第68話 S.Z.
「周りを木々に囲まれてるんだよな」
「うーん、それだけよね?」
「敵はおらんようでござるなぁ」
「どうしようか。入り方を検索してるんだけど、何も出てこないんだよ」
「入られへんの?」
「今までってスイッチとかあっただろ? ここに関してはそういうギミックが何も無いってことらしいんだ」
「そしたら木ぃ切って入れっちゅうことなん?」
視線の先には木が密集した大きな林というか森がある。その森の中、周囲を完全に密林に囲まれた中心に宝箱がある。だが、接近するルートが見つからない。
「ルート探索も出来ない。周りを木に囲まれていて中に入れないって感じだよな。行けるところまで歩いて行って確かめるか、一気に【瞬間移動】するかだなぁ」
「宝箱に罠などはござらんか?」
「無いですね」
「箱の中身はなんなん?」
「あぁ、見てなかったわ。えーと」
【魔金(500g)】
「まきん? 魔金ってなんだ? 金ってゴールドのことか?」
ふと顔を上げると園子と小佐原さんが驚愕の表情だ。園子はフルフェイスのヘルメットの上から口元を両手で押さえている。
「ふたりの反応を見る限り相当なもののようだけど」
話すどころではなさそうな二人の代わりに香流が解説してくれた。
「魔金ですか。それはですね、魔道具に必須の魔力回路製作に必要とされるマジックゴールドとも呼ばれる魔力を帯びた特殊な金ですね。魔銀でもいいのですが、魔金は効率が段違いに良いはずです。高級魔道具には必ず魔金が使われます。とても貴重でかなり高価ですよね? それが五百グラムもあるのですか?」
スポーツドリンクをゴクゴクと飲んで息を吐いた小佐原さんが説明を引き継ぐ。
「拙者は魔道具士ではないので専門家ではありません。が、いま香流殿が言ったことで間違いありません。魔道具に使われる魔金もコンピューターの集積回路に使われるような量しか使いません。それ以上の量を使っても効果が変わらないのだから使用するのは最低量でいいのです。限りなく薄く加工したものを細く細く切って使います。取引価格はグラム十万円です」
「ん? なんて? グラムてなに?」
「葵、金の場合でグラムっていう時はな、一グラムあたり、という意味になる」
「一グラム? 一グラムてめっちゃ軽ない?」
手のひらを上にしてそんなことを言う。
「うん。それで合ってるぞ。一グラムなんて手のひらに乗せたところで何も感じないほどの軽さだ。その一グラムあたりの値段のことを言ってるんだ」
「んー? 手に乗っけてもわからへんぐらい軽い一グラムの魔金が十万って言うたん?」
「うん。小佐原さんは今そう言ったんだ」
「それが五百グラムあんの? っちゅーことは、十万が五百っ個やんな? 十万掛ける五百やろ? 十万が十個で百万でぇ、それが十個で一千万でぇ、それで百グラムやろ? それが五個で? 一千万が五つでぇ」
葵の眉間にシワが寄っていく。
「え? それって五千万円ってならへん? 五百グラムって一キロの半分しかないやん? ほなちゃうかぁ。ウチ計算苦手やわぁ」
怖いものでも見たかのような顔で俺を見る葵。
「葵、それで合ってるわよ。五百グラムしかあそこにはないわ。だけどそれには五千万円の価値があるわ」
「えー? 園子ちゃんの言うてることがよーわからへん」
「葵、安心しろ、俺もわからん」
「いやいやいやいや、兄やんはわかっててーな!」
「とにかく、あの木々の中にはほんの少しの魔金が宝箱の中にあって、それの価値は五千万円だ」
みんなの頭の中が真っ白だ。もちろん俺も。額が大きすぎて現実感がない。誰もはしゃぐこともできないでいた。
「うふふふ。こんな浅い階層でそんなことがあるんですね」
いや、ひとりだけ冷静な人がいた。香流がみんなの様子を微笑ましく見ている。たぶん価値観は共有できているが金銭感覚が俺たちとは違う。
