第38話 合成屋
身長は百七十を少し超えるぐらい。頭には頭巾を被り、額の部分には鉢金が付いていて口元は見えないよう覆われている。頭巾の隙間から強い眼差しだけが見える。上半身を隠しているものはポンチョというよりは合羽という言葉が思い浮かぶ出で立ちだ。顔がよく見えないから定かではないが、年の頃は三十代半ばといったところか。
男はこちらを見ると、歩きながら口元の覆いを解いて話しかけてきた。
「拙者、いや、ボクが合成屋です」
必要最小限のことしか言わない。こちらの名前を出さなかったことに好印象を受けた。もし人違いなら情報の拡散に繋がるからだ。冒頭の「拙者」だけが気になると言えば気になる。
「はじめまして。小佐原さん。我々が『Renegades』です。今日は無茶なお願いを聞いていただきありがとうございます。先日、小佐原さんの作品を手に入れる機会がありまして、ぜひ今回の合成をお願いしたいと願った次第です」
そう言うと途端に相好を崩した。なんとも男臭い、しかし明け透けな良い笑顔だった。目つきが鋭いのは生来のもので睨んでいるわけではないことがわかった。じっと俺の腰のものを見るとものすごい早口でしゃべり始めた。
「合成屋の小佐原道夫ッス。そうだったんスね! ショートバスタードソードいいっしょ?! 自信作だったんスよねー! いやぁ、そのラージシールドも! めっちゃ気合い入れて作ったんスよ! だけどなんか相手が嫌がっちゃってキャンセルになったって聞いてめっちゃ落ち込んだんスよね!」
「小佐原さん、こちらが今回お願いする合成素材になります。今後の手順のご説明をお願いできますでしょうか」
園子がそう言うと小佐原氏がビクっとなった。
「ははは、はいっ。えとえとえと、まず、ほ、ホールに降りまっす。そこで作業を開始しまっす。魔石を杖に合成するだけなんで、すぐに終わるッス。簡単ッス」
へー、簡単なんだ。と思ったら園子の反応が変だ。バイザーが降りているので表情は読めない。
「魔石はこちらになりますが、これでも簡単ですか?」
赤い魔石を手で指し示す。
「ええ、大丈夫ッスよ。これ、ずいぶん立派ッスよね。ちょっと、触らせてもらってもいいッスか?」
これから合成で触るのにいちいち許可を、ああ、そうか。持ち逃げの可能性もあるのか。俺では段取りがよくわからない。園子を見つめる。
「はい、構いませんよ。こちらに来てお願いします」
すぐには持ち逃げ出来ないように部屋の奥側を指し示すと小佐原氏は素直にテーブルを周り込んでイスに座った。
「では、失礼しまーす」
手に滑り止め、汚れ防止のためかラテックスの手袋をしてから魔石に触れた。軽く持ち上げ透かして見る。
「ふむ。これは立派ッスね。何からドロップしたのかわからない炎の魔石ッスか。実に面白い。うわぁ、これがあったらいろいろできるなぁ。で、今回の合成の目的は何スか?」
園子が俺を見て頷く。俺が話して大丈夫ということだ。
「スキルの魔法強化です。使うスキルは【範囲攻撃魔法】です」
「は? 能無しスキル? おたく、それマジ?」
「ええ、マジです」
小佐原氏がバイザーの内側の俺の目が見えているかのごとく見つめている。魔石を元の位置に静かに置いた。
「く。くふぅ。ぐふっふっふっふぁっはっはっはっは! おもしろい! 実におもしろい! やろう! やりましょう! すぐやろう!」
何がおもしろいのかはさっぱりだったがやる気はあるようだった。
「早くしないと取り置きとはいえ安心できないんスよ! 急ぎましょう!」
「取り置き?」
「そーなんすよ! 六分の一限定魔法冒険少女リリアちゃんミニスカニーハイメイドバージョンがアキバのショップの抽選で当たって引き換えが今日までなんスよ! 定価四万九千八百円なんスよ! 早く拙者がお迎えに行ってあげなきゃ! 誰かの嫁にされてしまうかもしれないんス!」
「あ、それは急いでお迎えに行かなきゃですね」
誰も何も言わなかった。
ホールに降りてセキュリティの意味で小佐原氏の情報を見る。
【小佐原道夫(三十四歳)】
・Lv.38 (1,675,780/2,933,940)
・身長:170cm 体重:73kg
・スキル:合成(強)
・所持武器:忍者刀、苦無(小)x6
見えた情報をテキスト情報にしてみんなに送る。スキルの『強』が気になるぐらいで特に変なものも持っていなさそうだ。
