第55話 査定?鑑定?出品?
今日も車でお出かけだ。目的地は渋谷。冒険者ショップ、代々木公園前店の地下駐車場に午前中に到着。運転手の俺は三人にとって親戚のおじさんみたいなもんだな。掛井さんの出社日なのは園子が確認済みだ。さすが、マネージャーだ。こういう調整を進んでやってくれて助かる。
ちなみに寅吉さんは通常出社で先に出ているので車内にはいない。渋谷駅への通勤も「通勤時間が三分の一になった!」と喜んでいたがそれもあと一ヶ月で終了だ。
「お飲み物お持ちしました~」
掛井さんが飲み物と共にカートを押して部屋に入って来た。お礼を言いながらみんなで手分けして飲み物を配る。
「掛井さん、忙しそうだね」
「そーなんですよー。もう、人気受付嬢は忙しくて~」
「ん? それって園子ちゃんのお客さんもらったからちゃうかったっけ?」
「まー、そうとも言います。はい。で! 今日はまた何を持って来たんですか!」
少し顔を引きつらせた掛井さんが受け入れる覚悟を決めたらしい。
「今日はですね、まずはこれですね」
テーブルの上に魔力石をふたつ置く。一個は香流の魔法杖合成用にキープしてある。
「げっ」
掛井さんが引きまくってる。それを園子が冷ややかに見ていた。
「あ、いや、おほほほほ。これまたご立派なモノを」
「雅代、わたしたちの前だから気を抜いているのよね? いつもお客様の前でそういう感じでは、もちろん、ない! のよね」
「園子せんぱ~い。当然じゃないですか~。親愛の表現ですよ、もちろん。これ、魔力石ですよね?」
そう言うとどこからかメジャーを取り出してサっと大きさを計る。
「直径十センチとか。マ?」
「マ?」
園子が絶対零度の魔女に見えてきた。
「あ、いや、だって! こんなの大き過ぎじゃないですかぁ! しかも二個も!」
園子の目の前にVサインを出しながら必死に訴えていた。園子からの反応が無いので諦めて俺を見る掛井さん。
「じゃあ、さっそく鑑定に出しますね~」
「いや、待ってください。他にもお願いしたものがあるので」
「えー、もうやだー」
「嫌とは何事よ!」
「うえーん。園子せんぱいがいじめる~」
そう言いながら俺に抱き着こうと駆け込んで来る掛井さん。
と、思った瞬間、左から手が伸びてきて掛井さんのおでこをガッシと掴んで阻止した。
「香流、ナイスよ」
ゆらり、と立ち上がる園子。あれ? みんな、身体強化入ってないよな?
「ひぃ~! すいませんすいません、出来心なんです~」
掛井さんは自由だなぁ。仲の良い先輩後輩のじゃれあいに風通しの良い職場なんだなと思いながら一枚ずつチャック付きのビニール袋に入れた金貨をテーブルに並べる。
金色に輝くコインを置いた瞬間「ひゅっ」という声と共に瞬きもしなくなる掛井さんの目の前にコインを並べていく。その数、二十枚。適当な入れ物がなかったからこれでいいやと袋に入れてみた。傷つくとまずいしね。
その他のドロップ品のポーション、魔石、ナイフ、槍、盾は自分達で使いそうなのでキープ。
「え? え? え? に、二十枚?」
「そうよ。同じ宝箱に二十枚入っていたわ。鑑定よろしくね」
掛井さんは無言でビニール袋を摘まんでカートに入れていった。産業用ロボットのような動きだった。
「イッテキマス」
死地にでも向かうような悲壮感を漂わせながら部屋を出て行った。
園子は掛井さんが置いていったタブレットを勝手にいじってみんなの飲み物のお代わりを聞いて追加発注していた。
「園子、今日のこのあとの予定を確認していいかい」
「いいわよ。今日は鑑定が終わったら少し駅の方に歩いて戻ってランチね。今日はスープカレーよ」
「ウチ、辛いのんは苦手やねんけどな、スープカレーは初めてやからめっちゃ楽しみやわぁ。園子ちゃんも香流ちゃんもめっちゃエエ女やなぁ。おしゃれな店とかいっぱい知っとるもんなぁ」
またしても俺が存在感を消す時間かもしれん。
「うふふふ。葵ちゃんはまだまだお若いですからね。初めてのことがたくさんでうらやましいですよ」
「おー! せやな。ウチこれから初めてのこといっぱいあるんやな。香流ちゃんにそんなん言われたらなんか、めっちゃこの先のこと楽しみになってきたわ」
「そうだな。葵ががんばって手に入れたものだからな。俺たちは冒険者だ。命を懸けて得たものを存分に楽しもう。それが出来ない人の分までな」
「あははは。なんか悪いことやってるみたいやな!」
