第61話 定番
小佐原氏の工房を訪れてから一週間が過ぎていた。その間は寅吉さんが通常出社や用事があるということでダンジョン探索はできていない。その代わり自宅で今後のダンジョン攻略の作戦会議や鍛錬に当てることが出来た。
調べれば調べるほど、冒険者としての知識や体力が足りない実力不足を痛感する。特に問題なのが身体能力だ。知識を蓄えることは出来ても体力は一朝一夕では身に付かない。冒険装備の倉庫部屋にエクササイズ機器を導入したり、暇さえあればお互いに柔軟体操をしたりといったことで健康的な生活が身に付いてきた。
そんな中、やはり香流の体力が相当なものであることがわかってきた。薙刀や弓道の経験があり、空手も齧ったことがあると言っていた。今は盾と片手剣の扱いを集中して勉強中らしい。
軽く組み手などやると、あっという間にマウントを取られて身動き出来なくなる。強い!
「おお? なにがどうなったん? なんかわからんうちに負けとるわ」
「どうなってるんだろうな。俺と葵だと泥試合にしかならんのにな」
素人の組手は危ないということで早々に諦めて基礎体力作りと柔軟に取り組んでいる。
「うーむ。足の上に乗って押さえてもらうのはいいんだけど、逆に楽になりすぎかもしれんなー」
「ウチは押さえててもらわんとできへんわー。ほな、兄やんに乗るんわ無しやな。代わりにマッサージしたろか?」
「それは嬉しいけど葵は小さいからなー。マッサージ出来るのかなぁ」
「なんやとー。そんなん言うんやったらおもっきり踏んだるわー」
「ん? それで全体重かかってんのか? もうちょい下、あー、そうそう、そこに乗ってもらうと背中と腰が伸びて気持ちいいなー。転ばないようにちゃんと何かにつかまってろよー」
「うーん。軽い言われてもなんかあんまり嬉しないのなんでやろ? でも、兄やん、だいぶ筋肉付いてきたな!」
「お? そうか? 毎日の運動の効果が出てきたかな」
そんな中、小佐原さんから工房の準備が出来たと連絡が来た。みんなで行ってもしょうがないので、いつの間にか担当者みたいになった俺と園子の二人で車で向かった。
「この車、助手席に乗ってる分には視界も高くて気分良いんだけど、やっぱり仕事感が強いわね。ドライブデートっていう感じがどうしてもしないわ」
「まあ、元々働く男達のための車だしなぁ。そして残念なことに園子、これは紛うことなき仕事だ。そもそもドライブデートじゃない」
「まあ、それはそうね」
小春日和の都内の混雑を掻き分けるように走って工業地帯の小佐原さんの工房に到着。
「城南島海浜公園もデートには不向きよね」
「そうだな。昔はどうだかわからないが、今は完全に職人御用達みたいな感じだな」
頭上を羽田空港を離着陸するジャンボジェットが低く飛び交う光景はそれだけでイベント感があるのだが、この辺りをうろつくのは一癖も二癖ありそうな職人たちばかりだ。
「今日はやけにデートにこだわるな。それはまあ、二人きりでのお出かけもこんなおっさんとじゃあ愚痴の一つも言いたくなるのもわかるから良いんだけどな。悪いな、俺ばっかり若い女の子と二人きりでのお出掛けに浮かれてるみたいで」
「え? 浮かれてたの? ぜんぜんそんな風に見えなかったわよ。だったら言ってくれればいいのに」
「いや、それはダメだろ。社用車に若い娘と二人の時にそんなこと言ってみろ。あっという間にコンプライアンス部に訴えられて社会人として抹消されてしまうぞ?」
「ウチはそんな部署も無いし気にし過ぎよ」
「それはそれで健全な職場とはいえないな。ふむ。どうやって風紀を取り締まるべきか」
「そんなこと必要ないでしょ? 千里は真面目すぎるからもうちょっと自由な雰囲気でもいいぐらいよ」
「自分が真面目だとはぜんぜん思わないけどな」
なんの会話をしているんだか。ダンジョンから離れ過ぎているのかもしれないな。四人だけでもダンジョンに行ってホールで身体を慣らすとか、みなとみらいの浅い階層みたいに安全そうなところで過ごすだけでも違うかもしれないな。
工房敷地に駐車しながらそんなことを考えていた。スマホで近くまで来たことを伝えるとそのまま敷地に車を入れてくれと返信があった。開いているゲートを潜って車を敷地に入れるとすぐにゲートが閉まり、外との目隠しになった。
目の前には作務衣姿の小佐原さんがいる。キャップにサングラス姿で車を降りる。
「いらっしゃい、おふたりさん」
「おじゃまします。小佐原さん」
小佐原さんの案内で早速、工房の中へ。
工房の中に入ると前回とはまったく違う雰囲気だった。あれほどまで所狭しと並んでいたフィギュアは全てなくなっていた。工房内は隅々まで清掃が行き届き、道具が整然と並んでいる。生来の几帳面さが発揮された理想の工房だった。どこか神聖な雰囲気に自然とキャップを脱いでサングラスを外していた。
