第71話 前哨戦
代々木公園第一ダンジョンの第八階層に安全地帯を見つけてから一週間。自宅での朝練をやめて、そのまま朝早く寅吉さんと一緒に通い続けている。寅吉さんが出社の日は朝練を安地で行い、出社時間に寅吉さんを送り出して、今度はそれに合わせて来た小佐原さんと潜り直すのがルーティーンだ。
ちなみにこの一週間で二回、ランダムポップアップの宝箱を確保している。成果は魔鉄の兜と魔銀五百グラムだった。魔銀は聖銀とは違い、アンデッドに対するアドバンテージよりも魔道回路の作製素材として価値がある。価格は魔金の十分の一、グラム一万円ほどだった。魔鉄の兜の鑑定結果は二百五十万円だが、小佐原さんに加工してもらう予定。
安地には初日から毎日少しずつイスやタープなどのアウトドア用品を持ち込んでいる。試しに小佐原さんに槌を振るってもらってテストしたところ、外周には中の音どころか焚火の煙さえ一切漏れ出ないことがわかった。
「中と外は別世界のように隔絶されてるんだな」
「こん中やったら何やってもええねんな」
「監督殿、ここに鍛冶場を作りたいでござる」
「かなり大掛かりな工事になりますね。資材を運ぶだけでも大変ですが、竃を作ることは出来そうですか?」
「ああ、いえ、さすがにそれは気が遠くなる話になります。火を使う作業は工房でやるので、ここでは合成作業の公房ということですね」
ということで少しずつ必要なものを持ち込んでいる。
そして、寅吉さんの休みの今日、いよいよ第十階層のボス戦だ。
「前回、小佐原さんが一緒の時に倒しているけど、気を引き締めていこう」
「いよいよ本番やな。安地の訓練だけやとそれはそれでナマってまうもんな」
「しかし、きみたちのスキルが複数回使えるというのは本当に驚異的な力だからな」
今は一日八回使える。日数を掛ければ安全にどんどん階下に降りることが出来る。二階層下ならあっという間に到達だ。
「それじゃあ園子、第九階層へ下りる階段近くへよろしく」
「いくわよ。レディ、ジャンプ」
安地から下り階段近くへジャンプ。今日は第一階層から安地へジャンプしていたのでこれで残り六回。
階段を下りて第九階層に降りる。地図をチェック。
「無いな」
階層が変われば宝箱の探索は恒例行事だ。
「毎回ドッキドキやな!」
「はっはっは。うむ、その通りだな。ダンジョン探索がこんなに楽しくなるとはね。本当に君たちに出会えてよかったよ」
いやいや、それはこっちのセリフだ。寅吉さんが同じパーティーにいて、誰よりも前に立ってくれているという安心感は絶大だ。
第九階層はグラスウルフが必ずペアで襲ってくる恐ろしい場所だ。地図でそこにいないことはわかっても、突然目の前でリポップする可能性は常にある。寅吉さんの判断や経験に基づくアドバイスは『Renegades』の宝だ。
『ここは視界が広い。一番近い林の裏手まで駆け足前進で行きます。それでは、ゴーゴー』
駆け足行軍で十分ほど掛けて冒険者から見られない場所に到着。
「よし、ここなら誰にも見られない。園子」
「いつでもいけるわよ」
次にやるべきことを理解して、しっかり準備している優秀なメンバー。助かる。
「レディ、ジャンプ」
階段から階段へジャンプすればダンジョン内を歩くこともなく進む事ができる。これで本日三度目の【瞬間移動】で残り五回。
やることは同じだ。淡々とこなしていく。この『淡々とこなす』感覚になれたことが大事だ。そして、得てしてこういう慣れた時こそ事故が怖いものだ。そう思えるのも自分がおっさんだからなんだと思う。若い子たちと一緒に仕事をするたびにおじさんは嫌われてもいいからと説教をするのだ。
「よし、いい感じだ。みんな、調子が良く、慣れてきたところだ。余計に慎重に集中していこう。タイガー、階段までよろしく。そのまま十階まで止まらずに行こう。ゴーゴー!」
