第51話 もう戻れない
園子のテレポート回数が心もとないので今日も昼前に仕事終了。一度行った階層の地図は【こうしえん】にセーブされていることがわかったのが大きかった。
ボス戦の前に隠し部屋と宝箱確保。ボス攻略が進まないが、高額アイテムの確保は嬉しいし、それが目的なのだから文句は無い。俺たちの正体がバレる前に稼げるだけ稼ぎたい。バレたらどうなるかはわからないけれど。
明日はボス戦まで行けるかな? さて、今日の昼飯はどうしようか。
「昼前に終わったわけだけど、今日はどうしようか」
「昨日と同じでランチ食べて帰るんとちゃうの?」
「それでもいいんだけど、鑑定どうする? えーと、渋谷で鑑定するなら早めに移動した方がいいし、今なら帰っても寅吉さんは奥さんと昼が食べられるし」
「ああ、わたしのウチのことを気遣ってくれたのか。ありがとう。だが夜はともかく昼は気にしないでくれていいよ。いつも誘ってくれて楽しく食事させてもらっているし、ほら、駅前っていろいろ店があるだろ? 妻も妻で気兼ねなくやれる時間が持てて喜んでいるんだよ。最近では昔の同僚や友人とも楽しんでいるらしい。都心に出て来て、しかも、懐に多少の余裕もあるからね。良い時間を過ごさせてもらっているよ」
なるほど。此花ちゃんが新しい幼稚園が始まるまでの春休みで一緒にいられるし、主婦として楽しく昼の時間を過ごしているらしい。
寅吉さんは最近は積極的に有給消化に入っている。本人は思うところがあるようだが、制度は制度なので使わないとならないらしい。それはそれで小さい子と一緒にいる時間も増やしたいだろうに、この人も俺たちに気を遣っているのかもしれない。
押し問答してもコントになるだけだ。
「よし、じゃあ今日も横浜でおしゃれランチにしよう。好きな店を決めていいよ」
今日は冒険ジャケットも脱いで私服の上着を着て助手席で女子の着替え&化粧待ちだ。地元のFMラジオを流しておく。
「うわ。寅吉さん、これ知ってましたか?」
スマホの画面を寅吉さんに向けた。
「え? 昨日は二十グラムの金貨一枚が二十五万で合計五百万円って言ってたよね?」
「はい。純粋に金の相場と重さの話なので、最高五百万円っていうことでしたが」
「なになになに? 五百万行かへんの?」
「きゃー! 葵! なにやってんの!」
慌てて前に向き直る俺と寅吉さん。一瞬だけ着替え中の様子が見えた。今は葵がカーテンの隙間から首だけを運転席側に出している。こいつ、首から下が下着姿じゃないか。
「怒らへんから言うてみー。なんぼやったん?」
俺は振り返らずにスマホの画面だけを葵に見せた。
「えっとー。二十グラムのダンジョン金貨? 一枚の買取価格がー、いちじゅうひゃくせんまん、じゅうまんのとこが五? ちゅーことは五十万? 合ってるこれ? あれ? 元がなんぼやったっけ? 園子ちゃーん」
首が引っ込んで行った。後ろからは「あなたねー」と園子の小言が始まった。そりゃそうだもっと言ってやれ。
「あいつには羞恥心というものが欠けていますね」
「若さ、というか自信なのか」
自信? あぁ、確かに。葵は背は低いし、それに多少のコンプレックスがあったみたいだが、今はすっかり気にしなくなったようだ。最初の頃、それが発覚してから事あるごとにそれは全く気にする必要のない個性だと訴えた。香流は逆に背が高いことを気にしていたので、同時にそれも否定しまくった。
実際、それはまったくの杞憂だと思っていたから本心からそう言えた。君たちは美しい、可愛い、それはそれぞれの身長と体格、プロポーションのお陰だと。今の時代、外で大きな声では言えないが、君たちは生まれ持ったものが他の女性とは違うんだと。他人がうらやむポテンシャルと、それを充分に活かす努力をした結果だと。
葵の背の低さを気にする男は馬鹿だ。いたら無視していい! お前の女性らしさは男を寄せ付けるから今後の人生、武器にするならいいけど、おもちゃにされるようなことのないようにだけ気をつけるんだ。香流? 香流の方がなんだって?
