第32話 どうせなら
葵は背が低いので長い杖は使い勝手が悪い。そこにきて短い杖はあまり売れないという追い風が吹いた。ということでまたしても性能は良いのに素材の長さが足りなくて短くなってしまったダンジョン産の杖というのが格安で手に入ったそうだ。
「うわ、短っ。園子、魔杖って長さと威力の増加の関係ってあるの?」
「長い方が命中率が上がるとか言ってる人はいるけどよくわからないわ。丈夫な素材で作ると殴打に使えるからっていう棒術とかの意味で長い方が好まれるっていうのはよく聞くけど」
こん棒としての性能ですか。葵の場合、魔杖を使うのはボス戦ぐらいだから、その前に収納から取り出せばいい。短くても問題ないだろう。
「これ、トレントのドロップ品だから触媒としては最高級よ。せっかくドロップしたのにこの長さじゃあ拾った人もがっかりよね」
美しい顔でニヤリとして言う園子。内心ではぜんぜん違うことを思ってるよね、ぜったい。香流のMPを急に増やすことは不可能だ。【絶対領域】の展開時間を伸ばせないなら葵の【範囲攻撃魔法】の威力を上げればいい。ボス討伐の可能性が上がるだろう。園子は知っている。俺が、このパーティーが特別な魔石を保有していることを。
「あれ? 香流はいつの間にそんなの買ってたの」
後ろを見ると香流が金の炎にも見える縁取りが美しい純白の大楯を持っていた。
「先ほどの防具フロアで掛井さんにお声がけ頂きまして。なんでも手付として半額入金されていた一点モノなのに完成後にキャンセルされてしまったらしいんです。信用して店で買い取りで仕入れたものなので、残りの半額の半額でいいから買いませんかと」
脅威の四分の一価格。
「それをSランクの割引から社員ので」
怖い。もうそれ以上は聞きたくない。
「お客さん、Sランクパーティーですもんね~。ご存じなさそうなので申し上げますが、そういう冒険者に使ってもらったらブランドに箔が付くから商品提供とか、下手すると報酬まで出ますから。それでさらに配信とかしたら一発ですよ~」
なるほどね。宣伝効果が高いんだな。でもパーティーとしてはSランクではないけどね。
「香流、ちょっとその盾見せてくれる」
香流が園子に盾を渡す。
「へー、これいいわね。すごく軽いじゃない。これ、ダンジョン素材使ってない? 魔鉄と複合素材のハイブリッドで裏打ちしてるわよね。表面は何かよくわからないけど魔法なのかしら? 表面も触ってるのに触ってない気がするわ。あっ、これ小佐原さんの作品じゃない」
「え? 小佐原さんってさっき園子にやられた魔杖製作の人? 防具も作れるんだ。これ、そんなにすごいならなんでキャンセルされた上に売れ残ってるんだろう?」
「これはですね~、オーダーでは素材指定だけで色指定がなかったんですよ。それでですね~、これ、派手過ぎるんですぅ。こんな真っ白なの、目立ち過ぎだし、モンスターのヘイト買いまくりじゃないかってオーダー主の方がキレちゃったんですよ~ 表面は傷が付かないようにっていう加工だそうです〜 それも頼んでないのに勝手にやっちゃったみたいで~」
なるほど。確かに目立つな。でも香流ならこれを余裕で着こなすぞ。ファッション的な意味で。それと、持たせてもらったらとんでもなく軽かった。軽いと持ち運びはいいけどストッピングパワーが足りなくなりそうだな。
「この盾、何か変よね? 魔力通したら何か効果あるんじゃないの?」
「それ〜、すごくてですね〜、なにやったのかよくわからないんですけど、魔力通してない時に常時発動で重量軽減が掛かり続けてるんです。ダンジョンの中で持ち手を握って魔力を通すと重くなります〜。加減は慣れてもらうしかないですね〜」
なんかよくわからない。まぁ、安いからいいだろう。
「ふぅん。面白いわね。これだけ軽かったら背負うだけでバックアタック防げるし運用法次第よね。良い買い物だったわね」
「みなさんのお買い物を見ていたら自分もいろいろ欲しくなっちゃってたので良かったです」
そりゃそうだよね。だって、めっちゃ安く買い叩いているもの。ただ、慌てなくても掛井さんもいるし、今後もいろいろ融通利かせてくれそうではある。今度から手土産をマジックバッグに入れておこうと香流にコソっと相談したら。とても美しい笑顔で頷いてくれた。早くも香流にも園子の影響が出始めている気がする。寅吉さん、ますます俺たち男子の立場が弱くなりそうです。
防具が終わったら二階に降りて葵と一緒にカメラ用のメディアを購入。ヘルメットにカメラが付いているのでボディカムは不要だ。それと保存飲料と美味しそうな携帯糧食を箱買い。マジックバッグに入れたいけどコソコソできる場所が無いので無料配送で俺の家に発送手続きをする。バッグの中は時間停止するし、永久保管の本当のエマージェンシー用。飲料や食糧はこれからおいしいものをたくさん収納する予定。
