第74話 万屋
代々木公園第一ダンジョン、第十階層のボス部屋の奥の壁には扉があり、ボスを倒した後にパネルのようなものに手を当てると開くようになっている。中に入ると石かコンクリートのような広場になっていた。相変わらず光源がないのに明るい不思議なダンジョン空間。メンバー全員が入ると扉が閉まった。奥に見える階段は上り階段だ。
半時計周りに周り込みながら上がる。スーパーマーケットか家電量販店を彷彿とさせる広い階段。すると途中で地上に帰るために階段を下りる冒険者とすれ違うようになった。何回目かの踊り場を回り込むと見上げた先に抜けるような青空が目に飛び込んできた。出口だ。
ちなみにこの階段。帰りも使うわけだが、何回か踊り場を周り込むと人とすれ違わなくなり、最後に壁に真っ黒な穴の開いた部屋に辿り着く。そこはボスを倒した後に入った部屋ではない。真っ黒な穴を潜り抜けると第十階層と第九階層を繋ぐ階段近くの壁から出ることになる。振り返ってもそこはただの岩壁だ。
階段を上がりきり第十一階層の青空の下に出るとそこは平原だ。今出て来た場所を見ると地面にぽっかりと開いた穴に階段が連なる。第十一階層はこの階段口を中心に半径一キロメートルの広大な安全地帯となっている。安全地帯の外にも草原や森が広がっているが、そこに棲むのは深層階に匹敵するほどの凶悪なレベルのモンスターだ。数も多い。
階段を中心に四方向に安全地帯の端まで歩くと下り階段がある。そこを下りれば第十二階層だ。他の階層もそうだったが、草原は地図には階段のすぐ先までしか表示されない。そこから先は見ても意味がないと言われているようだ。今いる第十一階層も四方の階段から先はモヤが掛かったように情報量が減って見えなくなっている。
「おもろいな。安地に建ってる建モンとかテントとかが誰のんか丸わかりやん」
葵が言うように安全地帯には無数に建物がある。どうやったのかわからないが三階建ての建物まで見える。だが、そのほとんどがテントなどの簡易的な居住施設だ。階段近くのひと際大きな建物には『冒険者支援機構 代々木ダンジョン第十一階層支部』の看板が目立つ。
「今日のところはギルドに申請は控えておこうか。我々はここにキャンプ地を構える必要がないからね」
寅吉さんの言う通りだ。俺たちは第八階層に別荘があるからここに留まる理由がない。
さて、どの階段から降りようか。安全に階下に降りられるならとりあえずもう一階層降りてしまった方がいい。じゃないと次回はこの人目がありまくりの街中ともいえるところに【瞬間移動】することになってしまう。
「ギルドのある通りが一番通りで、そこから時計回りに二番、三番となっているんですね。さて、三番通りにさっきのタイタンズのデカい建物があるね」
「あらやだ、ホントだわ。タイタンズって、最初は六本木から始まって、今は麻布を根城にここ二、三年で急成長した結構、有名なクランよ。クランメンバーは今は余裕で百人以上いるはずよ。とにかく派手で目立つのよね。特にクランの顔、CEOの藤間元子ね。動画でもバンバン顔出ししてて、昔はそれこそアイドル扱い。今はもう女帝ね。チャンネル登録者数は百万超えよ」
「へー。さすが園子は詳しいな」
「ダンジョン関係者なら好き嫌いに関わらず目に入るのよ。最近の動画でもダンジョンの中で水着でシャワー浴びてたわよ。クランメンバーにプール作らせて大きな白鳥の浮き輪に乗ったりね」
「ぎゃはははは。なんやのんそれ。あのおばちゃん、お笑いのセンスあるんちゃうか」
「でもそれ、お笑いじゃないマジの方のウケ狙いなのよね」
「でも実際ウケて信者が集まったんだろ?」
「そ、よくわかるわね」
「まぁ、昔から変わってないってことだな」
「うふふ。元子さんのことならなんでもわかってらっしゃるんですね」
なんとなーく香流のサングラスバイザーの奥のこちらからは見えない眼が怖い。
「あー、いや、そういうことじゃないよ。なんていうか、犠牲者? がいっぱいいそうだなって話で」
「まぁ、その話は今夜でいいわ。どこから降りる?」
どうしても今夜その話をしなきゃダメなんだろうか。俺はその手の話は興味ないが、お相手がそういったカリスマのある立場の人物なのだとしたら、百歩譲って男同士の酒の席で過去の話をするのは自慢話や武勇伝になるのかもしれない。けど、少なくとも女性の前でする話ではないし、そもそも男友だちの前でも過去の付き合いの話は相手に失礼だから俺はしないけどなぁ。
