第75話 竜の寝床
「サクちゃん、ただいまー」
パーティーの人たちも口々に明るく挨拶しながら店に入っていく。店の中からは元気な若い女性の声で「おかえりなさーい!」と聞こえてくる。これだけでこの人たちが悪い人ではないと思えた。
相変わらず慎重を超えて疑り深い自分の性格が嫌になる。俺って幼い頃からこうなんだっけ? 人の命を預かる今となってはこれはメリットなんだと自分を慰める。
『竜騎兵』のメンバー全員が俺たちの前を歩いたのは俺たちを怖がらせないためにわざとそうしたんだと思う。彼らに続いて店に入ると「いらっしゃいませー!」とまた元気な声が聞こえた。
「サクちゃん、その人たちはタイガーのパーティーの人たちね。ちょっとそこで会ったからさ、中に入ってもらうから」
「あ、タイガーさん、お久しぶりっすー!」
「サクちゃん、久しぶりだね。元気そうでなにより」
「元気ですよー! 娘さんだいぶ大きくなったでしょ? 今度写真とか見せてくださいねー」
「そうだね。突然お邪魔して悪いね。自分の所属しているパーティーなんだ。よろしくね」
サクさんはずいぶん若い女性だけど寅吉さんとも知り合いみたいだ。元自衛官という感じでもなさそうだ。関係者の娘さんとかかな?
「はじめまして。冒険者クラン『Renegades』 といいます。まぁ、クランといってもメンバーは全部で六人しかいないんですけど。わたしはセンです。突然お邪魔して申し訳ありません」
「いえいえー! ご丁寧にどうもー。わぁ、女性の方が多いんすね! なかなか女性冒険者でここまで潜ってくる人も多くないからうれしいなぁ」
「こんにちわぁ。なんや姉さんもむっちゃ強そうやな。ここってなんの店なん?」
「サクちゃん、ちょうどお客さんもおらへんし、店閉めてええよ。お茶休憩にしよや。女の子同士で親睦深めるのもエエやろ。こんなとこやとなかなか友達もできへんもんな」
「わー。いいんすかー。じゃあ閉めちゃいまーす」
カウンターに片手をついて飛び超えるとダッシュで扉を閉めて『CLOSE』のフダをぶら下げてカーテンを閉めた。素早い! しっかりと身体強化を使いこなしていた。身のこなしが普通じゃない。
「あそこのテーブルの好きなところに座ってて! 今、とっておきのお茶出すから! あ、団長たちのコーヒーもね!」
「あー、こっちのは自分らでやるからエエて。今時おっさんの分のお茶とか淹れとったらあかんで」
「まーた、そういうこと言う。今日はお客さんの分と一緒に淹れるから任せてー」
「うーん、ほな、頼むわー。ありがとさんなー」
うーむ。このタツさんという人、只者じゃないぞ。しかも団長って言ってたよな? 第一空挺の師団長ってことなのか? 元陸将補とかそういう肩書じゃないのか? 猛者連中の親分ってそれはもう鬼じゃないか。
女性三人は楽しそうに店内を見回しながら端の喫茶コーナーみたいなところに行ってしまった。喫茶コーナーのカウンターには男性店員がいる。若い頃はさぞかし男前だったのだろうという精悍なおじさまだ。美味いコーヒーを淹れそうな雰囲気で素顔を晒している。目が合ったらニッコリとされた。思わずおじぎをする。マジか。レベル六十九だって?! 団長さんがレベル六十八だ。それより上って、あー、サクちゃんと呼ばれている彼女、二十二歳でレベル五十って出た。ウソだろ。どうやったらそんなことができるんだ? 彼女のスキルは【薬師】だぞ? マジでここは『竜の寝床』じゃないか。いや、寝床っていうより巣だ。
ダンジョンの受付をやってる引退した冒険者がレベル四十五だった。それを考えてもこの若さでこのレベルは異常だ! ありえない!
ウチの彼女たちと離れ離れになって急に不安になってきたぞ。俺はこの中でブッチギリに最弱間違いなしだ!
