな! わはははは」
「星名さん、すまなかったね、突然お邪魔しちゃって」
右隣りの席から声を掛けられた。最初に会った時に喫茶店のカウンターにいたイケオジだ。
「いえいえ、ご挨拶が遅れました。『Renegades』の星名千里です。よろしくお願いいたします」
「これはご丁寧に。『竜騎兵』副官の田茂高志です。タックネームは『ヒット』です」
やさしい眼差しが印象的なイケオジだ。誰がなんと言おうとイケオジだ。若い頃はさぞかしモテただろう。カッコよくて強いとか男の憧れだ。
タックネームを教え合うのは冒険者あるあるだ。本名バレを隠すためにも、会話をしてもいいと思った相手には、まずタックネームを教え合うのが冒険者同士の作法だ。そして地上でもタックネームで呼び合う。それは、いざ一緒に戦う時に混乱しないためだ。つまり『お前とは一緒に戦ってもいいぞ』という意味が込められている。まぁ、というのは建前で慣例だ。
「私のタックネームは『セン』です」
「そうだ、最初に会った時に俺は喫茶店のカウンターにいたけど、あれは団長たちが外に出てたから俺が店内に残っていただけでな、本来あそこにいるのは俺じゃないんだ。おい」
田茂さんがさらに隣に座っていた竜騎兵のメンバーを紹介してくれた。鼻の下にヒゲを蓄えたダンディーなおじさまだ。
「はい? お、よろしく。タイガーと同期の阿芽寿美です。タックネームは『マスター』ね。竜の寝床の喫茶店は俺の仕切りだからね!」
「よろしくお願いします。『Renegades』の星名千里です。「セン」です」
「そこ、うちの監督をイジメてるんじゃないでしょうね?」
寅吉さんがグラスとビール瓶を持ってやって来て向かいにドッカと座った。
「おいおい、主賓が席を立つもんやないで。そんなんされたら俺が悪いみたいに見えるやないか」
「わははは。我々以外いないんですからどう見られてもいいでしょう」
「いや、お前、あんな若こうてべっぴんさんばっかりやのにワシが嫌なじじいに思われたらどないしてくれんねん」
「お父さん、なにまた馬鹿なこと言ってんのよ。お母さんに言いつけるわよ」
「うお。和代、それはあかんて。冗談やがな」
「千里さん、こんな人たちの中にいると言葉使いも行儀も悪くなっちゃいますからね。まともに相手しなくていいんですよ」
「和代ちゃんは厳しいなぁ」
「あ、田茂さんは別よ! だってカッコイイもの!」
「和代ちゃん、それはセクハラだよー。おじさん傷付いちゃうなぁ」
「マスター、そういうのは自業自得って言うんです。じゃ、千里さん、みんなにイジメられたらわたしに言ってね! 助けに来るから!」
「あははは。その時はぜひ頼むよ」
和代ちゃんは空いた皿とグラスをササっと片付けて風のように去っていった。
「ええコやろ? あれはなかなかやれへんで? あのコが欲しいんやったら」
「団長、ウチの監督に喧嘩売るのは止めた方がいいですよ? ちゃんと警告はしましたからね?」
寅吉さんのその一言で竜騎兵の歴戦の猛者たちの雰囲気が一変した気がした。恐ろしいからぜひやめていただきたい!
「ほほう? 空挺相手に喧嘩出来るってのはおもろいこと言いよるな」
「いやいやいやいや、言ってないですから。そんなこと一言も」
「ふーん。タイガーが自ら前衛をやろうっていう男だもんなー。一回、一緒に回ってみたいなぁ」
「はっはっは。悪いな、マスター。うちは単独潜行専門なんでな。分け前の減る協力討伐戦はお断りだ」
「いやいや、『Renegades』って、まだ一小隊しかないんだよな? それでレイドしないでどうやって潜るんだよ」
「それはワシも聞いてみたいなぁ。カントクはん、教えてぇな。今、何階層まで行ってんのや?」
寅吉さんを見ると笑顔のままだ。話してもいいということだろう。
「代々木公園第一は先日、第十九階層まで行きました。次回、ボス戦ですね」
「ん? 最初に会った時は初めて十一階層の安地に来たと言っていたよね?」
立神さんが標準語になった。なんで? オフィシャルモード? 寅吉さんがニヤニヤしている。
「そうですね」
「それで、レベルは今いくつなんだね?」
「前回潜った時にレベル十七になりました」
「たしか、星名さんが一番レベルが低いんだっけ?」
「厳密にはあそこの元気な子が経験値的に私より少し下ですが、レベルはほぼ同じですね」
「ああ、きみのところはみんな若そうだが、あのコはその中でもだいぶ若そうだね」
「そうですね、彼女は高校を卒業したばかりのまだ十八歳ですから」
『竜騎兵』の人たちがフリーズした。
「星名さん、レベル十七がふたりいて、ひとりはついこの前まで女子高生で、五人のうち三人が女性のパーティーで、次回のダイブで二十階層のボス戦に行くんだよね?」
「はい、そうですね。あの、みなさん、俺のことはもうさん付けなしでお願いします。逆になんか居心地が悪いです」
「タイガー、これがお前がウチに来なかった理由なのか」
