第50話 I Feel
翌日、午前の早い時間にみなとみらいダンジョン第三階層到達。
ダンジョンホールに降りた瞬間、第三階層までの地図がセーブされていることがわかってホッとした。
葵が「普通ちゃうん?」と言ったが、その補償はなかった。元々の地図にそんな機能は無いのだ。
第三階層までは俺たちでも実力で余裕を持って降りられるので、テレポート回数に余裕を持たせるために脚立を担いで歩いて向かった。その異様な姿に周りの冒険者との距離が広がった。
合コンパーティーを避けるため早めに行動したのが功を奏した。なるほど、ここに真面目に稼ぎに来ているパーティーはこの時間に入っているのか。みんな浅い階層は寄り道することもなく、ジョギングのような速度で進んで行く。
脇道に逸れてまずはスイッチのある部屋に入った。地図を頼りに昨夜検討したスイッチの位置を割り出す。
「ということは少し左寄りに脚立を立てた方がハンマーで叩きやすいかもしれませんね」
「なるほど。ほんの少しズラしてみようか」
脚立を少しズラしてから寅吉さんが上る。ハンマーを構える。
「これかね?」
「はい、それです。違うようでしたらその辺りの岩を叩けばいいと思います」
昨夜、園子が作った動画をリビングの異様にでっかいテレビで見ている時に葵が気が付いた。画面には槍で岩壁を叩く寅吉さんのヘルメットカメラの映像が流れていた。
「あれ? 今んとこ、なんか変やな?」
「ん? どこがだ? 園子、ちょっと戻して見せてくれ」
葵のひと言で、デブリーフィングの一環として一緒に見ていた寅吉さんも含めて全員が画面を食い入るように見る。3回見直したところでみんな降参した。
「葵、どこが変なんだ?」
「いや、変やろ。そこだけ岩が削れてないやんか」
それは寅吉さんが二回目に壁を叩き直しているところだった。今回は優しく触るようにという話だったが、一回目にあまりにも反応がなかったため、二回目は少し強く叩いていたのだ。そのせいで叩くたびに少しだけ岩壁が削れて砂や石が落ちるのだが、その場所ではまったく何も削れた様子が無いと言うのだ。
葵に指摘された後に数回見てやっとわかった。
「ホントだ。たしかにこの岩を叩く前後とでは破片の落ち方というか舞い方というか、違うように見えてきたな」
「これはわからないわよ。というか言われてもよくわからないわ」
「なるほど確かにそうですね。これは才能ですね。ああ、わかります。こう言う時はそう処理すればわかりやすいのですね。勉強になりました」
これを見て学習出来るのか? 次は同じことが出来るってこと? 香流の言ってる事の次元が高過ぎてよくわからないな。
「葵くん、お手柄だね」
最新ヘルメットの高精細度カメラと香流の家のリビングにあったこのわけのわからないデカさの高解像度テレビのお陰だ。
葵の指摘から園子が撮影した写真に当該の岩をマーキング。明日はここを重点的に攻めることを決定して解散就寝した。
さぁ、いよいよ本番だ。
「はい、その岩です。じゃあセンいつでもいいわよ。テレポートポイントも把握してるわ」
「ではみんな、昨日と同じ段取りで。エース、さっき復習した通りだ。集中しよう。モンスター、他の冒険者なし。マネージャー。レディ、ゴー!」
テレポートで扉の前へ。葵と並んで扉がある壁の前で待機。頭の中でもう一度段取りを整理する。俺が宝箱を開ける。家から持ってきた園子が所有していた口の大きく開いたカゴのようなものは葵が設置する。カゴはポプリを入れるカゴと言っていたがよくわからない。芳香剤的なやつのことだよな?
リュックは香流に預けてある。俺の勘が正しければ蝶番付きの宝箱だろう。
『こちら準備完了。それではタイガー、お願いします』
タイガー:了解。
『さん、にー、いち、ゴー』
『動いた! 次、思い切りいく!』
「来るぞ!」
その場のメンバーに声を掛けた瞬間、扉がゴロゴロと音を立てて上がり始めた! これは時間切れで一気に落ちて閉まるパターンか?
「いち! に! さん!」
ナイス! 扉が上がり始めた瞬間に香流がストップウォッチをスタートさせた!
