第49話 バランスは大事
クールダウンを終えて車内へ。落ち着いて休める移動拠点が便利だ。カーテンで仕切れば着替えも問題ない。園子が自分と寅吉さんの撮影データをパソコンに取り込んでいる。
「みんなお疲れ様。まずは寅吉さんの感想を聞かせてください」
「そうだな。あとで映像を見てもらえばわかるが、ただ壁を叩いているだけだね。手応えはなかったよ」
「触ったり、軽く押せば反応するようなスイッチではなさそうですね。さっきも言いましたが、マジックバッグを入手した時は槍の石突で思いっきりぶっ叩きました」
「そうするとここもそのタイプかもしれんな」
香流と葵の感想も聞いたが『叩くしかない』という話にしかならなかった。
「じゃあ、今日はホームセンターに寄って脚立とハンマーを買って帰りましょうか」
「ダンジョンの中を脚立を持って歩くんはなかなか大変そうやな。マジックバッグにもっとデッかいのんが入ればよかったんやけどな」
「マジックバッグを持ってるだけでも贅沢な話なんだけどな。さて、今日はもう園子のテレポートが使えないから仕事はおしまいだ。昼ごはんでも食べに行って気分転換でもしようか」
「はい。こちらがリストになりますよ」
香流からスマホに近場のお店リストが転送されてきた。
「おお、すごいなこれ。わかりやすい。香流、ありがとう」
「これは園子さんが作ったリストですからお礼は園子さんまでお願いしますね」
「いつの間に用意したんだ?! 園子はさすがだなぁ。ありがとう。まったくうちのパーティーメンバーは優秀な人たちばかりでまいっちゃうなぁ」
「せやで兄やん、ウチらのこと大事にしーやー」
手ぶらで帰ったことなんかまったく気にしていないような笑顔で葵が俺を見ていた。
「もちろん。大事にするよ。えーと、お、そうか。中華街も近いんだな。これは何を食べるか迷うなぁ。大事なお嬢様方、お望みを叶えますからリクエストをどうぞ」
女性陣にお任せしたら、せっかくオシャレな街に来たということで、オープンテラスのあるイタリアンになった。ヤバい。俺と寅吉さんが浮きまくりそうだ。こういう時はおじさんは開き直るしかない。
寅吉さんに「家族で来た時に案内したらカッコイイですよ」と耳打ちしたら「勉強のために」と覚悟を決めたようだった。おじさんだけで行くのもそうだろうが、若い女性たちと一緒なのもそれはそれで恥ずかしいよね。
男は車内で防具を脱ぐだけだから一瞬で準備が終わるが、女性たちはそうはいかない。しっかりと着替えを持って来ていた。こういう時も広い車内は有効だ。
「あの写真見ちゃったら早くキャンピングカーが欲しくなるわね」
「あれ、おもろそうやったもんなぁ」
カーテンの向こうからそんな声が聞こえてきた。屈託のない話し声に前回のダンジョンの影響が無さそうだとわかって安堵した。彼女たちは乗り超えられただろう。俺たちはもうダンジョン発生前の人々とは違う倫理観の人間なのだろう。それは人類にとっては決して良い方向の進化では無いと思う。人の命が軽くなったことになんとなく疑念が湧いた。
「そういう話になっているのかね?」
運転席に座る寅吉さんの声にネガティブになりそうな思考が中断された。えっと、なんだっけ? あっ、キャンピングカーの話か。
「車を探していた時に出た話ですね。キャンピングカーが意外と安くて便利そうだったんですよ」
そう言って中古車のリストに上がっていた大型のキャンピングカーのサイトを寅吉さんと共有した。
「ほほう。なるほどね。これはまぁおもしろそうだな」
「これに乗って全国のダンジョンを巡るのもいいねっていう話だったんです。ハイエースクラスのカスタムキャンピングカーや、もっと小型のものもいろいろありますね」
そう言うと寅吉さんは黙って真剣な顔でスマホを眺め始めた。
着替え終わった華やかな春の装いの美女たちを伴って、桜咲くみなとみらいの街を歩きながらおしゃれイタリアンレストランに入る。思ったほどおじさんに厳しい店ではなかったのが幸いだった。俺と寅吉さんを見れば冒険者パーティーであることはバレバレだから、ダンジョン探索ついでにパーティーでこういう店に来てもそこまで変ではない。ただ、どうしてこういう構成のパーティーなのかは、やっぱり謎に思われるだろうなぁ。
「いやー、やっぱりヨコハマはめっちゃおしゃれやなー。ピザもパスタもサラダもめっちゃおいしそうやし」
「そうだなぁ。日本有数の若者がデートしに来る憧れの場所だもんなぁ。ダンジョンの中があんなことになるのもわかる気がしてきたよ」
「お? 兄やんもダンジョンで合コンやってみたなったん?」
「今さら合コン? 俺はいいよ。合コンとかよくわからんから」
「え? 兄やん大学行ってるんやろ? 合コンなんか毎日やるんちゃうん?」
「毎日なんかやらないよっていうか行けないよ。そんな金どっから湧いて来るんだよ。それに行っても大しておもしろくもなかったしな」
「なんでや。兄やん、背ぇ高いし、痩せてるし、顔かてエエんやからモテモテやったやろ」
