第54話 世界のKAWASAKI
俺たちは全員で地図を見ていた。若い冒険者たちの動向は【こうしえん】で丸わかりだった。
ダンジョンボスはコボルト・ボス。それに取り巻きはゴブリンが二体とゴブリン・アーチャーも二体だ。
若い冒険者の前衛三人がボスとゴブリン二体のタゲを取って踏ん張っていた。残り二人は魔法使いとその護衛役だろうか。
「早く後ろのアーチャーを倒せ」
前の三人が崩れる前に急ぐ必要があるのに、なかなか後衛の二人が戦闘に貢献できないでいる。
「うわ、これ、ヤバいんちゃう」
敵の前衛の赤点がひとつ緑になった。
「ん? 前衛が倒したのか?」
「いや、冒険者側の魔法使いが敵の前衛を攻撃したんじゃないか?」
悪手だ。
「見ていられないわね」
敵の前衛の赤点がまたひとつ減った。残すはボスとアーチャー二体だ。だが、冒険者側の前衛のひとりがふらふらと後方に下がっていく。
「あ、やられたんか」
後方で魔法使いの女の子を守っていたはずの冒険者が動き出した。周り込んでアーチャー二体に単騎で突っ込む。
「いやいや、一対二で向こうが遠距離攻撃だぞ。自殺行為だ」
それでも単騎でヘイトを買いながら二体のアーチャーの元に辿り着いた。
「どうもこれが盾職らしいな」
タンクが後ろで女の子を守ってた? なんで?
タンクがアーチャーを一体やっつけた。しかし、冒険者の前衛がまたひとり怪我をしたのか戦列を離れていく。すると、最初に後方に下がっていた冒険者が前線に復帰してタイマンを張っていた前衛に合流。そこからは一方的で、前衛二人がボスのコボルト・ボスを倒し、そのままタンクの加勢をして一瞬でアーチャーを倒して終了。
「みんな、俺たちは何も見ていない。だから出て来た彼らに余計なことを言わないように」
治療をしているのかしばらく五人が固まっていたが、やがて扉に向かって来た。扉が開くと、ボロボロの五人が出て来た。
「お疲れ様」
「あ、どもっす」
ボス戦をクリアした充実感を滲ませた若い五人が痛みを隠して背を伸ばして出口へと歩み去った。
どうも魔法使いの女の子の彼氏が盾職で、それで後方で彼女を守ってたっぽい。なんとも言えない雰囲気になってしまったがよそはよそ! うちはうち!
男女混合パーティーの怖さをあらためて思い知った。誰かひとりに肩入れするようなことになれば途端にバランスが崩れるのだ。しかし、おじさんが若い彼らにそれを言ったところで聞く耳は持たれないだろう。せめて俺だけはああならないように肝に銘じておこう。
ウチのパーティーのメンバーは、あの若者たちを見ても「パーティー内カップル羨ましい」と思うような浮かれた感じが無いようで安心した。
「さ、行こうか。誰かこれ押したい人いる?」
なんか白けてしまったみんなからは特になんのリアクションもなく、しょうがないので無言でドアのセンサー部分に手を当てた。
ゴゴゴと重い何かが転がるような音を立てつつ扉が開く。人がひとり入れる隙間が開くと寅吉さんが滑り込む。途切れないように次々と入る。五人が入った時点で開いていた扉が閉じ始めた。
「リポップしたら葵に燃やしてもらおう。とりあえず裏ボスのことは考えなくていい。まずは目の前の敵を全力で倒そう」
「おっけー!」
ガツン! 音を立てて扉が閉まった。目の前にコボルト・ボスたちがリポップする。構成はさっき見ていたのと同じだ。
「葵、【地獄炎】!」
まず、アーチャーに青白い火が点いた。全員で後ずさる。青い炎が押し寄せるように広がると一気にコボルト・ボスたちを飲み込み迫ってくる。部屋全体の温度が急上昇していた。全員で香流の近くに集まる。
突然、シャボン玉の中にいるのがわかった。上昇していた温度が急激に下がる。モンスターたちが焼かれてのたうち回っていたが、ボス含めすぐに動かなくなった。
「葵、【地獄炎】終了」
青白い炎がコンロの栓を閉めたかのように急速に消えていく。部屋の温度が急激に下がる。
「香流、バリアオフ」
シャボンがなくなった瞬間、寅吉さんと香流が飛び出して行った。そしてあっという間にモンスターの首筋に太刀と槍を突き立てて殲滅した。
「うむ。いいな。抵抗できなくなるまで削ればいいということか」
「そうですね。本当なら消滅するまで確実に燃やし尽くすべきでしょうけど、連戦を考えるならこれでも充分ですね。香流、問題ないかい?」
「ええ、問題ありません」
軽く頬を上気させた香流が呼吸を整えながら快活に答えた。やっぱりちょっとストレスを溜めていたのかな?