壁の目立つところに刀剣や盾が並んでいて神棚まで設えてあった。製作物は今まで見た氏のものとはまったく違って、オーソドックスな作りだった。
「ああ、それは試しに何本か打ってみたんですよ。基本、初心に立ち返った練習です。何も考えずに打てたものでいつでも見えるところに飾りました。それは売ることはできません」
白木の日本刀は神々しいまでの清々しさでそこに在った。
氏が「売れない」と言った意味がわかるようだった。ガラスケースに入るわけでもなく、飾られている。日々、どれほどまで手入れしているのか。あるいはそれが不要な何か秘密があるのか。その両方な気がした。
今、この場所は前回訪れた時とは明確に違う何かに満たされている気がした。
自然と話す声が小さく落ち着いたものになる。
他にも両刃の西洋剣や盾、槍なども飾ってあるが、どれもオーソドックスな形の地味なものばかりだ。武器防具の良し悪しなどわからない俺に対しても訴えかけてくる何かを感じた。
手を伸ばせば触れられる場所に置いてあるそれらだが、これっぽっちも触れようなどという気は起きなかった。それは真剣にそれらを見つめる園子の視線からも、俺の感じているものが間違いではないことがわかる。
「お茶をどうぞ」
そう声を掛けられて三和土の先の畳間で小佐原さんが呼んでいた。いったいどれだけの時間、刀剣に見入っていたのだろう。
縁側のようになった畳間に腰掛けて熱い日本茶をいただく。職人の自分用の玄米茶だ。美味い。ここは神聖な作業場だ。営業も売買もする場所ではない。客が来る場所ではないのだ。
静謐で神聖な鍛冶場に熱い茶を啜る音だけが聞こえる。視線は自然と白木の日本刀に向く。つい、自然とそれを見つめてしまう。
「あれ、いいですね」
「ありがとうございます」
少し照れながら、少し自信あり気に、次はもっと上手く打てますという自負を感じる返答だった。
この人、誰? 完全に一週間前とは別人だった。
園子を見ると俺の視線に気付いて、軽く頷いた。
メッセンジャーバッグの口を開く。
「小佐原さん、貴方の本気は伝わりました。少しお仕事をお願いしたい」
そう言ってメッセンジャーバッグから魔鉄のナイフを取り出して畳の上に置く。「失礼」と言って小佐原さんがナイフを持って検分を始める。
それを横目に魔鉄の槍を取り出す。全長は二メートル半ほどで、先端の刃は四十センチほどもある。それをスルスルとバッグから出し始めると小佐原さんの目が見開いていった。
「ま、マジックバッグ?!」
槍を手渡すが視線は俺のメッセンジャーバッグに注がれたままだ。続いて魔鉄の小型盾を出す。小佐原さんが慌てて槍を置いて盾を受け取る。
「三点ともダンジョン産の魔鉄製ですね」
続いて魔石を並べる。ホブゴブリン、ボス=コボルト、オーク・キングのものだ。ボスのものもあれば護衛だったものもある。
最後に一キログラムの魔鉄鋼を十個、十キロ分だ。
「魔鉄鋼」
ひとつ持って呟いた。魔石にも一通り目を通して俺を見た。
「魔鉄鋼はウチの前衛が使う太刀のためのものです。槍はメンバーの長身の女性、クローザーが使います。盾は彼女、マネージャーが使います」
小佐原さんの目が真剣みを帯びる。これは命の話だ。目の前の美しい女性が身を守るために使う道具だ。園子が担ぐ大きなバッグから左腕のアーマーパーツを取り出す。それを受け取って小佐原さんに渡すと園子が使用目的を告げる。
「左腕に装着するようにしたいです。基本的に外すことはありません。わたしが最前線に出ることはそんなにないはずなので、弓や投石などの遠距離攻撃を跳ね返すのが主な用途になるかと思います。バックアタックや奇襲を受けた際にはこん棒などの攻撃を防ぐこともあるかもしれません。あと、小柄な女性メンバーのエース。まだレベルの低い後衛の彼女を庇うことも想定しています」
「ふむ。軽くは出来ます。ただ、装着していることを忘れるように羽のように軽くしても頼りなく思うものです。装着していることを自覚出来る程度には重さは残しましょう。弓矢に関してですが、吸い寄せ効果はどうしますか? 避ける効果は身体に向かう可能性があるので論外ですが、吸い寄せも一長一短です」
「その大きさで盾をうまく使いこなして矢を落とす自信は無いわ。吸い寄せは必要ね」
「うん、それがいいと思う。傷は付くがその分、硬質化と非貫通に付与を振ろう。色はどうする? アーマーが赤基調か。これに合わせようか? 縁取りを暗くして敵からは少し小さく見えるようにした方がいいな。逆に裏の縁取りは明るくして自分からは盾の大きさが把握しやすくするのはどうだろう」
「いいわね。それでいきましょう」
「あとはそうだな。左腕で防御するなら二の腕にも軽めの盾装甲を追加するのもアリだと思う」
「セン、どう思う?」
「動きに制限が出ないのなら君らの防御力は上げるだけ上げたいと常に思っているよ」
