第44話 魔鉄鋼
「とりあえず鑑定に出そう」
寅吉さんが内線電話に手を伸ばして掛井さんを呼び出した。園子は勝手にタブレットをいじっていた。どうやらいつもの園子に戻りつつあるみたいだ。
内心はまだわからないが、葵も言動は戻ってきている。ふたりとも俺が思っている以上に強い女性なのかもしれない。油断は禁物だと自分に言い聞かせる。そういう意味では香流のことも俺は心配している。まったく、この疑り深い自分の性格が嫌になる。石橋を叩いて壊すと言った園子は人のことをよく見ているなぁ。
ノックと共にカートを押して入って来たのは掛井さんだ。
「失礼しまーす。お飲み物の出前でーす。千里さん、もう戦利品持って来たんですか~? さっき出掛けたばっかりじゃないですか。相変わらずスゴ~イ」
「雅代」
掛井さんがビクっとなった。冷たい声だった。
「はい、お飲み物こちらに置きますね~って、え? これ?」
「掛井さん、アイテムの鑑定を頼むよ。それとみんな、この魔石なんだがね、良かったら私と香流くんに譲ってくれないかね。もちろん、相場の金額は支払うので」
「あぁ、そうですね。それは私もお願いしようと思っていました。私たちの総装甲は内臓電池とソーラーパワーと、あとは魔石も燃料で使えるんです」
「そうなんだよ。スライムではちょっと物足りないがね、この程度の魔石ならひとつで半日分の燃料にはなるんでね。ストックが出来るまでは少し貯めておきたいんだ」
「そうだったんですね。燃料代はパーティーの必要経費だからお金の支払いはいらないです。どんどん使ってください。ふたりもそれでいいよね?」
葵も園子もなんの文句も無かった。あとで余分なやつは収納してしまおう。
「で、これを鑑定すればいいんですね? これって、いや、なんでもないです。それではしばらくお待ちください。最優先で処理しますので~」
掛井さんはカートに鉄の玉を格納すると部屋を出て行った。ちょっと重そうだ。
「あの鉄球ってけっこう価値があるんですか?」
「いや、まだわからないな。鑑定結果が全てだからね」
「千里、わたしたちはあまり適当なこと言えないのよ。査定後に事前に言った金額より安いと文句言われたりとか、まともな鑑定が出来ないんだって信用も落ちるから。だから出来るだけその場では具体的なアイテム名も値段も言わないようにしているのよ」
「あー、そういう奴ら多そうだね。冒険者ってだいたいが学生からそのままなってたりして社会経験とか無さそうだしね。心中お察しするよ」
「わかってくれる?! あー、やっぱり千里ね。最初っからそうだったものね。もうね、冒険者なんて敬語もろくに使えない野蛮な馬鹿ばっかりなのよ! ロクな男がいないんだもの!」
再び寅吉さんの気配が消えつつあった。
そこからしばらく香流が時々燃料を注ぎつつ園子を燃やし続けた。溜め込んだ鬱憤という燃料があるなら燃やし切った方がいいだろう。あとは、それがいつまでも燃え尽きることのない核燃料じゃないことを祈ろう。
ショップの査定窓口は他の冒険者から戦利品が見えないように目隠しされ、防音も施されたブースになっている。監視カメラがあって記録を撮っているとはいえ、犯罪でも行われていない限り言動を抑制するものはない。窓口の受付嬢は誰もが少しでもマシな冒険者に当たるとその冒険者の指名をもらうことに必死になるのだろう。指名冒険者に応対していれば嫌な思いをすることも減るからだ。
だが、指名したらしたで調子に乗るのが男の悲しい性。香流はそんな園子の不平不満がわかるが故に燃やし続けるのだ。俺も隠密のスキルを習得しつつあった。
「兄やん。兄やんはそんな獣みたいなアホな男とはちゃうことはわかっとるからな? 園子ちゃんも香流ちゃんも大丈夫やと思うで?」
お前がそう思ってくれているのはいい。だけどな、お前さっきから無意識に俺の腕にしがみつきっぱなしなんだよ。さっきまで気にしてなかったのに気付いちまったじゃないか。いかん! 隠密が切れそうだ! 煩悩退散煩悩退散煩悩退散
コンコン。
「お待たせしました~」
掛井さん、あなたが救世主に見えます!