朝練を共に始めてわかったことがある。香流は身体を動かすのが好きだし得意だ。彼女は本来、完全に脳筋タイプの冒険者だったのだ。
香流の魔力温存はこのパーティーの要だ。ボス攻略戦のエースはそのタックネームのまま葵が担っている。そのエースを受け止めるのが香流だ。どちらが欠けても最終戦は戦えない。二人のコンディション管理は俺の大切な仕事だ。
魔石を拾っていると寅吉さんが小型の盾を手に戻ってきた。
「ドロップアイテムですか」
「ああ、軽いな。魔鉄っぽいな」
「園子か葵ですね。レベルが高い園子に持ってもらいましょう」
「わたし? 防御力を上げるならレベルが低い葵じゃないの?」
「うーん。レベルが上の園子の方が上手に使える気がするんだ」
「あぁ、なるほどね。わかったわ。じゃあ、わたしが持つわ」
いざという時は後衛として葵のこともよろしくという意味だったが、うまく伝わったみたいだ。
園子は万能タイプだ。いざとなれば前にも出られるし、後ろで全体を見守ることも出来る。適性で言えば中衛かもしれない。
パーティーで俺の代わりを任せるなら園子だ。俺がアイテム収集をしている間は園子にパーティーを管理してもらうようにしている。
パーティーで一番元気な葵は意外なことに後衛タイプだ。まだダンジョンに、殺しに慣れていないことも大きいだろう。ただ、ダンジョンダイブの動機が俺と同じで後が無いというのが効いている。精神的負担に注意しながらゆっくり育てていきたい。年齢はダンジョン界隈最年少の十八歳だ。時間はある。
こうして見ると葵と園子が完全に逆なんだよね。まあ、何事もそんなに上手くはいかないってことだ。
「あ、でもこれ持ち手のところを変えないと手甲に着けられないわね」
「ほんとだ。これ、直接手で持つように出来てるな。まぁ、当然か。じゃあ、改造するまで預かるよ」
マジックバッグに収納しておく。
「そういえば今のボス討伐で『高度戦略支援地図』がレベルアップしたんだった。レベル2での追加機能があるな。えーと、光点に移動方向と速度が表示されるようになったみたいだ。今まではただの丸い光点だったけど、進行方向に矢印が付いてる。矢印の長さで速度を表しているんだな。速ければ長い矢印で、止まっている時は光点にくっ付いて身体の向きを表してるようだ」
「これはいいな! バックアタックなのか正面なのか事前にわかるぞ!」
寅吉さんが興奮しているということはそれだけ重要なことなのだろう。
「確実に裏取りができますね」
前衛メンバーの危険度が下がるのは素直にうれしい。
「ふむ。これはこれからのレベルアップも楽しみだね。君たちのスキルの使用回数が増えるのもそうだ。今で一日五回だね? いや、とんでもなく強力だ。レベルはまだまだだが、スキルだけで攻略組のクランにボス戦専用の小隊として組み込みたくなるほどの戦力だよ。末恐ろしいね」
寅吉さんが自分のことのように嬉しそうだった。まさかそこまでの力はぜんぜんないだろうが、この人にそう言ってもらえると自信になる。
彼女たちは少し調子に乗るぐらいのメンタルでいてもらいたいから、寅吉さんも時々こうしてパーティーに活気を入れてくれて助かる。
「それじゃ、裏ボス戦を終わらせましょう。みんな地図を見てくれ。ボスはオーク・キングだ。取り巻きに今ボスだったコボルト・ボスが二体、それとコボルト・アーチャーが二体だ。敵の構成はさっきと同じで全体的にレベルアップした感じだね。園子、この辺の端っこにテレポートよろしく。葵は魔杖を持ってるな。香流、魔力切れに注意。無理しないで。今日ダメでもぜんぜん構わないからね」
地図の端の方をマーキング。
「いいわ」
園子はもう準備ができたらしい。
「いつものように、跳んだら葵が【地獄炎】、そして香流の【絶対領域】だ。あとは今と同じように様子を見ながら臨機応変に。香流と園子で直接やりとりして緊急時は自由判断でテレポートしてくれ。葵もいつでも止められるように注意よろしく。敵は全て正面を向いている。俺たちは裏が取れるからテレポート後は余裕があるだろう」
全員の目を見る。自信と余裕がある。油断はない。よし!
香流を中心にフォーメーションを組む。
「行こう。さん、にー、いち、ジャンプ!」
園子の【瞬間移動】が発動して目の前に後ろ姿のオーク・キングがいる。醜悪なフォルムだ。視界の奥で青白い炎が立ち昇る。驚いたオーク・キングが炎から逃げようとしたのかこっちを振り返った。その瞬間、シャボンのドームに包まれる。炎に包まれつつあるオーク・キングが槍でドームを叩いてきた。
ガギ! ガギィン!