「そうね。でもそれは急ぎではないわ。他のものが作り終わったあとに相談しましょう」
「了解した。槍は本人がいないと作業に入るのはどうだろうなぁ」
「それもそうだな。それを振った感じとしてはもう少し重くていいと言っていたんだ」
「ほう。これより重くか。今のレベルがいくつだって? 十九? だったらこれからまだまだすぐに上がるな。しかし、十九レベでこれが軽く感じているのか。俺のバカでかい盾を使っていた魔法使いの彼女だよな。盾を持ってるということは槍は片手で使うことが前提だよな。身体強化どうなってんだ。いや、っていうかこの前のアレのテストの結果からして魔力量もエグいんだろ? どの時点からそうなったんだ。注視してやりなよ。彼女、特異体の可能性があるんじゃないか?」
『特異体』はパラメーターの上がり方が特異な冒険者の総称だ。魔力とか、筋力とか、移動速度など、特定のパラメーターだけが異常な上昇曲線を描く者のことだ。大概はどれかひとつが突出する。どれかが異様に上がる代わりに他の何かがまったく伸びないという場合もある。
香流の場合は魔力がとんでもなく伸びていることは明らかだ。その上、筋力あたりも上昇しているかもしれないということか。注視するのは、他が伸びていない可能性があるのでバランスを取るのが難しくなることを言っているのだろう。とはいえ、何かが上がる代わりに他が下がるということは無いので、特異体であることはメリットでしかない。
「ナイフは使う人間は決まっているのかい?」
「ナイフは決まってないし必要もないかな。それは販売候補だね」
「ナイフですから武器としての使用はそこまで求められてないわよね。ダンジョン探索組のサバイバル、キャンプ用品としての需要の方が大きいかしらね。そのままでも二十万円ほどの価値はあるのだけど、付加価値で値段が上がるならやる価値があるというところね」
「じゃあ性能アップでアピールかな。硬質化と鋭利化は付いてそうだから強化して、おまけで清浄化を付ければ調理にもそのまま使えるようになるな。調理が不要なら清浄化はしなくてもいい。清浄化は付けても付けなくても他の付与に影響は無い」
「付与費用的にそこまで差が無いなら清浄化も付けていいわ」
「だったら付けよう。デザインはどうするかなぁ。このままだといかにも魔鉄って感じで性能が良くても所有欲としてはイマイチな気がするんだが」
そう言って刀剣誌の今月号を持って来てページをめくった。
「今の流行だとこういう感じなんだが」
「これだとちょっと若者向けね。このデザインで性能を上げた分、値段も上げると若者には手が出せなくなって売れ残るわよ」
「ああ、なるほど。だったら」
資料棚に戻ると今度は別のマニア向けな武器防具の季刊誌を持ってきた。
「これなんかどうだろう? 当然このままってわけにはいかないから俺なりにアレンジはするけどね」
「そうね。デザインを真似する必要はないわよ。色合いとか機能性のために押さえるべき流れがあると思うのよ。それを押さえるだけでいいわ。強調はナシで。そういう落ち着いた大人の道具を目指しましょう。ウチのリーダーがお手本よ」
「あぁ、なるほどな! 『Renegades』か! そうか! ブランドイメージだな?! おぉー、イメージ湧いてきたぞ! ダメだ! ちょっと今から作業入るから! えーと、玉鋼も造っておく。盾もな。あと太刀も何本か打つ時間をくれ。デザインや形の商品見本が欲しいんだ。やっぱり実際に振ってもらわないとな」
とっとと作業場から出て行ってくれという感じで帰路に着いた。園子と顔を見合わせてどちらからともなく笑ってしまった。
「今日の仕事も思ったより早く終わったな」
「そうね。とりあえず任せても大丈夫そうね。でも、あの人って小佐原さん本人よね? 兄か弟ってことはないわよね?」
「ははは。ホント、そんな感じだったな。ちょうど昼か。どうだ? ラーメンでも食って帰らないか?」
「あら? なにかオススメのお店でもあるのかしら?」
「何度か行ってる店があってな。なぜか定期的に食べたくなるんだよなぁ」
「そういうお店ってあるわよね。いいわよ。どんなお店なの?」
「園子って辛いの平気そうだったからな。そういう店だよ。あ、でも激辛とかそういうのじゃないから。俺が美味しいと思えるぐらいの適度な辛さだから」
「ふふふ。わたしだって別に激辛ラーメンなんか食べたいと思わないわよ」
パーキングメーターを使った路駐で辛くて美味い志那麺を食いに行った。辛い者好きな園子にもかなりの高評価を得て俺の歳上社会人としての面目を立たせることに成功した。
そして帰宅後に写真を見せながらその美味さを熱弁する園子のせいで自分達だけズルいという理不尽な責めを受けて後日みんなを連れて再訪する羽目になった。そしてそのラーメン屋は小佐原氏の工房を訪れる度に行くことになる定番の店となった。