「よし、買い物完了。園子の荷物を回収しよう。園子、俺のリュック持っていって詰めて来て。そのまま持って帰るから」
「そうね、お借りするわ」
園子が戻るまで二階の雑貨フロアのロビーで待つことにする。
「葵、昼なに食べたい?」
「せやなー。ウチまだ東京のラーメン食べてないからそれがええかなぁ」
「ほほう? 葵の好きな味とダメなのは?」
「ん~、あかんのは辛いやつやな。辛くなかったらなんでもイケるで」
「香流は? ラーメン食べに行く人?」
「わたしは好きですけど。あまり食べに行く機会はないですね」
「ふっふっふ。ここに独身アラサーおじさんというラーメン屋に対して無敵の人材がいるからな! 女性だけで入りにくい店も入り放題だぞ!」
「なんの自慢やねん。女でもどこでも入れるっちゅーの」
「葵、甘いなぁ。お前のそれは特殊技能だぞ。女性のみ、特におひとり様では飲食店に入れないという人は多いんだぞ」
「あー、なるほどなあ。香流ちゃんはちょい難しいやろなぁ」
「あとは園子次第だな。ラーメン食べない人もいるからな。まぁ、行けると仮定して店決めておこうか。葵、香流と一緒にネットで調べてみてよ」
ふたりで楽しそうにスマホで検索している姿に癒されるおじさん一匹。
「あっ」
葵と香流が同時に声を上げた。
「どした? なんか気になる店でもあったか?」
「兄やん、『酔恋処』で昼にラーメンやってんで」
「はい? あそこ居酒屋じゃん?」
「それがですね、昼はラーメンと定食の店として評価が高いんです」
「マジか。メシが美味い店だとは思ってたけど。ラーメンまで手を出してるのか。それに定食があるのも魅力的だな」
「ここでええんちゃう?」
「いいのか? せっかく東京に出て来たんだからいろいろ美味しいもの探しに行ってもいいんだぞ?」
「いや、それはそうやねんけどな。別に旅行で来たわけでもないからなぁ。これからずっと兄やんたちと一緒やねんから。そんな焦らんでもゆっくりいろいろ行ったらええねん。それと、ウチあの店好っきやで?」
おお、なんか嬉しいこと言ってくれるなこのやろー。葵がいいなら『酔恋処』でなにも問題はない。香流の顔を見れば聞くまでもないだろう。
「そうだな。ま、葵が行きたいところがあったらどこでも言えよな。連れていってやるから。それにほら、タイガーもすぐには仕事辞められないと思うんだよな。後任への引き継ぎとかあるだろうし」
「そうですね。お立場がお立場ですからね。ちょっと掛かりそうですね」
「うん。その間にも俺たちだけで出来ることはたくさんあるから。引っ越しもあるしね」
「引っ越しかぁ。今の兄やん家も居心地ええねんけどなぁ」
「そうかぁ? どう考えても高層マンションの方が住み心地良いだろ」
「かー、兄やんは兄やんやなぁ」
「いや、そりゃまあそう言われて悪い気はしないよ? でもあんだけ狭い家に何人もいたら気も使うし、いや、使ってないな。それでもストレスが溜まって喧嘩になったり、ってことはなさそうだな。あれぇ? まだ三日目だからよくわからんな」
「あー、うん。せやな。とりあえず引っ越しはまだ先やからなー」
「うふふふ。私も男性と一緒の場所にいるのはぜんぜんダメだったんですけどね。TDSで遊んでいる時に千里さんの配信に辿り着いて、一緒に遊ばせてもらっている内に親近感が湧いて、あの日、思い切って書き込みして会いに行って本当に良かったと思ってますよ。きっかけをくれた葵ちゃんにも感謝しています」
「そーかー、それは配信者冥利に尽きるなぁ。でも一番は自分の殻を破ろうと書き込みをした香流の勇気のお陰だと思うよ」
「せやな。ウチもな。ダンジョン潜りたかったんや。はよ家出て自立もしたかったし。でも、うまいこといかんでな。男はな、もうみんなキモかってん。触られるんのも話すんのも嫌やってん。でもなぁ、なんでやろ? 兄やんの声はな、なんか違かってん。クランもおもろかったし、やさしかったし。兄やんの家でな、最初の日ぃにゆっくり眠れたのが不思議やったわ。あれな、兄やん! 布団になんか塗ってるやろ! ええ匂いすんねん!」
香流に当てられて話してる途中で恥ずかしくなったのか、赤くなりながら急にデカい声を出し始めたな。
「布団になに塗るんだよ。付いてるのは洗濯洗剤と俺の匂いだよ。え? まさか加齢臭ってやつなのか?!」
「なんの話よ。加齢臭なんかしてないわよ」
「うお、園子、おかえり」
「千里ってぜんぜん男臭くないわよね。不思議だわ」
わざわざ近くに来てスンスンと匂われた。緊張するからやめて欲しい。そして褒められたのか貶されたのかわからない。ただ、男として見られていない悲しい事実だけはわかる。
