第60話 仕事とは
小佐原氏を助手席に乗せ、寅吉さんがサクっと荷台で着替え、カーテンを閉めて園子が着替えた。俺は香流の側で様子を見る。
手持ちの素材を渡すために小佐原氏の工房に向かう。氏の工房は東京大田区の海っぺり。城南島ダンジョンの近くだった。
城南島ダンジョンは渋谷第一ダンジョンと同じく一階層しかないが、ダンジョンボスがいない。そしてダンジョン内にはスライムが三匹しか湧かない。こういうまったく金にならないダンジョンは製作職が作業をするのに最適なので周りに工房が多い。城南島ダンジョンは製作職専門のダンジョンとして国に管理されていて、周辺は製作職の工房が立ち並ぶ特区となっている。
小佐原氏の個人工房の敷地に車を停める。香流はまだ動けないので俺が付き添おうとしたのだが、クランマスターが確かめるべきだろうということで俺と園子で工房に入った。
「パーティーリーダーはオタクだったでござるか」
そういうガッツこと小佐原氏の工房は独特の雰囲気だった。
鍛冶場がフィギュアで囲まれていた。フィギュアは玩具店や模型店にある、商品を展示するガラスケースに綺麗に収まっていた。展示の並び方に意味があるのか尋ねたところ、シリーズ構成の順番から映画版だとか放映順だとかいろいろ説明が始まった。すると、途中で園子が強制的にストップを掛ける。
「まずこの製作環境がダメね。お話にならないわ」
小佐原さんが絶望の表情だ。
「製作のモチベーションを高めるためにお気に入りのグッズを見えるところに飾ったり、音楽を流すのはいいわ。でもこれはやり過ぎね。成果物の展示さえないじゃない。自分が作ったものはどこにあるのよ」
園子がそう言って詰めると小佐原さんは部屋の隅を指差した。そこに積まれた段ボールを開けると中には素材らしきものが乱雑に放り込まれ、製作物は地べたに直接積まれていた。
「これはいったいどういうことよ! あなた、これでよくも「作品」なんて偉そうなこと言えたわね! あなたの周りに大事そうにケースの中に並べているのは誰かの作品ではないの!? あなた自身が自分で作った物を地べたに捨て置いてるのに、そんなものを誰が大金を出して買うのよ!」
小佐原氏はショックを受けてガックリと地面に膝と手を着いた。
俺は園子の肩を抱いて工房の外に出た。
「園子、園子はなにひとつ間違ってない。よく言ってくれた。あの人もあそこまで落ち込むならこれを切っ掛けに変わってくれると思う。彼を正しい方向に導くのも俺たちの契約内容に含まれたものだ。彼が優秀な職人であることも確かだろうから適切と思える指導はしていこう。今夜ここに来て、園子に意見してもらってよかったよ」
「ふーっ。ごめんなさい。わたし、ダメね。言い過ぎだわ。受付嬢やってた時はこんなんじゃなかったんだけどなぁ。千里が隣にいてくれて気が緩んでたのかも。恥ずかしいわ」
「園子が落ち込む必要はまったくないと思うよ。それどころか、なかなかいい雷の落とし方だった。これから俺が戻って彼に甘い言葉を掛けてくるからな! 彼にとって俺は神にも見えて、きっと今後はこちらの指導をよく聞いてくれるようになると思うぞ」
「え? なぁにそれ? わたしは悪役ってこと?」
園子が半笑いで文句を言う。
「まぁ、適材適所って言葉もあるしな!」
「ちょっと! 千里! わたしだって甘やかす時はちゃんと甘やかすこともできるんですからね!」
照れ隠しの膨れっ面が年相応で可愛らしかった。
「わははは。それは彼にはもったいないなぁ。ぜひ甘やかすのは俺だけにしてくれよな」
「しょうがないわね。みんなの前では無理ですからね?」
「おー、みんなには秘密の関係か。期待して待ってるよ」
なんとか園子もメンタル回復できたかな? 園子はやっぱり切れた後に反省するタイプなんだな。なんであの時あんなこと言っちゃったんだろうと反省するのは繊細な神経の持ち主である証拠だろう。俺との軽口で精神的負担が少しでも減ったのならいいのだが。
頭を二度、ポンポンと叩いてから車のサイドドアを開けて背中を押して園子を車に乗せた。
「もうちょっと彼と話してきます。待っててください」
さて、彼はどういうタイプだろう。このひとりの時間で自分の中でどう折り合いを付けたか。ぜひ力強く立ち直って欲しいものだ。
どう反省しているのかな、と中に入って目に飛び込んできたのは、フィギュアの並んだショーケースに向けて大型戦鎚を振りかぶって今にもぶち壊そうとする小佐原氏の姿だった!
