第62話 花見納め
小佐原氏から魔鉄の盾とナイフの付与が終わったと連絡が来た。寅吉さんの太刀と香流の槍のオーダーの為に寅吉さんの休日に全員で工房にお邪魔した。
寅吉さんは工房に飾られている小佐原氏が新たに打った刀剣類が気に入ったみたいだ。小佐原氏は、刀匠としてはまだ十年弱の経験しかなく、その世界ではまだまだ若手扱いだ。だが、生来の器用さと才能で目覚ましい成果を出している。
今のこの世で打たれる刀剣は本当の意味で実戦用だ。人の手に渡った瞬間から実際に使用されるのだ。鍛治師の中でその緊張感や技術向上は相乗効果を産んで、業界全体が急激にレベルアップしている。お互いがダンジョン内で顔を合わせ、お互いの仕事を直接目にする機会が多い事もその理由だ。
そして、中には師弟関係だけではなく、ギルドだったりパーティー仲間という現代的な対等で気安い関係で才能と技術を伸ばし合う若者たちが台頭して来ていることも業界が伸びている理由だろう。
そんな中、小佐原氏は異例な存在だ。たまにレイドなど必要に応じて徒党を組む事もあるが、基本的には一匹狼だ。才能が頭抜けているからだ。目の前に並ぶ『作品』を見れば本人が慢心してしまうのも無理からぬ事だと思うほどだ。改心したと言ってわずか数日でこれだ。調子に乗るとマズイので手放しでは褒めないが、さすがにこれは息を呑む。
「うむ。これはいいな」
そう言いながら寅吉さんがサングラスを外した。それを見て全員がキャップとサングラスを外す。この人はもう大丈夫だと思わせる説得力がこの部屋にはあった。
だが、ひとりだけ様子が違う者がいた。小佐原氏だ。
「はわわわわわわわ?!」
香流の素顔を初めてまともに見たんだな。
「なに?! あー、なんだっけ? 続編だっけ? あれ? リメイクの方だっけ?」
「小佐原さん、彼女は女優でもアニメでもありません。何にも出てませんから」
「え? え? え? うそ。リアル? CGじゃないの?」
「現実だし生きてる普通の女性です。普通です」
「普通? 普通ってなんだっけ?」
「小佐原様、私の槍を造っていただけるそうで楽しみにしております。私の命をお預けするものになりますのでよろしくお願い申し上げます」
そう言って上品に頭を下げた。それに合わせて黒く、長く、艶やかな髪がサラリと垂れる。小佐原さんの中に火が灯った。命という言葉に反応した。が、俺が驚いたのは、香流が男性相手に自らの容姿を元に余裕を持って冗談半分に挨拶したことだ。何か変わった?
「はい! 誠心誠意、やらせて頂きます。タイガーさんも、よろしくお願い致します」
「うむ。自分は寅吉と言います。よろしくお願いします。小佐原さん」
小佐原さんが武者震いした。達人と思う人が自ら本名を明かしてくれた。それがこの生まれ変わった工房、鍛冶場と自分の打った刀剣のお陰だということは自明の理だった。もう、おふざけは必要無かった。
まずは寅吉さんの太刀だ。飾られている太刀を手に取り、理想を追って振る。素早くはない。だが、重い。刀身に魂まで乗せているかのような静かで重い素振りだった。
そこから二人で話し込む。
お茶は女性たちが淹れてくれた。小佐原さんはお客さん、女性にそんなことはさせられないと言ったが、ウチの女性たちはそれを一笑に付した。
今は仕事中だ。補給をしているだけだ。パーティー内の連携なんだから適材適所を受け入れて、自分のやるべきことをやれ。これが彼女たちの理屈だった。小佐原さんは真面目な顔で「かたじけない」と言ってお茶を受け取り、美味しそうに飲んだ。
寅吉さんの次は香流の番だ。
「岩佐香流です。よろしくお願い致します」
再び静かに頭を下げると長く真っ直ぐな髪がサラリと流れた。
「小佐原道夫、三十四歳です。よろしくお願い致します」
お見合いか。最初こそもちろんぎこちなかったが、実際の槍の仕様の話になると小佐原さんの集中力が高まるのがわかった。庭に出て、見本で作ってあった槍を実際に盾を持って試す。
「盾を持っているのでこの長さがバランスが良さそうです」
じっとそれを見ていた小佐原さんがおもむろに口を開く。
「なるほど。それでは盾を持っていないとしたらどうですか」
両手持ちではまったく長さの違う槍を軽快に振り回した。
「この長さがあると安心感がありますね」
槍の長所はそのリーチの長さだ。剣道三倍段。薙刀初段に勝つには剣道三段の腕が必要という意味だ。そんなことを言う人もいるほど、リーチというのは実戦において重要な要素だ。
香流が槍を振り回す姿を見て寅吉さんが唸る。自分の剣だったらどう戦うのか想像しているのだろう。
「香流くんに槍を持たれると困るなぁ」
嬉しそうだ。払い、斬るに突きまで加わるのは厄介極まりないそうだ。
「う、美しい」