冷静な香流を見て頭の芯が冷えていくのを感じる。モンスターはいない。ボス部屋ではない。ただ、辿り着くのが困難な場所にあるんだ。恐らく、囲まれた樹木を切り倒して中に入らないといけないとかそういう試練だ。もしかしたら歩いて入れるのかもしれないが、迷路になっているということか。いや、【こうしえん】のルート検索でも出ないんだ。ルートは無い。
ダンジョン内では方位磁石でさえ使い物にならない。木々に覆われているからドローンで上空から見たところで地上のことはわからない。そもそも、モンスターもうろうろする場所だし、そこに何かがあるとわからない状況でそんなに細かく調べる意味もない。下の階層への階段はもう発見済みだ。こいつは、それを見つけること自体が試練だ。
「さっきから宝箱周辺の地図を見ているんだけどな、特に何もないんだ。温度も大丈夫だし空気の変質とかも無い。罠の検索にも何も引っ掛からない」
「ということは、簡単に取れるわよね?」
「うん。おそらく園子ひとりの行って来いで取れてしまう」
「おー、五千万独り占めやな!」
「五億でもひとりじゃ嫌よ」
みんなで笑った。
「さて、どうする」
反対意見の人は連れて行けない。
「わたしはいいわよ。ひとりじゃないならね」
俺のことをわかっているだろう園子が間髪入れずに真っ先に賛成した。そもそも園子が反対ならこの話はおしまいだからだ。
「なんかあったらウチが速攻燃やしたるわ!」
「ふふふふ。だったら私もご一緒しないとですね」
小佐原さんと目が合う。
「なんとも頼もしいメンバーでござるな。こういう時、やはり男は率先して意見は出しにくいものです。行こう! としか言わないですからな!」
「そうですね。彼女たちには助けられてばかりです。よし、数分間でひとり一千万の大仕事だ。前回の冒険で無事に帰ることが第一と反省をしたばかりなのにこれだ。みんな、現時点の【高度戦術支援地図】では危険度がわからない。いいかい? 安全だとわかったわけではないんだ。これ以上危険だと判断する情報が得られないだけだ。その前提で最終的な判断をしてくれ」
全員が考える。
「最初に跳んだらなにしたらええんやろ? ウチ、火ぃつける? 危ないし、意味ないやろ?」
「そうですね。敵がいればそれもありですが、今回はまず私が【絶対領域】を使いましょう。そうすればとりあえず時間が稼げます」
「そうね、そこで宝箱を開けるか、すぐに逃げ出すか判断するのがいいんじゃないかしら」
自分たちの能力を元に自分に何が出来るかを考えて意見を出してくれた。パーティーが有機的に活動できている実感が湧いてくる。
「うん、いいね。今回ほど全員が瞬時の判断を求められることもなかなかないだろう。だが、それが事前に必要だとわかっていれば君たちなら自分の判断でうまくやってくれると思う。俺も指示を出すが、緊急時の判断は自分でするのがいい。指示を仰ぐのを待っているだけでは大事なものを失ってしまうだろう。よし! マネージャーの【瞬間移動】、現着後すぐにクローザーの【絶対領域】だ。ガッツは緊急時の接近、遭遇戦に備えてください。エースは遠距離戦の用意。慌ててドーム内で【地獄炎】を使わないようにな。【絶対領域】展開後は今回はクローザーが一番、全体を見る立場になるだろうから、クローザーの指示も俺の指示と思って行動してくれ。移動後は俺は宝箱に集中する」
それから十分ほど掛けて実際のフォーメーションでシミュレーションをした。とはいえ、動くのは俺だけだ。
「監督殿、移動後にモンスターが発生するなど不測の事態があったら拙者が剣を振る可能性があります。声を出すので反応してくだされ」
ボヤボヤしてると斬るぞってことだな。
「了解です。宝箱だけに集中しないよう気を付けます」
それを踏まえてもう二回ほど状況訓練をした。
「センの目の前に宝箱が出るように跳ぶからね」
「よし、イメージ出来た。全員、録画はしているな。さぁ、大冒険だ。レディ」
俺は目の前の宝箱のロックを外すイメージでしゃがむ。各人が自分の役割を考えながらそれぞれ態勢を整える。
