第65話 備えあれば
『全員その場で待機! 何か変だ!』
第六階層に降りた瞬間に指示を飛ばす! 階段を降りた先で脇に身を寄せていつでも階段を戻れるように待機。地図の様子が変だ。たくさんの黄色の光点が赤い光点から逃げ惑うように移動しているのがわかる。
名前とスキル名が重なって見えにくかったので表示名オフ。赤い光点のモンスター名だけ表示オン。
グラスウルフと表示されている赤い光点があちこちにいる。そして大抵そいつらは複数匹で行動していた。
『ここってスネークが複数匹出る稼ぎ場じゃなかったっけ? 狼が群れで人を襲ってる?』
階段からさらに離れて緊急会議。
『小佐原さん、地図の青い光点が我々です。黄色が中立冒険者、赤がモンスターです。地図上の俺に向かって話しかけると俺にだけ声が届きます。俺の声はみんなに届きますが、そちらの声は俺にしか届きません。全員にテキストメッセージを飛ばそうとすると書き込み板が出るので、全員へのメッセージはそこにお願いします』
小佐原:わかりました。
『地図にはその階層の全ての情報が出せます。全てです。この階層には隠し部屋も宝箱もありません』
小佐原さんの表情が驚きと納得に満ちる。「そういうことか!」と、聞こえてきそうだった。
『ボスを倒した時、そのボスが初討伐の場合、能無しスキルの人は一日あたりの使用回数が一回増えます。いま、ウチのみんなのスキルは一日七回使用可能です。さっき一回ずつ使ったので今日の残りは六回です』
「と、とんでもないな」
『ボス討伐ですが、過去の討伐経験は関係なく、【こうしえん】に登録された状態での初回討伐によってカウントされます。とりあえず現状を分析します』
テキストでは間に合わないので口頭での作戦会議に切り替える。
「緊急事態だ。草原狼ってもっと下の階層で出るはずだよね」
「ええ、そうよ。ここでは第十階層の草原エリアから出現するはずよ」
「ということはイレギュラーエンカウントですな。しかも数が多い。大変危険です」
「ここを狩場にしている冒険者ではレベルが足りない方も大勢いらっしゃるでしょうね」
階段を降りてきた若い冒険者がカラースネークを求めて駆け出そうとしているのが見えた。
「おい! 君たち! ちょっと待て! イレギュラーエンカウントが起きてグラスウルフの群れが出ているらしいぞ! 引き返せ!」
「えっ?! マジっすか!?」
「俺たちもそう言われて引き返して来たところだ!」
そう言いながら階段に戻る。俺たちの呼び掛けから派生して様子見の冒険者が停滞し始める。
「ガッツさん、どう思いますか?」
「うーん、ちょっと敵の数が多いんですよね。タイマンならいいし、パーティーで連携が取れるなら同時に数匹なら対処できるかもしれません。だが、敵が多くなると彼我の戦力差がわからなくなります。経験が無かったり自分達の戦力が読めないなら行く理由はありません。撤退一択です!」
深紅の甲冑を身に纏った侍の言葉は重かった。念のためと階段を戻るパーティーも出てきた。しかし、危機感の薄い連中が「大したことないんじゃね?」とか言って先に進もうとしている。彼らの実力も知らない我々はこれ以上は何も言うことはできない。
その時、ジャングルの奥からものすごい勢いで戻って来るパーティーがいた。
「逃げろ逃げろ! 狼の群れだ!」
階段下でたむろしていた冒険者たちがようやく階段を駆け上がり始めた。俺たちは少し下がって道を空けてやる。地図で敵の位置は見えている。ここはまだ慌てる必要の無い場所だ。
地図を見るとほぼ中央に動かないモンスターがいることに気付いた。
【マザー・グラスウルフ】
『マップ中央にボスっぽいのがいる。こいつだけやってしまおう』
近くの林の中に空白地帯があるので星印でマーキング。
『ガッツ、ナビゲーションに従って駆け足行軍! ゴー・ゴー!』
全員が無言で走り出す。階段の順番待ちをしている何人かがこちらを見ていた。若手冒険者の危機に駆け付けるカッコイイ先輩冒険者に見えただろうか。
『手順は先ほどと同じで。香流、マナポーションの存在を忘れずに』
指示を出しながら先ほどと同じボスアタックの陣形を取る。
『園子、【瞬間移動】レディ。スリー、ツー、ワン、ジャンプ!』
かなり広い場所に出た。体長二メートルはありそうな角の生えた狼がそこいら中いる。そいつらの中心に他の狼より二回り以上大きな白い狼がいる。護衛の一匹の足元に青白い炎が立ち上る。俺たちに気付いたグラスウルフが牙を剝きながら殺到する! シャボン玉に囲まれると安堵した。もうこの美しい障壁には絶大な信頼感がある。
蒼白い獄炎が広がり続ける。不思議なことに草木に火は燃え広がる様子は無い。だが確実に炎は地面を広がりグラスウルフを次々に飲み込んで行く。
ゴガンッ! ガッガッガッ! グゥワァオオオオオッ!
