第56話 決意表明
スープカレーなんて食べたのは、前に食べたのがいつだったか思い出せないほど久しぶりだった。ひとりでは来られなかっただろう店だ。辛い、美味いと大騒ぎの葵を見ていてそう思った。園子も香流も笑っていた。
ひとりでは来られなかったのはこの店ではない。今俺の身に起きている全てだ。全部がひとりでは無理だったのだと、汗だくでスープカレーを食べながらそう思った。
今日はこのあと人に会う約束があるがまだ時間に余裕があったので彼女たちの買い物に付き合う。もちろん荷物持ち要員である。途中、俺の服を買うとか言われて戸惑った。女性三人に付き添われて服を買いに行くのはほぼ罰ゲームだ。
◇
「急ぎましょう! ギリギリだわ!」
大人として待ち合わせの時間に遅れるのだけはダメだ! 買い物に夢中になりすぎた! 慌てて冒険者ショップの駐車場に戻って買ったものを放り込み、超特急で装備を身に着ける! もう男女別とか言ってられないので一緒に装備に着替える!
「兄やん! これ! うしろ外してーな!」
「どれだ!」
振り返ると葵が背中を向けてジタバタしている。ワンピースの背中のジッパーを下げろとのことらしいので急いで下げてやる。
「ほい! できたぞ!」
「おおきに!」
そのままストンと脱いでバタバタと冒険者装備のズボンを履き始める。
「千里さん! こちらも!」
「どれだ!」
今度は香流か! 男の着替えは早いからな。お手すきだから喜んで手伝うぞ。
「千里ー! お願ーい!」
園子も?! ってこれボタンなのか!
「園子、これ全部外さなくても脱げるんじゃないか?!」
「あ! ホントね!」
ストン。慌てて車の前に向き直る。こいつら、本気で俺のこと親戚のおじさんとか思ってないか? いや、親戚のおじさんの前で着替えはしないか。ってことは?
お父さんか。ふっ。結婚はおろか恋人もいないのに『お父さん』、か。俺のおっさん化ここに極まれりだなぁ。
「兄やん、なに黄昏てるん? もう行くで!」
「おう!」
車を飛び出てエレベーターホールに急ぐ!
「ダンジョンなら軽々走れるのにな!」
そんなおやじ臭い悪態を吐きつつも時間ギリギリエレベーターに飛び乗り、待ち合わせ場所のAクラス以上のライセンスが必要な七階の上級冒険者用装備フロアの休憩所へ。パーティーカードを見せて中に通してもらうと、ちょうど迷彩服を着た合成屋の小佐原氏がテーブル席に座るところだった。なぜ迷彩服なのかはわからない。
小佐原氏はショップに合成屋として登録されていて、代々木支店でクラフト品の販売実績もあるので、素材仕入れ用の入場ライセンスを持っているそうだ。
「小佐原さん、こんにちは」
座ったばかりの小佐原さんが立ち上がってこちらを見る。
「おお、みなさんこんにちは。今日は達人の方はいらっしゃらないのですかな」
「はい。今日はこの四人です」
飲み物のリクエストを聞いて園子と葵が自販機で買ってきてくれる間に世間話でコミュニケーションを取る。ただし、こちらは全員色を入れたヘルメットバイザーを下している。冒険者は素顔を隠すのは普通なので大して変な話でもない。小佐原氏と同席するのは俺と園子。香流と葵は別のテーブルで待機。
「殴り込みに来なかったということは前回の仕事は満足いただけたということでござるかな」
「ははは。そうですね。今回、新規案件でお声掛けさせていただくほどには満足していますよ」
「それはそうでござるな」
「そういえば前回は抽選に当選されたということでアキバに向かわれましたが、いかがでしたか」
「おお! そうでござった! 無事に嫁に迎え入れられたでござるよ!」
そこでちょうど園子たちが戻ってきた。お茶を飲んで本題に入る。
「それで今回もまた魔杖の合成と聞いているのでござるが?」
園子が、口を開けた小さなバッグを小佐原氏に渡す。中を覗き込んだ氏が表情を変えずに感想を漏らす。中には直径十センチ、買取価格三百五十万円の魔力石が入っている。
「ほう? これはなかなか」
