第59話 キョッケー
「小佐原さん、あなたには才能も技術も充分にあると思います。ただ、仕事として物を作るということの考え方が少し方向が違うだけだと思います」
「そ、そうなのかなあ。そうかもしれないなあ。この前、杖を作らせてもらったろ? あの時、時間が無くて、俺も急いでて、依頼主の目の前だってこともあって、言われたことだけをやったんだ。こんなんで金貰っていいのかよって思ったんだ。こんなの俺じゃなくても良かったんじゃないか、誰がやってもいいじゃないかって。でもさ、あの時の売り上げ握りしめてさ、家に帰ったら俺の手の中に嫁がいるじゃないか! もう、もうあんたらしかいないんだ! 嫁を、嫁を失うわけにはいかないんだっ!」
ん? んん? んんん? なんの話だ?
素早くメンバー間でアイコンタクトが取られるが全員のサングラの奥の目が「何言ってんだこいつ」ってなってるのがわかった。
「俺、なんでも言う通り作ります! いや! 作らせて下さい!」
扉がノックされ和代さんが「ナンコツ唐揚げお持ちしましたー!」と元気に扉を開けた。
「俺を、嫁たちに囲まれるハーレム王にしてくださいいいいっ!」
彼は泣きながら土下座していた。
和代さんはナンコツ唐揚げをそっと置くとそっと外に出てそっと扉を閉めた。
ハーレム王とかヤバいでしょ。何言っちゃってくれちゃってんの? ここ、日本ですよ? そんなのまず法律が認めてませんよ。倫理的にもダメですよ。でも彼の嫁は人ではなく人の形をしたモノなので好きにしてもらえばいいんですけどね。
「えーと、お嫁さんがどうされたんですか?」
「この春、四月からの新作が! 新シーズンが! 続編が! リメイクがあっ! 夏のイベントとフェスがあぁぁ! このままでは夏フェスでの軍資金が足りないのです! お願いします! 俺、心入れ替えてなんでもします!」
入れ替わる心があるようには思えなかった。急にすべてがどうでもよくなってきた。ただ、彼にとって幸いなことに、彼が本気であることだけは痛いほど伝わってきた。
「なぁみんな、こう言ってることだし。プロデュースだけでいいみたいだからクラン、作っちゃおうか」
「まあ、監督がそれでいいならいいわよ。こいつ、言いなりになって働けばいいんだわ」
園子がサングラスの奥でモンスターを見る時より冷たい目をしているんだろうなぁって思った。
「マネージャーの許可が出たんだけど。みんなはどうだろうか」
いいとか悪いとかじゃなく、どうでもいいということでクラン設立が決まった。ただ、いつか誰かにクラン設立の話をする時が来たら困ることになるかもしれないなって思った。
「小佐原さん、わかりました。あなたを冒険者クラン『Renegades』の専属製作者として独占マネジメント契約します。私たちの作業を最優先、オーダーに沿った製作をすることを必須条件とします。ただし、我々も未経験の仕事になります。必ず良い結果が出るとは限らないことはご了承ください」
「もちろんだ! ありがとー! ありがとー!」
守秘義務誓約書は我々の事を一切外部に漏らさないこと、仕事内容も漏らさないことという誓約書となった。
「小佐原さん、ビールは乾杯の時のひと口しか飲んでませんよね。このままブレスレットの合成はどうでしょう」
「もちろんでござる! 『Renegades』のクランメンバーとしての初仕事に相応しいではござらんか! わっはっはっは!」
「小佐原さん」
「はいいっ!」
園子の絶対零度の声だった。
「今回は小佐原さんが緋緋色金を無償提供していただけるとのことなのでありがたく使わせていただきます。ただ、合成に関する手数料はお支払いします。今後は先ほどの誓約に従いましてこちらの発注、マネジメント、その他の条件にて、売り上げの四割をクランにいただきます。今回の合成手数料は百万円です。その内六割ということで六十万円をお支払いします」
