第58話 悲惨!おじさん!
俺のスキル【高度戦術支援地図】はパーティー運用が前提のスキルだ。既存のスキルが所有者本人にのみ効果があるものばかりなのとは対象的な、他人を活かすユニークスキルだ。
他人を活かすという観点で見た時、小佐原さんという不器用な個人をプロデュースすることで、その個性を活かして適材適所の仕事を与えることが出来たなら、それは周りにとっても、もちろん本人のためにもこれほど有意義なことはないだろう。
俺だって自身の幸せを求める欲は人並みに持っていると自覚している。その一方、どこか他人のためにと思う気持ちがあるのも確かだ。人材派遣会社で働いていたのもそういう自分の性格の現れな気がする。
五人で地下駐車場の車に向かう。装備を脱いで私服に着替える。キャップにサングラスを掛けて夕闇迫る渋谷の街を駅に向かって歩く。
個室居酒屋『酔恋処』はパーティー結成当時によく世話になったメシの美味い店だ。
「いらっしゃいまっせー!」
「こんばんは。ご無沙汰してます」
「あ! せんさん! お帰りなさい!」
「お久しぶりです。和代さん」
「お久しぶりです! また元気なお顔が見れてうれしいです! お連れ様、いらっしゃってますよ。お席ご案内しますね!」
『園子ちゃん、あの姉さん、『かずよ』っていうんやね。知っとった?』
『いいえ、知らなかったわ。このお店、名札とか付けてないわよね?』
『うふふふふ』
「というわけでなかなかこちらにお伺いする機会も減ってしまって」
「そうだったんですね! 実はわたしも最近ちょっと忙しくて! 今日ココには久しぶりに手伝いに入ったんですよ! せんさんにお会いできて良かったですー!」
「あ、そうだったんですね。じゃあ、俺、良い日に来たんですね」
「ねー!」
『あー。また兄やんからなんか出とんな。天然の何かが』
『ふぅ。これは油断したわね』
『うふふふふ』
和代さんに案内されていつもの個室に入る直前、ふいに寅吉さんがいない気がして振り返るとちゃんとそこにいて全員そろっていた。和代さんが扉をノックして「お連れ様がいらっしゃいましたー」と告げた。
前衛の寅吉さんから部屋に入る。部屋の中の緊張感がグっと高まった気がした。寅吉さんの次に俺が入る。迷彩服からジャケットに着替えた小佐原さんが立ち上がるところだった。
小佐原さんは室内に向かって左手前の席に座っていた。テーブルを見るとウーロン茶を飲んでいたらしい。料理を先に出すよう園子が適当に頼んでいたものには、失礼にならない程度に箸がつけてあった。
思わず苦笑した。この人、普通なんだよなぁ。どんな経歴の持ち主なのか気になる。俺が声を掛ける前に寅吉さんが挨拶をしていた。
「やぁ、お待たせして申し訳なかったですね。人数が多いのでね。どうぞそのまま奥に詰めてください」
口調は優しく普通だが圧がすごい。小佐原さんは「はい」と言ってグラスなどを持って奥に詰めた。片側四人掛けの掘りごたつだ。寅吉さんはそのまま小佐原さんの隣に座る気らしい。
俺は小佐原さんの対面になるよう右奥に向かって進んだ。俺の後は園子と葵が、寅吉さんの横には香流が座る。香流の顔は見えない方が話がスムーズになる。
その場で和代さんに飲み物をオーダーする。俺は運転手なのでウーロン茶をピッチャーで。三人はビール、葵はジンジャーエールを頼む。
「今日は仕事の依頼をいただいていたにも関わらずお時間を取らせてしまい申し訳ありません」
そう言って頭を下げる小佐原さん。あまりにもいつもとキャラが違いすぎて寅吉さんも面食らっている。
「まぁまぁ、たまには同業の方と交流を持つのも刺激になって良いでしょう。それが優秀な取引相手なら尚、有意義なものです」
さすが世界最高峰の前衛にしてギルド長。当たり前のことを普通に話しているだけなのに一瞬で小佐原さんが萎縮してしまった。
ちなみにギルド長というのは冒険者ショップの店長など組織のトップの人を指す隠語だ。責任者の経歴を売りにする店もあるが、もちろん寅吉さんがギルド長なことは一般には公開されていない。
そこから飲み物が運ばれて来る数分は小佐原さんにとってどんな時間だったのだろう。寅吉さんは園子たちに向かって今日の鑑定はどうだったとか聞いている。園子は園子で「振り込みのチェックをお楽しみに」などと軽快に返してお茶を濁している。
「小佐原さんはお酒は飲まないのですか」
さすがにかわいそうなので軽く世間話を。
「あ、いや、あまり強くはないのでそんなには飲みません。嗜む程度です」
「あぁ、じゃあ飲めることは飲めるんですね。今日は車ですか?」
「いえ、電車です」
「じゃあ、少し飲まれますか。おっ、グラスのオーダーありがとう」
香流がタブレットを触ったのが見えていた。
それからすぐ扉がノックされ、和代さんが元気に飲み物を持って来た。
寅吉さんには香流が、園子には俺がグラスにビールを注ぐ。俺はあえてゆっくり注ぐ。寅吉さんが隣の小佐原さんにグラスを手渡してビンを傾ける。恐縮しまくりの小佐原さん。
チラっと寅吉さんを見る。目が合った瞬間に微かにうなずく。ここは寅吉さんが音頭を取った方がスムーズだが、小佐原さん相手にイニシアチブを取るのは意味がなさそうだ。
「それでは乾杯しようか。同業者同士、親睦の良き機会に。乾杯」
みんなで「乾杯」と言ってグラスを傾ける。小佐原さんはビールを一口だけ飲んだ。酒の勢いを借りる気はないらしい。いかんなぁ。この人に対する評価が上がっていく一方だ。
テーブルの端では葵と香流が久しぶりの『酔恋い処』のメニューを楽しそうに眺めながらオーダーを入れている。