突然、憎悪に燃える瞳の白い獣がドームに覆い被さるように襲い掛かってきた。歯と牙を突き立て、恐ろしい低音で吠える。それに合わせて通常のグラスウルフも特攻して来る。
バギン! バギッ!
美しい防壁に何かがぶつかる音がするが何も見えない。
「魔法攻撃でござるか? きっと、マザーウルフが持つ風の魔法ですな」
通常のグラスウルフの攻撃が止んだ。マザー・グラスウルフが踵を返して逃走を図った! しかし、十メートルも進まないうちに走れなくなり、二歩、三歩と歩いて倒れた。そしてすぐに姿が消える。地図上の赤点が緑になる。
「葵! オフ!」
温度を監視する。
「全員、バリアが消えたら魔石を拾ってくれ! 合図で必ず香流の元に! 香流はここを動かないで!」
地図上で黄色の点がここを目指して引き返してくるのが見える。マザーの危機を察したのか吠え声に反応したのか。
「香流、オフ!」
【絶対領域】のバリアが消えた瞬間、香流をその場にみんなが飛び出して行く。身体強化を活かしてダッシュだ! 全員がマップを確認しながら魔石とアイテムを確実に拾う。
「戻れ戻れ!」
香流の元に戻って集めたものを急いでマジックバッグに収納する。
「何匹来る?」
「すぐに来そうなのは二匹ですな。香流殿と拙者でやります」
「任せます。園子、ヤバそうなら逃げよう。準備よろしく」
「いつでもいいわ」
小佐原さんと香流が迎撃位置に進む。俺と園子で葵を挟む。経験値、アイテム、魔石。こいつら、おいしいぞ。
『我々は園子の【瞬間移動】でいつでも安全に逃走出来ることを忘れるな。焦る必要はないから落ち着いていこう。香流、無理せずに』
香流:了解
テキストを送る余裕があるっていうメッセージだ。
『全員、抜刀』
後方から一匹駆け込んで来そうだ。迎撃待機のためそちらに向かう。
連携を取っていないからなのか、俺が待ち構えているグラスウルフの移動速度が速い。
「せぇいっ!」
背後で小佐原さんの声が聞こえた瞬間、目の前の林の脇から体長二メートルの灰色の狼が飛び出して来た。地図で飛び出して来るタイミングはわかっていた。自分が集中出来ているのがわかる。グラスウルフが俺を視認したのがヤツの視線の動きでわかる。俺を喰い殺そうと大口を開けて飛び込んで来た!
わざと目線を右に切るとグラスウルフの視線をそちらに誘導できた。目線をそのままに右足で思い切り地面を蹴って視線とは反対の左に飛び込みながら忍者刀を右手一本で突き出す。
忍者刀はグラスウルフの右前足を飛ばしてそのまま首筋に水平に入って、ヤツの飛翔に沿って右の脇腹を深さ三十センチほどで後ろ脚の付け根まで抵抗なく斬り裂いた。
グラスウルフとすれ違うとそのまま五メートル走り抜けてから半時計周りに回って追撃に備える。グラスウルフは着地しようとしたが右側の足が機能せずそのまま地面でバウンドして「グワァオッ!」と吠えながら俺を見ようとして消えた。
視界の右端でパーティーメンバー全員が俺に向かって走って来るのが見えた。ここで集合してもう一度全体を焼いて一網打尽にするか。
魔石を拾いにダッシュしながら地図を見る。ものすごい数のグラスウルフが殺到しようとしていた。
魔石を拾おうとしたら赤い点が一つ、すぐ近くに現れた! このタイミングでまだ湧くのか!
「葵!」
出現位置は葵のすぐ右側だ! 葵が左手に持つ盾を振って身を庇う!
ガギィッ!
牙が盾に当たって葵が押し倒されようとしていた。グラスウルフの恐ろしい爪が葵目掛けて振り下ろされたが、急に軌道が変わって差し出されていた園子の左腕を叩いた。
「でやぁぁっ!」
掛け声と共にグラスウルフの影から太刀を振り抜く小佐原さんが飛び出してきた。胴を真っ二つにされたグラスウルフが消失する。
葵と園子の元に駆け寄る。
「香流! タイミングは任せる!」
「はい!」という声を聞きながら倒れたふたりに声を掛ける。
「葵! 園子! 無事か!」
「兄やん、ウチは平気や、園子ちゃん!」
園子の左腕が変だ。盾で爪からの攻撃は防いだが衝撃を逃がしきれなくて骨折している。
「園子! 待ってろ!」
左腕のアーマーを瞬時にバラす。ダメだ! アンダーウェアが邪魔でポーションが掛けられない! 上半身のライトアーマーを外す。
ボゥワッ! ガギュン!