傷ひとつ付かない。しかし、中の寅吉さんに油断はない。静かに太刀を抜いて青眼に構えて静かに佇む。その背中の頼もしさよ。
俺は戦場全体を見るように努める。
「全員、いいぞ。そのまま続けよう。香流、魔力はどうだ」
「まだまだ大丈夫ですよ」
口調と表情に余裕がある。本当だろう。
奥のコボルト達はもう地に伏せて動かない。オーク・キングはまだ立っていたが、槍は落としてドームを素手でドンドンと叩いていた。それもすぐに力が抜けて倒れた。コボルトの赤点は緑になった。
「葵、消火」
炎が消え、地図上の温度表示がみるみる下がる。
「寅吉さん、トドメ準備。香流、オフ」
ドームが消えた瞬間、寅吉さんがオーク・キングの首筋を静かに刺した。光点が緑になる。
「討伐完了。引き続き残心にて全周警戒態勢」
ぐるりと周りを見る。異常なし。
「葵、魔石回収よろしく。寅吉さん、援護よろしく」
「任してんか!」「了解!」
葵がリュックを脱いで魔石を拾ってその中に入れていくのを横目に俺は宝箱に集中する。
「宝箱回収開始。罠、なし。開ける」
フタを持ち上げる。地図上で【魔力石】と表示されていたものだ。真円の直系十センチほどの石だ。色は青味掛かったグレーに様々な色がマーブル模様に入っていて不思議な感じだ。落とさないように拾ってマジックバッグに入れていく。合計三個あった。
「回収完了。他に落ちているものはないか周りを見てくれ」
「槍拾ったでー!」
「よし、香流の元に集合」
葵から槍を受け取ってマジックバッグに入れる。地図で簡易鑑定すると【槍:魔鉄】と表示された。コボルト・キングのドロップ品だ。
地図を第一階層表示にする。けっこうな冒険者が入って来ていた。ここは若い冒険者の練習場になっている感じだった。
「園子、任せた」
「はい。跳ぶわね。ジャンプ」
一瞬あとに石造りの部屋にいた。素早く現在地を表示。右の通路から出ればホールだ。地図上に宝箱なし。脱出だ。
【こうしえん】の経験値カウントによると裏ボスの取り巻きだったコボルト・ボスはボスとしてカウントされてなかった。残念。
「よし、帰りましょう。右手が出口方向です。行軍フォーメンションでよろしく。ゴー」
寅吉さんが一瞬、うしろを振り返りフォーメンションを確認してから進み始めた。
部屋を出てちょっと行った通路にも冒険者がいる。
「通るぞ! 道を開けてくれ!」
寅吉さんが早めに声を掛ける。刀は納刀してある。右手は降ろして左手を腰に当てている。こっちより向こうの方が警戒していたが、こっちに女性が多いのを見て若い冒険者の肩の力が抜けるのがわかった。
「相手が女だからってあからさまに力抜くなよ」
そう声を掛けると驚いたような顔をしたあと「あざっす!」と礼を言ってきた。片手を上げて応える。前では寅吉さんが「通るぞ!」と声を掛け続けていた。だんだんと若いやつらが早めに左側に寄るようになったのでそのまま自然と左側通行になる。俺は最後尾で礼を言うように片手を上げ続けていた。そのうち、向こうも軽く片手を上げるようになった。それを見て前を歩く女性陣も右手を軽く上げ始めた。
後方からも「通ります!」と声が聞こえ始めた。寅吉さんも「通るぞ!」と声を掛けながら左手は腰、右手を軽く上げる答礼を始めた。すぐにすれ違うパーティーも同じポーズを取るようになった。後ろでは先頭が「通ります!」と言って、後に続くメンバーは上げた右手で「イェ~イ!」とすれ違う見知らぬ冒険者とハイタッチしていた。なんだこれ。
それからしばらくして、川崎の若者が始めたというダンジョン内で友好的にすれ違うパーティーの作法として、この「KAWASAKI-Style」が爆発的に全国、そしてやがてSNSの投稿動画を通じて日本らしい方法として世界に広まっていくのであった。
【パーティー名:Renegades】
L:星名千里:SEN(Lv12→13)【高度戦術支援地図】Lv.2/5(Exp.1/5)
2:寅吉勝利:タイガー(Lv.65)【剣術】
3:岩沙香流:クローザー(Lv18→19)【絶対領域】3/6/Day
4:西宮園子:マネージャー(Lv14→15)【瞬間移動】3/6/Day
5:川下葵:エース(Lv12→13)【範囲攻撃魔法:地獄炎】3/6/Day




