第76話 地下ダンジョンで僕と握手!
店内はなるほど万屋。まるでコンビニだ。
「ほう。これがダンジョン価格なんですね」
地上に比べて値段のゼロが一個多い。
「この値段で売れるんですか?」
「これがですねー。売れるんすよねー。ここから地上に行って、コンビニで買って戻るのに一切休憩取らなくても半日以上は掛かりますから。しかもこの重さのものを持ってです。危険もあります。ここ、ボス倒さないと来られないっすからねー。ここから下層で稼ぐ人たちはここまで目一杯のものを持ってくるか、ここまで来て買うか。いずれにせよ、帰りはここで買い物して地上に向かいます。途中で補給とかできないっすからね。しかも帰りはアイテムも持って帰るんすよ? みんなけっこうギリギリでやってるんですよね」
ダンジョン内の冒険者支部がアイテムの査定、買取をやってないから自分で持ち帰るしかないのだ。
「それでよく荷物を大量に抱えた人を見かけたんですね」
「そうです。歩荷のバイトはいつでもありますよ」
そう、時々見かけるのはとんでもない量の荷物を抱えた冒険者だ。ダンジョンに入った瞬間に身体強化が入るから身体の前後にすごい量を抱えているのだ。
「歩荷でいっぱい持ってきてここで下取りに出して、帰りに買う分の資金にするんすよ」
わざわざ地下に運んでそれを下取りに出して、帰りにもっと高い値段で買い直すのか。世知辛い。
「クランハウスがあればそこに置いたり、自分たちで売れるんすよね。だからソロで深層探索なんて物理的に無理だし、パーティーよりはクランがいいんすよね。登山とかと同じっすよね」
ウチのメンバーと思わず顔を見合わせてしまった。これ、マジックバッグ持ってる俺たちがやるとめちゃめちゃ儲かるぞ。寅吉さんを見ると苦笑いだ。
俺たちはマジックバッグと園子の【瞬間移動】で安全地帯で休息を取って物資が尽きるまで永久的にダンジョン攻略が出来るし、そもそも、帰ろうと思えばすぐに自宅に帰ることも出来てしまう。
寅吉さんが諭すように話しかけて来る。
「ということで、まあ、クランを立ち上げて総合力が必要なのもわかるよね。前線で戦う者、それを支える者、独立した部隊として継戦能力をどう確保、維持するかなんだ」
「なるほど。クラン経営もなかなかおもしろそうですね」
「ほう? これを知って尚、おもしろいと思うのかね?」
「ええ、今までクランというものに意義を見出せていなかったんですが、ここでこういう商売が成り立つなら興味ありますね。攻略としてのクランではなく、あくまで商売としてのですけど」
立神さんが寅吉さんを見る。寅吉さんは、ただニヤリとするだけだ。
「なあ、星名さん、今度じっくり話をさせてくれないか。ここには法律はあって無いような場所だ。力が必要だ。ひょっとしたらお互いに力になれるかもしれん。ウチな、屋号が寝床やろ? 宿屋もやってるからな。今度、みんなで泊まりに来てくれ。君とはいろいろ話をさせてもらいたいから招待させてもらうよ」
「あら、団長がサービスでお泊りのお誘いなんて珍しいわね。ねーねー、いつ来られる?」
「ダンジョンで女子会かー。泊まりもやったことないからおもろそうやん!」
「そうか。第十一階層に来るパーティーが泊まりも未経験か。凄い話やないか。なんかおもろなってきたなぁ。とっておきの酒開ける時が来たんちゃうかぁ?」
「団長、それ何回目のとっておきなんすかー」
「わははは。やっぱ関西のおっちゃんはおもろいなー」
娘以上に年下っぽい葵と意気投合し始めてる。近々、また遊びに来ると約束して店を後にしようとした時に園子がサクさんに声を掛けた。
「そういえばさっきグラスウルフの牙がドロップしたんだけど。確か調薬の材料になるのよね?」
サクさんが凄い勢いで園子に迫った!