たぶん葵が【地獄炎】を使って、直後に香流が【絶対領域】を発動した。
「おっちゃんはあっち向いててや!」
園子の上半身のアンダーウェアの前面ジッパーを全開にして左側の裾を引っ張り出す。そのまま引っ張り上げるがアンダーウェアから左腕を引き抜くのは無理だ。痛みに耐えられない。マジックバッグに右手を突っ込んでナイフを出す。香流が園子のヘルメットを脱がして膝枕をする。蒼は俺のあとにマジックバッグに手を突っ込んでいる。ポーションを取り出しているのだろう。
俺は園子のアンダーウェアの右脇下にナイフを突っ込んで斬り裂いていく。そのまま肩まで切り裂く。切れ目から前方に回して肩の部分で切り離す。右袖上にナイフを入れると反対側を葵が引っ張る。二人で両側から引きつつナイフを入れて袖を縦に斬り裂く。
ビッ、ビーーーッ!
「ちょっと痛むぞ!」
患部付近は袖が細い。香流がハンドタオルを園子の口に突っ込む。葵と目線を交わして一気に袖を引っ張って切り裂く! 幸い開放骨折ではないが、一目で折れていることがわかる。
葵からポーションを受け取って栓をねじ切って患部に垂らしていく。青黒く変色して腫れた患部がすぐに元の白く細い腕に戻っていく。
園子の身体から力が抜けるのがわかる。タオルが口から落ちて呼吸が落ち着く。
「ふーっ。これ、すごいわね。もうぜんぜん痛くないもの」
この娘の精神の強さよ。冷や汗で額を濡らしながらも俺たちを安心させようと、一刻も早くと話し始めたことは明白だ。葵と香流がホっとする気配が伝わってきた。
念のために上体を起こし、肩の上から左半身に掛けて塗布。
塗布が終わると見ている前で左手を握ったり開いたりしたあとにグルグル回してペチペチと叩いて笑って見せた。
「もうなんともないわ」
そう言いながら残ったアンダーウェアを脱ぎ去った。俺はマジックバッグから園子の替えのアンダーウェアを取り出して着るのを手伝う。
「ふー。これ、上下セパレートタイプにしておいてよかったわ」
そう言って微笑んだ。
「園子ちゃーん」
葵が涙を零しながら園子に抱き着く。
「葵、心配掛けてごめんね。咄嗟に身体が動いちゃった。あそこはぜったい【瞬間移動】だったわよねー」
「葵、抱き着いてると園子が服を着れないぞ」
香流が葵を引き取ってようやくアンダーウェアを閉めることができた。園子は立ち上がって裾を押し込む。そのままライトアーマーの装着を手伝う。
「脱着訓練、役に立ったわね」
園子がカチャカチャとやっているが手が震えて一向にロックが嵌まらない。そっと園子を抱き寄せる。
十秒ほどそうしていると園子がポンポンと背中を手で叩いた。
「ん、もう大丈夫」
園子のアーマーのロックを嵌めていく。バラしてしまった腕部分を直す。
「園子、よくやった。葵を守ってくれてありがとう。完璧だった。そして、怪我をさせてしまってすまなかった」
「あーあ。責任、取らせ損なっちゃったなぁ」
香流の方を向いてそんなことを言った。香流は葵を抱いたまま園子にヘルメットを渡すと園子を抱きしめた。
「無事で良かったわ」
「あのぉ~。外がですね、けっこう大変なことになってるんですけど」
あ、忘れてた。ずっとこっちを見ることを禁じられていた小佐原さんだった。
慌てて地図を見ると赤い点はひとつもなくなっていた。
「葵! オフ!」
「ああ! せやった!」
だいぶ広範囲に焼いたなぁ。人、やってないよな?
「人は焼いてないのでご安心を。見ていましたので。みんな狼ではなく炎から逃げて上か下に逃げました」
「小佐原さん、ありがとうございます。もう振り返っても大丈夫です。監視もありがとうございました。香流、【絶対領域】オフ」
そこからはあまりバラバラにならないように注意しながら魔石とアイテムを拾いまくった。三回ほど遠方のアイテム回収に【瞬間移動】も使って全てのアイテムを回収。グラスウルフのリポップはなかった。ポツポツとフロアに人が戻り始める。
「今日はここまでだな。園子、第一階層に頼む」
「はーい。みんな固まってー。いくわよ。スリー、ツー、ワン、ジャンプ」
第一階層、ロビー近くの小部屋に瞬時に移動完了。
「よし、帰ろう」
「こ、これは反則過ぎるでござるよ」
小佐原さんが泣きそうな顔だ。それを見てみんなで笑った。
【パーティー名:Renegades】
L:星名千里:SEN(Lv14→15)【高度戦術支援地図】Lv.2/5(3/5)
2:岩沙香流:クローザー(Lv19→20)【絶対領域】6/8/Day
3:西宮園子:マネージャー(Lv15→16)【瞬間移動】2/8/Day
4:川下葵:エース(Lv13→15)【範囲攻撃魔法】6/8/Day
5:小佐原道夫:ガッツ(Lv38)【合成(強)】Lv1(2/5)




