第36話 憧れの冒険者像
内見の終わりにコンシェルジュに契約決定を伝え各種手続きをした。
家に帰るとすぐに今住んでいるマンションの不動産屋に解約を伝え、ライフラインの確認。明日は魔杖合成があるので、引っ越し見積もりは明後日にした。この三月という時期は本来なら今さら予約は無理だ。運良く見積もりを取れても費用は数十万円という高値になる。一般人だったらね。
そう! やっててよかった冒険者。そして、毎度お世話になります寅吉さんのSランク。冒険者マンションへの引っ越しは一般社会の全てを凌駕する! 帰りのコンシェルジュへの申し込み時に引っ越しの手配まで出来た。しかも恐ろしく安い。コンシェルジュ氏曰く、一刻も早く住環境を整えてダンジョン探索に向かってくれということらしい。いかにも半行政らしい口上だが、今はそれがありがたい。
園子と香流の見積もりも明後日と明々後日となった。どちらかが必ずウチにいて葵の保護者となるという措置らしい。信用の無いアラサーおじさん、何も言えねえ。
そして今日は魔杖合成イベント。
電車通勤の冒険者って大変。目立つから。いや、そういう人たちって今では珍しくもないんだけど、電車通勤ということは車を持ってないということで、要するに稼ぎが少ないってことなんだよね。ウチも車が欲しいんだけど、まだまだ稼ぎが足りない。
今日は小佐原氏と会うということで、香流のラージシールドを持って行くことにした。電車で持って行くのはかなり大変なんだけどせっかくの機会だからね。
通勤ラッシュの終わったこの時間は人は少なくなっているが、そこそこ大きい乗り入れ駅なので、けっこう多くの人が歩いている。
「園子、今日の合成代って結局いくらなの?」
「ん、五万よ」
「ほしたら香流ちゃんに五万円渡しとくなー」
「いや、葵、ちょっと待ってくれ。あのさ、今回のワンドに掛かる料金なんだけどさ、パーティー資金から出すってことでいいんじゃないかと思ったんだよね」
「ん? それってどういうことなん?」
「このワンドは葵専用のものではあるんだけど、使えるのってボス討伐戦だけだろ? それって今後、香流が使うことになるかもしれないマジックポーションもそうなんだけど、香流個人が買うんじゃなくて、パーティーとして買うのが当然だろ? だったらワンド代もパーティー資金から支払うべきだと思うんだけど、どうだろう?」
「そう言えばそうね。それにそもそも魔石は千里の私物だものね」
「ん? あ、そう言えばそうか忘れてた」
「うふふふ。葵さんの支払いのことだけしか考えていなかったんですね。千里さんらしいですね。もちろん、異存はありませんよ」
「え? それってどういうことなん? ウチが使うんやからウチが払えばええんちゃうん?」
「えー、寅吉さんに聞くまでもなく過半数の三票獲得につき、パーティー資金からの支払いとすることに決定しました」
「葵さん、さっきの五万円を一度お預かりしてもよろしいですか。はい、確かに。それではこれで、パーティー資金から昨日の杖代と今の五万円を足した金額を葵さんの口座に振り込み手続き完了です」
スマホ片手にサクサクと処理する香流。
「え? え? そんな、ウチなんか大して役に立ってへんのんにお金までって。そんなんアカンよ」
「なるほどな。葵は特にそうなんだけど、過去の出来事や能無しスキルだと言われてきたことによって自信が持てないでいるのもわかる。だけどな、俺たちのパーティーは誰一人として欠けたら成立しないんだ。リーダーの言うことだからな、聞いておいた方がいいぞ?」
「うーん、よぉわからへんねんけど。兄いやんが言うんやさかいそうなんやろな。ほな、もうもらってもうたからな! あとで返せ言うても返さへんからな!」
最初は素直だったくせに途中から恥ずかしくなったみたいだった。ヘルメットバイザーのせいで表情は見えないけど、見なくてもわかる。ホント、可愛い我が家の末っ子だな。
