第46話 引越し
引っ越しの見積もりを取る二日間は良いリフレッシュになった。知らない街の知らない店の知らない味。葵たちが俺の住んでいる街で感じている気分を味わえた。新鮮で楽しかった。若い娘と一緒に回れたことに人生の勝利を味わっていた。もちろんキモいのでそんなことは一言も言わないが。
「兄やん、ウチらみたいな美人と毎日一緒におれてごはんも一緒に食べれて嬉しいやろ?」
香流の見積もり立ち合いの前に昼メシで行ったオシャレバーガーショップで突然そんなことを言い始める葵。
「お前、なんという本当のことを言うんだ。せっかくその気持ちをうまく隠してたっていうのに。いたいけなおじさんの気持ちを察してやれよまったく」
「いや、兄やん、そういうんは口に出してもエエんやで?」
「ホントか? 引かないか? 言っていいなら言うぞ?」
「なんでそんなんでウソ言わなあかんねんな。ドンドン言うたりぃな」
「いやぁ、君らみたいな若くて美人で可愛い女の子と毎食一緒に食べられるなんて本当に俺の人生どうなってしまったんだろうな。これが勝ち組ってやつなのか?」
「ちょ、ちょっと千里、待って待って。葵の言う通りにしたらダメよ」
「ほらぁ。言ったろ? アラサーおやじのキモさを舐めてもらったら困るぞ」
「いや、さすがにそれはウチも舐めたないけどな。園子ちゃんには合わへんかぁ。女の子は可愛い言われたらもっと可愛いなれるんやで?」
「あなたのその強メンタリティは素直にうらやましいわ」
「うふふふ。言われてうれしい相手とそうじゃない相手がいるんですけどね」
「お? 香流ちゃんは新しい扉開けとるな」
引っ越し業者は見積もりの翌日にはもう段ボールを持って来れると言う。みんなの予定を合わせて明日の午前中に持って来てもらうことにした。なにせ全員無職みたいなものだからいつでもウェルカムなのだ。
今日はこのあと香流の家の見積もりで、香流本人は今夜から自宅で過ごし、明日の段ボール到着を待ってそのまま荷造り作業突入。葵はお泊りセットと着替えも持って来ていて、今日からは園子の家で一緒に引っ越し準備だ。というわけで俺は久しぶりに今夜から独り暮らしに戻る。
「兄やん、女の子おらんようなって寂しいやろ!」
「そうだな。それを寂しくないと言うほど馬鹿じゃないぞ」
「せやろ! まぁ、ウチだけ兄やんと一緒やと園子ちゃんと香流ちゃんが怒ってまうからなぁ。しゃーないことやでこればっかりわ」
「ん? 葵が怒られるのか? なんで? 俺が責められるんだろ?」
「あー、まぁ、そうとも言うし、言わんかもなぁ」
「あ、葵、その話はそのへんでね。で、みんないつごろ引っ越しできそう?」
「俺はそうだなぁ。作業するのに三日は欲しいかなぁ」
「そうですね。急いでもそれぐらいは掛かりますね」
「まぁ、不用品は引っ越し屋と冒険者機構の方でなんでも引き取ってくれるしな。冷蔵庫とかの処分をしなくていいのは楽だよな。冷蔵庫と洗濯機、あと炊飯器も処分して買い直すか。テレビは自分の部屋に設置すればいいから持って行けるよな」
「ホント、楽な引っ越しよね。それじゃあ新居で新たに購入する冷蔵庫と洗濯機と炊飯器はわたしの方でまとめてメールするわね。電子レンジはウチのと香流の両方持って行ってよさそうね」
「俺は寝具も買わなきゃだな。ロフトじゃなくなるからベッドに買い替えだな」
「えー、兄やんの布団はそのままにしといてーな」
「え? いや、もう自分の部屋があるし葵は関係無いじゃん。あれは処分するよ。ダブルサイズの布団なんか敷いたら部屋が狭くなって使い勝手悪くなるし」
「マジかいやー。え? そしたらウチもうあの匂い嗅がれへんの? そしたらウチがもらおかな」
「なんでだよ。意味わからん。やめとけ」
「わかったわ。千里と葵のベッドもわたしが選んでおくから」
「お、それは助かるな。冷蔵庫とかも香流と葵の三人で相談して決めてもらっていいよ。見て欲しいなら見るけど」
「オッケー。必要なら連絡するわね」
そうしてオシャレバガーショップから香流の住んでいるマンションに行ったのだが。
