第47話 みなとみらい
引越しから十日あまりが過ぎようとしていた。荷解きも終わり、生活にリズムが出てきた。
室内も落ち着いてきたが、まだまだ自宅な感じはしない。大人が四人もいるのに誰も働きに出ていない現実がまだ夢の中のようだ。
高層階から遠くの富士山を眺めながらコーヒーと手作りのハムエッグサンドを食べてしばし茫としていた。手前のテラスでは園子と葵が準備運動をしていた。
車両を購入したこともあり、納車までは新生活に馴染むために休暇とした。最後のダンジョン探索以来、この二週間ほどダンジョンには行っていない。無理にでもすぐに潜っておくべきだったかもしれないと不安は常に頭をよぎる。だが、時間があったお陰でだいぶリアルのダンジョンについて勉強することが出来た。
リビングから出られる広大なテラスでは、一週間前から始まった寅吉さんとの朝練のために葵と園子が準備をしている。俺と香流も朝食が終わり次第参加予定だ。
「香流、朝食ありがとう。朝からこんな豪華で美味しい食事が出来るとか。俺の人生どうなってんだろうな」
「ふふふ。大げさですよ。大したものじゃないですし。千里さんこそいつもコーヒーありがとうございます」
「いや、俺の料理なんて酷いもんだからね。香流と園子の料理を食べられる俺は幸せ者だよ。コーヒーこそ大したことないよ」
飲む人数が増えたので大きめの結構良いコーヒーメーカーを買った。豆は今、いろいろ試し中。出来ればみんなが好きになるやつが良いんじゃないかと模索してる。
昨日、車両が納車された。十人乗りの、よく職人が現場に向かうのに乗っているやつだ。さすが冒険者機構が絡む特権システム。仕事が早い。今日は鍛錬後に慣らし運転がてら横浜みなとみらいダンジョンへ行く予定だ。目標は第五階層のボス討伐。
みなとみらいダンジョンは現在の到達階層は第二十三階層だ。到達階層が深くないのは、下層に行くにしたがってマップが広がっているせいだ。逆に上層階は狭い。
俺たちはとにかくボス戦を熟したい。ボスを討伐すれば園子の【瞬間移動】の使用回数が増やせる。そうすれば宝箱に飛んで回収するだけの簡単なお仕事が成立するからだ。とにかく園子の【瞬間移動】と【高度戦術支援地図】の相性が良過ぎるという考えに至った。
そして葵と香流のふたりがいることでほぼ無敵状態が作れる。あとはひたすら潜ってデータを取る。俺たちのレベルも上げたい。レベル上げはそのまま生存確率の上昇になるからだ。特に香流の魔力量を増やしたい。魔力使用量軽減の効果が得られるクリスタルが手に入れば、それでも【絶対領域】の継続時間が増やせる。場合によっては香流用のワンドの購入も要検討だ。
「よし、そろそろ寅吉さんも来るころだ。準備しよう」
食器を食洗器に入れてテラスに出て準備運動をしていたら寅吉さんが来た。
「おはようございます。今朝もよろしくお願いします」
「うん。おはよう。よろしく。さて、昨日までのおさらいだ。我々はダンジョンに潜るとレベルに応じて身体能力が上がる。能力の上がり方には個人差がある。足が速くなったり腕力が強くなったりいろいろなパターンがある。持っているスキルとの相性が良いと相乗効果を生んで非常に高い効果を発揮する場合もある。そうじゃなくても必ず全体的にパフォーマンスが上がるので、レベルアップは積極的にすべきだ」
「俺たちは運動系のスキルじゃないから相乗効果の方は期待薄ですね」
「残念ながらそういうことになる。だが、レベルアップにおける身体能力の強化は必ず発生するからね。素の自分をいかに強くするかというのはとても大事なことだよ。能力の上昇の仕方によってはスキルに匹敵する効果を得られるかもしれないしね」
今朝は槍の訓練を集中的に行った。最後に少し剣の練習。寅吉さんと対峙するとわかる。強い! と。簡単には打ち込むことができないほど圧倒的な何かを感じる。