「そうか? でもそこがまた魅力だと思うけどな!」
「わははは! 兄やん! 悪い顔しとるな! 最高やん!」
「うふふ。悪い千里さんもいいですね。頼もしいですよ」
「そうね。千里は少し悪くなるぐらいでちょうどバランスが取れそうだものね。もっと自由に、思うようにしてもらっていいのよ。わたしたち、けっこう覚悟決まってるんだから」
まぁ、この娘たちがただの真面目なイイコなだけではないことはわかってる。冒険者なんかやっているし、やりたいと思っているのだから。それは俺だって同じだ。ダンジョンは危険な場所。命懸け。死ぬことは全部自己責任。
同じ冒険者に殺されることさえ自己責任と言い切るアタマノオカシイ場所であり、仕事なのだ。一部の人に「まともじゃない」と思われているのも仕方のないことだ。
俺たちの社会や倫理観はもう「ダンジョン前」とは違うのだろう。だけど、俺にはその違いが何なのかはうまく説明できない。だから俺も「違う」んだろう。
ドアがノックされて、妙にハイテンションの掛井さんが戻ってきた。
「おまたせしましたー! 鑑定、おわりましたー!」
園子たちが勝手に飲み物をカートから取って並べる。
「園子先輩、『Renegades』ってランキング、本当に載せなくていいんですよね?」
「そうよ。絶対に載せてはダメよ。わたしたちの名前はどこにも漏らさないで」
「わかりました。そっちの方向で行けるところまで行くしかないです。『Renegades』は稼ぎ過ぎですから。半端はよくないですよね。さて、鑑定の結果です!」
魔力石二個をカートの上に置く。
「まずはこちらです。こちらは魔力石です。直系は十センチでした。十センチはものすごく大きいです。魔力石も魔石と同じで、直径が大きければ大きいほど魔力効率が上がります。八十ミリを超えれば大型と言われます。価格はミリ単位で決まります。本日の冒険者機構での買取価格は、一個あたり三百五十万円です。二個ありますので、合計七百万円です。これだけの逸品ですので、オークションという手もありますが、いかがいたしましょうか。ただ、こちらの提示価格はSランクパーティーの査定上乗せが付いた価格になっております。競売でお売りになってもそこまでの差額は出ない可能性が高いと推察されます」
「雅代、よくできたわ。これは売却しますから手続きよろしくね」
「はい~。それでは七百万円の五パーセントの税引きで六百六十五万円をパーティー口座にお振込みとなります」
掛井さんは園子が頼んでおいた掛井さんのお代わりのアイスラテをストローを差さずにそのままゴクゴクと飲んだ。
「ぷはっ! 次ぃっ! きんかぁ! うう、これ、ダンジョン産二十グラム金貨で間違いありませーん。えーと、二十グラムのやつってあまり出ないんですよ。で、過去の事例から算出された査定額が、一枚五十五万円です。二十枚で一千百万円です」
そう言って園子を見た。非常に悲しそうな目だった。
「そうね。ま、そんなところよね」
「おー、すっご! 今日ぜんぶで千八百万円ってことやろ? なんか大金すぎて怖なってくるで」
本当だな。五人で分けるにしてもひとり三百万以上だ。それがこの三日間の、横浜みなとみらいと川崎ダンジョンで稼いだ金額だ。これにさらにハイ・ポーションなんかもあるわけだ。
「葵ちゃん、違うんです。これ、安いんです~」
「え? 掛井さん、それどういうこと? 金貨のことだよね? 俺が調べた時もネットでは一枚あたり五十万って書いてあったけど」
「千里、それ、情報が古いのよ。その価格って金相場が上がる前でしょ? 今って金が高くなってるのよ。それと、さっき雅代も言ったけど、この金貨自体が最近出てないの。本当に見つかってないのか、出てもキープしてたり裏で直接取引されてるだけなのかはわからないわ。でも、表には出てきてないの」
「これ、流通するアイテムじゃないんですぅ。だからどうしても冒険者機構での査定だと世の中の本当の価値と差が出てしまうんです〜」
「ん? じゃあ、園子は実際の市場価格とは乖離が出ることをわかった上で査定に出したってことなのかい? なんのために?」
「千里さん、それはですね、査定に出すこと自体に意味があるからですよ」
「えー? わからへん。査定に出すんもタダではないやろ? 安ぅにしか値段付かへんのわかってんのにお金払って査定してもらう理由てなに?」
なぞなぞみたいだけどヒントは出ていたよな?
