第79話 バージョンアップ
車を出して代々木公園前支部の地下駐車場に停めて魔石の換金をした。グラスウルフの魔石が貯まり過ぎだ。オーク、コボルトの魔石なども一緒に処分する。それでひとり五万円ほどの収入となる。不思議とこれぐらいの値段の方が稼いだ実感があった。きっとこの五万円で出来ることがリアルに想像できるからだろう。
寅吉さんは査定の間、席を外していた。帰りの車中で『Titans』に関して注意喚起に動いたという話をしてくれた。機構側として出来るのは、告発しないのであれば、支部内とダンジョンの駐車場、ロビー、ホールの監視強化ぐらいしかないということだった。
公の機関が手を下せないということであれば『ダンジョンは自己責任』の範囲でこちらも実力行使に出やすくなる。
「一応、三人は出来るだけ一緒に行動すること、特に一人での出歩きは無いようにしてくれ」
「兄やんも付き合うてくれんの?」
「もちろん。遠慮なく誘ってくれていいよ。俺は暇だからいつでもどこでも付き合うから。まあ、見た目はともかく実際には戦力にならないんだけどな!」
「今日はこのままお昼ご飯でしょ。そのあとにみんなで美容室なんだけど付き合ってくれる?」
「美容室?! 送り迎えはするよ。場所はどこなの?」
「歩いて十分ぐらいやったよね?」
「そうですね。いつもやっていただいていた方が独立されたのでお願いしようかということになりまして」
「へー、それで開業したのがたまたま近所だったんだ。それは良かったね」
「ついでに千里もお願い出来ないか聞いてみましょうか」
「え?! いや、さすがに当日だし、きみたち三人とも予約してるんだよね? 四人同時は無理じゃないかい? そもそもおじさんは理容室に散髪に行くものだし、美容室はハードル高すぎるし、お店の人も開店早々おじさんの入店は営業妨害になるんじゃないかい?」
「ぜんぜん大丈夫だそうですよ。男性のお客さんも欲しかったみたいで大変喜ばれていらっしゃいました」
早っ! 俺が否定の話をしている間に参戦が決まってた! まぁ、ここ何ヶ月も髪なんか切る余裕なかったしちょうどいい機会か。
査定後のちょと遅めのランチは園子が予約した五反田でイタリアンを食べた。もうそろそろ葵に「大人ってのはな」って言い辛くなってきた。なぜなら俺も寅吉さんもこんな店でランチなど食べたことがないからだ! 寅吉さんが何も言わないどころか喜んで一緒に店に来るのは、密かに奥様から指令が出ているからのようだ。後日、家族で侵攻作戦を決行するための威力偵察だ。彼女たちも、俺たちが一緒の方がどんな店でも侮られることがなくて快適だと言っていた。店内で男性諸氏から羨望の視線を浴びての食事会は、それが例え防壁のためのおじさんが必要だからという理由だとしても良い経験だ。ダンジョンでは守られるだけの自分が、地上で彼女たちを守る役目が出来るのなら、喜んでやらせてもらおう! あと普通に食事がおいしい。しかもこれ全部が経費という素晴らしさ。
「ウチ、こんな贅沢しててええんかな? だって、いっつもお金も払ってないねんで? なんやもうカタギには戻られへんカラダにされてもうたわ」
「うん、俺も葵の言いたいことはよくわかるしまったくもって同感ではあるが言い方! 俺がまるでいかがわしい業者のようじゃないか」
「そうね、いかがわしくはないけど妖しくはあるかもしれないわね」
「俺、怪しくないよ?」
「いいえ、とっても妖しいわよ」
園子がにっこりとそんなことを言う。その笑顔はどう見ても褒めてるんだけど言葉はまったく逆だ!
「うふふふ。そうですわね。とっても危なくて素敵ですね」
「じゃあ俺は寅吉さんのことをオジキとかオヤブンって呼んだ方がいいのかな?」
「にゃはははは。そんなんしたら周りからも挨拶に来られてまいそうやな!」
「いや、お前はいったいどんなところに住んでたんだ」
寅吉さんは何を言われてもニコニコと泰然としている。この程度の冗談は冗談とも感じていないのかもしれない。最前線で鍛えられた人の強さはこんなところにも表れているのだろう。現役時代に比べたら女の子たちがどんなことを言おうとも可愛いとしか思われていなさそうだな。
寅吉さんはレストランのお持ち帰りをたっぷりと頼んで帰路に就いた。
◇
「こんにちは。独立開店おめでとうございます。開店早々のお忙しい中、急遽こんなおっさんがおしゃれなお店に押しかけてしまいまして申し訳ありません。こちら、彼女たちが選んだものになります。本日はよろしくお願いいたします」
そう言って店長に花束を渡した。
「わぁ素敵なお花をありがとうございます。香流さんからお話はお聞きしていました。うふふふ。一度お会いしたかったんですよー。だってほら、彼女ってそういうお話ぜんぜんなくて心配だったんですよー」
なんの話かまったくわからないが香流の紹介だけあって俺が入ったことのないようなオシャレな店だった。そもそも美容室なんて入ったことはない。園子と葵は香流に紹介されてとても楽しそうに話しをしている。
今日のこの時間は元々三人の貸し切り予約状態だったらしく、俺は三人が落ち着くまでしばらく他には客のいない待合室で待機していた。いざ、呼ばれてシートに座ると、隣の香流から「ぜんぶお任せください」と言われたのでされるがままになる。こういう時に反論してはいけないことぐらいは俺でも知っているのだ!