小佐原さんが思わず呟いた。香流の事でありそれだけではない。工房の前庭に咲く一本の桜の花びら散る中、香流がその名のままに螺旋を描く刃の軌道とその姿が美しい。
付与も施されていないただ一心に打たれた無骨な兵器の槍。その逸品で行われる鍛錬に香流が夢中になっているのがわかった。
軽く頬を上気させ我に返ったように静止し。呼吸を整える。
「ふふふ。ごめんなさい。つい、夢中になってしまいました」
ピロン。園子と葵がスマホを下ろしていた。抜かりない。
「これは良い槍ですね」
「その長さでも地上でレベルアップ恩恵もなく重さを感じさせず振るいますか。いやはや、本当の経験者、有段者、いや、実戦を潜り抜けた達人たちの技を見られて良かった。かけがえのない糧になりました」
「これが仲間のいる強みでしょう。お互いを高め合える存在が身近にいるのなら切磋琢磨しない理由がありません」
「その通りですね。あの槍、ちょっと思いついたことがあります。中で相談させてください」
小佐原さんは香流と園子に向かって声を掛けていた。まだまだ打ち合わせは続きそうなので俺と葵で買い出しに行く事にしたら園子も来るという。
「打ち合わせはいいの?」
「寅吉さんもいるし、使う本人がいるのだからわたしは居なくても大丈夫よ。それより千里、これってまたお花見の買い出しなんでしょ?」
「バレたか! あの庭の桜を見たらこのまま帰るのがもったいないと思ってさ。まだこんなに満開に咲く桜があったなんてな」
「わははは。兄やん、香流ちゃんが綺麗にクルクルしとるの見てそんなん思てたんかいな」
「それにほら、せっかくクラン全員そろってうまく動き出したところだからな。親睦を深めるのに良い機会だろ」
「ま、同居してるわたし達の仲に少しでも関わるなら必要でしょうね」
「間男にはなられへんやろうけどなあ」
さすがに容赦無さ過ぎてフォローも出来ん。
買い出しは園子がいてくれると楽になる。あっという間に店を調べ出して必要なものもリストアップしてしまう。なるほどこういう時はこんなものが必要なんだな、などと思いながらカートを押して付いて行く。
スーパーの中を一筆書きしたら買い物が終わる。園子の買い物は効率良くて気持ちがいい。ただし! 洋服などの女の子の買い物の時は別だ。趣味と実用は違うと言うべきなのか。
「どれだけ買っても余裕で乗せられるのはこの車の良いところよね」
「買い出しぐらいに使うにはちょっと大き過ぎだけどな」
「そやなぁ、これ乗ると全部が仕事行くみたいになるからなぁ」
「俺たち、思ったより休みが多いよな。パーティーとは別のお出掛け車があってもいいかもしれないな」
「そうね。今まで車で出掛けるなんてなかったからわからなかったけど、プライベート空間のある移動もいいわよね」
こりゃ、増車の日も近いか?
工房に戻るとちょうど打ち合わせが終わったところらしく、桜の下に宴会場が設営されているところだった。やがて工房の中から余っているテーブルやイスを持ち出して特設会場が出来上がる。
「急遽だから今日は出来合いのお惣菜だけど」と言いながら食べ物と飲み物が並びまくる。俺と葵はノンアルコールだ。こんな時、運転はリーダーである俺の仕事だ! 俺は無言の背中で引っ張るようなタイプではない。みんなの顔色を伺いながら裏方に徹するタイプを自覚しているのだ。
「小佐原さん、ウチはこんな感じなんです。攻略組とは根本が違います。まだ結成されて間もないですし、いろいろ模索中です。なので、小佐原さんの方で気付いたことがあったらそれも遠慮なく言ってください」
「ええ、そうですね。思った通りというか、思ってたのと違うというか。ますます謎ですね。だが、良いですね。なんというかとても楽しいです」
「命懸けの仕事ですからね。抜く時は抜くのがウチのモットーです。一番大切なのは怪我せず地上に戻ること。次に儲けを出すこと。その次はですね、ありません」
「失礼ながら、なんだかあまり冒険者らしくない言葉ですね」
「そうですね。そう言われるぐらいがわたしにはちょうどいい。本来、冒険とは無縁の人間ですからね」
「え? それは」
「ほな乾杯すんでー! 今年は何回も花見出来て嬉しいなあ! なんか大人ってズルない? こんなん高校ん時できへんかったで!」
「高校? え? 彼女、いくつなんですか?」
「葵! 小佐原さんが自己紹介して欲しいってさ。乾杯の音頭も任せるからよろしく」
「はあ? なんやのん急に。えーと、ウチの名前は川下葵や。ウチがパーティーの切り札でエースやからハンドルもエースや! 高校出たて、お肌ピッチピチの十八歳やで! まだセーラー服着てもイケてんで! けどもうそこの兄やんと同棲しとるから口説くんは堪忍な? ほな、新しいおっちゃんも入ってめでたいからみんなでカンパーイ!」
「かんぱーい!」
なんか一気にいろいろ言ったな。しかもなんか変なこと言ってたな!
