第80話 閑話休題:若い頃は若かった
「で? 大学に入ってなんのサークルだったって?」
園子による尋問が始まった。
「え? 食後は飲みながら今後のタイタンズ対策の話をするんだったよな?」
さっきまで楽しく美味しく、食べて飲んでいたはずだったのだが、いつの間にこうなった? テーブルの向かいで園子と並ぶ香流が身を乗り出す。
「はい、その通りです。敵を知るにはまず味方から。兵法の定石です。千里さんが敵の大将と旧知であるならば、まずは身内のことから知っておくべきでしょう。私たちは運命共同体なのですから」
園子の恫喝の後の香流の静かで優しい口調の説得は大変効果的だった。そうだ、俺はタイタンズの大将である藤間元子と因縁がある。味方である彼女たちに対して俺に秘密があっては信頼関係が維持できるはずもない。なにもかも話して、その上で信頼関係を築くべきなんだ!
「なるほど、香流の言う通りだな。全てを話すことで君たちの信頼が得られるのならば俺は全てを詳らかにするべきだな!」
園子が俺のグラスにワインを注ぐ。
「今から十年前、高校三年生の冬休みにスキル鑑定に行ったんだ。みんなと最初に潜った渋谷第一ダンジョンだ。クラスメイトの男四人、女ふたりの六人組みの仲良しグループだったんだ。教室でダンジョンの話をしていたのをきっかけに同好の士が集まって仲が良くなった気がする。で、鑑定結果がな、みんなも知っての通りだったんだ。俺を除く五人が良いスキルを引いてね、彼らがパーティーを組んでからは距離が出来た。誰とも会話せず卒業式を終えて帰宅したその日の夜に五人が死んでしまった。俺は鑑定の日以来、ダンジョンのことはすっかり視界から外して生活していてね、大学に入ったあとは、いつか使うだろうとコツコツと買っていたキャンプ用品だけでも使おうと思ってキャンプなんかをやるアウトドア系のサークルに入ったんだ」
「そこにおばちゃんがおったん?」
思わず苦笑だ。
「元子は俺より二学年上だからな。初めて会った時、俺は十八で元子は二十歳だったよ。彼女はいろいろなサークルを掛け持ちで入ってて、俺の入ったアウトドアのサークルにも顔を出していたんだ。」
「ほんで? いつ彼女になったん?」
珍しく葵が積極的な気がする。
「えーと、入ってすぐに新人歓迎会を兼ねたキャンプがあったんだ。で、ほら、わかるよな? 新歓の宴会って言えば」
「あー、お酒飲まされたのね。千里、真面目そうだものね、お酒なんか飲んだことなかったでしょ? 大丈夫だったの?」
「そうなんだよ、俺はまぁこんな性格だからな。先輩に言われたからって酒なんか飲む気はまったくなくてな。今となったら先輩の気持ちもわからなくもないんだけど、俺も若かったし、ちょっと荒れてた時期だからな。隣に座ってた新入生の同期の女の子とかも飲まされそうになってて、頭に来て酒飲めって言ってる先輩に向かって、未成年の女の子に酒なんか飲ませるなとか言って場が荒れそうになったんだよ」
「うお! 兄やん、やるなぁ。それ、もちろんそんなやさしい言葉で言い返したんちゃうやろ?」
「わははは。まぁな! そりゃ先輩もいきなり後輩にギャンギャン言われたらメンツも立たないしケンカにもなるよな!」
「うふふふ。今では信じられないやんちゃ千里ですね。でも、私はその場で庇っていただける同級生になりたいですわ」
「わたしはそんなこと言う後輩が欲しいわね。千里、かわいかったでしょうね」
ふたりともいい感じに酔ってるっぽい。学生時代の俺をずいぶんと美化して妄想してくれていそうだ。
「で、まさにもうこれは殴り合いが始まるだろうってタイミングで元子が割って入ってきたんだ。そのキレてた先輩が四年生で、元子が三年生だったんだけど「まぁまぁ先輩も大人なんですからちょっと落ちついて後輩を指導してあげてくださいね。キミも言ってることは間違ってないしカッコイイけど、先輩の顔を立てて少しは言い方を考えないと男の子のまんまよ」って言われてな」
「うっわー。姉さん、カッコエエなぁ! そんなん言われたら惚れてまうやろ! それと、それ、園子ちゃんとかがめっちゃ言いそうやな!」
「うぐっ! 頭をよぎった自分の言動と重なるわね」
「うふふふ。園子さんも学生時代は大変おモテになったんでしょうね」
「わ、わたしのことはいいのよ! それで? そのあとどうなったの?」