「寅吉さん、なにかありますか」
気配の希薄になっていた相棒に意見を求める。
「ん? そうだなぁ。三番に近付かない方がいいから反対方向の一番から下りよう。急がないと後ろから追いつかれそうだ」
もっともだ。一キロメートル先の階段を目指して歩き始める。
さすが一番通りなのか、宿屋もあれば武器、防具の店から雑貨、衣料品、食料店まである。
「やっぱりギルド寄って行きませんか。何を売っているのかだけ見てみたいです」
「なるほど。じゃあ少し顔を出そうか。顔を出すならちょっと挨拶に行ってくるよ」
ああ、そうか。寅吉さんは現役支部長だからこっそり通り過ぎる分にはいいけど、さすがに中に入ったら挨拶ぐらいは必要か。
「あぁ、すいません、気付きませんで。そういうことでしたら今回はまっすぐ階段に行きましょう。店は小佐原さんが一緒の時にでも入ればいいので」
「そうかね? じゃあそうしておこうかな」
「タイガー! タイガーじゃないか!?」
まさに冒険者ギルドを通り過ぎようとした瞬間に中から出て来た冒険者に通りのど真ん中で大きな声で呼び止められた。
「あちゃ、見つかってしまったか。すまない。知り合いのようだ」
寅吉さんを呼び止めた冒険者が慌てる風もなく、泰然と歩いてくる。向こうもフルパーティーらしく、お仲間らしい冒険者も近付いてくる。ただ、どう見ても只者じゃない。寅吉さんのタックネームを知ってることからもそれは推察される。
「うわ。こりゃすごいな」
「兄やん、どないしたん?」
【こうしえん】で人物プロフィールは丸わかりだ。危険を感じない限り画面がうるさくなるから名前などは表示オフにしているのだが、さすがに知り合いということで見てみた。
『あの人たち、全員レベル六十オーバーだ』
「いいっ?! めちゃめちゃ猛者ってるやん!」
「もさってる、ね。うん、そうだね猛者ってる。陸自関係者だろうね、幸い、タイタンズ所属ではないみたいだ」
寅吉さんが呼び止められた瞬間、香流が園子と葵に自然と手を添えて俺の側に来た。【絶対領域】の中に入れたのだ。
園子:いつでも飛べるわ
葵:燃やすのはやめといたるわ
園子、ナイス。葵、マジでやめてくれ。
「みんな、ちょっと来てくれるかい」
寅吉さんが呼んでいる。ということは危険は無いってことなのだろう。
「はい。今行きます」
まさに歴戦の勇者という五人のパーティーだった。使い込まれているが徹底的に手の入った装備をひと目見るだけで身震いしそうだ。これは、ホンモノだ。寅吉さんに声を掛けた男のバイザーの色が少し薄められて目が見える。穏やかな眼差しが返って怖い。この人は、強い。誰かに似ていると思ったら寅吉さんだ。顔は全然似てないのに、纏った雰囲気が寅吉さんと同じ感じがする。他のメンバーからもそれを感じる。これはなんなんだろう?
「こちら冒険者クラン『竜騎兵』のクランボスのタツさん。私が前にいたところのボスだった方でね。ぜひ紹介したいんだ」
寅吉さんが笑顔で紹介してくれた。前にいたところというのはつまり、自衛隊の第一空挺団の前線攻略部隊ってことだ! そこのボス? どの程度のボスだ?! 寅吉さんがここまでうれしそうにしているということはよっぽど信頼している人なのだろう。
「はじめまして。冒険者クラン『Renegades』のセンです」
「タツです。こんなところで立ち話だと目立ってしゃーないな。時間あるようやったらウチの店で少し休んでいかんかね」
寅吉さんを見ると、大丈夫だというように頷いた。歴戦の猛者と友好関係が築けるなら良い話のように思える。こっちは女性が三人もいるからダンジョン内で初対面の人には警戒もするが、いざとなったら【瞬間移動】で逃げれば大丈夫だろう。
「せっかくのお誘いなのでご迷惑でなければぜひ」
「なにも迷惑なことなんかあるかいな。若い有能な子と話ができるんわこっちもうれしいこっちゃで。ほな、ちょいこの先やから着いて来ぃや」
そう言って『竜騎兵』の人たちを前に一番通りを歩き始めて数分、下り階段までのちょうど中間あたりの、大通りに面した一等地に二階建ての店舗兼事務所のような建物があった。店の看板には『万屋 竜の寝床』と書かれていた。
「おう、今帰ったでー」
タツ氏が気楽にそう言いながら開け放たれたドアから店舗に入っていった。




