第83話 プレゼント
今日は夕方から寅吉さんのお疲れ様パーティーだ。短い期間ではあったかもしれないが、お世話になったことには変わらないし、これからもお世話になる人だ。そういう人物である寅吉さんの、退任という人生の節目を労いたいという俺たちの気持ちだ。
昨日はギルドの送別会があったということで、寅吉さんがよければうちのクラン名を出してもいいと言ってある。世界最高峰の前衛だった過去を持つS級冒険者が、実情はどうあれ現役復帰だ。周りも今後の動向は気になるだろうし、黙っていてもすぐに素性がバレそうだ。
すでに『Renegades』自体がネットでは話題になってきているし、クラン運営をうまく回すことを視野に入れる時が近づいていることをひしひしと感じている。
冒険者界隈では、元陸自というだけで一目置かれる。それは実力の高さだけではなく、陸自出身者同士の横の繋がりの強さも影響している。
『Renegadesにはタイガーがいる!』
これだけでいい。元第一空挺団の第一小隊の前衛がいるクラン、パーティーとして噂になる程度で誰も手を出して来なくなる。それを知った上で手を出してきたらそいつらは問答無用に滅すべき敵だ。
『冒険者』という業界の中で、戦闘のプロからの流入というのは同業者から一目置かれる存在だ。
冒険者志望の者は、高卒と同時に陸上自衛隊入隊で数年間の冒険者修行という流れも出来ている。今は陸自創設以来の新入隊ブームだ。
冒険者誕生以来、陸自隊員の平均年齢が一気に下がったほどだ。
そんな陸自の中でも最強の名を欲しいままにする第一空挺団の横の繋がりは、外部の人間には想像しようもないほど強固だ。自衛隊出身者のいるパーティーに手を出したら、ダンジョンどころか地上の夜道さえ歩けなくなる。レンジャー相手なら尚更だ。
精強という言葉がこれほど似合う野郎共はいない猛者。それが空挺。
寅吉さんが冒険者機構を辞めることでいろいろな勧誘や憶測も生まれる。様々な要因を考慮して寅吉さんの名前だけは出してもいいだろうと判断した。
そんな頼りになる仲間のためのお疲れ様会の前に、ちょっとしたサプライズだ。
『はい。もしもし、寅吉です』
「星名です」
『星名さん、どうしたんだい? 待ち合わせは十七時からだよね?』
「はい、そうなんですけど、今ちょっとマンションの入り口まで出て来られますか? 直接お知らせしたいことがありまして」
『ん? ああ、かまわないよ。今向かうよ』
現場主義の人は即断即決で話が早い。
みんなでマンションエントランスの車寄せで寅吉さんが出てくるのを待つ。園子、香流、葵、寅吉さんの奥さんの真由美さんと娘の此花ちゃん、それに小佐原さんという、『Renegades』全メンバー勢揃いだ。
エントランスから出てきた寅吉さんが勢揃いしたみんなの笑顔を見て怪訝な顔だ。
「みんなどうしたんだい? 真由美も? 買い物に行ったんじゃないのかい?」
戸惑う寅吉さんに近付いて右手を差し出すと釣られて手を出す寅吉さん。
「寅吉さん、お疲れ様でした。コレは『Renegades』メンバーからの退任、そして現役復帰祝いです」
寅吉さんは右手に握らされたものを不思議そうに見た。そして目の前にあるものと右手の中のものを素早く何度も見た。
「え? は? え? いや、これは?! いやいやいや、違うよね?!」
「寅吉のおっちゃーん! 退職おめでとうさーん!」
「支部長、じゃなくて、寅吉さん、ご退任おめでとうございます」
「寅吉さん、お疲れさまでした。これからもどうぞよろしくお願い致します」
三人三様に寅吉さんに声を掛ける。
「ああ、うん、どうもありがとう。じゃなくてこれは!」
寅吉さんの目の前には真っ白でデカいキャンピングカーが停まっている。
「寅吉さん、リモコンのそれ、その上のボタンを押してみてください」
寅良さんがおそるおそるボタンを押す。
ブルルルン! リモコンでキャンピングカーのエンジンが掛かった。
「ああああ!? こ、これは!」