しかし、冒険者が一般化したといってもやっぱりこの恰好は目立つ。ダンジョンでの強い弱いはスキル次第なので、女性冒険者も珍しくはないが、やはりこの娘たちは目立つ。ヘルメットバイザーだろうがあまり関係ないな。特に香流のシルエットが群を抜いている。普段着の時はあんなにコソコソしているのに、アーマーを着ている時はなんでこんなに堂々としていられるのだろう。移動車の購入は急ぐべきだろうな。
渋谷の街を歩く時も周りの視線は気になった。声を掛けられないのが不思議なほどだ。真っ黒でデカい俺がいることでだいぶ抑止力にはなっているが、実際に悪意がある者に囲まれれば太刀打ちなど出来ないぞ。
三人娘は楽しそうに話をしながら前を歩く。後ろの俺は周りに目を配りながらヒヤヒヤしていた。緊張の中、無事に冒険者ショップ代々木公園前店に到着。専用口から入って掛井さんを呼び出すと個室に通された。
ヘルメットを脱いで待っていると飲み物を載せたカートを押しながら掛井さんが入ってきた。
「お待たせしました」
挨拶を済ませて園子と掛井さんが仕事の引き継ぎの話をしている間に冷たい飲み物で喉を潤した。
「兄いやん、なんか疲れとんな。どないしたん?」
香流も心配そうに俺を見ている。
「あぁ、それなんだけどな。俺たち、というか君ら、目立ち過ぎ。ヘルメットバイザーしてようが関係無いな。シルエットが美しすぎる。香流、ひとりの時も冒険者装備のまま出歩いてたの?」
「あ、いえ。専用のスーツケースに入れてました」
「ってことは前回のダンジョンの時が初めてその装備で出歩いたってことだよね。じゃあ、声掛けされてないのは偶然だな」
その言葉に香流の顔色が変わった。素顔を晒して歩いた時にどうなるかを痛いほど知っている彼女は、俺の言っている意味が理解出来たのだ。
「今回は俺が少しは防波堤になっていたみたいだったんだけど、悪意ある者がいたらどうしようもないな」
「そうやったん? ぜんぜん気にならんかったけどな」
「どうしたの?」
園子が業務連絡を終えたのか、掛井さんが部屋を出て行くのと同時にこちらの雰囲気を察して声を掛けてきた。俺は懸念しているものを伝えた。
「そうよね。わたしも視線は気になってたわ。盗撮もされてたかもね」
香流の顔色がますます悪くなる。
「ちなみに香流のせいじゃないからな。君ら三人で目立ってたから。ゾディアック三人、しかもその三人共がプロポーションが良いからな。そりゃ視線も集めるよ」
出来るだけ明るくおどけて言う。
「せやろ? やっぱり魅力あり過ぎてまうよなぁ。たまには兄いやんもホントのこと言うやん?」
お前は胸を反らすな。二人の視線が冷たいぞ。
「失敗したわね。雅代が来たらポンチョかフードコートを買いましょう」
そう言うとテーブルのタブレットを操作し始めた。いや、それ、もう職員じゃなくなったんだから触ったらダメなのでは?
園子がタブレットをいじりながら三人で相談中。途中、葵を立たせて写真を撮っていた。タブレットを覗くと上着を合成させて商品を選んでいた。
「分厚くない方がいいわ。薄手ならバッグにも収納出来るし」
「薄っぺらいのんはあんま可愛くないけどなぁ」
「目的を考えるとその方が良いですけどね」
香流からもっともな指摘。
「やっぱり、金を出し合って車を買うか」
「お? それええやん。車あったらいろんなとこ行けておもろそうやな!」
「そうね。ひとり百万なら四百万ですもんね。そこまで出さなくてもとりあえず最初の一台は買えるわよね」
「あぁ、いよいよ冒険者ですね!」
感極まったように香流が言った。どうやら憧れの冒険者像があるみたいだ。
ドアがノックされて掛井さんが小さなケースを手に戻ってきた。
「園子せんぱーい。これ、ヤバいです~。いったいなんなんですか~」
部屋に入るなり泣きそうな顔をしていた。
「とても大事なものよ」
そりゃそうだ。園子がテーブルに置かれたケースを開けて中のモノを取り出した。香流が息を飲んだ。




