第57話 守秘
「これは守秘義務誓約書です。会合において見聞きした全てについて一切の口外をしないという誓約です。冒険者機構の正式書類になってます」
小佐原さんが紙の空白部分を指でトントンと叩いた。透かしが入った正式書類らしい。それを見た園子が驚いていた。
「あなた、これ、魔道具の方じゃないの」
「なんだい魔道具の方って。この紙が魔道具なのかい?」
「そうよ。紙自体に付与が掛かっていて、お互いが署名した時点から会話を記憶するの。話し合いが終わったらもう一度締めの署名。誓約内容が不履行になったらその人の名前が赤字に変わるわ。二枚セットで百万円ですけど、これ一枚よね」
「そっちだけ持っててくれればいい。俺はいらない。ペナルティは違約金一億円と全財産没収と冒険者証を返還して、生涯に渡って二度とダンジョンに入らないことにしてある。追加は好きに書き足してくれていい」
普通は一枚ずつお互いに持つものだが、自分の方にはいらないってことか。自分は責を負うが、こちらには何も求めないと。要するに絶対に他言する気はないってことだな。
「専属契約というのは?」
「俺がそっちの組織に入るということだから、俺に来た仕事のマージンを払うってことだな。割合も任せる」
「なぜだ? ここまでする理由がわからない。あなたになんのメリットがあるんだ」
小佐原さんが半泣きのような顔になる。いつもの自信満々な一匹狼の職人の雰囲気が消え去った。
「ちょっと待って。タイガーがそろそろ来るわ。一緒に話を聞いてもらいましょう」
寅吉さんが? 今日はそういう話はしていないが。ああ、なるほど。たしかにそろそろ仕事が終わる時間か。そして、園子が小佐原さんと話しをしてもいいと思っているってことだ。
「この誓約書ってもうここまで書き込みしているってことは」
「もう他では使えないわね。今日のために用意してきたということね」
「ああ、使うかどうかは決めて来なかったけどね」
園子がスマホをいじっている。
小佐原さんのスマホが震える。
「そのお店でお話しましょう。店で名前を言ってくれれば案内してもらうようにしておくわ。こちらはメンバーが揃って着替えてから向かいます。ちょっと掛かるから気兼ねなく、先にやっててください」
小佐原さんがスマホを見た。
「承知した。では、後ほど」
そう言って席を立った。
隣のテーブルにいた香流と葵がこっちのテーブルに移動して来る。園子は席を立って電話をしに行った。きっと店に予約を入れているのだろう。
「結局どういうことなんこれ」
「急な話で俺も混乱している」
急展開の話すぎてうまく考えがまとまらない。ゲームの話でもネットの中の話でもない。リアルで命と生活の掛かった話だ。クラン立ち上げまでは考えたことはなかった。
電話を終えた園子が戻って来る。
「園子、俺には判断がつかないんだが」
「彼、腕はいいのよ。ちょっと異常なほどよ」
「あれか。合成が『強』というやつだったな」
「香流の盾も普通じゃないのよ。魔鉄なのに魔鉄鋼並みの強度で、付与に至っては何がどうなっているのか意味がわからないわ。同じ素材でより強力なものが作れるだけでもとてつもないアドバンテージなのよね」
「だけど売れない」
「致命的な程にね」
「香流と葵にとってはわざわざ組む理由はないだろうな」
「パーティーとしてはそうです。ただ、『Renegades』にとっては悪い話ではないのかもしれないと思いますよ」
香流は、恐怖症まではいっていなさそうだが、間違いなく男性不信だ。全ての男が自身に害をなす敵に見えているはずだ。彼女の歩んで来た人生を思えばそれも当然だろう。俺には、俺を信じてくれた彼女を守る責任がある。
「香流、俺は香流とクランのどちらかを選べと言われたら迷わず香流を選ぶ。葵も園子もそうだ。君たち三人、そして寅吉さん一家は俺にとってはクランよりも遥かに大事だ。君たちが最初に俺を選んでくれた大事な人たちだからだ。パーティー結成の最初に言ったように、ガマンはしないでくれ」