『寅吉さん、開きました! 行動開始します!』
扉に近づいてしゃがみ込むと葵も真似をした。覗き込むと暗い部屋がヘルメットライトに照らされ、宝箱の下部が見えた。
小柄な葵が先に潜る! 続いて俺も手と膝を着いて暗闇の中に潜り込んだ。
「しち! はち! きゅー!」
すぐ後ろから香流の声が聞こえる。扉の目の前まで来て中を覗き込みながら声を掛けてきている。声を聞くだけで外との繋がりを感じて安心感が湧いてくる。
まだ暗い洞窟の部屋に置かれた宝箱に縋り付いて、思った通りだと思いながら蝶番をひねって一気に宝箱を開けて中を照らす。隠し部屋の中はもうだいぶ明るいが、宝箱の中は影になっていてライトがないと何も見えなさそうだった。
そして、底には二人のライトに照らされて金色に輝くコインが並んでいた。
「葵、焦るな、ゆつくりと拾え」
そう言いながらも手早くコインを拾ってカゴの中に置いてゆく。
「残り二十秒!」
ナイス香流! わかりやすい!
「まだ二十秒もあるぞ。焦るな」
半分は拾い終わった。二人で作業してる甲斐があった。
「あと十! 九! 八! 七!」
最後のコインをカゴに入れ終わった!
「葵! 出ろ!」
叫びながら宝箱の中をもう一度照らす。何も無い。中身をこぼさないようカゴを水平に持つ。
「三、にー!」
出た!
「残り十一秒」
『回収、脱出、完了! 全員無事、寅吉さんそちらはどうですか』
タイガー:おめでとう。問題ない。
「三、二、一」
ドズン!
扉が一気に落ちて閉まった。処刑台のギロチンのようだった。
『園子、準備は?』
『千里、第一階層の地図をお願い』
微笑みながら優しい瞳で俺を見ている園子が目の前にいた。興奮している精神が園子の顔を見ることで落ち着きを取り戻していく。
深呼吸をひとつ。いかん、いつの間にか本名呼びにもなっている。苦笑いが出る。
『園子、ありがとう』
園子にだけ遠話で話し掛けながら地図を第一階層に切り替えてホール近辺にズーム。モンスターと冒険者の表示オンはデフォルトにしてある。そして、
「光っとる!」
宝箱だ!
『第一階層に宝箱出現! 園子、五人全員で宝箱前に!』
『行けるわ!』
『ゴー!』
次の瞬間、目の前に宝箱がある!
「五人おるで!」
葵が点呼してくれた。助かる!
俺はカゴを香流に渡して宝箱に集中。周りはもう見ていない。今は索敵は仲間の仕事だ。ここは狭いマップに冒険者がひしめいている。急げ!
『罠、なし!』
「敵影なし!」
寅吉さんの声だ。焦らなくて良くなった。ただ、この宝箱がいつ消えるかわからないので早く回収しなければならないことに変わりはない。
「開けます」
蝶番が無かったので貴金属、素材ではなくアイテム系かなと思いながら開けた。
中には透き通る紫色の液体が入った細長いガラス瓶が五本入っていた。マジックバッグの収めてあるメッセンジャーバッグを開けて、瓶を一本ずつ丁寧に収納。
回収後にもう一度中を見て確認。宝箱は次の人に回収済みであることを知らせるために開けたままにしておく。
「マネージャー、いける?」
「いつでも」
「よし、いこう」
洞窟の部屋にいた。目の前にあった宝箱はもうない。地図を確認。すぐそこにホールがある。香流からカゴを受け取ると金貨をマジックバッグに一枚ずつ丁寧に入れた。寅吉さんからハンマーを受け取ってそれもマジックバッグに。香流からリュックを受け取って背負う。
「出よう。タイガー先導よろしく。ゴー」
「ゴー」一回は通常歩行の並足行軍開始の合図だ。「ゴーゴー」で無理のない駆け足程度の少し早い行軍。「ゴーゴーゴー」で急げ! となる。
前衛の寅吉さんは武器を持つので園子と香流で脚立を持つ。身体強化が入っているので重さは気にならないはずだ。
これからダンジョンに潜ろうとする冒険者たちとすれ違いながらホールに戻る。変に早い時間に帰ろうとするデカい脚立を持ったおじさんと若い女の子のパーティーは目立ってしょうがない。ホールに戻ると同時にバイザーに色を入れる。
『みんな、バイザーに色を。俺たち、だいぶ目立ってる』
『ホンマや。やっぱ脚立は目立つわな』
相変わらず俺におんぶされている葵が背中で呟く。