もうとっくに強い冒険者たちが狩りをするフロアだ。階段への最短ルートはまだ存在するが、列を成すほど冒険者の数は多くない。
そんな中でも地図の案内に従って安全なルートを踏破して行く。
一気にボスフロアの第十階層まで到達。人気の無い場所まで進む。ボス部屋は小高い丘の中腹にぽっかり空いた隙間の奥の階段を下りた迷路の先にある。
「へぇ? ボス部屋の奥の階段を下りなければならないだけあってけっこう並んでるんだな」
第十一階層に下りるための階段はボス部屋の奥だ。フロアボスを倒さないと先には進めない。ここのボス部屋には一度に入れる人数に制限はない。扉が閉まる条件は様々。五人入った時点で閉まるものもあれば、時間経過で閉まるものもある。ここは時間経過だ。
「結構な数の冒険者が並んでいるな。クランならまとめて入るかもしれんし、パーティーがたくさん並んでるなら時間掛がかるかもな。とりあえず順番に並ぼうか」
「ここって来るたんびにボス倒さんと先に行かれへんねやろ? なんや面倒くさいな」
「そうなんだけどな。ウチは園子様のお陰で一回、下に下りてしまえば次回からショートカットし放題だ!」
「はー、ホンマ園子ちゃん様々やわぁ」
「まさかわたしのスキルがこんなに重宝されることになるとは思わなかったわ」
「うむ。やはりマネージャーと監督の相性とシナジーは抜群だな」
「むー。タイガーのおっちゃーん、その言い方はちょっとアレやなぁ、兄やんと一番お似合いなんは園子ちゃんやって言うてるように聞こえんねんけどお?」
「んんっ!? いや! ちがっ! いや違くない! じゃなくてそこまでの深い意味とかじゃなくてだね?!」
「はっはっは。まぁ、園子のスキルを使う回数はどうしても多くなりますからね。スキルを使ってもらうたびに助けられたっていう気持ちが起きるからそんな風に感じるのもしょうがないよな。でも、葵も香流もパーティーにいてくれないとボス戦なんてできないからな。俺にとっては全員が同じように大事な奇跡のメンバーだよ」
「うーむ。なんかちょっと言うてることがズレとるような気もするけど兄やんがそう思てるだけな分にはまぁエエかぁ」
「あらあら。園子さんが黙っちゃいましたね。照れていらっしゃいます?」
珍しく香流が攻めに回っている。あまりこういうイジりには乗らないんだけど珍しいな。ボス戦を前にみんなリラックスできていていい感じだ。
「やはりクランで並んでいたみたいだな。列がゴッソリ減ったみたいだ。よし、並びに行こう。タイガー、先導よろしく。ゴーゴー」
順番待ちの列までは二ブロック、百メートルほど先だ。さっきチェックした時は四パーティー二十人が並んでいたが、今は一パーティー五人しか並んでいない。
ジョギング程度の速度で走り始めた時に異変に気付いた。ボス部屋の扉に向かって左の通路から四匹のグラスウルフがゆっくりと近付いて来ている。並んでいるパーティーが迎撃態勢を取るのが地図上の動きでわかる。ただ、なんとなく違和感がある。
「む? 迎え撃つパーティーの動きが変だ!」
前の方でタイガーも異変を感じたみたいだ。なんとなくそのパーティーの動きがぎこちない気がした。代々木公園第一ダンジョンの第十階層はグラスウルフが群れで行動している。中堅でも相当の場数を踏んでいないと危ない。パーティーで稼ぐならひとつ上の第九階層の方がいい。単独でボス戦に挑むということはベテランのはずなのに、地図上の動きからはそれが感じられないのだ。
すると、パーティーの後方にも赤点が点滅を始めた! 光点の数は三! 俺たちは扉の前、T字路のモンスターのいない通路から接近している。
「こいつら素人じゃないか?! 後方のリポップにも気付いてないぞ!」
このバラけ気味の素人パーティーの全員を直径六メートルの【絶対領域】の中に入れるのは無理だ。
「タイガー! 左の四匹、いけますか?!」
「任せろ!」
寅吉さんが全力で駆け出す。




