第35話 第二回内見祭
待ち合わせの十分前に改札を出る。見慣れない広いコンコースをキョロキョロしながらどこで待ち合わせしようかと考えていたら後ろから声を掛けられた。
「園子ちゃん!」
小さな女の子が園子にぶつかる勢いで走って来た。
「此花ちゃん」
園子がそう言いながらしゃがんで抱きしめるとそのまま抱っこした。
「こんにちわ!」
「きちんとご挨拶出来てえらいですね。こんにちは此花ちゃん」
香流が此花ちゃんの頭を撫でた。
「こらこら、此花、お姉さんの綺麗なお洋服を汚してしまわないうちに降りなさい」
「はーい」と素直に降りるところが可愛い。しかも、園子の服が汚れていないか心配までしていた。
「こんにちは。寅吉さん、真由美さん」
みんなでひと通り挨拶をすると、しばし改札から離れてコンコースを見渡した。
「すごいわね。都会的で綺麗で大きくて。すぐそこがショピングモールなのね」
「驚いたな。初めて来たけど、本当に無いものは無い駅だな」
駅の案内図を見たりスマホを見て駅前の便利さに感動することしばし。
「十二時前にお店に入りましょう。ここ、オフィスビルもあるから昼は混み合うと思うので」
昨日からリストアップしていた店をいろいろ提案したところ、久しぶりに牛タンを食べたいとなった。
◇
寅吉さんがいるからね、おかわり自由の麦飯の吸い込まれっぷりが見ていて気持ち良かった。ちなみに葵も負けてなかった。もちろん会計はパーティー資金からだ。寅吉さんが恐縮したが「真由美さんの知識もパーティーの戦力です。此花ちゃんは癒しの源でメンバーのメンタル回復に役立ってますから」と言って押し切った。この程度の支出はなんてことないと思えるぐらい稼ぎ続けたい。
食後はまだ時間があったので屋上庭園で此花ちゃんと遊んだ。
そして余裕をもってお目当ての冒険者マンションの周りを散策。今は葵が此花ちゃんと手を繋いでいた。
「すごいわ。きれいなショッピングモールを抜けてそのままこんな静かな環境になるのね」
「道も広くて夜も明るそうで安心感があるわね」
初めて来た真由美さんと園子が感心している。
「こんなところに住めたらいいなって思えるような洗練された街ですよね。これ以上ってなるとそれこそおしゃれな都心部になっちゃうのかな」
「それは自分には厳しいな。粗忽な武人を気取って生きてきたからね。おしゃれとか言われるとむず痒くて。それに比べてここは駅の反対側に行けば昔ながらの下町っぽさもあって安心するよ」
俺もだけど、寅吉さんは本当なら今俺が住んでいる駅ぐらいがちょうどいい環境なんだろうな。でもまぁ、この程度のことが独りじゃないことの代償だというのなら、それも悪くない。
「そろそろ約束の時間ですね。エントランスに行きましょう」
駅からの導線に従って入場からやり直す。二重の大きな自動ドアを抜けると、カウンターのガードマン兼任のコンシェルジュに来訪目的を告げる。冒険者カードを読み込み登録手続きをしてゲスト用のカードキーを預かる。部外者はここより先には決して進めない。ただのゲートではない。
宅配業者は裏の搬入口から入るが、荷物を預かると検査の後、マンション側の人間が訪問配達する。本人受け取りの場合は住人がエントランスまで出向くことになっている。
この高層マンションは高位ランク冒険者が優先的に住む場所だ。よくわからない仕掛けがいろいろ施されている。絶対に首から外すなと言われたゲストカードをぶら下げて、まずは一階の寅吉家がキープしている部屋へ。
カードキーはもちろん真由美さんが握っている。俺たちは撮影係だ。広く明るい廊下を歩いて玄関ドアへ。リアクションを正面から撮影したいが、当然そんな野暮はしない。カードをセンサーに近付けてアンロックすると広い玄関の中に入って行く。
「ふわわわわぁ~」
「すごいひろーい!」
真由美さんが此花ちゃんの手を引きながらゆっくりと廊下の奥へと進んで行った。
進んだ先で「きゃー!」「ひろーい!」と母娘の嬌声が上がった。
「こ、これは」
寅吉さんは絶句している。わかる。こんなのセレブな人の住む世界だ。園子も呆然としながら各部屋を見ている。
広々としたリビングには清潔感溢れるソファーが置かれている。希望者はこのまま使える。
「いや、これ以上のものは用意できないからこのままでいいぞ。ん? これがウチの庭なのか?」
寅吉さんの好奇心も止まらない。葵と一緒に寅吉家の靴を持ってきてリビング窓から出られる三和土に置く。
「ああ、すまない」
そう言って三人で庭に出る。駆け回る此花ちゃん、呆然と立つ真由美さん。そして、空手でゆっくりと剣の素振りをする寅吉さん。これがこの家族の毎朝の光景になるのだろう。
「いや、夢のようだ。自宅で素振りどころか演武も出来るぞ。それも真剣で」
周りからは目隠しされているし冒険者マンションだからまぁ大丈夫か?