そっとひと目だけ見てバッグを返してきた。
小佐原氏はおもしろい。仕事に関する話がものすごくスムーズだ。余計なことを言わないし、周りをよく見て他人の目を気にしているのがわかる。繊細だし丁寧だ。趣味の話さえ振らず、口調さえ気にしなければかなりシゴデキだ。
サングラスバイザーで素顔を隠しながらの会話は慣れない。周りを気にしながら身を乗り出して小声で話す。
「それを使ってやりたいのは魔力消費量軽減です。それのみです」
小佐原氏の眉が「おや?」というように動く。が、すぐに元に戻った。おそらく前回の付与と絡めて考えたけど、これは別件だろうなということで詮索の思考を追いやったのだろう。
「なるほど。それのみ、でござるか」
「それで、そのために相性の良さそうな杖を選ぶ助言も欲しいということです」
「ああ、はい。聞いてます。それで七階ですか。実に興味深い。うーむ。単刀直入に聞きます。答えたくなければ答えなくていいです。もちろん守秘義務は守ります。なんのための杖ですか」
前回は葵の【範囲攻撃魔法】専用の魔杖の作製だった。それを踏まえての質問だろう。ここまでの小佐原氏の応対から、この人は仕事をする相手として信頼できる人物であることは間違いない。
「使用するスキルは【絶対領域】です。他は考えていません」
それ以外使えないのだから当然だ。
「くっくっくっく。キタコレ! おもしろい。実におもしろい!」
そう言うと席を立って魔法使いコーナーへと歩き出した。杖売り場に行くとカウンターの店員に指示を出して、後ろの壁に飾ってある一本の黒い木の杖を持って来させた。杖を受け取るとクルっと振り返った。
「これ、誰が使うんです?」
「彼女です」
頭を振って香流を見る。
「なるほど。じゃあ、これを持ってみてください」
香流が杖を受け取る。
「どうですか」
「特に何も感じませんが」
香流から杖を受け取ると礼を言って店員に返した。小佐原氏は「下に行きましょう」と言ってエレベーターホールへと歩き出した。
「今のはこのフロアで一番魔力消費軽減に効果のある、ダンジョン深部でドロップした黒檀の杖です。素材として申し分ありません。値段は五百万円程です」
「地上でも触って違いとかわかるものなのですか」
「わかる時もあるし、わからない時もあります。先程の黒檀の杖であれば間違いなく持続時間二倍の魔力消費軽減の効果が出せます」
エレベーターで階下に降りながら説明してくれた。二倍も【絶対領域】の時間が伸びるなら五百万も惜しくないという気がした。何も言わない園子は驚いているようにも見えたが、バイザーに覆われていてよくわからない。当事者の香流は特に変化無しだ。
エレベーターが三階で止まる。三階は一般の武器フロアだ。
小佐原氏は迷うことなくジャンクコーナーに足を運ぶ。傘立てのように乱雑に放り込まれた杖と杖素材をガチャガチャと漁ると、一本の棒を抜き出した。
「ちょっとこれ持ってくれますか」
そう言って香流に引っこ抜いた棒を渡す。
「それ、持ってみてどうですか」
渡されたのは真っ白な棒切れだった。ところどころ枝を落とした跡が黒い楕円になっている。
「ん~。良い、ですね」
「ふーむ。ですか」
小佐原氏は香流から杖を受け取るとカゴに戻した。
「ちょっとあちらへ」
そう言って休憩所へ。
イスに座ると抱えたリュックからさっき買ったお茶を出してひと口飲む。
「まったくオタクらはおもしろい。Sランクパーティーってのは伊達じゃないね。さっきのは白樺の木です。もちろんダンジョン素材のドロップです。浅い階層でドロップしたモノであそこのジャンクコーナーに何年もあって値段は三千円です」
お茶をひと口飲むと、サッと周りを見てから身を乗り出した。
「上で見た黒檀の杖と同程度の効果が出せます」
さりげなく言われた言葉の意味が理解出来るまで少し時間が掛かった。
隣の園子と同時にバイザー越しに目が合った。
「え? 五百万円と三千円で効果が同じって言いました?」
