第39話 自分ら不器用なんで
みんなの飲み物のリクエストを聞いて自動販売機で買って配る。小佐原氏のリクエストは濃いお茶だった。こだわりなのだろう。フタを取って渡すと苦しそうに「かたじけない」と言った。
クールダウン中にもいろいろと雑談をした。素顔を晒して平気なのかと聞いたら、
「あー、もう拙者はダンジョン潜りはやってないでござるからなぁ。ウチで刀は打ってるけど、わざわざ盗みに入られるようなものもないし、問題ないでござるよ」
だ、そうだ。本当かな? 自分でその価値に気付いてないだけじゃないか?
「ヲタクら、駆け出しだけどそこの人はAかSでしょ? なんでそんなにチグハグなのか謎ッスけど。おもしろそーッスよね。まぁ、拙者はスキルがスキルだったから冒険の方はあんまり向いてなかったからなー。でもまぁ、コツコツ貯めた素材で自分で装備強化し放題ッスからねー。自慢だけどダンジョン入ったらけっこうやるッスよ。装備頼みだけど。とはいえ侍特化ッスから、自分、不器用ッスけどね」
自分のことを不器用な刀匠って言ってるけど大丈夫なのかな? 生き方は不器用そうだからそういうことなんだろうか。というかそもそも侍って?
「忍者じゃないの?」
「え? は? いやいや。これ、どこからどう見ても侍っしょ?」
全員が首を横に振った。
「え? マジぇっ?!」
「どこからどう見ても忍者だと思うよ」
「な、なんですとー!」
何を参考にしたんだろう? 寅吉さんが刀の違いから説明してあげていた。寅吉さんが鯉口を切って見せるとガックリうなだれた。
「なんってこったい! ぜんっぜん違うじゃん! くっそー、やり直しだぁ。あーぁ。これ、もういらねーや。お兄さん、これ、買わない? 五万でいいよ。あとこれも付けるッスよ」
忍者刀をテーブルに放り投げると袖口からゴトゴトとクナイが出てきた。これで本気で侍気取りだったのか?!
「そんな安くていいの?」
「いいッス。もういらないんで」
香流がスっと五万円を差し出してきた。すまん、あとで返す。それをそのまま小佐原氏に渡す。
「毎度あざまーす。今すぐ領収書切るんで」
領収書を受け取ると今度こそ「さらば!」と言ってアキバに向けて駆け出して行った。あとにはよくわからない忍者刀とクナイが六本残った。
「失礼」と言って寅吉さんが忍者刀を手に階段を降りて行った。
しばらくして戻ると
「これは業物だね。彼、生産職で自分用にこれを作ったって言ってたでしょ? これ、誰でも使えるよ。クセ強いけど。いったい、いくつ付与を付けているのか見当がつかん」
とりあえずショートバスタードソードと一緒にマジックバッグに収納した。
「寅吉さん、クナイ使えますよね? 俺、こんなの投げたことないし、まったく使える気がしないので寅吉さんがもらってください」
「うーん、わかりました。ではお預かりします。いざとなったら言ってください。返却しますので。たぶんですね、これも普通じゃないと思うんですよ。効果を明らかにして売ったら値段が付くはずなので」
そう言われてもよくわからない。とりあえずこの前買ったショートバスタードソードと同じような長さの武器が手に入った。意味あるのかなこれ。引っ越したらテラスで素振りでもしてみよう。
「園子、今日はこれからどうすればいいかな」
「そうね。せっかく装備を身に着けているし時間もあるから少しだけ潜ってみましょうか。今回は代々木の第二ね。支部長じゃなくてタイガーのご予定は?」
「うん、電話を一本だけ入れて確認するよ。たぶん今日はもうこのまま外でも大丈夫だから」
「奥様にもご連絡をお願いしますね」
「ああ、そうだな! それは一番大事だった!」
園子のナイスフォロー。この人、時々こういうお茶目な面を覗かせるんだよね。
◇
気の早い桜が吹雪を吹かせる中、のんびりと写真を撮り合いながら公園を歩く。
「桜、めっちゃキレイやなぁ」
「すごいなぁ。昼間っからこんな景色をゆっくり見られるなんてなぁ。来年もみんなでこれを見なきゃなぁ」
「うふふ。そうですね。そういう気持ちは大事ですね」
渋谷第一ダンジョンから十分少々で到着。代々木公園第二ダンジョン。買う物もレンタルも必要ないので入場料を払ってみんなはロビーを素通りして階段を降りる。俺だけ男子用の更衣室に入ってマジックバッグからロングスピアなど武器を出してから追いかける。階段を降りたホールは横に広く奥行が少し狭い。代々木公園第二ダンジョンの第一階層から第三階層までは石畳の固定ダンジョンだ。
ホールでみんなの武器を配ってステータスアップを馴染ませながら戦闘準備。忍者刀は収納したので腰には小佐原氏作のショートバスタードソードという変な剣を差している。まぁ、ロングショートソードよりはマシな名付けだろう。左腕にスクエアシールド。手にはロングスピア。
女性陣は少し短めの槍だ。盾とショートソードも身に着けている。香流だけはラージシールド装備。見た目は白銀の騎士だ。重戦車の寅吉さんと並んでも見た目は負けていない。見た目は!