「星名さん、ありがとう」
「ははは。いや、寅吉さん、俺にお礼を言われても困りますよ。逆です、ここに住めるのは寅吉さんがパーティーに入ってくれたからなんですから」
「いやいや、お互い様です。なるほど、若い連中が外に行ってしまうわけだ。国の方でもう少しなんとかしてもらわんとなぁ」
自衛隊も隊員確保が大変なんだなぁ。
真由美さんと園子がキッチンからリビングに戻ってソファーに座ってぼうっとしている。ここでの生活を空想中だろう。風呂を確認してきた寅吉さんが真由美さんに報告を入れると血相を変えて飛んで行った。
「うふふふ。素敵なお部屋ですよね。寅吉さんたちの姿を目にするとこんなところで家族で住めたらって妄想が捗っちゃいますね」
香流がうっとりと囁いた。オシャレな海外ドラマを見ているような絵面だった。
「ここもスゴイけどなぁ、上もすっごいからなぁ」
「見たいわ!」
うわ、びっくりした。園子に向かって言った葵の声を聞き付けた真由美さんが後ろの方から声を掛けて来た。
「この部屋はもう大丈夫ですか?」
「大丈夫ではないわ! でも、もう心は決まったから大丈夫よ! あなたたちのお部屋も見せていただいていいかしら?」
「奥様、もちろんです。お引っ越しされても我が家だと思って気軽に此花ちゃんと遊びに来てください。もう此花ちゃんのことは私たちの可愛い妹だと思っていますので」
美し過ぎる香流に手を握られ、至近距離で見下ろされながらそんなことを言われて真由美さんが赤くなってしどろもどろだ。そのまま壁ドンしたら落とせそうだ。
広いエントランスのエレベーターホールに戻って一気に三十二階の高層階へ。高級ホテル並みのエレベーターホールから、今度は園子にカードキーを持たせる。
園子が緊張の面持ちでキーを翳すと玄関の自動ドアが静かに大きくスライドした。一階以上に広い玄関ホールに入る。
「ああぁぁっ」
靴を脱いで両手を握った園子が変な声を出しながら廊下の奥へと進んで行く。次に真由美さんと此花ちゃんへ「どうぞ」と先を譲る。男性陣は最後だ。
廊下の先のリビングでは嬌声が上がっていた。
「いやはや、これはまたとんでもないね」
男はまだ玄関ホールだ。
「ここ、靴を履いて装備を着たままその壁の裏に行って装具を脱げるんですよね。大きなシンクがあって汚れものを洗うこともできます。まるでガレージで武器庫ですよ。一階だと庭側にシンクがありましたね。これはもう一般人が知らない世界ですね」
「うむ。そうだな。そういう意味では私も君も注意が必要だ。独り身ではない幸せと同時に、守るべき者の重さが堪えるな」
「はい。覚悟を持つ前に大事な人たちを得てしまったので戸惑うばかりです」
「はっはっは。いや、星名さん、あなたにはその資質が充分にあるから大丈夫だよ。俺はもう信頼しているよ、リーダー」
そう言って肩をポンと叩いて「これはすごいなー!」とリビングに進んで行った。お世辞でもうれしい。
「うふふふ。お世辞ではないと思いますよ」
うわ。どこにいたの? それとも心読んだ?
いろいろなものを吹き飛ばすために香流の手を取ってリビングに向かって駆け出した。
「今日は富士山、見えますかー?!」




