第45話 駅前冒険
いつまでも気配を消していてはもう実体も消えてしまうしかなさそうなのでがんばる。ああ、寅吉さんがリーダーをやりたがらなかったのってこれが見えていたのか? そういえば寅吉さんの家も奥さんと娘さんという女性上位ファミリーだっけか?!
「寅吉さん、魔鉄鋼で寅吉さんのと同じ太刀を作るのには十キロ必要なんですよね?」
「うむ、一般的にはそう言われているね」
「じゃあ、これ、十キロはその太刀のためにキープしましょう」
「は? いや、え? なんのためにだね?」
「もちろん、寅吉さんに使ってもらうためです」
「そうですね。それが妥当でしょうね。私もそれでいいと思います」
「いいわね。赤の魔石の時と同じね」
「おー、おっちゃん、めっちゃ強なるな!」
「今のところ物理攻撃は寅吉さんしか頼りになりませんからね。俺たちがレベル四十とかになれば話は別ですが、いま俺の武装を強化したところでたかが知れてるんですよ。とはいっても寅吉さんをレベルアップで強化するっていうのも現実的じゃないですよね。中途半端な武器購入もそうです。けど、これがその解決方法になります。すぐには剣にはできないかもしれませんが、価値が暴落するアイテムでもなさそうですし、十キロぐらいキープしても問題ないのでは?」
「ううむ。なるほど。たしかにな。魔鉄鋼の太刀か。はぁ。市場価値的には数千万円だ。日本国内での生産本数だと、武器で言えば数十本だ。太刀となるとほんとうに希少なものだ。オークションに掛けたらいくらになるかわからんな」
「いやー、すごいですねー。この上ならオリハルコンとかヒヒイロカネですよ。エピック、レジェンド級ですよ。じゃあ、十キロはお預かりで、買い取りは残りの十五キロでいいですね」
誰も反対はなかった。
「そうしましたら、魔鉄鋼の本日の買取価格がキロ当たり五十二万三千円、これを十五キロで七百八十四万五千円。ここから五パーセントの税抜きで七百四十五万二千七百五十円のお振込みになりますがよろしいでしょうか」
香流がうなずく。
「はい。それをパーティー口座にお願いします」
掛井さんのタブレット操作が終わると全員が自分のスマホでパーティーの残高をチェック。
「それでは今回も六等分では百万円を超えますので、パーティー口座に百万円を残します。残りの六百四十五万二千七百五十円を五等分します。各個人に百二十九万、飛んで五百五十円の振り込みとなります」
香流がそう言ってすぐに入金があった。
「これで車が買えますね」
香流が美しい笑顔で楽しそうに告げた。またしても金が右から左な気がするけど、電車移動で気を使いまくりな俺としては一刻も早く車が欲しい!
「ん? 車両購入を考えているのかね? それなら私も出そう」
「あー、そうか。すぐに一緒の建物に住むんですよね。移動は五人一緒にできるのか。それじゃあパーティー資金から購入に出来ますね」
どんな車がいいか話に花が咲きそうだったが、通勤ラッシュ前に帰った方がいいということで解散になった。
十キロの魔鉄鋼はパーティーで契約した保管庫に預けることにした。代わりに俺の個人保管庫はその場で解約した。
「寅吉さんは奥様ともよくご相談ください。どういう車がいいかも選ばないとな」
アーマーの上に昼に買ったコートを羽織って駅を目指す。時々目にする桜がサングラスのバイザーのせいで綺麗に見えないのが残念だ。
電車に乗ると制服姿の学生に混ざって防具を身につけた冒険者もチラホラいた。この春卒業したばかりの子は見ただけでわかる。
引越し先になる駅を過ぎてマンションを見ながら通い慣れた駅へ。防具を身に付けているから一旦、家に帰らないといけない。
人目の無い道を選んで歩く。
「帰って着替えたらまた駅前に戻ってメシを食いに行かないか? この駅を利用するのもあと何回になるかわからないからさ」
「いいわね。まだまだ探索しがいがありそうだもの!」
「ふふ。駅前探索も園子さんにとっては冒険みたいですね」
その夜は駅前をブラついて最終的に葵がまだ食べたことがないというシュラスコ料理の店にした。
つい数日前まで高校生だった葵は知らないことがまだまだ沢山ある。アラサーおじさんはその新鮮なリアクションに刺激を受ける。気を抜くとつい、あれを食えこれを食えと言うおじさんムーブにしかならないので、余計なことを言わないようグッと我慢する。
「シュラスコめっちゃ美味しかったなぁ!」
「明日、明後日は引越しの見積もりだからダンジョン探索は休みだな。午前中がウチで午後からは園子の家の見積もりだから俺たちの知らない駅の探索が出来そうだな」
「え? ウチの見積もりに来てくれるの?」
「ん? あれ? 女性の一人暮らしだし俺も立ち会った方がいいかと思ったんだけど、ああ、そうか。部屋に入らない方が良ければ外で待ってるよ」
「ああ、違うの。それは頼もしいわ。じゃあ、明日のお昼と夜は近所の美味しい店を案内するわね」
「お、今度は園子ちゃんオススメの店やね。うわぁ、毎日美味しいもん食べて、地元でもやってへんのに東京出てきて食い倒れやん! いったいどないなってんねやろ」