「待ったー! 小佐原さん! 落ち着いて!」
ウォーハンマーに飛びついてなんとか振り下ろすのを阻止する! 無駄に背が高くてよかった!
「うおおおお! 止めないでくだされ! 後生でござるー!」
「いやいやいやいや! 落ち着いて! 彼女の言葉を正しく受け止めてください! こんなことしたら彼女が立ち直れなくなりますよ!」
その言葉でピタリと動きを止める小佐原氏。
「いいですか、彼女はあなたのために良かれと思って言ったんだ。あなたの趣味を否定する言葉はひとつもなかったはずだ!」
「ううう、たしかに」
「彼女は、製作や創作のためのモチベーションを高めるものはあっても良いとまで言っていたじゃありませんか」
「だ、だけどこれはダメだと」
「そうです! これはやり過ぎです! あなた、フィギュアを作る人になりたいんですか? だったらこの工房を出てそっちの道にお進みなさい。アイテム作製、武器防具作製はなんのためにやっているんですか? 誰よりも得意で良いものを作れるから? そんな思いでやっているのならそれもお止めなさい! 少なくとも俺はそんな思いで作られた装備を身に着けて命を懸けてダンジョンに潜る気は無い! あなたがこの商売をこれからも続けるならそこから考え直さねばならない。今のあなたが作ったアイテムを俺のパーティーメンバーに装備させることはできない! あなたはどうですか? 俺の仲間に、彼女に、あなたのアイテムを、彼女の目を見て装備しろと渡すことができるんですか?!」
小佐原氏は恐怖を湛えた目で俺を見ながら今度こそ力なくその場にへたり込んだ。
「あぁ、あぁ、そうか、そうだ、だからか、【範囲攻撃魔法】も、【絶対領域】も、望まれて作ったものだから良いものとして使ってもらえるのか。俺が作ったものじゃなくたっていい。それが誰かの役に立つなら俺じゃなくてもいい。俺が作ったものが役に立つなら、もし、もし命を救えたのなら、誰かの役に立ったのなら、こんなにうれしいことはないぃぃ」
「あなたがそれに気付ける人でよかった。それを作れる人でよかった。フィギュアだって誰かの心を満たす素晴らしい製作物だ。人によってはそこに命だって見出すこともあるでしょう。あなたの作る物はどうですか? 今、この瞬間にも誰かが命を懸けてそれを使うのです。あなたの仕事は尊い。作る立場のあなたは人の命を預かることの恐怖だって感じることでしょう。それでも! その中で誰よりも良いもの、命を預けられるものをと願って槌を振るってください! そのためのお手伝いをしたいと思って彼女もこの仕事を引き受けたのです」
「わかりました。私は私の出来ることを全力でやらせていただきます。だが。まだまだわからないことだらけです。どうか、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます」
「このコレクションはあなたにとって精神的に必要なものなのでしょう。これらはぜひプライベートの空間に置いてあげてください。ここはあなたが思いを込めて槌を振る神聖な場所になるはずです。置くのであればそれに相応しい逸品だけにしましょう。準備が整ったらご連絡ください。その時にあらためて仕事の話をしましょう」
「はい。近日中に、必ず。彼女にはありがとうとお伝えください」
丁寧に頭を下げるその姿に、きっと次に会う時にはシゴデキな彼になっていることだろうと思いながらフィギュアだらけの工房をあとにした。
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みなさま、お盆休みはいかがお過ごしですか。
サービス業の方などお盆休みの無い方、ご苦労様です。
あなた方のお陰で社会は動いています。
感謝しかありません。
本作を六十話に達しました。
ここまで読んでいただけていることをありがたく思います。
また、最新話まで追って評価記入まで入れてくださっている方がいることは大変励みになっております。
ありがとうございます。
カクヨムでは応援レビューいただき有頂天でございます。
わざわざお時間を取ってまでレビューを書いていただいたことには感謝しかございません。
過分なお褒めの言葉に赤面しつつ何度も読み返す気持ち悪い人が出来上がってます。
ありがとうございました。
もちろん! フォロー、いいね! そして☆星を入れていただいている皆様もありがとうございます!
まーじーで、それが執筆の燃料です。
商業作家は本を買うことで
同人作家は読者から反応をもらうことで続きを書きます。
投稿小説は読むだけでは続かない場合もあるのですよ…ということをぜひわかっていただきたい。
『輪廻がイヤなら異世界転生。底辺職の先行斥候だけど『出納』スキルで好き勝手に生きてやる!』
上記別作品も二百話を超えて投稿連載中です。
よろしければ御一読いただければ幸いです。
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