カウンター横のドアを抜けるとそこは従業員休憩室と呼ぶには豪華なリビングだった。ダイニングキッチンも付いていてなんともセンス良い綺麗な調度品でまとめられている。
「どや? オシャレで驚いたやろ?」
団長さんがいたずらっぽくそう言った。
「ちょっと驚きました。竜の巣にしてはおしゃれで落ち着く空間ですね」
「ははっ。そうやろ? 寝床は上にあるからな、たしかにここは竜の巣やな! はっはっ!」
竜の巣が気に入ったらしい。他の四人のメンバーは「ごゆっくり」と言いつつ奥に消えて行った。各人、仕事があるのだろう。ソファーを勧められたが、装備を身に着けていてソファーに傷が付きそうだからダイニングテーブルの方に座らせてもらった。タツさんは「細かいこと気にするんやな」と笑顔で言いながら実に穏やかで、まるで敵対する雰囲気はない。なんというか、器の大きさがそのまま纏ったオーラとなっている。
寅吉さんがヘルメットを脱いだ。
「あらためて紹介しよう。こちら、当時、自分が所属していた部隊の師団長を務めていらした立神和俊氏だ」
立神氏は寅吉さんの挨拶の間にヘルメットを脱いでいた。慌てて俺もヘルメットを外す。
「立神です。貴方のことは寅吉から聞いています。凄い男と出会ったと。とは言っても本名さえも聞いてません。こいつは律儀な男やからな! 自分が聞いているのは、ギルドの所長を辞めてまで一緒にダンジョンに潜りたいと思える相棒が出来たという話です。だけど、どうやら相棒というのも眉唾っぽいやないか。お前、おんぶに抱っこでくっ付いとるだけとちゃうんか」
「いやー、バレましたか! がっはっはっは!」
「いやいや、とんでもないです、寅吉さんがいなかったらわたしなんかダンジョンには一階層だって潜れませんから。申し遅れました。私、冒険者クラン『Renegades』のクランマスターで星名千里と申します。タックネームはSENです」
「ウチの監督です。頼りになるリーダーです」
「まぁなぁ。お前が俺の誘いを頑なに断ってまで入ったパーティーのリーダーやろ? そらなんかあるんやろな。いやぁおもろいなぁ。寅吉! やっぱりダンジョンはおもろいやろ! わっはっはっは!」
「今日はずいぶんと楽しそうっすねー」
そう言いながらサクさんがお茶を運んで来てくれた。お礼を言ってコーヒーを受け取る。
「おう! おもろいで! こっちなウチの看板娘のサクちゃんや」
「はじめまして。『万屋 竜の寝床』の浅野咲耶です。薬師なんで困り事があったらなんでも言ってください」
若いのに客商売をしているからか、まったく物怖じしなさそうな、爽やかな体育会系女子だ。身長も百七十センチ近くはありそうだし、目元が涼やかだが穏やかな口元が柔和な雰囲気を作っている。まぁ、レベルが五十もあれば地上よりもよっぽどここの方が怖いものもないだろう。
「『Renegades』のクランマスターの星名千里です。薬師の方には初めてお会いしました。きっと彼女たちからいろいろ質問攻めになるかもしれませんがどうかよろしくお願いします」
「あははは。さすがリーダーね! メンバーのことよくわかってるー。団長、彼女たちね、めっちゃいい人たちなんだよ。なんていうかぁ、すごく普通! あ、でも普通じゃないわね。あんなキレイな人初めて見た! でも普通なの! 『Renegades』は中の人が普通なのに普通じゃないのね!」
「サクちゃん、おっちゃんはもう若い子には何言われてんのかぜんぜんわからへんわ」
「ひと目でも見たらわかるからー」と言いながら手を振りながらお店の方に戻って行った。
「どや? エエ子やろ? あれはなかなかやられへんで? あの子が欲しいんやったら俺ら全員倒したら話ぐらいは聞いたるわ」
冗談めかしてるが完全に本気っぽい。実の父親ではないよな?
