第70話 人気者はつらいよ
代々木公園第一ダンジョンに安地を見つけて数日後の夜、寝る前のひと時をリビングのソファーで過ごしている時だった。
「千里、ちょっとこれ見てくれる」
「ん? どうした」
三人の若い女性が風呂上りのお揃いのふわもこパジャマ姿でこっちに来た。園子が俺の右に座りながら目の前のローテーブルにノートパソコンを置いた。左に香流、香流の足元のカーペットに葵がペタンと座る。その足、男にはできないんだよな。一瞬、全然関係ないことが頭を過る。
「これ、なんかバズり掛けてるみたいなのよ」
それは『ダンジョンで見かけたイカす冒険者!』というショート動画だった。テンポの良い音楽に合わせてネット上に転がっているであろう動画を一秒にも満たないほどの短いカットで繋いだものだった。内容は、見た目が派手だったり目立つような特徴のある冒険者が映っているだけのものだ。カメラに向かってポーズを取っているものもあれば。たまたま映り込んでいるだけの冒険者を無理やり拡大したような荒い映像のものまで様々だ。
「ん? 今の」
「ええ、まずこれが始まりなのよ。この動画、シリーズみたいなんだけど、けっこう人気みたいなのよね」
一瞬、俺たちが映っていた。タイミングはバラバラだったけど、全員が映っていた。
「それでコメントがね」
動画のコメントを見ると、頭から何分何秒目の誰それはカッコ悪いだの、ダメだの書かれている中に、明らかに香流を褒めるコメントが多くあり、その声がだんだんと増えていったことがわかった。もちろん、アンチのコメントもあったが、こっちも見ろと別の動画タイトルが記載されたコメントがあった。
「で、さっきの動画のコメントから人気があった何人かの冒険者をピックアップした別の動画が作られたのよ」
嫌な予感がした。そして次の動画はさっきの動画よりもひとりあたりの時間の長い同じようなコンセプトのものだった。
「え、これ、マズいよな」
明らかに盗撮動画だ。そして問題はそこだけではない。一番目立った使われ方をしていたのは香流だったが、赤い甲冑の戦国武将の小佐原さん、歴戦の勇者の寅吉さん、アイドルデュオとして葵と園子、そして殺し屋として俺まで繋がった動画だった。
「で、二日前に上がったのがこれよ」
最新の動画は『幻の冒険者『Renegades』を知っているか?!』というものだった。
「は? なんだこれ?」
長くはない動画だったが、ロビーでクールダウンしている姿から、ホールで準備運動をしているところ、みなとみらいで脚立を運んでいるところ、最後は川崎で寅吉さんが「通るぞ!」と声を掛けながら右手を上げて通り過ぎる迫力のある映像で終わっていた。
「千里、川崎スタイルって知ってる?」
「川崎スタイル? なんだいそれ」
俺は園子から世間で、いや、世界で流行りはじめているという川崎スタイルというものを聞かされた。
「いや、さっきの動画を見て、そういえばそんな感じだったなぁってのは思い出したけどさ、そんな大事でもなかったよな? 今の今までそんなこと忘れてたぞ。それと俺たちっていつも帰りは【瞬間移動】で第一階層まで一瞬で帰ってたからな。俺はそんなことが流行ってるの知らなかったんだけど」
「いや、それはウチもいっしょやで。だってそんなんやったことないし、見たこともなかったからな」
「でも、これが最初だったって掘り起こされて検証までされてるのよ」
「すごいな。そこまで掘り起こしてくるんだな」
「いやいや、兄やん、感心してる場合やないで」
「そうか。そういえばなんで『Renegades』の名前までバレてるんだ?」
「それはね、これよ」
園子が別の動画を再生すると、その中でパーティー名を聞かれた葵が大きな声で、
「ウチらは『Renegades』や! ビッグになるさかいな! 兄ちゃん、よう覚えといてや!」
