第33話 夢幻
昼食を終えて香流の私物を回収したら、防具を着ていることもあるし、寄り道せず帰宅ラッシュ前に帰ろうということになった。
最寄り駅で降りたがまだ陽も高い。
「晩飯はどうしたい? 駅前ならなんでもあるよ。今のうちにどんな店があるかひと通り見ておこうか?」
ごった煮のような賑やかな商店街や飲み屋、こ洒落たパスタ屋にファストフード店などが連なる駅前をうろついて散策。
「兄いやんの駅なかなかおもろいな。なんでもあるやん」
「まあ、俺の駅ではないが下町っぽくて面白いよな。葵の地元もこんな感じか?」
「いいわね。オシャレとは真逆だけどデパートもあるし買い物には困らなさそうで。知らない街って面白いわよね!」
珍しく園子のテンションも高い。住んでる沿線が違うから雰囲気が違ってて新鮮なんだろう。
「買い物したいなら一回、家に帰って荷物置いてまた遊びに来ればいいんじゃないか?」
「それもいいですね。春の新シーズンものが出ていますし」
「女の子三人で行っておいでよ」
「ほな、そうしよか。なぁ、兄いやん。お金あるって凄いな」
最後は顔を近づけてぼそっとそう言った。思わずヘルメットをポンポンとした。
「わははは。そういう葵なら説教くさいことは言わなくて大丈夫そうだな。今日ぐらいは好きに使って来な」
すげーぜ。会社に入れずトボトボと歩き出した頃の俺と今の俺とではまったく違う人間だ。金があるという幸せを噛み締めながらバスタオルを買って帰った。
家に着いて装備を脱いでわかった。
「やっぱり狭いな」
「うーん。アーマー邪魔やな」
「商売道具だしな。こればっかりは」
女子の装備類はロフトへ。俺のはデスク横の壁掛けに引っ掛けておく。
着替えと化粧直しをするとサッサと女子チームはお出掛けに行った。俺は洗濯機を回して風呂トイレから掃除を始める。
幸い、チームにアレルギー持ち、花粉症が居ないので窓を開けて掃除機を掛けながら換気もする。掃除ついでに布団乾燥機を掛ける。布団の匂いを嗅いでみたが自分では何も感じなかった。
掃除をして乾いた洗濯物を取り込んで整理したらちょうど洗濯が終わったので干していく。この作業も引越しが済んで洗濯機を買い替えるまでのことだ。
家事は慣れているので特に面倒だとも思わない。彼女でもない女性の下着を干していることは頭の中のスイッチを切り替えて家事だと割り切るので特に問題は無い。
洗濯物を干し終わるとやることがなくなった。パソコンを立ち上げて都内とその近郊のダンジョンをリストアップ。このへんのことは園子や香流の方が詳しいはずだが、それをもってして俺が理解しなくていい理由にはならない。
自分なりに整理してプリントアウト。液晶モニターから紙に視線を移してアイディアをペンで書き込む。別角度から整理して考えたい時にたまにこうする。
唐突に久しぶりにひとりの時間だと気付いた。うれしい? いや、違う。静かな部屋に違和感を感じたんだ。数時間以内にはまた賑やかな我が家になるだろうと思うと寂しくはなかった。自分のため、彼女たちのため、知り合ったばかりの幸せ家族を不幸にしないため、俺にとってこの時間はダンジョンに潜っている時となんら緊張感は変わらなかった。
現実のダンジョンから目を背けていたこの十年という長い年月は無駄だったし、再びダンジョンに向き合うことが出来るようになるために必要な時間でもあった。過去は変えられないが、より良い未来を歩む方法はあるはずだ。
そろそろ陽が傾き気温が下がってきた。エアコンを入れて天井のサーキュレーターをゆっくりと回す。さて、晩飯はどうしようか。どこの店にしようかなぁ。彼女たち三人と俺のグループチャットにメッセージが入った。園子からだ。食材を買って帰るので今夜はおうちごはんだそうです。四人には少し小さめのテーブルしかないが、まぁなんとかなるだろう。あ、台所で干してる洗濯物が料理の邪魔か? 居間に干せるものを移動させる。バスタオルをロフトの手すりに移動。ハンガーを引っかける。よし、これでなんとかなるだろう。