「えーと、それで元子が手に持ってたやつを「先輩はこれ、はい、ビールね! キミはこれ、ジュースだからね!」って言ってプラコップを渡されて、元子も缶ビールを開けて「はい、これで仲直りのカンパーイ」とか言ってな。まぁ、俺もそう言われたら先輩相手にやり過ぎたなって思ったし、先輩もバツが悪くなって、お互いに謝って乾杯して飲んだんだ。絡まれてた同期の女の子からもお礼を言われたりして、その子は他の女子メンバーが連れていって、後は普通に宴会になったんだよ。で、その隣にいた同期の女の子が抜けたところに元子が座って」
「おおー! ついに来たな! ほんで! ほんで!」
「いや、そしたらなんかおかしくてな。だんだん頭がフラついてきて」
「あっ! 千里、それってまさか!」
「今考えればそのジュースだって言われて飲んだのが強いカクテルだったんだと思うんだ。俺も頭に血が上ってたし、その、まぁ、隣に座ったのがとんでもない色気のある美人の先輩だったからな、「こんなのジュースだから。カンパーイ」なんて言われて、子供だった俺はカッコつけてそのまま言われるがままに飲んでたんだ」
「うおお、こわ! 元子はん、怖いなぁ。全部計算やろ?」
「そうよね、そもそもケンカを止めに入るタイミングも、カクテル持ってるところも、全部計算よね? ひょっとして隣の女の子の席も空くように誘導してない?」
「ああ、そういえば他の女子部員に「この子、ここにいたらまた巻き込まれるからあなたたちの方へ」みたいに言ってたな」
「あらあらあら。世の中、本当にそんなことがあるんですのね。でもそういうのって普通は」
「ええ、男が女にやるやつよね。それで? そのあとは?」
「え?! そこまで言わないとダメか?! だいたいわかるだろ? おじさんの昔の恋バナにもならん醜態を聞いても引くだけでおもしろくもなんともないぞ?」
全員の「言え!」という圧が!
「えーと、気が付いたら自分のテントの中で仰向けに寝てて、上には元子が乗ってて、そのまま? みたいな」
「はぁ~。なんてこと。そんな簡単なことだったのね」
「若い、ですわね」
「兄やん、やってもうたな」
「いや、だから十年前の世間を知らない若者だからさ、でもまぁ、しょうがないって言うつもりはないけど。その時は俺も悪い気はしなかったし、素敵な女性だから真面目に付き合おうと思ったんだよ」
「そうね。くやしいけどそれはまぁ相手が悪かったわね。で? その後はどうなったの?」
「あ、ああ、まぁ、元子に連れられて友人だっていう女の人たちの前によく連れ出されて、いろいろ出掛けて一緒に飲んだりなんだりしてたんだけどな、そんなことがあって二週間後ぐらいのサークルの飲み会で、今度はみんなでダンジョンに行こうって話になったんだ。で、俺は友人を失くしたばかりというトラウマもあったし、もう一生ダンジョンに潜る気は無かったから、俺は行かないっていう話をしたんだ。そうしたら、新歓の時に揉めた先輩が、なんで行かないんだ、付き合いが悪すぎるだろうって言い始めてな。そもそもダンジョンなんて危険な場所は本人の意思が第一であって、他人に強制されて行くところじゃないだろうと。ダンジョンで万が一のことがあった時に強制的に参加させたアンタに責任が取れるのかよって言ったんだ」
「なんや、どっかで聞いたことあるような無いような話やな」
「でもやっぱり千里の言ってることはなにも間違ってないわ」
「そうですね。私がその場にいて、参加に乗り気じゃないなら、男の方にそう言っていただければこんなに心強いことはありませんね」
「惚れてまうやろ! あ、でもその時の兄やんは元子はんが彼女やもんな」
「まぁな。で、そんなふうに言ったらその先輩が「なにビビってんだ。お前のスキルがショボいからそんなヘタレなこと言ってんだろ」って言い始めてな」
「ええっ!? なによそれ! 許せないわ! そいつ、今どこで何してんのよ!」
「いや、怒ってくれるのは嬉しいけど、会ってどうするんだよ。もう十年も前の話だからな? それで「俺はダンジョン探索はやったことはないし、やる気もない。スキルは覚醒もさせてない能無しの【地図】だ。文句あるのか」って啖呵を切ったんだ」
「おお、兄やんはやっぱり強いな。そんなはっきり言われたら誰もなんも言い返されへんやろ」
「おお、まさにその通り、誰も何も言わなくなってな。で、まぁ、行きたい人だけ行けばいいよね、とか言ってその日は解散になったんだ」
「いいんじゃない? そんなのそれが当然でしょ? そんなバカげた理由で命懸けの冒険に行く方がおかしいのよ」
「ええ、園子さんのおっしゃる通りですね。でも、私たちも先日見てしまいました。みなとみらいで遊び半分に潜っていらっしゃる方々を」