「ふふふ。大丈夫ですよ。だって、もし私の身になにかあったら千里さん、責任取っていただけるんでしょ?」
自己責任。ずっとそう言い続けている。だが、面と向かってそう言われたら俺も正直にならざるを得ない。この娘たちに何かあった時に自己責任と言って突っぱねることなんかできるわけがない。
「俺にできることはなんだってする」
「私は千里さんを信じています。冒険やクランにおいて私になにかあっても、絶対にあなたが受け入れてくれると信じているからです。言ってみれば今の私は保険が掛かった状態ですからね。怖いものはありません」
園子が香流を見つめていた。
「できればその保険は使わせたくないわね」
「お互いに、ですわね。だから」
「わざとそれを使うのはナシで」
「もちろんです」
なんの禅問答なんだ? 葵もポカンとしているぞ。
「千里、小佐原さんはマネジメント能力が欠如しているのよ。彼なら何を作らせても誰よりもうまく作るわ。だけど、出来ることとやりたいことは違うのよね」
「物を作ることを生業にする者のジレンマだな。それはわかる。でも、そういうものに折り合いを付けるのが仕事だし、そうやって生きるのが大人だろ」
「だから彼は大人じゃないのよ。そんな自分を制御してくれるものを求めているんだと思うわ。そして、そこまで追いつめられているのね。精神的になのか、金銭的になのかはわからないわ。でも、ヒヒイロカネを売りに出していないってことは金銭に困っているとは思えないわね」
これ以上は本人に聞かないとわからないな。
「やあ、待たせたね」
寅吉さんが現れた。
「あ、こんばんは」
「園子くんからここにいると連絡が入ったのだが。なにか話があるとか」
いつの間に連絡を入れていたのか。先ほどあった小佐原さんとの経緯を報告する。
「なるほど。それはパーティーとしてではなく、『Renegades』というクランとしての話になりそうだね。クランとしてというならば、腕の良い合成屋や鍛冶師などの製作職がいるのは心強いね。クランとしての実績をブランドとして製作物を売るというのはクラン経営としてはまっとうな商売のひとつでもある」
「まぁ、わかります。制服やステッカーを売るというのはその話の延長でもありますよね」
「そうね。でもそれはあくまで冒険者クランを商売と結びつける場合の話ですけど」
「難しいな。俺たちはメンバー五人のパーティーであって、クランを立ち上げるほどの実績もなければ、誰にも知られることなくひっそりとやりたいだけだ。彼の望みと合致できるだろうか」
「彼を受け入れると仮定すると、『Renegades』というクランは彼をプロデュースやマネジメントをする場所として存在すればいいのよね。いいものが作れるなら素材を手に入れたらそのまま買取に出すのではなく、アイテムという形にしてそれを売りに出せばさらに利益が上乗せさせられるわ」
「ただ、現状はですね、私たちって五人で稼ぐには法外の稼ぎなんですよね。無理に上乗せの利益を考えなくても即金で莫大な利益を生み出しています」
「そうなのよ。アイテム作製、クラン経営というリスクを冒す必要があるかは微妙なところね」
「仲間に入れるということは星名さんのことを話すことにもなるわけだからね」
なるほど。みんなのお陰でいろいろ見えてきた。正直、今すぐクランが必要かといったら不要だ。香流が言ったように金に困っているわけではないからだ。
ではメリットは? 戦力アップになりそうな武器防具の相談が身内で完結する。そして、小佐原さんが前に言っていたように自前の素材を使って安価にアイテムの作製が可能となる。
彼の望み通り、小佐原さんをパーティーメンバーとしてではなく、腕の良い製作職としてプロデュースするだけでいいならクランという形を取っても悪くない話に思えてきた。