「え? ここが香流ちゃん家なん? なぁ、兄やん。こういうのんってなんて言うんやったっけ?」
「葵よ。これはな、タワマンと言うんだ」
◇
そこからの三日間は引っ越し作業に忙殺された。そんな中、初日の夜にパソコンを片付ける前に久しぶりにゲーム配信をした。クランメンバーの盗撮騒ぎから久しぶりの配信になったので視聴者でもあるメンバーがずいぶんと心配してくれた。ショックでこのまま引退するのではないかと言われてもいた。
プライベートで急に転職と引っ越しをすることになったので、今までのように配信は出来なくなりそうだと伝えた。
ちなみに配信を始めた瞬間に香流がログインし、葵がチャットに現れた。ということは園子も見ているということだ。香流、葵の名前を声に出しそうでヒヤヒヤしながらの配信だった。なんとなく視聴者のおじさん連中を騙しているような背徳感を感じつつの配信だった。
新生活においてリアルのダンジョンにも少しずつ関わっていきたいと配信で言うと、反応は様々だったが、概ね肯定的だった。クランメンバーにもリアルでダンジョンに潜っている人はいるのだろうか? もしいるなら俺が情報を開示していくことでなんらかのリアクションをもらえたりするのかな。
翌日の午前中に届いた引っ越し段ボールを組み立てながら生活に不要なものからどんどん詰め込んで行く。元々物の少ない部屋なので思ったより早く作業が進んでいくが、押し入れを開けると葵の制服が吊ってあった。ああそうか、葵の荷物がけっこうあるぞこれ。
大変だったのはいろいろな荷物をロフトに押し込んでいたことだった。いちいち上り下りして荷物を降ろすのはめちゃくちゃ面倒だった。
そうしてあっという間に三日間が過ぎ、急に一人になり静かになった部屋での生活にふたたび慣れ始めた頃に怒涛の引っ越しが終わった。ひとこと言えるのは引っ越しのプロはすごいということだ。
当日は午前中に園子と葵、昼に香流、午後に俺の順番で引っ越しが完了。処分する家財道具の手続きをしている間に新居では俺の引っ越し荷物の搬入は終わっていた。なにせ新居までは早ければ車で十五分も掛からない距離だ。俺は全ての手続きが終わると電車に乗って新居に向かい、コンシェルジュに身分証を呈示してドッグタグを渡して登録手続きしてもらって三十二階の部屋に。今後はドッグタグを肌身離さないでおくことを留意された。センサーにドッグタグを翳して玄関を開ける。
「兄やん! おかえりー!」
「ただいま」
「こら! 葵! あなた、なに抱き着いてるの!」
「えー、久しぶりに会うたんやからこんぐらいふつーちゃう? 園子ちゃんもやったらエエやん」
「えっ?! そ、そういうことは普通はしないのよ!」
まったく慣れない豪華で広い廊下を通ってこれまた広いリビングに。
「うわ、やっぱりすごいな。豪華すぎて気後れするよ」
「千里さん、おかえりなさい」
この豪華な部屋にまったく負けていない香流が静かに微笑む。というか馴染んでますね。
「ただいま。というか、ただいまって言う違和感がすごいよ」
「ふふっ。今日は朝からバタバタしてましたから、千里さんの淹れたコーヒーが飲みたいですね」
「うれしいこと言ってくれるね。あー、コーヒーメーカー出さないとな。あれ? 俺の引っ越し荷物は?」
もうすでに業者が部屋に入れたあとらしい。自室はメゾネットで階上だから運び上げてくれて助かった。
「そうだ。葵の荷物を段ボールに入れてあったのってわかった?」
「おー、でっかく名前書いてあったからすぐわかったで」
「あ、そういえば俺の部屋ってどこだ? 部屋割りってどうなってるんだっけ?」
みんなが二階に上がってそれぞれの部屋を教えてくれた。
部屋の中に入ると段ボールが整然と積まれていて、パソコンデスクやセミダブルベッドが置かれていた。
「お、大きくていいベッドだね。園子が選んでくれたやつだよね。ありがとう。今夜、寝るのが楽しみだなぁ」
「ん、いいのよそれぐらい」
「おっ! 兄やんのベッドやな!」