「おおお! さっそく六十万円も!」
四分六か。園子って怖いよな。園子がチラっと香流の方を見る。
「今、振り込みました。良い仕事を期待します」
「さあ! 初仕事でござる! ダンジョン行きましょう!」
「いや、あの、まだ食べてますし残すのもね、もったいないから。しっかりいただいてからにしましょう」
「御意にござる! わっはっはっは! メシウマでござるなぁ!」
この日の夜、渋谷第一ダンジョンに入って緋緋色金と魔力石の合成加工によるブレスレット作製が行われた。ブレスレット完成後は小佐原氏にはロビーで待機してもらって、今日何回目かの着替えの後、ボス部屋にて香流の【絶対領域】のテストを行った。
「ボススライムやっつけたでー」
「よし、香流、魔力の方はどうだい」
「フル充填されていますよ」
「酒、残ってないよな? 魔力が空っぽになるまでがんばる必要はないぞ」
「いえ、限界までやりましょう。いざという時のために知っておくべきです」
恐ろしいことを平然と言った。
「いや、それはきっと倒れてしまうよね? そこまでする必要はないよ。これからも香流はレベルアップするし、その都度そんな危ない方法で限界を試すつもりもないから。無理しなくていいよ」
「うふふ。相変わらずお優しいですね。倒れてしまうとまたご迷惑をお掛けしてしまいますわね。でも、一応こちらに来て支えていただけませんか」
とりあえず香流の右側に立ち、左手で後ろから肩を抱いた。
「ではいきます」
しゃぼんのドームが出来上がる。刻一刻と変わる極色彩の美しさ。肩を抱く恐ろしいほどの美貌が至近距離で微笑む。
「三分経過したわ」
「香流、まだ大丈夫なのか」
「ええ、ぜんぜん平気ですわ」
世間話をする余裕がある。
「八分経ったで」
「すごいな。無理しないでくれよ」
ペットボトルの水を飲みながらニコリと微笑む。
「十五分! どうなってるんだ」
「ブレスレットの効果だけじゃないんですよ。元々香流が持ってる魔力量が多いんです」
急にしゃぼんが消えて香流が倒れ掛かってくる。
「香流!」
身体を抱きしめるように支える。
「あらあら。魔力切れってこうなるんですねぇ」
「大丈夫なのか?!」
「ええ、ちょっと力が抜けてるだけです。そうですね、動こうとすると頭痛がします」
相当痛むのだろう。美しい顔が苦痛にゆがむ。
「十五分二十秒よ。ねえ、地獄炎をこの時間浴び続けても生き残れるモンスターって存在するの?」
腕の中で全身の力を抜いて安らかに微笑む絶世の美女の左腕にはキラキラと紅玉のように輝くブレスレットがあった。ブレスレット自体は細いがよく見ると精緻な彫刻がびっしりと敷き詰められている。とても人の手で掘ったものとは思えないほどの細かさだ。そして当然、人の手で掘ったものではない。ハイテンションの小佐原氏が「ノってきたー!」とか言いながらも園子の目の前でオーダー通りに合成したらこうなったのだ。
「まったく、無茶をする。香流、こういうのは二度とゴメンだぞ」
「はい。二度としません。ごめんなさい」
反省しているのかどうだか微笑んだままだからわからない。香流を抱いたままロビーへ。身体強化の切れるロビーから先は気合だ! 朝練が少しは効果を発揮している気がする。
小佐原氏は何があったかを察してなにも聞いてこなかった。ただ、時計を見ていたので、だいたいの事情は察しただろう。バイザーを下したままでもわかる美し過ぎる魔法使いを呆然と見ていた。
「エース、このあとクールダウンが終わったらクローザーを届けるのに駐車場まで付き合ってくれ。マネージャー、タイガーと一緒にクラン設立の手続きを頼む。小佐原さん、手続きが終わったら二人と一緒に駐車場に来てください。素材を渡しますので。合成はマネージャーの指示を待ってください」