「どうした葵? おかしくなったのか? 俺を持ち上げたところで何も出ないぞ? だいたい、俺がモテるわけないだろ。合コンはな、行っても話が合わないしな。ま、楽しいっていう人もいるし、人には向き不向きがあるってことだろうな」
「うーん。兄やんは合コンが向いてへんかったんかなぁ。でも彼女ぐらいはおったんやろ?」
「ええ? おじさんの昔話なんかこの世で一番つまんないんだからやめとけ。そんなことより自分の今を大事にしろよ」
「いや、だいぶ大事にしてるで?」
「まぁ、こんなところでしょう」
「そうね。葵ちゃん、よくがんばったわ」
高校の終わりから会社が潰れるまでの俺の話なんか面白いことなんかひとつもありゃしない。大学時代、彼女がいたこともあったが、結局うまくいくわけなんかない相手だった。合コンのようなその場のノリだけでどうこうしようとする連中の気持ちも理解出来なかった。お互いを理解しようともしない相手と一緒にいる時間ほど空しいものは無いだろう。
「はい、千里。カルボナーラ好きでしょ」
「お、園子、サンキュー。あ、すまんな。今時は女性に取り分けなんかさせちゃ怒られてしまうよな。気が利かなくてすまん。ちょっとボーっとしてた」
「え? ああ、わたしそういうの気にしないっていうか。家族で普通にやってたことだし、そういう風潮だって言われてもピンと来ないわ」
「園子ちゃんはやっぱカッコええなぁ。ウチも園子ちゃん見習ってカッコよーなろ思てるんよ」
「だよな。わかる。園子はカッコいいよな。あ、すまん。女性にカッコいいは変だな。いや、園子は普通に美人だしな。いや、これもアウトな発言か、すまん。あ、でもそうだ、葵、一番最初に園子に会った時も凄かったんだぞ。俺が出した魔石をな、それは売るなとは絶対に言わないんだ。でもな、目が言ってたんだよ。手放しちゃダメだって。その目を見てこのひとは信じられるってわかったからな。だから俺の秘密を打ち明ける気になったんだ」
「ほえ〜。やっぱり園子ちゃんカッコええなぁ。ウチは思ったことすぐ言うてまうからなぁ。もっと園子ちゃんのこと見て真似せんとなぁ」
「そうだな。葵だって俺たちの誰も持ってない素晴らしいものを持ってるから自信持っていいんだぞ。だけどまあ、園子の良いところを真似するのはアリだな。良いところがあり過ぎて真似するのも大変だろうけどな! わはははは」
「わはははは! 兄やん、やっぱりおもろいわぁ!」
「あらあら。園子さんが困ってますよ」
「さささ冷めるから早く食べなさい!」
「おー、やっぱり園子ちゃんはウチらのおかんやな」
「葵! 聞こえてるわよ!」
「がっはっはっは」「わはははは」
おっさんたちの笑い声が響いた。
テラス席にして良かった。ここなら賑やかになっても他の客に迷惑は掛からないだろう。そして俺はパーティーリーダーとしてバランスを考えねばならない。
「葵、香流の真似はどうだ」
「香流ちゃんかー! 香流ちゃんは真似するのめっちゃハードル高いで」
「そうだなぁ。確かにそれはわかる。でもな、香流だって生まれつきこんなに素敵だったわけではないと思うぞ? 話し方や他人へのリスペクト。気付いてるか? 香流は相手が店員であろうと歳下だろうと決して話し方を変えないんだ。必ず敬意を持って接している。俺は見習うべき事だと思って、実際それを心掛けるようになったよ」
「あら? 千里さんは私から見ても最初から、そう、配信をされている時からそのようにされていましたよ? 初めて直接お会いした渋谷の居酒屋でお話した時から気になってましたから。ねぇ、葵さん。話し方が丁寧だからあっという間に店員の女性に気に入られて仲良くなってましたものね?」
「あー! あったなあ! そういうん! それやったらあれや、雅代ちゃんもそうやんか! あれ? ほんなら園子ちゃんも」
「だから! 早く食べましょう! 作っていただいた方にも申し訳ないわ!」
よし。みんな仲が良くてリーダーとしてこんなに嬉しいことはない。最初は女性が多くてどうなることかと懸念したが、本当にメンバーに恵まれたな。寅吉さん含め、こんなに大金が動いて、もちろんみんなそれが大きな目的であるにも関わらず、こんなにおおらかに話し合えるなんて奇跡のようだ。
食後にお茶を飲みながら今後の予定を話し合う。
「じゃあ、帰りはホームセンターに寄って脚立とハンマーを買って帰ろう。みなとみらいには脚立を選べるようなホームセンターは無さそうだよな」
「あ、それならココで買えるわ」
園子がパーティーチャットにホームセンターのサイトを共有してきた。相変わらずの仕事の早さだった。
そしてホームセンターに似合いすぎる車で乗り付けると、寅吉さんが安定して乗れる脚立を選ぶ。同時に片手ハンマーも購入した。ハンマーはマジックバッグに入ったが、脚立はどうにもならない。車内の真ん中を通すように積んで帰った。むしろこのデカい脚立を運べる車に乗っていることがすごい。
さぁ、明日はみなとみらいダンジョンにリベンジだ。