「わははは。東京で食い倒れか。そりゃいいな」
「ふふふふ。気をつけないとあっという間に太っちゃいそうですね」
「うっ。確かにそれは気を付けないとダメね。葵はなんでそんなに食べてるのに太らないのかしらね」
それが若さだよねとは冗談でも言えない。
◇
「たっだいまー!」
誰も居ない暗い部屋に向かって真っ先に葵が入っていく。園子、葵と続いて最後に部屋に入って鍵を掛ける。
明るくなった部屋から若い女性の賑やかな会話が聞こえてくる。
風呂は最後に俺が洗濯機を回しながら入る。
風呂上がりにコーヒーを淹れてると洗濯が終わった。
「千里はそのままコーヒーよろしくね」
女性陣が洗濯物を干しに行ったと思ったらコーヒーを淹れ終わるころには戻ってくる。
「早いな」
「三人でやったらあっという間やな」
「ひとりで自分の分だけ洗濯するより早い気がしますね」
コーヒーを飲みながらパソコンを使って車両を検索する。俺は香流と園子がそれぞれ冒険者用の専用サイトを検索するのを見ていた。
「このサイトすごいわね」
「ええ。引退や買い替えをする冒険者から下取った車両の専用サイトです。Sランクから順番に日を置いて解放されるんですね。高く買い取ってしっかりメンテナンスして利益を乗せずに売ってる感じですね」
「え? そんなんあんの? そしたら普通に買うんよりだいぶ安いん?」
「かなり安いですよ。新車ももちろんありますけどね。私たちにはまだ勿体なさ過ぎます。ここの車両で充分です」
五人のフルパーティーでの移動用の車両というともうかなり車種が限定される。大型のSUVでも車格がギリギリだ。
「まずは人気車種のSUVにするか余裕を持たせてバンかワゴンにするかだな」
「これがカッコええやん」
「七人乗りのアルファードかエルグランドあたりか。人気あるし乗りやすくていいけど俺たちには難しいかな」
「なにがあかんの?」
「五人でアーマーを着たまま乗るならまあいいんだけどさ、行き帰り、せめて帰りとかは脱ぎたいだろ? そうするとほら、装備を置くと車内がギッチギチに荷物で溢れるんだ」
「あー、なるほどなぁ。この一番後ろの席やと一人で二つ使えてもちょっと悲しなるな。ほんで荷物置くとこなくなるから横に装備積まれるんやな?」
「そうそう。二列目まではシートも豪華だし乗り心地も良いと思うんだけどね。俺たちも当面の間は都内近郊を回るわけだし、そんなに長距離を走るわけでもないからこれでもいいような気もするけど」
「これなら買い物やプライベートのお出かけなんかの普段使いもできるのよね」
「あー、なるほど。確かにそうだな。でもまあ、寅吉さんも一緒に買うパーティー用の車だし、プライベートで使う車ならそれは別に買った方がいいだろうな。となると、むしろパーティー用と割り切ってデカいのを買えば寅吉さんの家族も一緒に旅行でも買い物でも行けるんじゃないか?」
「なるほど、それもそうね」
「それでは今回は十人乗り程度のハイエースかキャラバンでよさそうですね」
「あ! すご! こっちの大っきいやつってもう家やん!」
「それはキャンピングカーだな。へー、そんなのも売ってるんだな。思ったより安いぞ」
「なーなー、これにしたら全国どこでも行けるんちゃう?」
「あら、面白そうですね。それこそ若いうちにしか出来なさそうですし」
「そうだな。それも面白そうではあるな。俺はもう若くないけど」
「言うほど年寄りじゃないでしょ。でもまあ、今回はさすがに無理ね。もう少し余裕が出来てからかしら」
「都内近郊では取り回しが大変だし、所有する唯一の車がキャンピングカーっていうのはさすがに無理があるな」
「それじゃあ、候補車両の資料をまとめて寅吉さんにもメールしておくわね」
またしても園子がシゴデキビジネスモードを発揮して、あっという間にわかりやすい資料を作り上げた。
お陰で日付が変わる頃には電気を消して布団に潜り込めた。
シンとする部屋。布団の中で輝度を最低まで落としたスマホの画面に今日のダンジョンでの出来事をメモしながら整理する。
俺はパーティーリーダーとしてどうするべきだったのか。圧倒的な経験、知識不足。準備と覚悟もだ。何もかもが不足している。こんなことでパーティーリーダーなどとおこがましいにも程がある。
リアルのダンジョン攻略についてのサイトを読み漁る。有名クランの攻略サイトや各種ダンジョン攻略動画。やろうと思えばいくらでも勉強は出来る。出来たんだ。
俺の指示ミスひとつでメンバーを傷付けてしまう。今日、それをやってしまった。寅吉さんとも話し合わねばならない。寅吉さんがやらずに済んで羨ましいと言ったデブリーフィングこそが今の俺たちには必要なんじゃないか。
その時、誰かが布団を踏む気配があった。
「どうした?」
園子と葵だった。
俺に出来ることは精々が彼女たちの父親代わりになることだ。それさえも随分と力不足だろう。俺には彼女たちが眠りにつくまで一緒にいてやることぐらいしかやれることはなかった。