香流、葵がこんなこと言ってるぞ。「葵ちゃん。葵ちゃんの胸の美しさに私は嫉妬していますよ」葵、わかったか。どんな人でも他人に対しては羨ましいところがあるもんだ。俺があと五年も若かったら葵を隣に一緒に街を歩けたら有頂天だったぞ。俺はこんなに無駄に背が高いからな。背の低い彼女は気にならないぞ。葵はどうだ? 俺みたいにデカいの嫌だろ? いいんだ! わかってる! え? 嫌じゃない? ほんとかぁ? ちょっと並んでみろ。あー、やっぱりいいな。小さい女の子。それだけで可愛いわ。今はキモいとか言うなよ! そうか、ならいいんだ。香流? 香流の背の高さはな、武器だ。たしかに! 諸刃の剣では、ある! でもな、どんな男でも、背の高い女の子は憧れだ。もちろん容姿次第だろう。ぶっちゃけな? その点、香流は文句なしだろ。実際だな、俺は香流にハイヒール履かれて隣に立ってもらって、一緒に歩いてもらったりしたら、お前、そんなの夢の中の話だろ。デカくて怖がられるだけの俺が自分より背が高くて綺麗で可愛い女の子が隣にいるって想像してみろ。そんなのお前、夢叶った瞬間だろ。え? いいのか? なんか、悪いな。催促したみたいで。無理しなくていいんだぞ。そうか? それじゃあ。あ、園子、写真撮ってくれるのか。ありがとう! うおー! すごいな! 俺が俺より背の高い美人と並んでるぞ! あはははは。これはヤバいな! 二人とも最高だな! ん? 園子? 園子は完璧じゃないか。葵、お前知らないだろ。園子がどれだけモテるか。こんなに美人で頭良くて、テキパキなんでも出来て、家庭料理も激ウマで! 性格まで良いんだぞ! なあ、園子、受付嬢の中でも指名率最高だったろ? 違うって? いやいや、それはアレだろ? 園子が相手を選んでたからだろ? ほらー。な? わかるって! そんだけいい女なんだから。俺も一応歳だけは取ってるからな。人を見る目はそれなりにあるぞ? 経験はまあ、アレだけど。俺、人材派遣会社だったからさ、いろいろ人は見てきたから。え? 女性の担当? やってたよ。連絡? 個人の連絡先は教えちゃダメなんだよ。そーそー、よく知ってるな。毎日会社に誰かが相談に来るからな。まぁ、俺が仕事先を紹介したのに彼女たちが悩んでしまってたらな、責任は感じるし。夜はダメだけどランチならまあ偶然会った的な話にも出来るからな。お陰で毎日二人分のランチ代でずっと金欠だったわ。わはははは。その代わり夜の飲みの誘いなんか行けるわけもなかったからな! 金が無いから! あはははは。そもそも残業で帰れないし。遅くに帰って配信して遊んでたんだよ。わはははは。
なんか三人にめっちゃ同情された。会社が悪いんであって俺個人は何も悪くないとか、男は背が低いよりは高い方がいいとか慰められた。お前らおじさん慰めるといろいろお得になるぞ? まあ、でもこの歳にもなると若い子をどうしようとか思うだけで犯罪っていうからな気をつけるよ。
ってな感じて葵も香流もコンプレックスの話はしなくなったし、香流はオフの時には実は履きたかったというヒールも使い始めた。葵はご飯が美味しくて胸がキツくなってきたって言ってた。その代わり運動し始めたから洋服のウエストが緩くなったって言ったら園子が呆れていた。
今日は横浜オシャレホテルブュッフェで夕方近くまで楽しく過ごした。寅吉さんも初めてのホテルブュッフェに感動していた。そう。高級料理食べ放題だ!
「で? 結局金貨ってなんぼやったん?」
葵は後ろに戻った瞬間から園子の説教をくらったために査定額を伝える間も無く金額を忘れたらしい。
隣に座った葵が顔を寄せて聞いてきた。食事もデザートも歓談も終わってそろそろ帰ろうかというタイミングだ。
「えーとな、今だと二十グラムの金貨一枚が最低五十万円だ。これが最低の価格としてキープされる。で、あとはもう完全に趣味の世界だ。オークションに出すなら最終的にどうなるかはわからない。二十枚あるから最低で合計一千万円スタートだ」
「まったく我ながら呆れるわよね。千里のせいでもう普通のOLには戻れないわよ」
「そうだな。俺も公務員はもう無理だな」
寅吉さんがダンジョンに行き始めてから口調といい若返ってきている気がする。