【こうしえん】起動。マップチェック。みんなが無言で地図を見ているのがわかる。
遠話オン。
『敵性存在赤色表示。中立プレイヤー黄色。我々は青です。今日はダンジョン内に人が多いのでタックネームで表示、呼称します。では、ダンジョンをチェックします。まずはモンスターですが、代々木第二ダンジョン、第一階層はスライム、スモールスライムです。特に問題はありません。討伐判断は任せます。では、隠し部屋のチェックです。あれば隠し部屋が点滅します。ここはすでに一か所、隠し部屋が発見されています。では、チェック』
ダンジョンマップの中ほどに点滅箇所が現れた。ピクっと葵が反応する。
『残念ながらこれはすでに暴かれたあとの隠し部屋です。ちなみに発見されたのはパラライズダガーでした。他には隠しボスもいないし、宝箱検索も引っ掛からないので第二階層を目指します。タイガー、いかがですか』
『うむ。異存ない』
『タイガーからも問題無いとの言質を頂きましたので第二階層を目指します』
『セン、ちょっと待って。こちらからの返事は緊急時以外はテキストにしない? そうしたら全員が見えるわ』
『ああ、それはいいかもしれないね。あ、えーと、今ですね、マネージャーから提案がありました。みなさんからの返事なのですが、無理のない時はテキストで全体に返すのはどうかと。個人で返したい、時間が無いなどの時は音声でもかまいません。大変すばらしい提案なので採用したいと思います』
エース:ほーい
クローザー:了解
タイガー:了解
三人から返信があった。テキストの消去や過去ログ閲覧は思考するだけで自由自在だった。意外と便利かもしれないな。葵のらしい返答を見て気が付いた。俺、めっちゃ敬語だ。なんかこう、配信モードだこれ。不特定多数に話す時はこうなってしまう。俺のビジネスモードなのかもしれない。
「録画開始、ランプチェック。バイザーはクリア。チェック。前衛タイガー、後ろ左にクローザー、右にマネージャー、その後ろの真ん中にエース、最後尾が俺です。全員、ウェポンオープン! 自由戦闘許可を出します。以降は許可を待たずに各自の判断で攻撃オーケー。不意打ち以外で声出しが可能な場合はひと声もらえると助かります。『もちろん遠話でもかまいません』質問は自由に。それでは、通常歩行でよろしく。ゴー、ゴー」
寅吉さんが歩き出した。自然と落ちた腰、左手が刀に添えられている。頭の動きから視線移動を読み取る。頭の中の地図を確認しながら歩く方法を模索している気がするが、その視線の向け方だけで訓練を受けた人だとわかる。なぜそうするのかを推察しながら真似をする。左右、壁、上下、天井、床、トラップや敵、音。自分、仲間の足音。違和感を探せ。
なるほど。この単調な石畳の世界も情報だらけだ。寅吉さんが【こうしえん】で冒険じゃなくなると言った意味が少しわかる。
『最短距離じゃなくてもいいです。他の冒険者を避けましょう』
タイガー:了解
テキストで返ってきた。わかりやすい。配信でTDSをやっていた時の感覚が蘇る。香流も葵もテキストチャット勢だった。香流は声を出すことで自身が女性であることがバレたくなかったのだろう。葵はネカフェからアクセスしてたのかもしれないし、実家だったのかもしれない。いずれにせよテキストを見ながら地図を見て判断を下すのに俺自身は違和感は無い。
ゲームと違うのは己の肉体を使っているところだ。ただ、その肉体的負担もレベル11でのステータスアップで軽減されているので少し現実感が乏しく感じる。不思議な感覚だ。
『タイガー以外のメンバーは戦闘に慣れていないので、武器を振るう時は少し注意を。タイガーとの距離を少し大きく取ろう。タイガーが自由に動ける方がいい。俺たちがタイガーをフォローしようとすると返って邪魔になる』
寅吉さんが振り返る。
「この先にスモールスライムがいる。エース、前に出て討伐頼む」
「おっけー」
葵が寅吉さんを追い越す。マップを脳裏で見ている。
『マップを意識し過ぎないように。敵の位置はアテにしていい。そこに映っていない敵がいるかもしれないという意識は忘れないようにしてくれ』
エース:りょ