そう言いながら俺のベッドに飛び込もうとする葵を捕まえる。
「待った! 葵、それは俺の仕事だ。よく見ろ。布団がフカフカだ。これ、園子が乾燥機とか掛けて準備してくれたんじゃないのか? ありがとう」
「え、う、うん。いいのよこれぐらい」
なんか照れてるが、寝具なんかも今日配達されたはずだ。今夜のために準備してくれたんだろう。さすがマネージャーだ。よく気付いて働いてくれる。そういえば冷蔵庫や大きなテレビもリビングにあったな。
「園子、いろいろ任せっぱなしにして悪かったな。すごいな。もうぜんぜん何不自由なく生活が出来る立派な家になってるじゃないか。大変だったろ。ありがとう」
「え、気にしないで、これぐらい。大したことじゃないし」
「いやいや、これは大したことだよ! すぐにコーヒー淹れるから下で休んでてくれ。ってあぁそうか、引っ越し荷物の整理があるもんな。さすがにそれは手伝えないからな。なにか力仕事が必要なら呼んでくれ。みんなも遠慮しないでいいからな。今日からこの四人で生活するわけだし、ある意味ファミリーなんだから。いや、ここはやっぱりパーティーと言った方がいいのかな? まぁ、つい先日まで予行演習みたいに同棲してたから大丈夫だよな」
「そうですね。ガマンしては同棲とは言えませんよね」
いつの間にか入口に立つ香流が声を掛けてきた。
「ど、同棲。まぁ、そうよね、同棲、しちゃうのよね」
「同棲か同居かとかはまぁどっちでもええねんけどな。ガマンはあかんな!」
「お前はちゃんと服を着ろよ?」
コーヒーは引っ越し後に真っ先に必要そうだったから段ボールにデカデカと『コーヒー』と書いてあった。マグカップを持ってキッチンの食器棚を開けるとみんなのマグカップが並んでいた。
「そうか。葵のマグカップ買わなきゃな。って、すぐそこにショッピングモールがあって雑貨屋もあるな」
「ん? コップ?」
「そーそー、コップ。今はとりあえず俺の使って飲んでくれ」
「ウチはそのままでもええで?」
「よくなーい! なにがどうなったらそのままでエエのよ。カトラリーとかお皿なんかは香流が持ち込んでくれたものをそのまま使ってもいいって言ってくれたからなにも買わなくていいけど。葵のマグカップは必要だわ。メモしておきましょう。今日の夜は外食でいいからその時についでに買いに行きましょう」
今日は寅吉さんの家も引っ越して来ているはずだ。晩飯に誘ったらぜひ一緒にとのことだった。引っ越し早々で自炊は面倒だからね。
園子がササっと個室の焼肉屋を予約。相変わらず仕事が早い!
焼肉を食べながらパーティーの移動車の相談をすると寅吉さんも大きい方が良いだろうとのことだった。
「装備は汚れることもあるからね。そうしたらロビーか駐車場で洗うことになるけど、それをまた着て車に乗るのも難しい。やはり荷室は欲しい。五人乗るなら、十人乗りぐらいで最後尾に荷室があるやつが良いと思うよ」
「やっぱりそうですか。じゃあ、これに決めましょう」
俺がそう言うと園子が持ち込んだノートパソコンであっという間にチェックしていく。
「人気のある車種みたいだからすぐ売れちゃうみたいね。今売りに出ているのがこれね」
園子がノートパソコンの画面を見せてくれた。
「なるほど。やっぱりSクラス特権で先行で買えるのは大きいね」
「走行距離とかオプションを考えたらこの白いやつかしら?」
「うむ。これでいいだろう」
「決まったん? ほしたらこれでみんな一緒に温泉旅行に行けるんやな!」
「りょこーいくの?」
「そうやで、此花ちゃんもウチらもみんなで一緒に行こな!」
「え、やだ、素敵。あなた、これって何のサプライズなの?」
寅良さんの奥さんの真由美さんが温泉と聞いて前のめりになっている。なんだか葵のひと言で流れが出来てしまったようで慌てて園子が温泉宿を探し始めた。
ただの夕食だったはずが、車両見積もりの手続きは香流がスマホでサクサク進め、園子が温泉宿をプレゼンするというよくわからない会へと暴走を始めていた。