と、元気に答えていた。
「あー、そうだったな! このあと渋谷ダンジョンに行ったんだよね」
「行ったんだよねー、じゃないのよ! これ、再生回数見てよ」
「ん? 十万? え? 十万人も見てるの?」
「わたしたち、なにもしてないのに勝手に騒いでるのよ」
「まぁ、しょうがないよ。香流はカッコイイし、葵も園子もかわいいからな! 人気だって出るだろ! わっはっはっは!」
「ぎゃははは! 兄やん、やっぱおもろいな!」
「ふふふふ。ぜんぜん困ってないんですね」
「わははは。ま、しょうがないだろ! 見つかってしまったものは。あとはな、俺たち自身がこんなものに振り回さなければいいんだ。俺はこういうものを認めたわけではない。迷惑だろ。できればダンジョン内で絡んで来てほしいもんだね。ダンジョン内は?」
「自己責任! やな!」
「ふふふふ。そうでしたわね。私、そういう輩が大嫌いで、それをどうにかできそうなダンジョンに憧れてますからね。来るならぜひ、来ていただきましょう」
香流の美貌には出会った頃のような世を忍ぶような影はもうなかった。来るなら来い、いや、早く来いとまで思ってそうな自信に溢れていた。
「ふー。そうね。いいわ。売られた喧嘩ならどんどん買ってやりましょう。だって、わたしたち、無敵ですものね」
なんだか物騒な方に話が流れ始めている。これって俺が作った流れなのか?
「まぁ、そうなんだけどな、ダンジョンから出たら君たちはひとりのか弱い女性であることを忘れないでくれよ?」
「おー、兄やん、ありがとー。ほな、ダンジョンの中で最後までキッチリ話つけたったらエエねんな? 任しときー。こんなんコソコソやって金稼いでるような輩、これっぽっちも同情するとこなんか無いからなー」
せっかく園子と香流に連れられて東京のオシャレに触れてマイルドヤンキー化してきたのになぁ。ナニワのヤンキー魂が完全に蘇ってしまっている。これじゃあ次回の美容室で茶色か暗いオレンジにしようかなって言ってた髪色がぁ。動画作った奴、許さんぞ!
「じゃあ、ウチはその方針でいいのね?」
方針? どれだろう?
「俺たち、人気者になるつもりは無いからな。それで身を守れるわけじゃない。逆だろ」
「それはそうね。誰もが認めるような存在になりでもしない限り面白半分で何言っても許されるおもちゃぐらいにしか思わないわよね」
「メットのバイザー、自動調光機能付けて必ず色が入るようにしておこうか」
「だったらオプションのこれね。わたしと千里と葵の分ね、発注しておくわ」
相変わらずのシゴデキ!
「明日には届くわね」
「だけどさ、俺たち毎日、代々木公園第一ダンジョンに通い始めたけどそんなに周りの視線は感じないけどな」
「それは装備に付与で隠密が入ったお陰ですね。魔石を入れておけば地上でも常時発動し続けるからいいですね」
「なにか言ってくる奴がいても無視していい。愛想良くする必要はない。基本的には俺とか男連中に任せてくれ」
「せやけどウチも我慢はせぇへんからな?」
「うん、それはもちろん。ただ、地上では絶対に正当防衛以外は手を出すなよ。地上は地上の法律が適用されることを忘れるなよ?」
「わかってるがな。ダンジョン引き込んだらエエんやろ?」
「そうですね。行きはいいですけど、帰りのクールダウンと車に戻るまでの道中の対策が欲しいですね」
「寅吉さんにも相談してみるよ。ギリギリまで中の人だからね。ダンジョン施設内の管理や警備に関することだから話を通しておこう」
なにが配信ランキングだ。まったく、こっちから何も発信していないばかりかそういうものが不要と思っているのに他人のプライバシーに土足で踏み込み、あまつさえ自らのメシのタネにしようとするなんて情けない連中もいるもんだ。
俺はリーダーとして、そして、男としても彼女たちを守ることを強く意識した。