そして数時間後、誰か知らない男が鏡の中にいた。
「おー! 兄やん! めっちゃ良うなったやん! イケメンさんや!」
「うーむ、誰だこれは? いや、それよりも葵の髪すごくいいな! そのままステージに出てもいいぐらいどこのアイドルにも負けてないな! いや、アイドルというよりもうアーティストか? やっぱり葵は華があるな! ちょっとその辺歩いてみようか? ぜったいにスカウトされるぞ!」
少し長めだったストレートプリンだったヤンキー姉ちゃんが、金髪黒メッシュはそのままに、スッキリとした先跳ねウルフカットのパンクロック美少女になっていた。
「香流と並んでもハリウッドヒーロームービーに出てもおかしくないぐらいにカッコカワイイな! 俺があと十年若ければ、いや! あの当時の冴えない根暗男ではやはり釣り合いが取れないわ!」
「いや、別に十年戻らんでも大丈夫やで? でも、めっちゃエエやろ? さすが香流ちゃんの紹介する店なだけあるな! ほんでウチからめっちゃ近いやん? お姉さん、またよろしゅうに!」
「うーん。千里、だいぶ変わったわね。前のぞんざいな感じも男っぽくて良かったんですけどね、やっぱり千里って整えても整うわよね」
園子の日本語が変で言っている意味がよくわからないが、きっと悪くは思われていなさそうで少し安心した。
「お、おお、ありがとう? 園子もな、元からキレイだったけど、美しさと可愛らしさに拍車が掛かったな! 仕事辞めてなかったらまた指名が増えてしまうところだったな! あー、でも今は素顔を晒すことも少ないから綺麗になった園子をみんなに見てもらう機会が減ってちょっと残念だな! 今度どこか人の多いところにでも行こうか」
「うぐぐぅ。い、いいわよ、わたしは。別に他の誰かに見られて何か言われてもうれしくもなんともないもの」
「ははぁ、こういうことだったのね。香流さん、これはすごいわ。彼ったら本心丸出し天然の本物じゃない。わたしも欲しいわ。指名料なら払うわよ?」
「うふふふ。それは、ダメですよ?」
後ろから香流が店長と一緒に現れた。そこにはいつもの香流がいた。艶やかな黒く長い髪がサラリと流れる。
「お、前髪が目に入らなくなって香流のキレイな瞳がしっかり見えていいな! 毛先は二センチも切ったのかい? 今回はずいぶん思い切ったんだな。夏も近付いてるしそれに備えた感じか? いつも丁寧に手入れして美しい黒髪だけど、やっぱり美容室のトリートメントは何か違うよなぁ。さすがプロの仕事だな! 一万人いたら全員が二度見して二万回見られる美人に拍車が掛かってとても綺麗だよ!」
「うふふふ。千里さんもとっても素敵におなりですよ。お店をご紹介できて良かったですわ」
「こ、これわ!」
「お、店長はんもわかってもうた感じやな? 香流ちゃんが言うたけど、これはあげられへんで?」
「香流さん相手に臆する事なくここまで言い切れるとかすごいわね。うちのレジ打ちだけでいいからヘルプで入ってくれないかしら? 最後にこんな風に接客されたらぜったいリピート間違いなしよ! なんなら夫婦になってお店を任せれば未婚も既婚も取り込み放題で……」
「兄やん、仕事も人付き合いも人生もいろいろ間違ごぉてるんやろなぁ」
「葵、今夜、やるわよ」
葵、園子に続いて店長の許可をもらって香流の写真も店内で撮りまくった。店長から謝礼は弾むから店のサイト用に写真を撮らせてくれないかと言われたが、自分たちは冒険者だから顔出しはダメなんだと伝えたら、とても残念がられたけど理解してくれた。
美容室を出ると空は茜色だった。晩飯をどうしようかと聞いたら今日は家飲みなんだそうだ。デパ地下の総菜売り場で美味そうなものを贅沢に買ってワインや日本酒と共に持って帰って宴会だ。
「えーと、今日はなんで宴会になったんだっけ?」
香流と園子が買って来た総菜をアレンジしたり皿に盛り付け直している間に葵と一緒にソファーで待機。窓の外はすっかり暗くなっている。眼下に街の明かりと、近くに見えるが実際はけっこう離れた場所の高層ビル群の明かりが見える。いつ見ても自分がここに住んでいるのが不思議に思える光景だ。
「今日はまぁ、なんとなく? 仕事がうまくいってるから的な? なんかそんな感じやって言うてたよ」
氷の入ったアイスティーを飲みながら葵が言ったのだが、どうもまだ違和感がある。
「うーむ。なんだろう? ところで、失礼な風に言うつもりはないんだけど、葵、だいぶ垢抜けたな。化粧もだけど、どっちかというと俺は今の葵の方が好きだなぁ。まぁ、こんなおじさんに言われてもキモイだけだから葵の好きにしてもらっていいんだけどな!」
「ほんま? なんかなー、こっち来て園子ちゃんとか香流ちゃんがめっちぇエエ姉さんやんかぁ? ふたりともめっちゃ背え高いし美人やからなぁ。向こうに住んどった時はぜんぜん気にならんかってんけどな。ふたりとおったらなんか変わりたいなぁって思てん」
「うん。前から別になにも変じゃなかったぞ? 葵らしくてよかった。でもそうだな、今は三人でいっしょにいるバージョンの葵っていう感じはすごくあるな。でもそれがすごく自然でいい感じだと思う。葵のその変わりたいという気持ちは「成長したい」っていうものだと思う。だからそれは大事にしていいと思うよ」
「とってもいい雰囲気のところ邪魔して申し訳ないけど準備できたから始めましょ?」
今日は誰かの誕生日とか記念日じゃないよな? いったいなにが始まるんだ?