「ああ、それですね。特有の感じが無いんですね。だから引き寄せるんですかね? 普通、逆な気もしますけど。私たち、似た者同士なんでしょうね」
そう言って楽しそうに笑う香流。俺はおじさんだが香流たちと似た者同士? はっ!? まさか俺って実はおばさ
「園子ちゃん、これ見てやー!」
園子にスマホの『酔恋処』のランチのページを見せる葵。
「へー。おもしろそうね。いいわよ。香流の会社もあっちの方よね? 先にお昼でいいのかしら?」
「ええ、それで大丈夫ですよ」
園子が持って来た朝に担いだ時とまったく重さの変わっていないリュックを背負って駅へと向かう。邪魔なのでサイドポケットは外して収納した。リュックの中のマジックバッグには、園子がバックヤードで隠れて武器類を収納済みだ。念の為に武器ケースも買って収納してある。俺のスモールシールドも外して収納して香流のラージシールドを俺が持って歩く。春の陽光を反射してめちゃめちゃ目立ってる。バイザーを下ろしてサングラスモードに。
そして到着。ヘルメットを脱ぎながら入店する。
「いーらっしゃっせー。あっ! お帰りなさいまっせー!」
「こんにちは。今日は四人です」
「はい、お席ご案内いたしまぁす!」
お店のお姉さんは今日も元気で丁寧な接客が気持ち良い。
「お客さん、やっぱり冒険者さんだったんですね! 今日はお仕事の帰りなんですか?」
「いや、今日はショップで買い物をした帰りなんだ。ここってお昼はごはん屋さんだったんだね」
「はい、兄弟でやってる店なんで、昼は弟、夜は兄が板長なんです。わたしは基本的に夜の接客担当なんですけど、たまに昼も出てるんです。というかわたしはその板長兄弟の妹なんですけどね」
「なるほど。家族経営って感じなんですね」
「はい、そうなんです。では、こちらの席をお使いください。今、お茶をお持ちしますので」
席に着いてランチメニューを見る。いろいろやってんなー。定食が食えるなら定食がいいかなぁ。独り暮らしだとラーメンとかはよく食べるから定食を食えるチャンスは逃すのがもったいなく感じるからなぁ。
『園子ちゃん、見たやろ? なんでこれで彼女おらへんの?』
『うーん、わからないわ。引き寄せるのに押してこないせい?』
『あー、それや。中身が枯れてるわけではないんやけどなぁ』
『ふーん。反応が悪いのね。なるほど』
『見てみ? 香流ちゃんとあの距離でふっつーに話してんで? 付き合うてもおれへんのんに普通の男にあれは無理やろ?』
『女はあれをやられたら一発ね。完落ちじゃない。でもわかってないのね』
『TDSん時は頼りになるんやけどなぁ』
『それってあなたたちがやってたゲームよね?』
『せや。東京・ダンジョン・ストラテジーっていうゲームや』
「お? なに? 園子もTDSに興味あるのか?」
「え? ああ、そうね。みんな元々その繋がりなんでしょ? ちょっと見てみたいわね」
「家でゲームする時間があればやってみてもいいけど」
「お、久々に配信すんの? 見てるだけになってまうなぁ。駅前のネカフェ行ってログインしたろか?」
「やめいやめい。そこまでせんでよい」
「わたしのノーパソでも動くかしらね」
「園子ちゃんのパソコンすごいやつやん。あれやったらぜんぜん動くで」
「配信外ならふたりで行けるけどな。二人だとちょっとなぁ」
「なんでや。配信もして仲間集めたらええやん」
「あのな、お前らぜったい声出すだろ。アラサー独身彼女なしおじさんの配信だから今のクランメンバーがいるんだぞ? そこでお前、部屋に三人も美女がいるってわかってみろ。炎上だよ! 炎上!」
「顔出ししてへんねんから美女かどうかはわからんやろ」
「おま、高校卒業したての十八歳関西弁女子なんかと同棲してるってわかってみろ! きっと俺は恫喝を受けることになるぞ! しかもその娘がクランメンバーなんだぞ? 香流も含めたら俺にはハーレム野郎という消えないデジタルタトゥーが刻まれてもうネトゲも配信も出来なくなるんだぞ?!」
「まぁ、たしかにハーレム野郎ではあるからなぁ」
「そうね、それは否定できないわね」
「いや、何もしてないのにハーレム野郎とか呼ばれるのはさすがに俺がかわいそ過ぎるだろ」
「ハーレム野郎と呼ばれることに変わりはないし、どうせなら手を出しちゃえばいいのではないですか?」
「おー、そう言われてみればそうだね、ってなんでやねん!」
よし、決まった。さて、メニューは、と。うーむ。サバ味噌か生姜焼きか、悩むなぁ。
『園子ちゃーん、香流ちゃんが大胆な攻撃に出たでー』
『見事失敗に終わっちゃったわね』
なかなか食う機会のない定食だ。生姜焼きなら自分でも作れそうだということで、どうせならサバ味噌定食に決定!