「スリー、ツー、ワン、ジャンプ!」
目の前に現れた宝箱をよく見る。いつもとなんら変わらない貴金属用のヒンジロックのある宝箱だ。一瞬、周りに視線を飛ばすがシャボン玉越しに見えたのは、頭上の日光を生い茂る枝葉が遮る暗い森の中の狭い原っぱというイメージしか湧かないような場所だった。
ヒンジロックを上げてロック解除。
「敵影ナシでござる」「後ろも大丈夫やで!」「地図にも変化ありません」「脱出地点確保」
両手で宝箱を開けて中を覗き込む。赤いビロードのような布張りの宝箱の底には、ヘッドライトの明かりをこれでもかと跳ね返す金色に光る小さな長方形の板切れが五つ。それをひとつずつ慎重に摘まみ上げてマジックバッグに入れる。
「回収完了! 園子!」
「待って!」
香流の声だ。頭上から陽光が差し込んで来る。急激に周りの木々が後退を始める。
数瞬の後、静かな池を囲む下生えの上にいることがわかる。どこまでも透き通った池は水が湧いているのか、静かな波紋が見える。池の直径は十メートルほど。池を囲む下生えは十メートルほどの奥行があって周囲を密林に囲まれている。宝箱は消えていた。
「なんだ? どうなってるんだ」
「魔金を取ったら広場が出来たわ」
地図を確認すると確かに樹木に囲まれて円形の土地と、中心に池が出来ている。地図上の表示は【安全地帯】となっていた。
「安地?!」
「なんですと?! ほ、ほんとでござる」
「え? え? ここ、安地になったん?」
「ウソでしょ。こんなところ安地になったからってどうするのよ」
「そうですね。これでは誰も入って来られませんわね」
「いや、そんなことはないぞ。俺たちが、園子がいれば入れる」
「いや、それでも誰も入れないところで安地と言ってもどうしようもないでござるよ」
果たしてそうだろうか? 俺の頭の中はパニック寸前だ。興奮している。
「ここ、俺たちの別荘地ですよ? こんなすごいことありません。小佐原さん、ダンジョン内に完全に平和な作業場所の確保でもあるんですよ。訓練だってやりたい放題だ」
「うわ、うわ、うわ、それってめっちゃおもろいやん!」
「なななななんと!? ダンジョン内に誰にも秘密にできる作業場ですとぉ?!」
【安全地帯】は安地、セイフティー・ゾーンとも呼ばれるダンジョン内にあるモンスターの存在しない、侵入してこない場所だ。安地内では地上の物理法則とダンジョン内の独自法則が同時に存在する。火が使える。鍛冶師には理想の環境だ。
「ここはしばらく様子を見ましょう。元の状態に戻る可能性もあります。ただ、安地だとするとここにある物は勝手になくなったりしません。それと並行して、もしここが安地として使えるなら、ここで出した騒音などが外に聞こえるのかなども検証が必要です。ま、とりあえずはここが失くならなければ、です」
ようやく全員が落ち着いてきた。
「なーなー、ここってキャンプできたりすんのかな」
「ここが安地だとすると地上で使えるものはなんでも使えるからな。焚火もできるぞ」
世界のダンジョンに安地はいくつも発見されている。オープンフィールドの安地は隠しようがないので共有財産として扱われるのが普通だ。日本では国が管理して個人や企業が独占しないようになっている。国主体の休憩所が作られ、公平な利用が謳われているが、実態がどうだかはよくわからない。
「これ、もうちょい深いところやった方がダンジョン攻略とかで有利やったのになぁ」
「ん? 葵、それは一般論としての話か? 俺たちで言ったらここが何階層でも関係ないぞ。だって、園子がいれば何階層だろうが跳ぶ回数は一回は一回だからな」
「ああ、そうか。ほな、あんまり強いモンスターも飛ぶやつもおらへんしここでエエんや」
「そういうことよね」
「それはそうとしてだな、俺の持ってるマジックバッグにとんでもない大金が入っているわけだ」
マジックバッグに右手を入れる。頭に思い浮かぶ金色の小さな板切れを取り出して手のひらに乗せる。