若いなぁ。おもわず苦笑が漏れる。きっと他のメンバーもそうだろう。そう思っている間になんなく討伐する。
『エース、みんな、魔石やドロップアイテムをすぐに拾うのは待ってくれ。他に敵がいないことを確認して、安全確保してからにしよう。声掛け忘れずに』
「倒したで。魔石あんで」
周りと地図を見ている。
「エース、ピックアップよろしく」
許可が出された以外のメンバーが見張りをする。葵が魔石を拾う。
「兄やん、これ、どないしよ。自分の背中に入れてたら時間掛かるし不用心や」
「そうだな。近くのメンバーがフォローに行けばいいかな。タイガー、どう思う?」
「うむ。それでもいい。基本はツーマンセル。最低でも二人でひと組を徹底するんだが。俺たちは慣れていないから、自分たちなりにルールを決めればいいだろう」
「タイガーは主戦力なので、できるだけアイテム拾いなどの雑務から解放して索敵と戦闘に集中させたい。俺だな。俺がアイテム回収係をやる。背中のリュックに放り込んでもらうか、俺が拾うかだな」
「そしたらやっぱりレベルが低くて戦力として弱いウチが拾おうかな」
「うーん、エースが拾ってわたしとクローザーで守備がいいんだけど、エースだとセンがしゃがまないと背中のリュックに入れられないわよね。ちょっとわたしが拾ってみるわね」
園子でもリュックを覗き込むことはできないが、葵では届かないという決定的な瑕疵が発覚した。香流は守備の要なのでアイテム拾いで視線を切る役目はさせたくない。
「わかった、今日のところはエースに拾ってもらおう。俺がしゃがむ。次回からは俺が拾って自分で入れられるように専用のバッグを考えるよ。昨日のメッセンジャーバッグがいいかな。誰かに拾ってもらうと槍の取り扱いもよくないから、俺が一人でやった方がよさそうだ。それと、俺たちぐらいの実力だとアイテム拾いに二人取られるのは戦力ダウンが甚だしくて戦術的におかしい気もする。あと、まだみんな地図に慣れていないから気を付けよう。視界への集中を切らさないで頭の中の地図を意識し続けられるよう慣れるべきだろう」
「うむ。それだな。せっかくの【こうしえん】だ。無意識レベルで使いこなせるようになるまで完熟すべきだ。はっはっは。君たち、それが出来るようになった時、【こうしえん】無しではダンジョンが怖くて歩けなくなりそうだな」
それは想定外だ。いや、言われてみれば確かにそうだ。背筋が凍った。
「タイガー、それは素晴らしい指摘だと思う。その状態を想定すべきだ。ダンジョンに慣れたら【こうしえん】無しでの行軍訓練もお願いしたい」
俺の視線を受けて寅吉さんの笑顔が消える。【こうしえん】が使えない想定。俺がいなくなる可能性。あり得る未来。寅吉さんが静かに頷いた。誰も何も言わなかった。
最後尾だとロングスピアも邪魔だった。後方からの奇襲に対して振り返って攻撃するなら片手武器でいいし、アイテムを拾うにもロングスピアは邪魔だ。地図を完全に信頼していない今はあらゆる事態に対処できるようにしたい。ロングスピアを収納した。
『前進再開。タイガー、今度はマネージャーかクローザーのウォーミングアップをお願いします』
俺から全員に対しての指示は遠話を多用する。確実に各人に届くからだ。そして他人やモンスターには知覚されない。
『しばらくは女性陣に対してはちょっと過保護なぐらいで行きましょう』
寅吉さんにだけ音声を送った。
『うむ。俺ではなかなか気付けないかもしれないのでフォローを頼む』
『わかりました。でも、後ろにいるのが未来の此花ちゃんだと思えば自然に出来ると思いますよ』
「おおっ。それはいいな! イメージできたよ」
「おおっ。なんやおっちゃん、急にどした」
「ん? ああ、すまんすまん、いや、監督にな、うちのお姫様たちを大事にしてくれって言われただけだ」
「あら。お気遣いありがとうございます、センさん」
振り返り美人の笑顔は破壊力が凄まじいな。
「兄やん、ええとこあるやん。おっちゃん頼みなところも兄やんらしいわ」
「やかまし」
園子は振り返らなかった。うむ。集中しているな。
「あっ」
園子が何もないところで蹴躓いた。




