第77話 天性
「さあ、ここからはまた周りは敵だらけだ。気を引き締めていこう。園子は今日はあと六回か。みんなの使用回数にもだいぶ余裕が出来てきたな。園子、ダンジョンの解説頼めるかな」
「いいわよ。次からまた地下迷宮よ。ここから難易度が上がって、いきなりオークが複数体、それに弓を持ったコボルトが混ざることもあるわ。適性レベルでいうと全員が二十以上は欲しいし、各自が一体の敵を確実に倒せるだけの戦力である必要があるんだけど、現状のわたしたちでは厳しいから戦闘になる場合は常にボス戦のつもりでいないとダメね」
珍しく園子が冗舌だ。これは本気でヤバそうだ。休憩で緩んだ気持ちをいろいろ確認することで戦闘状態まで持って行く。
「ありがとう。よくわかったよ。とはいえ、俺たちは基本、戦わない。緊張感を持って行こう! 俺たちは!」
「弱い!」
これをやると自分たちが弱いと思える。しかし、負けるために唱えている訳ではない。弱い個を強い集団に変えるんだ。俺たちはそれが出来る!
階段を下りるが時間が中途半端なのか誰とも擦れ違わない。そして第十二階層に降り立つ。すぐに地図を確認。まずは敵の探知。
「この辺りには誰も、何もいないな。ただ、階段の上から来る冒険者はわからないからあまりここにもいたくないな」
小部屋に移動を始めながら宝箱チェック。
「あ、こらあかーん」
葵の言う通り、見知らぬ冒険者パーティーがランダムエンカウントの宝箱がある部屋に入るところだった。冒険者たちのはしゃぎっぷりが伝わってくるような黄色い光点の動きだった。
「間に合わなかったわね」
「ま、こんなこともあるさ。切り替えよう。えーと、隠し部屋も無いみたいだな。そして、園子の【瞬間移動】があと六回、帰りに一回使うから五回の余裕か」
「少しもったいないですわね」
「そうだね。香流くんも葵くんもだいぶ余裕があるからね。一、二戦だけでも経験値を稼いでおくのもありだね」
「魔石も手に入るしなぁ」
「オーケー、じゃあできるだけ敵の多いところを狙おうか」
【地図】で敵の数で表示をソートしてみる。三、四、五匹としていくと徐々に反応が減って、六匹にしたところで敵が映らなくなった。
「この階層は最大五匹までということなのかな。オーク三匹、コボルト二匹のフルパーティーが最大か。これは確かに遊び半分みたいな戦力では命がいくつあっても足りないな」
「兄やん! はよ行こや!」
「ははっ。やる気があっていいぞ、葵。でも慎重にな。じゃあ、園子」
「いつでも!」
「ボス戦のつもりを忘れずに、葵、香流の順で。寅吉さんはバックアップを」
ボス戦用のフォーメーションで密集隊形。
「さん、にー、いち、ジャンプ!」
次の瞬間、今までと違う部屋でモンスターの後ろ姿を見る絶好のポジションだ。
犬かキツネが思い浮かぶ中学生ほどの身長のボロ布の腰巻きを履いた獣人、コボルトが弓を持つ。全身が濃い灰色の毛に覆われている。
その前方には身長百七十センチ前後の醜悪な後ろ姿。ボロ布を纏った豚か猪っぽい太った体躯のオーク。オークは長い産毛のような色素の薄い毛に覆われている。お近付きにはなりたくないね。
音もなく現れた我々にモンスターはまだ気付かない。なにもすることがない俺は、一方的に死が訪れることになったモンスターに少し同情して苦笑いになる。いかん、歯茎を見せるな。
俺たちから見て手前の、本来は後衛となる弓を持つコボルトの足下から青白い炎が立ち昇る! モンスターは炎から逃げるために向こう側へと走り出した。なるほど、やるな葵。敵の動きを予測してあえて自分たちの近くから火をつけたんだ。香流の反応速度を信頼しているから出来るやり方だ。
ここからは【絶対領域】に包まれて高みの見物だ。逃げ惑うモンスターだが、何歩も進まないうちに炎に巻かれてのたうち回る。そして数秒で動かなくなり消えた。葵の腰に差さる魔杖で強化された【範囲攻撃魔法】の【地獄炎】の威力はこの階層でもまだまだオーバースペックだ。
「香流、【絶対領域】解除」
香流が勝手に【絶対領域】を解除することはない。必ず俺の指令を待つ。同時に香流自身も温度表示を見ている。ダブルチェックを欠かさない。誰もオーブンで焼かれたくはないのだ。
【絶対領域】を解除した時点で園子が臨時の司令塔になる。地図をチェックして危険が迫らないかを見張る。もちろん何かあれば独自の判断で【瞬間移動】する。