全員が俺の手のひらの上の小さな金色に輝く板を見つめる。
「これが五千万なん?」
葵が疑わしそうに聞いてくるが、正直俺にもその価値はわからない。
「これと同じものが五つだ。これひとつだと一千万円ってことになるな」
自分を地図で検索して所持品を見る。
【星名千里(二十八歳)】
・Lv.15(Exp.17,520/35,460)
・スキル:高度戦術支援地図 Lv.2/5(Exp.4/5)
・所持アイテム:黒狼の軽装甲冑、忍者刀(黒狼)、黒狼のマント、マジックバッグ、魔金(100g)
「確かにこれは魔金百グラムらしい」
貴重品過ぎるのですぐにマジックバッグに入れる。
「どうしようか。あまりにも高価過ぎて一度俺たちもリセットした方がいい気がするんだが」
「わたしもそう思うわ。さすがに浮足立ってるわよね」
「いろいろおきて冷静な判断が出来ないでござる。それ、五千万円ですぞ? ここ、安地ですぞ?」
「帰りましょう」
葵が俺の袖を掴んでいる。こりゃダメだ。【こうしえん】を第一階層の表示に切り替えると、園子が瞬時に反応する。
「行けるわ」
「頼む」
そこから無言でロビーに戻る。階段を上ったところで葵をおんぶするのは恒例行事だ。
「ほい」
葵の前でしゃがむ、
「はい、じゃあお願いね」
そう言って園子がドサッっと乗ってきた。えーと? 葵には香流が肩を貸している。急いで園子を手近なテーブルチェアまで運ぶ。小佐原さんが座るのを確認して葵の元に駆け寄る。
「無理するなよ」
そう言ってしゃがむと葵もドサっと乗ってきた。
「うーん、やっぱキッツイわぁ」
「なんかよくわからんが無理するな。クローザーは大丈夫か」
「そうなんですよね。残念ながら割と大丈夫です。センさんも大丈夫なんですよね」
「なんでだろうな? キツいはキツいんだけど無理やり動いているうちにだんだん平気になるっていうか」
「エエなぁ。ウチは慣れへんわぁ」
「気にするな。エースにはいつも頼りっきりだからな。俺が少しは役に立つ時があるとホっとするからな!」
「いやぁ、どっちか言うたらウチの方が世話になりっぱなしやと思うねんけどなぁ」
「うふふふ。私たち、ちょうどいいですよね」
小佐原さんから、誰とも目を合わせずじっとしていればいいと言われてその通りにしているのだが、今日はロビーにいても前回ほど周りの視線が気にならない。
「スネークの隠密効果が効いていますな」
「なるほど。これはいいですね」
ただ、ここでのんびするのも落ち着かないので休憩もそこそこに車に戻る。
「はー。やっぱ車ん中、落ち着くなぁ」
「広いから安心感というか家に近い感じがあるというか。いいよな」
「ねえ、これってもっと大きい車でもいい気がしない?」
「そうですね。都内でも有名なダンジョンならクランの運用を考慮して大型車両でも駐車できるようになっていますものね」
「なるほど。ただまぁ、せめてダンジョン出たらその足で車まで来れるようにならないとなぁ」
「うっ。せやなぁ。ロビーでぐったりしとるんやったらこのままでもええかぁ」
「ロビーでのクールダウンの時間を計って少しずつ動くまでの時間を短くしてみるか。葵のレベルアップのペースが身体の慣れより早すぎるんだろうな。そのうち慣れるとは思うんだが、俺たちが毎日のようにダンジョンに潜っているわけじゃないのもよくないのかもしれん」
「確かにそうかもしれませんね。ダンジョン内で身体を動かす訓練も取り入れますか」
「それもいいわね。そしたらますます駐車場にキャンピングカーが欲しいわね」
「なるほど。移動基地の充実化はアリだな。まずはこの車でやってみよう。安地での訓練、車内での休息だな。そもそも安地なら常設のキャンプ施設を立ち上げるのもアリだな」
話している内にクールダウンが終わったので小佐原さんと連絡を取り合って着替えてから冒険者ギルド代々木公園前支部に移動開始。
さて、頼むよ掛井さん!