そうだ、もう外に出ないし先にシャワーに入ってしまえ。速攻で風呂に入る。上がって髪を乾かし終わったところでみんなが帰って来たので玄関のカギを開けて出迎える。
「たっだいまー!」
両手に大荷物を抱えた葵が元気に帰って来た。モノクロの部屋に色が付いて音も戻ってきたようだった。
「おかえり、ほい、荷物持つぞ」
荷物を居間に運んで玄関にダッシュで戻る。
「園子おかえり、香流も。ほい、荷物」
「ただいまー。はい、よろしく」
デパートの手提げ袋とスーパーの袋で大荷物だ。
「すごいな。呼んでくれたらバッグ持って迎えに行ったのに」
「バッグ? あー! その手があったのね!」
「使いどころが難しいけどね。トイレでバッグに入れても万引きみたいな感じになるしなぁ」
「たしかにそうね」
「でもまぁ猫の手ぐらいには役に立つから次からは遠慮なく呼んでくれていいよ」
園子とそんな会話をしながら居間と玄関を往復した。デパートの手提げ袋は居間に並べておいた。
「兄やんは何も買わんでよかったん?」
服を脱ぎながら葵がデパートの手提げの中を覗いていた。
「おじさんはファッションなんてのはバーゲンで充分なんです。しかも今は特に買う物もないかなぁ」
「ふーん」
「お? 葵、パジャマじゃないかそれ」
「じゃーん。パンイチじゃなくなって残念やろ?」
「大事なものって、失くしてから初めて気付くもんなんだよな」
「なに馬鹿なこと言ってんのよ。もうちょっと大事なものを失くした時に言って欲しいわ」
「あ、千里さん、お風呂上りなんですね。いい匂いがしますよ」
スンスンとする香流からそんなことを言われた。
「へー。じゃあやっぱりボディソープかメンズのシャンプーの匂いが当たりなんだな」
「いや、なんか違うと、おお! 兄やん! 布団がふっかふかやん!」
ロフトから葵の声が聞こえた。風呂に入る前に布団に寝転んだらしい。新品パジャマだしいいか。上からは香流の同じような声も聞こえて来た。
「乾燥機掛けてくれたのね。あと、洗濯とお掃除も? ごめんなさい。私たちが遊んでる間に」
「園子は真面目だなぁ。気にしなくていいよ。手が空いてたからやっただけだし。独りで暮らしてたってどうせやることだからなにも気にするなよ。あ、勝手に洗濯して欲しくないものは別にしておいてくれると助かる。それよりも園子も自分の部屋のことが気になるだろ?」
「それは不思議と嫌じゃないというか、あ、そうね。ここ、わたしの家じゃないんだったものね」
きょとんと俺の顔を見て園子が不思議そうにしていた。
「ふふふ。園子ちゃんも葵ちゃんのこと言えませんね」
「園子ちゃんもわかってくれたんちゃう? なんで居心地ええんやろね?」
パジャマの二人が降りてくると代わりに少し顔が赤い園子が無言で上がっていった。二人はそのままキッチンへ。
「俺も手伝うよ」
袖を捲りながらキッチンに顔を出したら葵に追い返された。
「女の子三人おるからなー。兄やんは邪魔やからあっちで休んでてええよ。これでも飲んどきー」
缶ビールを渡された。「お、おう」と曖昧な返事をして缶ビール片手に戻るとちょうど園子がロフトから降りて来たところだった。
「お、園子も新しいパジャマ買ったんだ。前のも可愛かったけどそれもすごい可愛いな」
フワモコになった園子に向かって両手の間にビールを挟んで拝んでしまう。
「ふふふ。ありがとう」
美人がパジャマ姿で微笑みながらキッチンに消えて行った。夢か幻を見た気がする。手に持っているビールを見る。まだ酔ってないよな。