「まぁ、ここなら誰も来ないし、来てもすぐに対処できるので大丈夫でしょう」
小佐原氏はそう言いながら壁を背にして立った。おそらく、どこにも逃げる気は無いということだと思う。俺と同じで細かいことに気が付くタイプっぽい。
合羽を脱いで背中のリュックを降ろす。リュックを開けると中から二メートル四方ぐらいの濃い緑色のシートを出して地面に敷いた。リュックと合羽をシートの上に置く。
「小佐原さんのそれ、合羽ですか? なんだか凄そうですね。恰好もいいし」
そう言うと俺の方を見てニヤリと笑った。
「ほう。わかるッスか。おたくとは趣味が合いそうですな。まぁ、合羽なんでね。両手がすぐ出ないからあちらの達人クラスの人じゃない限りは普通に袖ありの方を勧めますわ」
途中、階段前に陣取る寅吉さんの方を見ていた。なるほど、そういうものか。
園子が促されて杖と魔石をシートに置く。
「この杖もクセ者ですな。なんでこんな短いのを」
そこまで言って、一瞬、葵に視線を向けて黙った。
「炎の【範囲攻撃魔法】ッスね。このスキル、尖った魔法攻撃で、MP消費しないっしょ? ということは魔力消費軽減の効果は意味が無い! こーれわ凄いぞー。この魔石使って威力増加だけでいいのか。あ、ちなみに燃え広がる速度はどうします? 魔法の浸透力っていうんスかね」
そんなことまで決められるのか。
「どれぐらい速くなりますか」
「二、三倍には出来るッスよ」
「そんなに速くなってもこっちが燃えてしまっては意味が無いなぁ」
「ふむ。だったらもう威力特化一本ですな!」
嬉しそうだ。
「みんな、どう思う?」
そう言うと小佐原氏が「ほう?」というような表情になった。そういうパーティー仲かと理解したのかもしれない。意外とわかりやすい。ここまで思いが開けっぴろげなら悪い人間ではなさそうだ。
女性陣からは遠話で『任せる』と返ってきた。
「他に出来ることはあるのかね」
寅吉さんだ。
「うーん、実は他にはほとんどやれることは無いッスね。炎の魔石を杖に合成したところで炎の魔法が使えるようになるわけじゃない。魔法使いの触媒になるだけッスからね。常時発動も意味ないし、今回の用途に特化なら俺的にも威力強化一本がオススメッスね。その代わり、おたくらわかってるよな? こんなバカでかい魔石を攻撃一本に特化したらとんでもない威力だぜ? 人相手に使ったら怪我じゃ済まないからな。確殺だからな?」
「魔法が強くなって困ることはないからそれでいいよ」
俺を値踏みするようにじっと見る。
「ま、おもしろいし断る理由もない! じゃあ、とっと終わらせよう」
そう言うと杖の太い方の先に魔石を当てた。しばらく魔石の位置を微調整しているみたいだったが、気付いたら杖が魔石に絡みついて一体化していた。本当にいつ何をやったのかわからなかった。
「ほい。出来たっスよ」
差し出された魔杖を受け取る。成功かどうかは使ってみないとわからないな。
「これを持ってスキルを使えばそれで発動するの?」
「そう。勝手に使用者の魔力に反応するから使用感は何も変わらないはずッスよ。ただ、威力がものすごく上がる。実際はMPの消費量が青天井に上がってるはずなんだよね。だから普通に魔法使いがそれ持って炎の魔法を使う場合は気を付けないとあっという間に魔力枯渇するから。それ、ヤバイいッスよ! でも、能無しの【範囲攻撃魔法】を使い続けられるならインフェルノやヘルファイヤどころじゃないんじゃないッスかね? ゲヘナの地獄の炎ッスね」
「ゲヘナね。なかなか詩的だね。それ、もらっていいかな?」
「おー、いいね! 使ってくれるッスか! やっぱりヲタクとは趣味が合いそうッスわ! わっはっはっは!」
香流から五万円を預かると小佐原氏に手渡した。
「ん? 魔法、確かめなくていいッスか?」
「うん。なにせ一日一回だからね。安心してくれ。おかしかったら工房に殴り込みに行くから」
「おーおー、あんたら面白いし拙者のお得意様だもんな。いつでも歓迎するでござるよ」
領収書を書きながらそんなことを言っていた。小佐原氏はシートを片付けて合羽を羽織ると「ではいずれまた! サラバ!」と階段を駆け上がって行った。
ゆっくりと階段を上がってロビーでクールダウンしようとしたらイスに座ってグッタリした小佐原氏がいた。