「あれ、掘り出しモノです。でも相性です。地上でもアレと相性が良いのがわかるほどなら相性の良くない黒檀とタメを張れるのは不思議じゃない」
「じゃあすぐに買った方がいいのでは?」
「魔力石が良すぎる!」
周りに聞こえないよう、小声で絞り出すように言った。
「マナ高効率効果のより高い黒檀と相性が良ければ三、四倍かそれ以上の効果があるということです」
「それはそうでしょうけど、実際問題、黒檀とは相性がそれほどだったわけなのだからそれを言ったところで意味が無いのでは?」
「【絶対領域】は一日一回しか使えない。そのため能無しと言われるがその性能だけ見れば【範囲攻撃魔法】と同じくおそろしくチートな防御魔法だ。物理も魔法も、あらゆる攻撃を通さない。強すぎる防御力が神話級の結界となり、内側からの攻撃も拒絶する。最前線組のクランなら何人か揃えてボス戦でセーフティゾーンを作る回復タイム要員として連れて行くこともある。だがオタクらは五人パーティーで、そこに【範囲攻撃魔法】の組み合わせだ。おもしろい。じつにおもしろい。オタクらいったい何やってんの?」
そこまで言って俺にバッ! と手のひらを向けて残ったお茶を一気に飲み干した。
「いや、申し訳ない。詮索するつもりはない。でもまぁ、なにか特別なことをやっていて、明確な目的の上に【絶対領域】の稼働時間を伸ばしたいわけだ。さっきも言ったけれど、【絶対領域】は強力な魔法で、それ故、魔力消費量が非常に多い。レベルがひとつ上がっても稼働時間が一秒も伸びないと言われるほど燃費が悪い」
たしかにそう言われているらしい。香流のレベルは十九だ。だが、香流の【絶対領域】の発動時間は現段階で余裕で一分以上ある。ということは、香流の魔力量が平均値の三倍近くあるのは確実だろう。レベルアップに伴うパラメーターの上がり方が魔力量に特化している可能性もある。いずれにせよスキルとの相性としては最高だ。
「ひとつ、提案がある」
「というと?」
小佐原氏は抱え込むようにして持っていたリュックの中に両手を差し込むと、なにかを掴み出した。両手で包むようにして俺の方にそれを差し出す。身を乗り出して両手を覗き込むと親指の隙間を開けた。バイザーを上げて隙間から覗き込む。大事そうに差し出す両手の中には赤にもオレンジにも見えるように輝く、見惚れるほど美しい鉄の塊が入っていた。
俺の隣でバイザー越しに常に冷酷な視線を小佐原氏に浴びせていた園子が腰を上げてズイっと身を乗り出して両手の中を覗き込むと、口元を手で押さえながら呻くように呟いた。
「 緋緋色金!」
小佐原氏は両手をリュックに戻すとフタを閉めてまた抱き抱えた。
「これ、若い頃にたまたま浅い階層で拾ったんです。ただ、量が少なすぎて武器には使えず、もちろん防具も無理。コーティングには使えるけどそれでは本領が発揮できない。また同じモノを拾って量を増やすしかないと思ってずっとキープしている。俺ならこれとオタクのブツを合成して神話級のブレスレットが作れます」
園子がドサリとイスに座った。
「無理ね。高価すぎるわ」
「あれ、いくらなの」
「キロ一億はくだらないでしょうね」
小佐原氏が握ってた分で何グラムだ? 加工賃も入れたらいくら掛かるやらだ。
「そこまで金を掛けたとして効果は?」
「五倍は保証する。それ以下なら金はいらない。ただ、俺が欲しいのは金じゃない」
いつになく真剣な表情だ。さっきからずっと小佐原さんの様子がおかしい。口調が違う。
「俺をオタクらの仲間にしてくれないか。専属契約を結びたい」
園子が首を傾げている。バイザーの奥でどんな顔をしているのだろう。
「わからないわ。わたしたちの何を気に入ってそういう考えになったの? それ、あなたにメリットあるのかしら? もちろん、わたしたちにも」
「うん、もっともな疑問だな。まずこれを見てくれ」
そう言うと再びリュックを開けると中からバインダーを取り出した。そこから一枚の紙を引き抜くとテーブルの上を滑らせた。紙には『守秘義務誓約書』と書かれていた。