「さて、今朝はここまでにしておこう。ダンジョンに行く日にはまぁ、準備運動程度で充分だろう」
「ありがとうございました!」
四人で並んで礼をする。
ウチは下の階、玄関を入って最初の部屋が冒険装備の準備室になっている。自室で冒険者服に着替えたあとは準備室で装備点検。香流はフルアーマー一式を大きなキャリーケースに収納していた。みんなでそれを真似て準備は昨夜のうちに完了している。ゴロゴロとケースを運んで地下駐車場へ。車両後部を開いてキャリーケースを入れる。上で引っ張り上げるのは俺の仕事だ。装備を搬入していると寅吉さんがやってきた。今日は寅吉さんは休日だ。この時間、奥さんは此花ちゃんの幼稚園登園のお見送りだろう。
全ての装備を載せて出発。運転席には寅吉さん。途中、高速のパーキングエリアで運転を代わる予定だ。もちろん、俺の練習のためだ。
第三京浜経由でみなとみらいへ。高速に乗ってすぐ、都築パーキングエリアで運転手交代。でっかい車両サイズに閉口する。だが、意外と運転はしやすい。さすが世界に誇る国産メーカー。すぐに仕事で使っていた時の勘が蘇って来た。
観覧車を見ながらみなとみらいダンジョンの駐車場に到着。ナンバー読み取りで登録車両と判断されれば優遇措置アリだ。。Sランクならダンジョン探索をすれば駐車場は無料だ。平日の午前中で空きにはまだ余裕があった。駐車スペースも広く、久しぶりの運転だったが寅吉さんのアドバイスで無事駐車完了。
「ふー。久しぶりなんで緊張しましたよ」
「いや、なにも問題なかったよ。運転は慣れだからね。積極的に運転していこう」
車内でアーマーを装着しつつダンジョンに潜る前のブリーフィング。みなとみらいダンジョンも固定ダンジョンだ。今日は五階層まで行くつもりなので第一階層からプリントアウトした資料を全員に配り予習をした。今回は寅吉さんと香流が潜った経験アリだった。香流は潜ったのは第四階層までで、そこから撤退したそうだ。「ちょっと揉めまして」と言っていたのでそれ以上は聞かなかった。
駐車場からは武器携帯可能なので車内でマジックバッグから出した武器を装備。俺はライトアーマーの上に斜め掛けのマジックバッグを入れたメッセンジャーバッグを右腰に来るようにセット。その上から先日購入したコートを着てバッグを隠す。そして背中にリュック。リュックの中はほぼ空で、背中の部分に防御のために軽量の硬質プレートを仕込んである。武器はショートバスタードソード。忍者刀はもう少し刀の扱いに慣れてからの方がいいだろうという寅吉さんのアドバイスに従った。
女性たちはみんな短槍と盾を装備。俺と園子と葵は前回の反省からアーマーのオプションのハイドレーションパックを購入して装備済みだ。フルアーマーとの違いは温冷機能の有無だ。
入場料を支払いゲートイン。ロビーの雰囲気が今まで行ったダンジョンとは違う。
「なんだろう。ここ、若者が多いのか?」
階段を降りてホールでレベルアップを馴染ませる。
「ここはね、若者のデートスポットっていうか。出会いの場というか」
園子がちょっと遠慮がちに説明してくれた。
「出会い? ダンジョンで?」
「そうなのよ。上のロビーで即席のパーティーを組んで遊び感覚で潜るの。で、適当に過ごして気が合えばそのまま合コンとか、ね」
「そんなのアリなのか? 危な過ぎるだろう。いろんな意味で」
「あー、そんなん大阪にもぎょうさんあんで」
あまりにも危険な遊びだ。
「ちょっと理解が追いつかないな。それは俺たちには無関係ということで進めるしかないな」
「うむ。モンスター退治はしない方が良さそうだ。一気に下層を目指そう」
レベルアップが馴染んだところで進行開始。第五階層までは洞窟タイプのダンジョンだ。
どう見ても合コンな浮かれた雰囲気の冒険者のグループが騒ぎながら脇道へと消えて行くのを横目に、第二階層に向かう真面目な冒険者の列に付いて行く。
