第64話 知らぬは本人ばかり
第五階層に降りてからは、最初から小佐原さんに進行方向を指示する。小佐原さんは文句ひとつ言わず指示に従って進む。
小佐原さんのレベルは三十八だ。戦闘スキルは持っていない。にも関わらずここまでのレベルに到達していることは賞賛に値する。それが自分で強い装備を作れるからだとしても、最初からそれが出来たわけでもないのだ。
同じことをやれと言われても出来る気はしない。実際、俺はそれから逃げたのだから。彼もまた、多少の寄り道はしているけれど、俺たちと同じ苦労を知る人なのだろうと思う。だから今こうして、俺たちを責任を持って引っ張り、また、俺に指示を仰ぎ命を預ける姿に共感と尊敬の念を感じずにはいられない。命を預かるなら俺にも責任がある。パーティーメンバーに秘密がある中で命を預け合うようなことは続けられない。
おそらく他のメンバーも俺と似たようなことを感じ、考えているだろう。こうしてパーティーの最後尾から皆のことを見ているとそれがよくわかる。
第五階層は普通の地下迷路ではない。屋外だ。様相は完全に熱帯雨林のジャングル。
だが、いろいろ違和感がある。まず、道がある。幅三、四メートルの獣道のような通路が縦横に走っている。樹木が視界を遮り、見通しはすこぶる悪い。
そして、ジャングルだが暑苦しさがないのがおかしい。気温と湿度は快適そのものだ。理由や理屈はわからないが、十五年前の調査報告に書かれた「浅階層だから」というのがそのまま理由として定着している。浅い階層だから難易度が低いってことだ。実際、深い階下の階層にある同様の場所は道は狭まり、気温も湿度も高く、攻略難易度が跳ね上がる。
第五階層は余裕と言った小佐原さんの言に偽りなく、指示に従い、恐れなく確かな足取りで進んで行く。
地図を共有しているメンバーにも既にボスの場所はわかっている。
「ガッツさん、次を右です」
右に曲がると五、六メートル先にこちらに背を向けるレッドスネークが一匹いる。頭が大きく平べったいのが生物学的におかしい、体長一メートル半ほどの赤いヘビというかツチノコだ。
ヘビは後ろを取るのが難しい。近付けば絶対にバレる。
小佐原さんは角を曲がった瞬間、消えた。俺が角を曲がった後に見たのは、ヘビがいたであろう場所の五メートル先で警戒体勢を取る小佐原さんだ。
向こうを見たまま後方の俺たちにハンドサインでアイテム確保を指示すると、すぐに刀を両手で持ち直す。
女性たちを追い越して魔石を拾ってマジックバッグに収納。
「ガッツさん、ジャイアントスネークも同じ感じでお任せして大丈夫ですか?」
「ボスしかいないなら問題ありません。護衛がいるとそちらに向かうかもしれません」
自分がターゲットになるのは平気らしい。ひとりで突っ込む気だ。
地図によるとボスには護衛が三匹も付いている。イエロースネークが一匹とカラーバードが二匹の混成部隊だった。カラーバードは様々な色の鳥の魔物で、大型のカラスほどの大きさで、鋭い爪とくちばしの攻撃、そしてなによりも高空からの素早い飛翔攻撃がやっかいだ。
「ガッツさん、ボスには護衛が付いているので安全策を取ります」
小佐原さんにこのパーティーの秘密を披露することは遠話とテキストによる会議で全員の合意を得ている。小佐原さんは方向指示も、ボスに護衛が付いている旨の発言も何も言わず受け入れようとしていた。彼はそれなりに闇や特殊な個性を備えているが、仕事仲間としては信頼の出来る人柄であることは十分に理解できた。
「ボスはこの先にいます。小佐原さん、これが我々がやっていることです。そしてこれからさらにお見せすることは全員の将来と財産、そして命が掛かっている機密事項です。よろしいですね」
「ふー。はい、みなさんの秘密に触れることを光栄に思うでござる」