「小佐原さんはもうパーティーには入っていないんですよね」
普通の話題を話しかけられてホっとした様子の小佐原さん。
「ええ、そうですね。二十代の半ばにはもう製作職として独立したので、そこからは基本的にソロです。たまに同業者同士で素材集めのレイドに参加する感じですね」
「なるほど。そういうレイドもあるんですね」
「そうですね。フリーでやっているとなかなか素材確保もコストが掛かるんで。やっぱり自分で集めればタダみたいなものですからね。零細でやっている連中はそういう感じでなんとかやりくりしてます」
「素材採取が目的ですか。なかなか信頼関係を築くのも難しそうですね」
「そうですね。同じ組合とか近所付き合いしてとか、まぁ大変ですね」
「お待たせしましたー!」
「やっぱこれやな! めっちゃおいしそうやん!」
山盛りのカラアゲ。串焼き盛り合わせ。刺身盛り合わせ。冷奴、ほっけ、磯部揚げ、野菜スティック、チキン南蛮が次々運び込まれる。それらがテーブル手前でどんどん仕分けされて奥に回されてくる。みんなよく食べる。特に葵と寅吉さんが。俺と園子も食べるし飲む。俺はウーロン茶だけど。
当てられて小佐原さんも食べていた。うまいうまいと言っているので喜んでいるのだろう。
ひと通り腹も膨れたところで本題に入る。
「さて、小佐原さん。ウチに入りたいと聞いておるのですが、詳しくお伺いしてもいいですかな」
小佐原さんがリュックから守秘義務誓約書を出して寅吉さんに渡すとテーブルを片付け始めた。書類を確認している間にテーブルをきれいにするとピシリと背筋を伸ばした。
「自分の署名は入れてあります。違約の補填部分はお好きに書き足して下さって結構です。何を聞いても絶対に誰にも話さない覚悟は出来ていますので」
「ふむ。なるほど。まず先に言いますと我々はクランではありません。パーティーです。定員は埋まってます。ここに貴方を加え、わざわざクランとするメリットをお聞かせください」
「私はたぶん腕が良い製作職です。世に出回っているどの製作職の作品を見ても、どれも自分が作るものの方が優れていると思うのです。だけど売れません。どんなに良いと思うものも、どんなに優れているものを作っても認められません。だが、あなたたちはそんな自分の作品を買ってくれた。そして、あなたたちは他の冒険者とは違うことをやっている。だけど俺はそこには実は興味がありません。冒険がしたいわけではないからだ」
小佐原さんはそこで寅吉さんから園子に視線を移した。
「あなたが電話をくれている方ですよね。あなたが俺に対して思っていることをぶつけて欲しいんだ。俺はパーティーに入りたいわけでも、クランに入りたいわけでもない。あなたにプロデュースをお願いしたい! そこで提示できるのは俺の腕をあなたたちの冒険の役に立てることしかない。だから俺にあなたたちの秘密を打ち明ける必要も無いです」
園子が俺の方を見た。サングラスをしているので表情は読み取れない。ただ、困ってる雰囲気は伝わってきた。園子の代わりに話を引き継ぐ。
「小佐原さん、あなたは独立していて、一匹狼で自分が良いと思うものを作ってきたはずだ。我々があなたの製作物を見て思ったのは、あなたが誰の意見も聞かず、自分が良いと思うものだけを追求し続けている人なのだろうということです。そう言われてどう思いますか」
俺の言葉を聞いて、眉根を寄せながら噛み締めるように真剣に受け止めているのがわかる。彼が真摯に、真剣に話をしようとしていることが伝わる。
「その通りだと思う。でも、もうこのままではダメなんだ」
「あなたは我々がああしろ、こうしろと言ったものを作ると言っているわけですが、果たして本当にそれが出来るのですか? これは、まったくアレンジを加えることなく、オーダー通りのものが作れるのか、という意味です」
「やる!」
「あなたは先程からご自身の製作物を作品とおっしゃっている。そこに我々とあなたの思いに差がある気がします。あなたが今作るべきは自分の作品ではありません。あなたは自身の作品を作る前に、もっと人のためになる道具を作る必要があります。お分かりいただけますか?」
「あぁ、そうか。やはりそういうことなのか。俺は、俺は力が足りない勘違い野郎だったのか」
おじさんが物凄い勢いで落ち込み始めた。悲惨すぎる光景だった。
みなさま、お盆休みはいかがお過ごしですか?
サービス業の方などお盆休みの無い方、ご苦労様です。
あなた方のお陰で社会は動いています。
感謝しかありません。
本作を最新話まで追って読んでいただけていることをありがたく思います。
また、評価記入まで入れてくださっている方がいることは大変励みになっております。
ありがとうございます。
カクヨムでは応援レビューいただき有頂天でございます。
わざわざお時間を取ってまでレビューを書いていただいたことには感謝しかございません。
過分なお褒めの言葉に赤面しつつ何度も読み返す気持ち悪い人が出来上がってます。
ありがとうございました。
もちろん! フォロー、いいね! そして☆星を入れていただいている皆様もありがとうございます!
まーじーで、それが執筆の燃料です。
商業作家は本を買うことで
同人作家は読者から反応をもらうことで続きを書きます。
投稿小説は読むだけでは続かない場合もあるのですよ…ということをぜひわかっていただきたい。
『輪廻がイヤなら異世界転生。底辺職の先行斥候だけど『出納』スキルで好き勝手に生きてやる!』
上気も投稿連載中です。
よろしければ御一読いただければ幸いです。