「どどどどど同棲?! 高校出たてピッチピチの十八歳とっ!? ほほほ星名さん! それは犯罪ですぞ! 条例違反だー!」
バコン!
葵がラップの箱で小佐原さんの頭をどついた。
「だれが淫行条例やねん! ウチは成人した大人の女やっちゅーとろーが! ウチのどこ見たらそうなんねん。まったく」
胸を反らして仁王立ちになる葵。それはまあ、お前さんが高校とかセーラー服とか言うのも勘違いの原因というか。
「小佐原さん、葵が同棲とか言ったのはですね、俺と彼女達がみんなで冒険者マンションで同居してるという意味で」
「なんですとー!? そそそ園子殿とかかかか香流殿とも一緒に暮らしていると申したでござるかあああああ! ぐ、くっ、この世に神はいなかっ、たっ!」
「いや、冒険者としてパーティーで一緒に住むのは普通でしょ?」
「ふつーじゃなああああい。そんなのふつーじゃないものぉ」
一気に缶ビールを飲み干した小佐原さんが変なことを言う。
「え? 普通じゃない? なにがですか? 一緒に住むのが? だって、ウチってそのためのマンションでしょ?」
園子と香流を見るとなぜか二人ともスッと視線を外す。え?
「え? ちょ、待てよ。園子、香流、俺なにか間違ってるのか? 寅吉さん! 本当の事を言ってください!」
「え、あー、うん。そうだね。あそこはまぁ、なんと言うか、そもそも女性冒険者がプライバシーを守るというか、安全を担保するというか、そんな感じで住むのが定番となってて、いや、もちろんダメじゃないよ? 男性が一緒でも女性側の同意と、あとはまぁ、責任者のランクと同意書があって審査を通れば、ね」
オーマイ、なんてこった。俺の知らないところで何かいろいろあったっぽいぞ。そういえば手続きは全部香流と園子がやってて、俺はここにサイン書いてって言われてその通りにしただけだ。
葵の顔を見るとキョトンとしている。こいつはなんのことかわかってない。無実だ。
が、別に何も犯罪が行われたわけではない。ただ、なぜか隣の部屋の住人の女性とすれ違って挨拶した時に「おや?」みたいな顔をされて、一緒にいた普段なら社交的な園子が変によそよそしい感じだったのは、冴えないおじさんと一緒にいるのを見られて恥ずかしがってただけではなく、そういうこともあるからなのか?! しかし、ここはクランリーダーとしてなんとか取り繕え!
「えーと、ということなんですよ」
「なにがあ?! ねえ、なにがぁ? 星名さん、あなたねえ! 先生と呼ばせて下さい」
俺が混乱してる隙に二本目を飲み干していた小佐原さんが土下座していた。この人、よく土下座してるなぁ。
「うーん。そういうことだったのか。どうりで同じフロアで女性としかすれ違わないと思ったんだ。じゃあ、俺が一人で廊下歩いてるのはけっこうマズいんだな」
「あ、それはもう大丈夫よ。あそこのフロアのパーティーのコたちとはみんな知り合いになってるから」
は? いつの間に?
「そやで、兄やん。園子ちゃんと香流ちゃんで手作りケーキ持って遊びに行ったりして仲良ぅやってるんやで」
「そうだったのか。それは知らなかったな。ぜひ今度は俺にも声を掛けてくれよ。クランリーダーとしてきちんとご挨拶しておかないとな」
「え! いえ、千里はいいのよ! 会わないで!」
「そうですよ。女同士、気兼ねなくやってるので、女性のことは女性にお任せください」
なるほど。俺は、ほとんど女性専用フロアみたあなところに紛れ込んだ異分子なわけだ。ここはひとつ、あまり関わり合いにならない方が他の住民の願いでもあるのか。
「そうか。事情はよくわかったよ。俺がパーティーはみんなで一緒に住んだ方がいいなんて言ったばかりに、裏でみんなに苦労掛けていたんだな。すまなかった。そしてありがとう。こんなおっさんと一緒に住むのは気も使うし嫌だろうから、耐えられないならいつでも言ってくれ。あのマンション、独身者用の部屋もあるよな?」
「いいのよ! わたしたちが好きでやってるんだから千里はなにも気にすることないわよ! 千里はダンジョン攻略の方に集中してて欲しいだけだから、わたしたちのためにこのままでいいの!」
「ええ、園子さんの言う通りです。千里さん、葵ちゃんも含め、誰もなんの不安も不満もありませんわ。千里さんの私生活の方は私たちにお任せ下さいね」
そらならいいのだが。でも、なにか変な気もする。あれ? そもそも一緒に住もうって誰が言い出したんだっけ? 葵の一人暮らしが心配とか言って? いや、やっぱり俺が仕事に出掛けるのにパーティーは一緒に住むのがいいって言ったんだっけ?
「まーまーまー、細かいことはいいから! ほら、飲んで飲んで! 桜が綺麗ねー!」
そう言ってグラスに烏龍茶を注がれた。