「かしこまったでござる」
「あぁ、そうだ。小佐原さん、タックネームはありますか」
「ガッツでお頼み申す」
クールダウン後、香流を背負って俺と葵は冒険者ショップの地下駐車場に、小佐原氏は一階のロビーで待機、園子と寅吉さんは個室でクラン設立手続きと一部アイテムの鑑定を行った。
◇
「ふふふ。ごめんなさいね。大きい女でご迷惑ですね」
エレベーターの中で背中の香流がそんなことを言った。すぐ右耳の後ろから声がしてくすぐったい気がした。
「ん? なにがだ? 前に言ったろ。俺と同じように背の高い女性をどうこうってのが俺の密かな夢だったからな! 香流には悪いけど実は今、俺はこの瞬間を楽しませてもらっている。しかも香流は背は高いのにプロポーションが良くてちっとも重くないから楽なもんだ。苦しんでるところ変なこと言ってすまないな」
「いいえ、お世話になっている身ですから。喜んでいただけているなら嬉しいですわ。それに、私も殿方におぶっていただける日が来るとは思っていませんでしたから、お互いウィンウィンですね」
「そーかー。ウチはいっつも兄やんにおぶってもらってたからなー。香流ちゃんもあれ見てうらやましかったんやなー。堪忍やでー」
「うふふふ。そうですよ。うらやましく見てましたからね」
「こんなことで喜んでくれるなら役得だなぁ。いつでもどうぞだな」
「兄やん、正直に言いや~。背中に当たる何かが気持ちエエだけちゃうか~」
「わははは。そんなの当たり前だろ。それが嫌なら自分で歩けー」
「わははは、嫌やったらおぶられてへんわー」
アーマー越しに背負ったところで何も感じないのはお互いにわかってるからただの軽口だ。
葵に手伝ってもらって香流を後部座席に座らせて防具を脱がせる。フルアーマー脱がせるの難しい!
「明日、みんなの防具の外し方を勉強しよう。いざという時に必要な知識だな」
フルアーマーの下は結構な薄着だった。温度調整機能が付いているからこうじゃないとダメなんだな。着せやすい俺のTシャツを着せてブランケットで包む。
「香流すまんな、俺の服で。帰るまでだからガマンしてくれ」
「いいえ、懐かしいですね。最初に泊まった夜を思い出しますね」
「あー、せやったなぁ。ウチとふたりで兄やんのシャツとか借りとったもんな。園子ちゃんも着たかったのに遠慮しいで言われへんでパジャマ着てしもたんやったなー」
「あー、アレか? 彼氏のシャツを着てってやつか? なにもこんなおじさんのシャツでお茶を濁すことないだろう」
「いやー、そういうんはいつやってもエエもんなんやと思うで?」
「ホントかぁ? だったら園子に言っといてくれよ。俺のシャツぐらいいつでも勝手に着ろって。男は何歳になったってかわいい女の子に服着てもらって嫌がるやつなんかいないんだから」
「お、言うたな。ほなウチらも適当に借りるで」
「おー好きにしろ。裸でウロウロされるよりよっぽどいいからな。わっはっは」
「なんやて。香流ちゃんも勝手に着たったりやー」
「ふふふ。いいですね。いろいろ夢が叶いますね」
「兄やん、代わりにウチらのパンツ被ってもエエでー」
「おま、その夢はちょっと方向性が違くないか? 俺、逮捕されそうじゃないか」
「わはははは。園子ちゃんに捕まったらキョッケーになるな!」
「極刑な。たしかに生命の危険を感じるな」
車載の冷蔵庫から冷水を出して飲ませてから香流の座るシートを倒す。冒険者パーティー用車両でシートはリクライニング出来るように加工済みだ。シートベルトを掛けていつでも出られるようにして待機完了。
「さて、俺たちも帰り支度をしておこう」