掛井さんが一旦、さきほどの鉄球をテーブルに置く。たくさんあるし、ちょっと重そう。手伝おう。
寅吉さんがタブレットを見る。
「ああ、いかんいかん。私は今日はもう休みなんだった。掛井さん、頼むよ」
「あ、はい。そーいえばそうでしたね。えーと、それではまずは鑑定の結果です。これはですね~、ジャーン! 『魔鉄鋼』でしたー! おめでとうございまーす! はくしゅ~」
パチパチパチ。
「あれ~? わたしだけですか~? 嬉しくないんですか~?」
「雅代。査定額は?」
どうやらこれの価値がわかってないのは俺と葵だけな感じだ。寅吉さんと園子は眉間にシワを寄せていて、香流は興味津々といった体だ。
「あ、そうか。千里さんはあまりこういうのに詳しくないんですよね。じゃあ、わたしが説明してあげますね~」
「すいません、ド素人なもので。そうしてもらえると助かります」
「いいんですよぉ。これがお仕事ですから~。これからもわからないことがあったらなんでも聞いてくださいね。あ、それじゃあまずは連絡先を」
「雅代! 査定結果!」
「あん、もう。すーぐ邪魔する。はいはい。えーと、これはダンジョン産の素材になります。ダンジョンからは普通の鉄も出ます。純度は高いので良い鉄です。でも鉄なので安いです。キロ当たり百円ぐらいですかね~。苦労して重いものを運んでも普通の鉄じゃあね~。あはははは。えーと、あとは魔鉄は価値があります。鉄との見た目の違いが微妙なんで間違えやすいです。魔鉄と鉄を混ぜると魔鉄の玉鋼が作れます。腕の良い刀匠だと魔力まで練り込んでさらに良い玉鋼になります。そうやって作られるのが魔刀です。数百万円ととかが当たり前の武器ですね。支部長のもそうですよね?」
「そうだ。現役の時、独身だからできた道楽みたいなものだ。もちろん、これに命を預けるために買ったものだ」
キツい話しだ。自衛官なのに私物の方が良い装備だなんて。
「勘違いしないでもらいたいんだが、これは若い時に買ったものでね。最前線組に入る前のことだ。最前線組に入ってランキングが上がれば支給品も良くなるからね。私も最前線組に入ってからはこれより良いものを支給されてそれを使っていたよ。ただまぁ、これを使っていたお陰で最前線組に入れたとも言えるからね。複雑だな」
「とまぁ、魔鉄は希少ってことです。で、これなんですけどぉ、魔鉄の上位版の魔鉄鋼になります」
「さっき言った支給された俺の愛刀よりさらに良い得物っていうのがその魔鉄鋼由来の刀だ。太刀を打つなら十キロほどの原料が必要だろう。魔刀は魔法使いじゃなくても扱える一種の魔道具だ。付与により魔力がない者でも様々な効果が得られる。星名さんが譲り受けた忍者刀も魔刀だよ」
「え? 五万円でいいって言われたんですよ?」
「彼にとってはその程度の価値、としか思えんがよくわからんね。掛井さん、査定額は?」
「はい。魔鉄鋼の本日の買い取り価格はキロあたり五十二万三千円になります」
「キロあたり?」
「はい、一キロあたりです。えーと、その魔鉄鋼なんですけど、一個がきっちり一キロでした。二十五個あるので全部で二十五キロ。合計一千三百七万五千円です。えーと。園子せんぱーい! このパーティーいったいどうなってるんですかー!」
「千三百万円!?」
声がひっくり返った。
「ちょ、ちょ、ちょーまってーな! うせやん!」
「ウソじゃないですよー。魔鉄鋼ですからね。まぁ、全国で一か月に一回ぐらいは出ますから。一回に出るのはだいたい十キロ前後ですけどね。だからみんなもしかしたらって、がんばって鉄の塊でも持って帰るんですよ。だいたいハズレなんですけどね。これが魔鉄だったとしても魔鉄鋼の五分の一の値段なんで、同じ重さなら二百五十万円ですからね。ほら? 無理してでも持って帰るのわかるでしょ?」
「ほらね? 園子さん、これが私たちが選んだ男ですよ」
「キタわね。なんか、わたしヤれる気がしてきたわ」
「おおう。兄やん、なんかウチ怖いねんけど」
「葵、安心しろ。もちろん俺も怖い」
俺たちは冒険者だ。これでいいだろう。
「みんな。俺たちは冒険者だ。なんのために命を懸けて危険なダンジョンに潜るんだ? ロマンのために潜るヤツは『Renegades』には相応しくない。そういうのは攻略組にでも任せるさ。俺たちは反撃者だ。俺は俺を拒絶したものに逆らうためにダンジョンに潜る。その同志を求める」
さっきまでとはまったく違って金色に見えそうな黒鉄の玉を手に取る。
「求めて止まないのはコレだ」
「うふふふ。いいですわ。でも千里さん。ソレ、私にとってはそれこそがロマンなのですよ」
「それぞれの理由なんてなんでもいいサ。求めるモノさえ同じなら一緒に歩けるだろ」
「千里! ヤるわ。覚悟もあるわ。わたしはわたしの邪魔をする男を許しはしないわ」
こえぇぜ! だが、同時に。
「頼もしいよ、園子」
「ウチはまだようわからん。でも、生きていかなあかんからなぁ。どうせ生きるんやったら死んだみたいに生きたくはないねん。スキルがわかった瞬間に人をいらんもんみたいに捨てる奴らのこと、後悔させたんねん! ビッカビカになってあいつらの前でエエ男見せつけたんねん!」
「かっこいい~。葵ちゃん、がんばってね~」
「雅代ちゃん、ありがとお! ウチやったるさかいな!」
俺は隠密を取得した。