俺がキャンピングカーに近付いて車体横のドアを開けると「わーい」と此花ちゃんが中に駆け込んで行く。
「パパ―、はやくー」
目に入れても痛くない愛娘の誘いにフラフラと車内に吸い込まれる寅吉さん。
「うおおおお!」
開いたドアの中から寅吉さんの叫びが聞こえた。
「わはははははは」
サプライズ成功にみんなの笑顔が広がる。
「星名さん! これはいったい!」
車内から顔だけ出す寅吉さんが説明を求めていた。
「はい、これはわたしと香流、園子、葵からのプレゼントです。それと」
「こちらは自分からです! 寅吉さん、お疲れさまでした! これからもよろしくお願い致します!」
顔だけ出していた寅吉さんが、険しい顔つきで車を降りると、小佐原さんが両手で捧げるものを大事そうに受け取った。
「小佐原さん、これは」
「はい、先にお渡しした魔鉄鋼製の打刀と大小となる脇差です。命を懸けた仕事のお供としてお役に立てるよう、魂を込めて打たせていただきました。これが今の私の精一杯です。御奉呈させてください」
そう言って頭を下げた。
「みなさん、ありがとう。なんてことだ。自分はまだ、こんなことをしてもらえるほどのことは何もしていないよ」
「ほーん? でも、これからやってもらう分も込み込みやから遠慮のうもらってくれてええんやで?」
「ぷっ! はは、はっはっはっは! うむ! それならそうさせてもらおう!」
葵のこういうところは誰も敵わない。
常識では考えられない高価なプレゼントだが、今の俺たちにはこれだけのことが出来てしまう根拠がある。寅吉さんも、用意されたものを受け取らないわけにはいかないことはわかっていて、だけどまだこの感覚についていけないので戸惑いが大きいのだ。ちなみに俺が同じものをもらっても今の寅吉さん以上にビビり散らかす自信がある!
「まぁ、保険代とか駐車場代はご負担掛けるので余計なお荷物のプレゼントではあるかもしれませんけど」
「いやいやいやいや、これ、すごいじゃないかね!」
「すごいわよねー!」と言いながら我慢しきれず真由美さんも車内に飛び込んで行った。車内からは楽し気な母娘の声が聞こえる。
寅吉さんがはしゃぐ此花ちゃんと真由美さんの様子を眩しそうに見ている。
「真由美のあの様子からするとだいぶ前から知っていたんだよね」
「そうですね。中を使うのは真由美さんですからね。内装の仕様は相談しながら決めましたから」
「いったい、いつから計画していたんだね」
「そうですね、寅吉さんから退任の手続きをすると聞いてからなので一、二ヶ月前ぐらいでしょうか」
「そんな素振りなんかあったかなぁ?」
寅吉さんが「あっ」と言って黙った。真由美さんと此花ちゃんだけでウチに遊びに来るなんてしょっちゅうだ。ウチの女性陣と一緒に真由美さんはよくランチにも行っている。
「なんてこった! うちの妻って俺以上に君たちと会っていないかい?!」
「なはははは! 今頃気ぃついたんかいな!」
キャンピングカーは昨日納車で、真由美さんと此花ちゃんには寅吉さんに見せる前に、先ほどお披露目していた。昨日見せなかったのは、見たらぜったいに一晩黙っていられないからだ。
寅吉家のキャンピングカーは、キャブコンと呼ばれる本格キャンピングカーだ。艶やかな白色で迫力満点。中に入ると高級家具にも使われる落ち着いた美しい木目の豪華内装。運転席の上は常設のバンクベッドになっていて、家族三人で横になってもぜんぜん余裕の広さ。後部キャビンは豪華ホテルのようなリビングになっていて、ベッドルームにも簡単に換装できる。でかい冷蔵庫や家庭用エアコンも付いていて、オールシーズン快適に過ごせる動く家だ。
車内を一通り見た寅吉さんが出てきた。
「いや、この脇差といい、どう考えても、もらいすぎだよ」
「勤め人じゃなくなったってことは、これからの人生の時間を自由に使えるということです。一足早く自由業になった先輩からのアドバイスです。此花ちゃんが小学校に通うようになる前のこの一年、日本全国いろいろ遊びに連れていってあげてください」
「ああ、星名さん、そんな人生が自分の身に起きるとは!」