歩きながら地図を表示。
『敵、冒険者検索、オン。隠し部屋、宝箱点滅検索、オン』
敵の赤点に複数の黄色の光点が群がっているところがいくつかあった。冒険ゴッコを楽しんでいる若者だろう。
『残念ながら宝箱も隠し部屋も無しです。このまま第二階層に向かいましょう』
やけに冒険者が多い。なにをやっているのかまったく動かない黄色の点もあちこちにある。
『誰が敵で誰が中立かもわからない。基本的に全員敵だと仮定して動く。助けを求められれても信じるな。囮の可能性もある。一瞬の油断で取り返しのつかないことになることを肝に銘じよう』
全員から了解のテキストが飛んできた。
第二階層への階段にはすぐ到着した。まだ前後からくだらない雑談の大声が聞こえる。階段を降りながらつい愚痴ってしまう。
『冒険者モドキは何階層までいるんだろう』
クローザー:その手の軽い輩は第三階層までいます。第四階層にいたら邪な連れ込みか本物の冒険者です。ご注意を。
なるほど。香流が第四階層まで来た事があるというのはそういう事か。無事で済んでよかった。
第二階層到着。ここも何も無くスルー。第三階層への階段に向かう。
『我々に向かってくるような光点には注意が必要だが、その他の光点は無視しよう。こいつらは何をしているとか余計な事は考えるのやめよう』
そこで惨たらしく卑劣な行いが行われているかもしれないし、恋人たちが戯れ合ってるだけかもしれない。考えるだけ無駄だ。
第五階層のボスを目指して次は第三階層への階段を降りる。
『隠し部屋、宝箱検索、オン』
光った! ここは第五階層まで隠し部屋の報告はまだ無い!
『隠し部屋だ! ルート検索! タイガー、隠し部屋だからゆっくりでいいです』
通路ではなく、部屋の中に隠し部屋があるみたいだ。中には宝箱もある! 未盗掘だ。
脇道に逸れる。後ろのパーティーは真面目な冒険者と思ったのに急に道を逸れた我々に驚いているかもしれない。
しかし、動きのない冒険者だらけでまともなルートが取れない。
「ええい、邪魔だな。よし、私が強引に抜けよう、付いて来てくれ」
寅吉さんが太刀と脇差の両方を抜いて二刀流になって地図を見ながらルートを指示してくれた。どうしても一回、動かない黄色の光点とぶつかることになるが、これが最小回数の会敵ルートだ。
「よし、行こう」
幸い、隠し部屋のある部屋にはまだ冒険者はいない。地図を見ると、この先の角を曲がったあとに六人の冒険者がたむろしていることがわかる。
寅吉さんが早歩きでためらうこと無く角を曲がる。前方で賑やかな話し声が聞こえる。
「おい! 何もせん! そこを通せ! 脇にどけ!」
いきなりおっさんに命令されて野郎どもがカッコつけて睨んできたのだが、そこに見えるのはどう見ても只者じゃない二刀流のごっついおっさんだ。
寅吉さんは女性が立っている進行方向右側に寄ってズンズンと歩いていく。向こうの女性が慌てて反対側の壁に身を寄せる。通路が空いた。彼らとすれ違う時に香流が大楯で右側の園子をカバーした。俺も葵の左に立って盾となる。
彼らを抜けた瞬間、寅吉さんが走り出した。後方から女の子の声で「こわかった~」と鼻に掛かった声が聞こえてきた。
「なんや、後ろの方エエ感じになってもたな。トラやん、愛のキューピッドやな!」
寅吉さんの顔は見えないが間違いなく苦笑いしているだろう。
【パーティー名:Renegades】
L:星名千里:SEN(Lv12)【高度戦術支援地図】Lv.1/5(Exp.3/5)
2:寅吉勝利:タイガー(Lv.65)【剣術】
3:岩沙香流:クローザー(Lv18)【絶対領域】3/3/Day
4:西宮園子:マネージャー(Lv14)【瞬間移動】3/3/Day
5:川下葵:エース(Lv11)【範囲攻撃魔法】3/3/Day