「査定の値段が実際の価格より安くなるのはわかってる。だからそれ自体には意味が無い。ということは、査定そのものに意味がある? だけどなぜだ?」
「そう。千里のそれで正解なの。要するにこれが間違いなくダンジョン産のものであるという鑑定結果が欲しかったの」
「あー、なるほど。冒険者機構のお墨付きになったのか。これはレプリカではなく、本物のダンジョン産の金貨だって証明書が付いたのか」
「証明書付けてどうするん?」
「もちろん、オークションよ。それも世界に向けてのね」
いやいや、ダンジョン産のアイテムは国外流通に規制が掛かっている。禁輸品なはずだ。
「これはね、ダンジョン産アイテムではあるけど、ただの貴金属扱いなのよ。合成でも錬金術でもただの金としか扱われないわ。だから、ただのコイン、金貨としてのコレクターズアイテムなの」
だから世界に向けてオークションに出せるのだと園子は言った。香流からは世界で最も有名なオークションの名前が出てきた。
「えっ!? どうやって出品するんだ?! やり方なんかわからないぞ」
「そこで冒険者機構よ。手数料は掛かるけど、それもSクラス特権が使えるし。鑑定結果もそのまま使えるわ。落札されなくても出品手数料は戻って来ないけどね。これはちょっとおもしろそうだからオークションに出してもいいと思うの。雅代、調べたんでしょ? 今ってこれはオークションに出てないわよね?」
「はい~。出てないですぅ。というかここ一年以上、世界的に出てないですぅ。その間に金の相場も上がったし、世界中のお金持ちのコレクターがまだかまだかって待ってます~」
「と、いうわけなのよ。ちょっと試してみてもいいかしら?」
香流も楽しそうな表情をしている。もちろん俺に反対する理由もない。想像もできない世界の金持ち道楽の話だ。
「香流は大丈夫そうだな。俺も反対はない。葵はどうだ」
「ウチ? ウチもエエよ。おもしろそーやん」
「あとは寅吉さんだな。反対なら寅吉さんの分だけ買取でもいいわけだし。みんなもそれでもいいからな。ひとり四枚だ」
「さ、さいてい五十万が四枚も」
掛井さんが震えていた。たしかに、震えるよな。
「オークションでいいそうです」
香流がスマホを見ていた。早っ! 寅吉さんの返事も早っ! 奥さんに相談もしてなさそうだな。ということはそれだけ期待しているということか。
「言っておくけどそんなに価格が何倍にもなるわけじゃないからね。あくまで金貨だから。魔法の不思議な効果があるようなアイテムではないから。相場以上の価格にはならないわ」
「さすが冷静な判断だな。国際的なオークションへの出品なんて人生で何度も経験するようなものでもないしな。金額よりもそっちの経験の方が楽しみだよ」
「じゃあ、これはこのままお預かりして出品手続きに回しますね。でも園子先輩、これの獲得由来は伏せて出品になるんですよね」
「そうね。そこはちょっと残念ですけど。売るタイミングとしては今が最高に良いから出自は伏せてお願いね」
どこのダンジョンでどういう経緯で回収したかが付加価値を生むらしい。なるほどね。回収した時の動画だってある。あれを編集して隠し部屋から回収だって宣伝すれば確かに価値が上がりそうだ。それを言ったら園子が言葉を選びながら話し始めた。
「それは、相当な付加価値よね。画面にモザイクを入れてどこのダンジョンだかわからないようにして、音声もなしで出品して、落札者にはモザイクを外した動画を、ってやっぱりやめましょう。これの見つけ方のヒントまで売る必要は無いわ」
「あぁ、確かに。金貨よりそっちの方が価値があるな」
「うわぁ~。聞きたくないですぅ~。それか、もっと教えてください~」
今回は、追加情報なしの完全匿名、日本の冒険者機構からの出品であることさえ伏せての出品ということになった。