司令塔役は香流でもいいのだが、香流は寅吉さんと同じ前衛の役割が出来るので、より直接的な脅威に備えて寅吉さんと防衛のためのポジショニングに集中する。葵がアイテム回収で動く場合は基本的に香流がボディーガードになる。このあたりは基本を決めて、その都度、声を掛け合い臨機応変に動く。訓練の成果が出てスムーズに動けている。あとはこれを無意識レベルで出来るようになるために繰り返すのみだ。
「兄やん、これー」
葵が何か拾ってくるたびに棒を咥えて戻る子犬を連想してほっこりしそうになる。うーん、この娘は完全にネコ科だと思うんだけどな。しかも獰猛な方の。
「んー? どしたー? お? 弓じゃないか」
「ほう? 珍しいね。コボルトの弓はコンパクトで盗賊系や斥候系の職業の人に人気があるね」
別に本当にそんな仕事や職業があるわけではない。昔からあるRPGゲームになぞらえて、ダンジョン内でそういう役割をする人を『職業』ということがあるというだけだ。それで言うとコソコソしてるだけの俺は『盗賊』あたりがピッタリなんだろうな。
「葵、これ引けるか?」
「ん? こう? ん~」
「あ、まった、それ離すなよ!」
急いで葵の背後から手を伸ばして弓を引く。
「葵、ゆっくり外に出て」
葵が身体をずらしながら外に出て行く。
「え? なになに? どないしたん?」
女性陣が何も言わないのでしょうがなく俺が説明をする。
「えーとな、弓って弦を引いて離すだろ? その時に弦ってすごい速さと力で戻るわけだ」
弦を引いて離すと「ビン!」と力強い音がした。葵はそんなの当たり前という顔をしている。
「それでな、弓ってこう構えるだろ? で、弦を離すと」
ビン!
「ここを削るように進むんだ。葵の場合、弦が凄い勢いで当たるんだよ」
そう言うと葵が自分を見下ろしながら弓を引く真似をする。
「おー! そういうことかいな! あぶな! せっかく育ったのに削れてまうとこやったわ!」
「まぁ、アーマーあるから痛くはないと思うけどな。弓はそういう意味でも向き不向きがあるんだよな」
「あー、それやったらこれは」
そこまで言って葵は黙った。あぶねーよ! それ以上はあぶねーって! 名前出したらヤバかったぞ?!
「うん、これは小佐原さんに相談だな。付与で価値が上がるようなものなら合成して、そうでもないならこのまま売ろう」
弓は寅吉さんが弦を外してくれたのでマジックバッグに収納できた。
「さっ! あと一回行こうか!」
「ちょっと千里、オーク一匹でうろついてるやつ探してくれる」
「あ、二匹でもいいですよ」
「いや、危ないからね? ここはひとつ、当初の予定通り、ね?」
ふたりがズイっと踏み込んでくる。
「あ、ちょうど二匹いた! ここ!」
「跳ぶわよ! ジャンプ!」
しっかりオークの背後にジャンプして園子は槍、香流は盾と片手剣で突っ込んでいった。
園子は後方から延髄に向かって正確に槍を突き刺していた。園子に先制攻撃をさせるためにわざと速度を落として接近していた香流は園子の突きに合わせて加速するとオークの背中にラージシールドを思い切りぶつけた。
盾突きだ。香流がやるところは初めて見た気がする。オークは突然のことに胸を反らすような恰好で前に吹っ飛んだ。
たたらを踏んだオークがかろうじて倒れずに右手に持ったこん棒を振り回しながら半時計周りに振り返る! 香流はその動きに合わせて流れるようにグルリとオークの背後に回り込む。するとオークがガクリと左ひざを着くように倒れ込む。香流が廻り込みながら左の膝裏を斬り裂いていたのだ。
いい感じの位置まで下がった首目掛けて片手剣を一閃。すぐさま返り血を浴びないようにオークの背中を蹴り倒す。
一瞬でオークを屠った。
園子の槍の突きはフォームが美しく一切の無駄がない。見惚れるほど美しい。これって才能だよなぁ。
「寅吉さん、園子の突きが何か他の人とは違う気がするんですよ」
先ほどとは打って変わってニコニコ顔で魔石を拾う園子たちを見ながら聞いてみた。
「うむ。天性のものを感じるね。ちょっと注視してみましょう。それにしても香流くんは格闘センスの塊だね。闘争心に関して言うと三人とも合格だしね」
「千里! フルパの場所教えて!」
拾った魔石を突き出しながら飛び切りの笑顔で園子様が次の生贄を御所望だった。
俺たちって弱いよな?