「あっ、そうね。そういう常識の境界線の引き方が違う人たちが現にいるのよね」
「それで兄やんどうなったん?」
「そうしたら、その後、俺が元子を騙して無理やり付き合わせてるとか、新歓の夜も俺が酔ったふりをして介抱しろって元子に嘘をついて強引にテントに誘い込んだんだっていう噂が広まってたらしくてな。それを新歓の夜に庇った同期の女の子から聞かされたんだ。で、元子に、そんな噂が出てるみたいで俺のせいで悪いなって言ったら「わたしはそんな噂なんか気にしないからあなたは気に病まないで」って優しくされて」
「うお、ベッドでそれ言うん? めっちゃエエ女やないか。惚れてまうやろ」
葵も簡単に騙されやすそうで怖い。あの頃の俺と同じでまだまだ若いな。
「で、俺は元子の部屋に泊まってたんだけど、次の日に寝ている元子をそのままに俺だけ大学に行って、そこでまた同期の女の子から、その噂を流しているのが元子自身だって聞かされたんだ」
「は? 千里を泊めて夜を一緒に過ごしているのに、千里のこと貶めてるの?」
「え? え? なに? なんで? 元子はん何してくれてんの? 意味わからへんねんけど?」
「千里さん、確認ですけど、その前の晩もいたしてるわけですよね」
「いたして、って、ま、まぁ、それは、はい。そうですね」
「そ、それでどうなったの?」
「ああ、それはおかしくないかって、だって俺は昨夜も元子と一緒に過ごしてるんだけどってその子に言ったら、他の人にも聞いて確かめた方がいいわよって言われて、サークル内でも比較的仲の良かった同期のヤツにこっそりと聞いたんだ。こういう噂があるけど、俺は今朝まで元子と一緒にいたし、話がおかしいんだって。そしたらそいつが驚いて、確かに俺のいないところで元子が男連中がいるところでそういう話をしているって。で、元子がここ最近はダンジョン探索系のサークルの奴らと一緒にいるぞって教えてくれたんだ」
「うわぁ。ホンマにおんねや。そういう女」
「それで、千里はどうしたの?」
「うん、まあ自分の目で直接見ないとなって思ったから、その日の夜、そのダンジョンサークルの奴らが飲み会をやってるっていう居酒屋に行ったんだ。で、店に入ったら元子が知らない男に肩組まれて楽しそうに酒を飲んでて」
「ひい~、めちゃくちゃや」
「まぁ、俺もショックは大きかったんだけど、俺のスキルのせいで俺に興味が無くなったならそういうもんかなって。だけどさすがに酷い話だからな! その場で「別れたいならはっきりそう言えばいいだけだろ。二股掛けるとかふざけんじゃねーよ」って言ったんだ」
「しゅ、修羅場や。絵にかいたようなやつや」
「千里! よく言ったわ! それでこそあたしの男よ!」
「園子さんはだいぶお酔いになられていますね。それでどうなったのですか?」
「まぁ、男の方がブチ切れてな。俺も切れてたけど。で、表に出ろって言うから出て、相手も酔ってたし、向こうから殴り掛かって来たから足を出したらキレイにカウンターでアゴに入ってさ、一発でひっくり返って伸びちゃったんだよ。で、無言で帰った」
「おおー! 兄やんかっこええなあ!」
「いや、ぜんぜんかっこよくないよ。しょうもない。その男だって元子の犠牲者だろ? 彼は俺と元子のことなんてきっと何も知らなかったんだろうし。それで俺は元子のことはもう興味がなくなったからいいんだけど、次の日にその同期の女の子がどうだった? って心配そうに聞いてくれたからさ、きみの言う通りだったよ、早めに知れてよかったってお礼を言ったんだ。そしたらお礼代わりに行きたい店があるから付き合ってくれないかって」
「え? ちょっと待って! 千里、なにか話の流れがよくないわ」
「うん、まぁ、俺も女の子ひとりじゃ行きにくい店でもあるのかなって思ってさ。お礼代わりって言われて軽い気持ちで俺でよければってことでそのまま一緒に飲みに出かけたんだ。そしたら彼女が、飲み過ぎちゃったって言って、それで彼女も地方から出て来て独り暮らしでさ」
「あ、先が読めたわ」
「まぁ、その通りなことになって」
「不純異性交遊が過ぎますわね」
「兄やん、なんか軽ぅなってんで」
「いや、その時の俺は俺なりに真剣というか。そのコのことは新歓の時から知ってて、俺の事情を全部わかった上で受け止めてくれるんだって嬉しくなって、このコならって、そのまま付き合うつもりでいたから」
「まぁ、若いものね。千里も男だものね。確かにわたしがそばで見てたとしてもそんな状況で指をくわえて放ってはおかないわ」