「うっそ! マジで!? 見せて見せて!」
マントの中でマジックバッグから牙を取り出してサクさんに見せると、触ろうとはせず凝視した。
「うわぁ、ホントだぁ。すっごーい。これは大きいわねー。ねぇねぇ、これ、どうするの?」
「俺たちが持っててもしょうがないから換金するけど」
「そうよね! 良かったらわたしに引き取らせてくれない? 損はさせないわ!」
カウンターに入ると秤を取り出した。ラテックスの手袋を付けたサクさんに牙を手渡すと、ゆっくり秤に乗せた。
「すごいわ、二千八十五グラム! 二キロ越えなんてめったに見ない大物ね。それでね、これを見てもらえる?」
一枚のプリントを取り出すとカウンターに置いた。そこには数字がびっしりと書かれている。
「これ、上の買取価格表ね」
『上』というのは地上のことだ。
「ここで獲得できるアイテムだけを抜き出したのがこの表なの。毎日お昼の十二時にそこのギルドで売りに出されるわ。でね、これを元に各店が独自に買い取るのよ」
「え? 独自?」
サクさんがニヤリとする。
「そう。各店で上乗せして冒険者から直で買い取るの。店によって得意なものがあったりするからどの店だと何を高く買い取ってもらえるかとかも大事な情報よ。で、うちはわたしが薬師をやってるから薬関係なら高く買い取れるわ。見て、昨日のグラスウルフの牙の買取価格はグラム千円ね。で、これをわたしがグラム千五百円で買うわ」
「はい? なんだって?! 五割増し?!」
サクさんが電卓を叩きながら説明してくれた。
「そ! グラム千円で二千八十五グラムなら二百八万五千円でしょ。そこから寅吉さんがいるからSよね? 地上のギルドなら五パーセント引いて百九十八万七百五十円の買取よね。うちはグラム千五百円だから三百十二万七千五百円、キリが悪いから三百二十万円でどう? あ、五パーセントは引かない代わりに現金で今この場で支払うわ」
「え?! この場で現金買取?! いや、それ、どうやって」
サクさんが三つの札束を取り出してカウンターに置きながら唇に人差し指を当てる。残り二十万円を数えながら話を続ける。
「ここって法律があって無いようなものなんですよー。あ、もちろんギルドがあるし、表立って変なことすると上で騒ぎになるからダメですけどねー。それで、ほら、ここには警察も税務署もないから! 電波無くてスマホもカードも使えない現金商売っすから!」
あっけらかんと良い笑顔。マジか! これが地下経済!? 電子機器の使えない現金商売だからなのか?! いったい、いつの時代の商売の仕方なんだ。
「わっはっはっは。まあな。灰色っぽい真っ黒っちゅーやつやな! でもな、こうでもせんとダンジョン攻略なんか出来やせんのよ。この先のことはわからん。国が法整備して、地下でもギルドがアイテムの買取して、クランがやってる商売を規制したらもう出来んようになるかもしれん。ま、そんなことしたらどこもギルド使わんようなったりするかもしれんけどな」
「だったら上で材料を買ってここで売ればいいのでは? その方が安く仕入れられるでしょ?」
「当然それもやってるわ。でも、上で買ってもここまで持って来る労力は変わらないもの。グラスウルフの牙のドロップはレアよ。調薬後の効果は服用後一、二時間の移動速度二割アップ。上位の攻略パーティーなら移動で必ずと言っていいほど使用する必須のアイテムよ。さすがにこの量はポーションにして捌くにしても時間はかかっちゃうけど。そうね、私なら最終的に千五百万から二千万の売り上げにするわ」
現代の錬金術師だ。それを全部現金で。なるほど、Sクラスが五パーセントの天引きでも高いと言われる理由だ。代々木第一は金になるダンジョンなんだ。元子率いるタイタンズが進出してきた理由だろう。
「他のお店を回ってもらってもいいし、今わたしが言った値段を引き合いに出して値段を吊り上げてきてもらってもいいわ」
「ははは。さすがにそれは嘘でしょ。そんなことはできないよ。クランの信用に関わる」
そう言うとサクさんの顔がパァっと華やいだ。
「がっはっはっは! 寅吉! お前、おもろい兄ちゃん捕まえてきよったな!」
サクさんが何か言う前に立神さんが寅吉さんの肩をバンバン叩いていた。
「もう! わたしが言おうと思ったのにー!」
「お?! すまんすまん、いやぁ、やっぱこの兄さんからはボッタくれんわ」
「はぁ? 団長、なに考えてるんですか。そんなことばっかり言ってたら友だち失くしますよ」
「おおう、これは厳しいな。『Renegades』さん、堪忍やで」
「いえ、いろいろ有益な情報をありがとうございました。ではこれは『竜騎兵』さんにお譲りしますね」
「あー、それはちゃうねん。薬師の仕事はサクちゃんのもんやからな。ウチは通ってへんで」
なんと。じゃあ、この札束は彼女の個人資金なのか。運転資金だとしても毎日どんなやりとりをしているんだ?!
「でも、サクさんは『竜騎兵』所属なんですよね?」
「あれ? どうやったっけ?」
「わたし、『竜騎兵』には所属はしてないっすよ。お金はもらってるけど。薬屋は私がここでお店開かせてもらってて、万屋の管理もわたし。喫茶店の方はマスターのタモさんね」
思ったよりザルな仕事だった!
園子を振り返ると小さく頷いた。
「それではこれは良いお話なので牙はサクさんにお譲りします」
「やったー! 千五百万ゲーット!」
真っすぐ差し出された右手をしっかり握り返した。レベル五十でも普通の若い女性の手だった。
三百二十万円をマジックバッグに入れて、今度こそ別れの挨拶をして店を出る。
「嫌な人たちと出会った直後に良い人たちに会えてよかったわ」
「せやなー。やっぱ関西弁の人間に悪いもんはおらんっちゅーことやな!」
「千さん、どうかされましたか?」
「ん? いや、最後握手したんだけどさ。どんなに強いんだろうと思ったけど、レベル五十でも普通に女の子の手なんだなぁと思って、え?」
葵に無理やり手を握ってブンブンと振られた。
と、それが終わったと思ったらズイっと園子が右手を突き出してきた。
「お、おう」
音がするかと思うほど強く振られる。
「はい」
香流の手を握るとそっと左手も添えられる。香流らしい上品な握手だった。
「なんだこれ?」
寅吉さん、と思い出して振り返るとちゃんとそこにいた。いつから気配が消えていたんだ? たしか園子が牙のことを話題にしたあたりから会話に参加していないような? あ、寅吉さんは現役の冒険者機構の支部長だ。それで存在を消して聞こえないフリを?!
そもそもあのタイミングで園子がサクさんに声を掛けたのも全部わかってて?!
おっと、ここはもう無法地帯だ。気を引き締めて行かないと。俺たちは、弱い!