「マスター、それは違う。俺は『竜騎兵』に入らなかったんじゃない。『Renegades』だから、星名千里がいるから現役復帰したんだ。パーティーを組んだのでもない。パーティーに参加させてもらったんだ。そこは間違えるな」
「せやな。お前はダンジョンを止めたんやもんな。理由はわかる。家族を第一に考えて現役を辞めるのは当然の決断だ。そんな中でもお前はよく続けてくれた方だ。そして性格も一本気で融通が利かん。俺たちみたいな連中は現場が忘れられなくて、なんだかんだ理屈をこねて家族を置き去りにしてまたダンジョンに戻ってしまう。しかし、お前はそうじゃない。なんでや! なんで戻ったんや! 知りたいのぉ~!」
最後に本音をぶちまけてビールを一気に煽る。どこか芝居がかっておどけた感じが憎めない。
立神さんの言うことはよくわかる。通常、第二十階層のボス戦だとすると、最低一泊は必要になる距離だ。しかも、ほぼ歩き通し、戦い通しでだ。家に帰る日が無いのが当たり前のような冒険者生活と家庭生活を両立させるのは無理だ。冒険者はみんな単身赴任みたいなものだ。しかも、地上に戻るその瞬間まで生死不明で連絡を取ることも出来ないのだ。
「千! 代々木第一は二十の次は二十五階層にボスがおる! そこを超えた二十六階層はまた安地や。そこまで行って金稼ぎができるのは上澄みと呼ばれる冒険者だけや。そこまで来い! 寅吉! お前もや! 下の安地で待っとるからな!」
ここでいう『上澄み』はA級以上の冒険者のことだ。冒険者はB級で、ピンキリはあるが、暮らしていくのに不自由はないぐらいの充分な稼ぎがある。A級なら一流の冒険者で、年収数千万円はざらだ。
「そうですね。二十の次が二十五階層ならボスまで近くてラッキーですしね」
そう言ったら『竜騎兵』の人たちが口を開けて俺を見ていた。寅吉さんが「わっはっはっは」と笑っていたからそんなに変なことは言っていないはずだ。大丈夫だろう。
「千里さーん! おじさんなんかほっといていいっすよ! こっち来てくださいよー!」
咲耶ちゃんが呼んでいる。軽く手を振って応える。そんなホイホイと若い女性の誘いに乗ってこの席を立てるわけがない!
「あのコはなぁ、ヒットの同期だったヤツの娘や。早くに母親を亡くしてな、男手ひとつで育ててたんや。あのコが高校入ったあたりでえらいイレギュラーがあってな、殉職させてしもたんや」
「団長、団長のいないところで起きたアクシデントです。誰も悪くありません」
ヒゲのマスターが向こうに聞こえないよう早口で囁く。
「うん、まぁなぁ。そんなわけでな、あのコが高校卒業してからはウチらんところで見守ってたわけだ。俺たちにできるのはレベルを上げることで身を守り、狩りで生活できるようにすることだけだ」
「なるほど。下層階へのキャリーでパワーレベリングしたんですね」
レベルの低い冒険者をパーティーに組み込んで、他の冒険者がモンスターを倒すことで強引に経験値を稼いでレベルアップさせるやり方だ。
金を取ってそれを仕事にする冒険者もいるが、そうやってレベルを上げた冒険者は金持ちの道楽に見られるし、そもそも戦っていないのでレベルに見合った実力も無いので実戦で役に立たない場合が多い。
それにしてもレベル五十まで上げるというのは明らかにやり過ぎな気もする。ダンジョンの受付業務をする引退した冒険者のレベルが四十五だぞ? あの年頃のコたちの中ではまったく釣り合いが取れないだろうなぁ。
ヒットさんがグラスを見つめながら言葉を継ぐ。
「そうだ。目安のレベル五十まで上げた。もちろん、キャリーするだけでなく、冒険者として戦えるように訓練も施した。残念ながら彼女が持っていたのは戦闘系のスキルではなかったが、父親譲りの運動能力の高さが幸いして充分、戦えるようになった。センスはあるからな。単純な戦闘だけなら空挺に来る新人なんか手も足も出ないぞ?」
そう言ってニヒルに口角を上げた。
いや、どこの世界基準の『目安のレベル五十』なんだ?! 空挺を目指す若者が勝てないってどういうことなんだ?! 猛者を通り越して脳筋過ぎる!
しかし、マジか。香流と模擬戦でもやってもらったらいい訓練相手になりそうだ。
「団長ー! 千さん借りてくからねー!」
突然、咲耶ちゃんが現れてビールの入ったコップを持つ手を引っ張られる!
「おっとっとっと!」
ビールがこぼれないように慌てて立ち上がって引っ張られるがままに連れて行かれる。
『竜騎兵』の人たちが微笑んで見ているが、あれは父親の目だ! この娘相手に余計なことをしたらどんな目に遭わされるかわかったものではない!
この娘、だいぶ歪んだ育成をされてる気がするぞ。果たしてこの娘は彼氏を作ることができるのか心配になるなぁ。
なろうは不定期更新になっています。
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