「それではこれより開始します」
小佐原さんは無言で頷いた。
まずは小佐原さんをパーティー登録。ボス討伐最優先のため、小佐原さんにも地図を共有する。小佐原さんは虚空を見つめながら目も見開くが、歯を食いしばって思いを飲み込む。
遠話で攻撃手順を指示。
『小佐原さん、これが俺のスキルの【高度戦術支援地図】、通称【こうしえん】の遠話という機能です。【こうしえん】はパーティーメンバーに対する様々な補助スキルが使えます。主な機能はダンジョンの地図をメンバー間で共有することができることです。さて、ボスは姿を見せた瞬間にこちらに反応する。だから園子の【瞬間移動】で奇襲を掛ける。【瞬間移動】後はいつもの通り葵の【地獄縁】から香流の【絶対領域】で防御。イレギュラーに備えて集中していこう』
三人から了解のテキストを受け取る。
「クローザーを中心にボスアタック陣形。ガッツは俺の隣に」
香流の前に俺が左、右に小佐原さんのふたりでしゃがむ。香流の左には園子、右には葵が立つ。
「全員、指示があるまで動かないように。マネージャー、【瞬間移動】レディ。スリー、ツー、ワン、ジャンプ!」
次の瞬間、開けた空き地のような場所にいることがわかる。目の前には全長五メートルを超える巨大なツチノコがいるが、真っ先にその背後に控える極彩色の二匹の鳥が火の鳥となる! 火が点いたと思った時には俺たちは美しいシャボン玉の中にいた。
シャボンのドームの外一面が見る間に青白い炎に包まれる。火の鳥が飛び立とうとするがすぐに地に堕ちる。イエロースネークも一瞬で燃え尽きる。バカデカい蛇がドームを喰い破ろうと牙を立てるたびに「ガギン! ガギン!」と音が響くがドームはビクともしなかった。
小佐原さんは身じろぎもせず呆然と事の成り行きを見守るだけだ。もちろん、俺たちもやれることは何もない。
未知の相手なので目視で判断することなく、地図上の光点に注視する。
すぐにジャイアントスネークの姿が消え、地図の赤い光点が緑になる。
「エース、【地獄縁】オフで。部屋の温度が下がるまで全員そのまま。マネージャーも引き続き警戒態勢」
地図で外気温をチェック。
「外気温よし、クローザー、【絶対領域】オフ。ガッツ! 先行して警戒態勢! アイテム回収の間、フィールド警戒よろしく!」
少し力を込めて小佐原さんに指示。具体的に目的とその方法まで指示したことにより、小佐原さんが間髪入れずに行動開始。疑問はあっても即、行動。兵士として非常に優秀だ。
「みんなも周辺警戒よろしく。エース、回収の手伝いを頼む」
香流は小佐原さんと反対側を。園子は地図と周囲を見つつ、葵に着いて歩いてバックアップに回る。頭の中にはいつでもテレポートできるように次に飛ぶべきセーフティポイントと仲間の位置をイメージしているはずだ。
魔石とドロップアイテムを回収。
「よし、このまま第六階層に進行しよう。行軍フォーメーションよろしく。ガッツが先頭で。余裕があるのでこのまま階下に向けて進もう」
三人からは了解の言葉がテキストで飛んで来る。
「了解」
少し遅れて小佐原さんから返事。
蛇の魔物の魔石は隠密効果と索敵の付与に相性が良く、人気の魔石だ。第六階層以降は複数匹が同時出現するので、効率重視でそれを狙う中級冒険者も多くなる。とりあえず下りの階段を目指す。
小佐原さんが蛇の魔物一匹は簡単に倒すので適当に接敵するルートを選ぶと、なんなく討伐していく。給水休憩のタイミングで小佐原さんに話を聞いてみる。
「ガッツさん、何かありますか」
「いや、それはもちろんあるんですけどね。あとでいいです」
パーティーとしては健全な状態じゃないな。それともうひとつ気になることが。
「クローザー、ストレスかい?」
「うふふふ。バレてしまいました? はい。欲求不満です」
ブフォッ! ゲホッ! ゴホッ!