「それはおそろしい話ですね。わたし個人では彼女自身にさえ勝てる気がしませんが肝に銘じておくとしましょう。ただ、わたしには若すぎて眩しすぎますね」
「ん~? 星名さん、歳なんぼや? そんな変わらんやろ? ほんで寅吉、これどないなっとんねん。この兄さんまったくビビらへんやん」
「あー、団長、ウチのリーダーはそういうの効かないんです。たぶん、ニセモノはバレてます。無意識です」
「はぁ? マジかいや。ほしたらお前、この兄さんとは商売ようやらんがな」
「いやいや、ボッタくろうとしなければいいだけでしょう」
「そんなん言うたかてお前、取れるとっから取らんで商売なんかなにがおもろいねん」
「はっはっはっは。星名さん、ちなみに今の会話は半分冗談ですので」
「ははは。わかりました。半分は本当ってことで。まぁ、取ってもいい、取った方がいい相手ってのはいますからね。どこかの巨人のように」
「おっ!? 兄さん、あっことモメたんか!」
とたんに新しいおもちゃを与えられた子供のように目をキラキラと輝かせる。
「ええ、さっきちょっとやり合いまして。できればもう二度と関わり合いたくないですね」
「ホンマやなぁ。あっこもなぁ、なんでか知らんけど長科が行ってもうてからなぁ、ややこしいことになってんねや。いろいろよくない話は聞こえてくるんやけどなぁ」
「タイタンズの藤間元子はわたしの学生時代の先輩でして。ちょっと当時からの因縁というか、いろいろあって、わたしとしてもまったくお近付きになりたくはないんですけどね」
『竜騎兵』と知り合えたのは大きいと思う。これを周知できれば向こうもこっちに手を出しにくくなるだろう。
「兄さん、色男やもんなぁ、まあ色々あったんやろな。俺もなぁ自衛隊辞めてだいぶ経つからなぁ。今辞めるやつはみんなタイタンズみたいな若い連中が集まるところに流れてまうねん。ただなぁ、あんまり人数多してもなぁ、効率良くはならんやろ。クランに分け前取られるとか思うようになったらもう空中分解や。あっこもなぁ、若いもんを使い潰すような真似してなんとか維持しとる感じちゃうかなぁ。ちと危なっかしいわな」
さすが、組織運営をよくわかってる。元子のところは自衛隊員を引き入れて勢力を拡大しているのか。元子も俺以上にもういい歳だ。チヤホヤされるのも限界があるだろうに、まだ学生時代と同じつもりでいるのか。今日、葵に「おばさん」呼ばわりされたことで少しは自覚できれば救いはあるのだろうが。
「ほんで星名はん、今日は何階層あたりまで行くつもりなん?」
「今日はひとつ下の第十二階層までと思ってます。ここにも初めてなので少しずつですね」
というか各フロアの攻略みたいなことは我がクランは不要だからなぁ。
「うーん、なんや不思議やなぁ。自分、強いんか弱いんかようわからんで、しかし」
そう言って寅吉さんを見る。
「ふっふっふ。強いですよ。星名さん、今レベルいくつでしたっけ?」
「え、はい。レベル十五です」
「はぁ?! ほな、女の子たちは?」
「わたしと同じか少し上です」
立神さんが惚けたような顔をしている。
「そうでっか。そらぁ、怖いなぁ。寅吉、お前、ええなぁ! めっちゃおもろそうやないか! わっはっは!」
ひとしきり笑ったあと、コーヒーをひと口飲む。
「わたしらはね、ひたすらレベルを上げるんですわ。確実に強くなる。日々訓練に鍛錬。それで『特殊技能』まで生えたら儲けもん。この三、四年ほどはサクちゃん連れてよう潜ったわ。お陰さんでこの歳になって自分らもレベル上がってしもた。わははは。でも、お宅らその逆や。レベル上げんとここまで来とる。ほんでまだ平気な顔して下に行く言うとる。寅吉、ホンマに楽しそうやな」
「いや、でもわたしたちは深層攻略は目指してないんですよ」
「んんっ?! そうなん? ほんならなんで潜っとんねんな?」
「えーと、仕事です」
「仕事? ダンジョンが? いやいや、金儲けだけで潜るなんちゅうのは割に合わんやろ。こんなん浪漫やから続けられるんやろ」
立神さんが寅吉さんの顔を見て止まった。
「ホンマにか? 寅吉、お前が戻ったのはそれが理由なのか?」
「団長、そうです。浪漫はあります。危険も、あります。ダンジョンですからね。ただ、命は懸けません。それはもう俺には出来ません。『Renegades』は、星名千里はそれを目指してます。出来ます!」
「やれんのかいな。ほしたら、いや、うーむ」
立神さんが何かを考え込んでしまった。
「寅吉、お前んとこのカミさんはなんて言うてんねん」
「はい。あと十年若ければ、毎晩のようにそう言われてます」
「うお、ホンマか。そら、すごいな。星名さん、これ以上は今は聞かん。探りもせん。自分らのことは『竜騎兵』内で不可侵や。仲良うだけさせてや」
「あ、はい。いえ、こちらこそよろしくお願いします。なにせわたし始め彼女たちも本格的にダンジョンに潜るのは初めてみたいなものなので、ベテランの方と知り合えたことは僥倖です」
最後に連絡先を交換して握手をして席を立った。
店内に戻ると立神さんが腰を抜かさんばかりに驚いた。もちろん香流の美貌にだ。