「園子ちゃんも肉食っぽいもんな」
「若いオスの獣の千里さんですものね。きっと若い私も食べられてしまうんですね」
園子がギラギラと、香流はうっとりした瞳で見つめてきた。だいぶ酔ってるな。
「ほんで? ヤってもうた若い兄やんはどないなったん?」
酒の入ってない葵が一番冷静か。
「いや、まあ、うん、それで一夜明けて次の日に、俺に元子が他の男といるって教えてくれた同期の男に事の顛末を話したんだ。元子とは別れて同期の女の子と付き合うことになったんだって。そしたら彼が、元子にダンジョンサークルの男を紹介したのがその同期の女の子だって聞かされて」
「うぎゃー! もうやめたってー!」
「ちょ、ちょっとすごいわね」
「あの、私、この話を聞いてよかったのか後悔しかけてますが」
「そんなわけでその日の夕方に女の子と待ち合わせた時にこういう風に聞いたんだけど本当かって聞いたら「あーあ、バレちゃったか。あなた背が高くてちょっと良かったと思ってたんだけどな。じゃーね、バイバイ」って帰っちゃった」
「おおおう。そらぁ、兄やん、大変やったな」
「それが大学に入った最初のひと月の間にあったこと、なのよね?」
「私もいろいろありましたが、全て近い距離になる前に対処できていたので無事でいられたのですね。お酒は怖いですね」
「せやで、香流ちゃん、最初に飲んだ時も兄やん相手でよかったでホンマ」
「そうですわね。でもあの時に間違っていただけていれば話は簡単だったんですけれど。そんなことがあった後では千里さんが間違いを犯すわけがありませんね。ということは間接的に元子さんが余計なことをしてくれたせいで手を出していただけなかったというわけで、やはりタイタンズは許せませんね!」
香流が酒が入っているせいで小声の早口で内容がよく聞き取れなかったけど俺のために怒ってくれているみたいだ。
「まぁ、その後も事情を全部知る相談していた同期の男が元子と付き合ったり、数合わせで呼ばれた合コンに同期の女の子が居合わせて、新歓の時に酔った女の先輩を介抱するって言いながらテントに連れ込んで襲ったって言われたりとかいろいろあったっていうわけなんだ。な? 学生時代によくある話で大したことなかっただろ?」
「園子ちゃん、しっかり兄やんの性癖とか倫理観が歪みまくってもうてると思うんやけどどうなん? ウチはなんも経験ないからわっからへんねんけど」
「うぐぐ。これは難敵だわ。押し倒しても疑ってくるだろうし、女性から受ける好意さえそんなはずないとか嘘とか裏があるって思われるだけなのね」
「私たち三人が受け入れられている現状というのは『仲間』という、男女の垣根の無い部分のお陰なのですね」
「それでその関係が壊れへんように何があっても手ぇ出して来ぉへんのかいな」
「いや、それはそうよ。いまこの状況で誰かひとりに手を出してごらんなさいよ。それでもパーティーをやっていけるの?」
「あー、それやったらウチにも手ぇ出してもらえるんやったらぜんぜんイケんで?」
「ちょっと、アンタ経験もない一番若い小娘のくせになに濃ゆいこと言ってんのよ。それ、本気なの?」
「うふふふ。まぁ、それも若い内にしかできないことなのかもしれませんね。不純なことを許せる相手に出会えることの喜びというものを私も生まれて初めて知ることが出来る気がしています。何事もまずは経験じゃありませんか? 本心のところでは園子さんもそう思っているのではありませんか?」
「わたしは最初からそのつもりです。この男は他の男とは違うのよ。だって、わたしをダンジョンに連れて行ける唯一の男ですもの。あと、まったく無自覚なのに中も外もとってもいい男だわ。どんな手を使っても手放す気はありませんからね。いったいこの男のどこがおっさんだっていうのよ」
「めっちゃエエ男やんなぁ? ほな、このままでええんちゃう? だって、兄やん、もう誰のもんにもならんやろ?」
「でもこのお方、引力が強いんですのよね」
「あー、それな。今日また見た目が良ぅなってしもたし」
「まったく押す気が無いのが引く強さになってるのってやっかい過ぎるわね。誰も幸せにならないオマケ付きよ」
トイレに行って風呂を溜めて帰ってきたらみんながテーブルに突っ伏してた。お? 笑いを堪えてるな? いやぁ、昔の俺の恋愛モドキの話もけっこうウケるもんなんだな! やっぱり若い内の苦労は買ってでもしろと言うだけはある。この娘たちが俺のように失敗をしないために今日の話から少しでも勉強してくれれば俺の過去も成仏できるってもんだ!