小佐原さんが麦茶を吹き出して咳込む。
「あー、身体を動かしたいんだな。まぁ、後ろで見ててやり方もわかったよね。さっきキュアポーションも入手したし、いいよ、前衛。ガッツ、というわけでクローザーの近接戦の練習に付き合ってください。後ろから見てアドバイスがあればお願いします」
「あ、はい。そういうことでしたら」
「よろしくご教授くださいませ」
香流は盾を葵に預けた。葵の槍をマジックバッグに収納して、代わりに俺のショートバスタードソードを渡す。俺は忍者刀を装備する。
そこから第六階層への階段までは、あえて裏道の接敵するルートを選んで進んだ。香流のストレス発散のためだ。というのは半分冗談で、香流の練習というか実力を見る良い機会になったからだ。
今回、小佐原さんが香流のために用意した槍は、見た目は純白の神槍だったわけだが、性能もおかしかった。貫通、切断、硬質化の通常付与に加え、盾に使っているのと同じ、魔力で重量を制御するものだけじゃなく、槍の長さそのものを変えられるようにしてあった。これにより、全長が一メートル半から六メートルまで自在に変えられるようになっていた。御伽噺で猿が使ってた棒を思い出す。
小佐原さんは、広い場所で使う場合に備えて伸縮の機能を盛り込んだみたいだが、香流がモンスターに向かって槍を突き出しながら伸ばすと、キレイに首を刎ねた。その瞬間、小佐原さんが「うわ」っと声を上げた。
「そ、そりゃそうか。そうやって使うよね、うん」
ぜんぜん考えてなかった使い方らしい。モノを作るってそういうこと、よくあるよね。使用者って製作者の想定を斜め上に軽々と飛び越えるんだよね。
香流は二段突きを試したり、伸縮機能の二段突きや、一回目は自力、二回目は延伸のような複合技の突きを試している。慣れてきたのか伸縮機能と自力の突きを同時に使ったりもしていた。もう、見ていても槍がどのタイミングでどこまで伸びていくのかわからなくなった。
「ま、間合いがわからなくなったでござる。クローザー殿と対峙するなら全部に対応しないとダメです。そんなの、無理です」
「ガッツさん、大変素晴らしいお仕事でした。この伸縮の機能に関しては今後も他のものへの応用が非常に期待できますね。そして、これはほとんど魔力を消費しないというのが良いです」
モンスター退治に満足した香流が太鼓判を押した。
弓矢やスリングショット以外に飛び道具が使えないダンジョン内では、伸縮機能による間合い延長の効果は大きい気がする。
小佐原さんも使用者の生の声が聞けて満足そうだ。俺でさえかなりエグい応用が思いつく。小佐原さんの頭の中は今どうなっているだろう。
そして、思い通りになる武器を手に入れて香流が近接戦の戦力としてカウントできるようになった。本人も今までとは違う手応えを感じているようだ。元々武術に精通していた部分で足りなかった筋力が補強されたことで、生来の戦闘センスによる理想の動きが忠実に実行出来るようなった。スラリとした体躯のまま地上のアイススケーターのようにクルクルと回って神速の槍が振るわれている。身体能力と武器の相性が良過ぎて浅階層のモンスターでは弱すぎてもう練習相手にもならない。
「ただ、私の場合は、まだ広い場所でしか戦えそうもございません。まだまだ鍛錬あるのみですね」
そのために毎朝、片手剣と盾の練習をしているのをみんなが知っている。
「むむむ。これでレベル十九ですか。いやはや、将来が楽しみですな」
「香流ちゃん、なんかすごいなぁ。ウチが香流ちゃんと同じレベルになってもそんなん出来るようにはなれへんと思うわ」
「香流は魔力と筋力が特に伸びているんじゃないかっていう話だな」
「あぁ、やっぱりそうだったんですね。自分でも最近、そんな気がしていました。魔力は気付いていたのですが、筋力はみなさんの反応を見るまで気付きませんでした」
「へー。そういうもんなんだな。やっぱり自分の能力はある程度正確に把握しておくべきかもしれないな」
とりあえずここまで来たらということで、第六階層に降りてから小佐原さんへ【こうしえん】の説明をすることにした。
【パーティー名:Renegades】
L:星名千里:SEN(Lv13→14)【高度戦術支援地図】Lv.2/5(2/5)
2:岩沙香流:クローザー(Lv19)【絶対領域】6/7/Day
3:西宮園子:マネージャー(Lv15)【瞬間移動】6/7/Day
4:川下葵:エース(Lv13)【範囲攻撃魔法】6/7/Day
5:小佐原道夫:ガッツ(Lv38)【合成(強)】Lv1(1/5)