ブロロロロン
「え? これは」
白いキャンピングカーの後ろにフルコンと呼ばれる、さらに巨大で真っ黒なキャンピングカーが停まる。颯爽と運転席から降りてきたのは香流だ。
寅吉さんの目がまん丸だ。
「こっちも四人で寝泊まりできる拠点を買ったのでいつでも一緒に地方遠征が可能ですよ」
「ちなみに拙者も!」
そう言って小佐原さんが走って行った。真由美さんと此花ちゃんが今度は巨大キャンピングカーに吸い込まれる。
「今、園子たちが日本を巡るダンジョン攻略旅行を計画中です。とりあえずボス攻略を簡単に済ませられるところを優先的に巡ろうと思います。収入的にはそこまで大きくないかもしれませんが、ボス素材は確保できるので、一年間の限定としても問題無いと思います。まぁ、ずっと旅をし続けるわけでもないので。それとですね、昨日、【こうしえん】のレベルが上がりまして、ちょっとおもしろいことが出来そうなのでさらに心配事は減るかと思います」
「おお、それは話を聞くのが楽しみなような怖いような気がするねえ」
「あとはまぁ、今夜の結果次第ですかね?」
「ははは。それは違いないね」
ブウウウン
寅吉さんのキャンピングカーの前にこちらも真っ白なハイエースベースのバンコンと呼ばれるタイプのキャンピングカーが停まる。運転席から小佐原さんが降りてくる。
「うーむ。三台並ぶと壮観ですな!」
「いいですね。小佐原さんも一緒に行っていただけるとこれが一番小さくて取り回しが良くなるんですよね」
「買い出しはお任せ下され。わははは」
ひとしきり車で遊んだら宴会場へ。
◇
「いらっしゃいませー!」
「こんばんは、和代さん」
「あ、千里さん! イメチェンですね! すごーい! 素敵ですー!」
「和代ちゃん、きたでー!」
「葵ちゃんもいらっしゃーい! わー! みんな綺麗になってるー! あ、お父さんたち、もう始めちゃってるわよ! まったく酷いわよねー!」
兄の和頼氏が大将の『酔恋い処 渋谷駅前交差点店』が『酔恋い処 本店』と改名し、うちの最寄り駅に弟の和臣氏が大将の『酔恋い処 弐号店』がオープンした。妹の和代さんは両店を行き来して手伝っているそうだ。
で、大事なのは彼らの父親が『竜騎兵』のクランボス、立神和俊氏だということだ! 立神さんは、かつての部下たちに気を使わせるのが嫌で寅良さん始めだれにも子供たちが居酒屋経営をしていることを教えていなかったらしい。
今回、お疲れ様会をやるということを『竜騎兵』の薬師の浅野咲耶さんに話したところ、『酔恋い処』が会場ということが立神氏の耳に入り、さすがに黙っているわけにいかなくなったという顛末だ。
「お父さんーん! 星名さんたち来たよー!」
「おう! 今夜の主役! 早く出頭せよ!」
「はっ! 寅吉勝利! 着任します!」
「真由美ちゃん、此花ちゃんの顔、見せておくれ!」
「あ、千里さーん! え! かっこいいっすねー! あ、葵ちゃんたちもステキー! こっちこっちー!」
「立神さん、こんばんは。咲耶ちゃんもこんばんは」
「わーん! 千里さーん! 園子せんぱーい!」
掛井さんが猛者に囲まれてガクガクブルブルとしていた。大丈夫だよ、みんな優しいよ? たぶん。
「うーむ。咲耶ちゃんとか今日で会うのんまだ三回目ぐらいやけどな。もう兄やんとちゃん付けで名前呼び合ってんで」
「まぁ、いつものことよね」
「うふふふ。まるで下心というものがないのが痺れますね」
「ぎゃー! みんな素敵ですぅー! どこの美容室なんですかぁ?!」
「雅代ちゃん、これなー、香流ちゃんの紹介ですぐそこに出来た店やで」
「えー、どこどこー。おしえてー」
女の子たちは和代さんも一緒になってすでに十年来の友人かのような仲良しぶりだ。さあ、俺は竜の巣窟にダイブインだ!
「おう! 千里はん! こっち来ぃや!」
「はい、ただいま!」
ボスに呼ばれれば二つ返事だ。否はない! 俺も一応、ボスではあるがまるで格が違う。向こうが天翔ける竜ならおれは地を這うトカゲだ。気合を入れろ!