デカい脚立と三人の女の子はロビーでも注目を集めたが完全無視を決め込んでクールダウン。が、やはりちょっと早めに退散して車に戻る。
「ま、まあ、車内でもクールダウンできるからね」
さすがに脚立は俺と寅吉さん二人で運んだ。クールダウンを早めに切り上げたので寅吉さんも少しキツそうだ。
運転席を倒して目を閉じている。朝も早かったしね。
俺も今は後席にいて、スライドドアを入ってすぐ目の前の二人掛けシートに足を投げ出して座っている。
「マジックポーション、出ましたね」
すぐ左耳の後ろから落ち着いた艶っぽい声が聞こえた。気怠さを含んだ色っぽい声に脳が溶けそうになったが仲間のいる空間だと気力を奮い立たせる。
「そうだね」
左後ろを振り返ると思わぬ近さに憂いを含んだ超絶の美貌の微笑みがあって心臓を掴まれた気持ちになった。うまく微笑み返せただろうか。
俺は地図でこれがマジックポーションなことは確認済みだったが、魔力を回復するマジックポーションは貴重だがそれなりに出回っているし有名なアイテムなので見た目でも判断できる。
「うん、どうしても欲しかったからね。今回、ボス戦を前に一本は買っておくべきじゃないかと思ってたんだけどさ。これは嬉しいね。次のボス戦からは必ず一本は香流に渡すから。忘れてたら教えてくれ」
「はい、必ず」
そう言って美貌が離れていった。惜しいようなホッとしたような複雑な気持ちになった。そのまま視線を後ろに向けると園子と葵がぐったりと目を閉じていた。
俺はノロノロと立ち上がると目の前の車両備え付けの冷蔵庫を開けて炭酸飲料を抜き出す。
「誰か飲み物いるひとー」
プシュっと炭酸のフタを開けながら声を掛けると園子の手が少し上がった。
「園子、なにが欲しい?」
ダイエットコークを喉に流し込む。炭酸の刺激と程よい甘味で細胞と神経が活性化されそうだ。もちろん気のせいだが、クールダウンは実際の肉体回復よりも、精神的な回復の方が大きく影響する。
「今の音聞いたら久しぶりに炭酸飲みたくなったわ。少し飲みたいだけだから千里の持ってるそれちょうだい」
自然と笑顔になる。言うことが可愛いと思った。俺が飲んでるところは見ていたはずだ。香流が俺を見てにこやかに右手を伸ばす。飲みかけのコーラを渡すと香流がひと口飲んだ。香流がジュースを飲んでる姿は見たことがなかったから珍しいと思った。
「ふう。おいし」
そう言って園子に手渡す。
「もー。いつも飲まないくせにー」
笑いながらそう言って受け取る園子がゆっくりとペットボトルを傾けた。
「寅吉さん、なにか取りましょうか」
「すまない。スポーツドリンクを頼むよ」
寅吉さんにペットボトルを渡して振り返ると葵がコーラを飲み干すところだった。
「なんだよ。まだひと口しか飲んでなかったのに」
笑いながら言うと葵が言い返してきた。
「美人の間接キスやからありがたく受け取っといてやー」
「いや、キスしたの君らであって俺じゃないだろ」
「おーおー、園子ちゃん、聞ぃた? えらい言われようやで。モテる男は言うことがちゃうなー」
訳がわからん。こいつはもう少しクールダウンが必要なようだ。新しいコーラを取り出して喉を鳴らす。飲み終わったペットボトルを回収するために脚立を避けながら後席へ歩いて葵に手を差し出して空のペットボトルを受け取る。
無言で園子が手を出していた。なんだ?
「ああ、これか。葵が全部飲んじゃったから飲み足りなかったのか?」
そう言ってまた飲みかけのコーラを渡した。園子が嬉しそうにニコリと笑った。
前に戻って空のペットボトルをゴミ袋に捨てる。寅吉さんのも回収する。
「お代わり欲しい人は?」
香流のリクエストにフタを緩めた水を渡す。俺はどうしようかな。もういいか。ライトアーマーを外す。外した装備を最後部の荷室に置くためにリュックも持って再び後部へ。園子が横にズレてくれて荷室に装備が置けた。アーマーと盾の装着された手甲、グローブを外せばもう運転に支障は無い。
ふと横にいる園子の手元を見るとまだコーラが残っていた。視線に気付いた園子がコーラを渡してきた。礼を言ってそのまま園子の隣に座って飲んだ。




