第30話 休日のようなもの
昨夜は園子と合流した後に中華料理屋に行った。みんなでハフハフ言いながら食べた小籠包が美味かった。
夜は撮ってきたビデオと写真で内見の報告会。泣きそうなほど羨ましそうに見る園子が不憫になり、明後日の寅吉さんの内見に一緒に行こうと誘うとえらく喜んだ。寅吉家に報告すると上階の部屋も見たかったからと快諾された。
一夜明けて今日はダンジョン攻略は休みだ。ボーナス入ったし! 代々木公園前店で装備を買うのと、二人の会社に残った私物の回収をすることにした。
「それで兄いやんリュック背負ってきたんか。けど、そんな大きいのんいるかぁ?」
装備を買うということで葵と園子はゾディアックの冒険服を着ている。香流は相変わらずのロングスプリングコートの不審者ファッション。俺は薄手の羽織物にした。
「俺も装備を整えるからさ。冒険の時にこのリュック背負うだろうし、試着の時には本番と同じにしておいた方がいいから。それと、今着ているものを入れて持って帰るのに楽そうだしな」
今日はリュックのオプションのサイドバッグも付けて来たのでかなり大きくなっている。当然、中にはマジックバッグも入れてある。マジックバッグがあるから小さいバッグでもいいのだが、それだけではいかにも不自然だし難しいところではある。
「兄いやんがそれ背負ってるとデッカい身体が余計に大きゅう見えるな」
朝の通勤時間は終わっているので電車内は空いている。葵と園子が座っていて、目の前に立つ俺と香流を二人が見上げている。
「背が高いとリュックが大きくても似合いますし、吊り革にもなって素敵ですよ」
隣の香流が吊り革ではなく、吊り革を掴む俺の右腕に両手を組むように捕まりながらそう言って慰めてくれたのだが、大きいサングラスと大きいマスクのせいで表情はまったく読めない。しかし、吊り革代わりになれることが素敵かどうかは正直よくわからない。きっとフォローを入れて慰めてくれたのだろう。しかし、デカい人間はそれを頼られると無条件に嬉しくなる単純な生き物でもある。
「なるほど。無駄にデカい身体も意外なところで利点があったか」
香流だと俺と同じように吊り革に掴まるのに苦はないというか、その上のパイプも楽に掴めるはずだが、俺の腕を両手を組んで掴んでいる。サングラスとマスクのお陰で顔が見えなくて助かった。さすがにこの距離であの美貌は応える。
『園子ちゃん、兄いやんの中で高身長はモテ要素言う概念が消えてるんはなんでやろ?』
『生まれつき背が高くて無自覚、もしくは何かトラウマになるようなことがあったとか』
『少なくとも無駄にはなってへんよね?』
眼下で二人がお互いの耳元で何か話し合っているがまったく聞こえない。口元が笑っていないので何か真面目なことかもしれない。女子の内緒話にアラサーのおっさんが口を挟んだり耳を傾けてはいけない! それをすれば事案まっしぐらだからだ。
今日は全員が昨日の晩飯前に買ったサングラスをしている。もちろん素性を隠すためだ。
車内のあちこちにいる冒険に行くであろう連中もだいたいサングラスかゴーグル、もしくはヘルメットを被ってバイザーを下ろしている。ほとんどの連中がそうする必要もないランクの下方に位置しているはずだが、見栄を張りたいし、もはやファッションとして定着したまであるから誰も気にしない。
冒険者の通勤は香流を笑えないほど不審者になることが車窓に映る己の姿でよくわかった。
渋谷で降りて相変わらずの雑踏を歩き始めたのだが、香流が俺の腕を両手で掴んだままだ。前を行く二人が立ち止まってじっと香流を見上げると、俺ほど背がデカい男と歩いた事が無くて一回やってみたかったのでいいかしらとお伺いを立てた。二人はしばしサングラスで見つめ合って許可を出した。俺は誰にも何も聞かれなかった。当然だ。俺には拒否権など存在しないのだから。顔が見えない美女だが腕を組まれれば仮想彼氏でもおじさんにとっては僥倖だ。
特に気の利いた会話もないまま歩いていたが、途中振り返った園子がギョッとしたように立ち止まった。
「どした園子?」
「いや、あの、それは」
園子の視線を追って隣を見ると、マスクとサングラスを外してスプリングコートの前を開けて春っぽいミニスカートのおしゃれ番長スーパーモデルがいた。
「うおっ! どうりですれ違う人達がこっち見てると思ったわ。香流、この服って昨日買ったの? すごく可愛くて素敵だね。とても似合ってるよ。似合ってなくて釣り合わないのは隣のおじさんだけだな! わはははは」
にっこりと微笑むスーパー美女。もはや現実とは思えん。
「香流、せっかくだから思い出に写真撮らせてもらっていいかな? SNSとかには絶対上げたりしないから!」
「ふふふふ。上げてもらってもいいですよ?」
さすがの余裕だ。俺はサングラスは外さないでおこう。俺のスマホを預けて写真の上手い園子に撮ってもらった。なんかすごいポーズ取らされたりよくわからないアングルでバババっと撮られた。
そのあとは園子と葵とも撮ってもらった。
「いやー、みんなありがとう! この写真は永久保存だ! 老後の自慢になるよー!」
「兄いやん、さすがにそれはどうかと思うで。諦めるの早過ぎるやろ」
「葵、ここではっきりさせておこう! いいか? お前は可愛いからな? この写真をよく見ろ! 香流は言わずもがなだけどな、園子も美人だろ? 並んでるお前はどうだ? わかったか? お前は可愛いんだよ! そんな可愛いお前たち三人と写真撮れる俺を世間はどう思うと思うんだ! 俺はたまたま可愛いお前たちと一緒の冒険者パーティーに所属するという宝くじに当たるみたいな幸運を掴んだラッキーおじさんなだけだ! だからこの写真には価値があるんだ! わかったか!」
「園子ちゃーん、助けてやー」
こいつ生まれてから美人過ぎて自覚無いんじゃないか? 香流は自覚せざるを得ない人生だろうが、園子はともかく葵は特に自分の可愛いさがわかっていない。この二、三日で香流と園子のお陰で大阪時代のキツい女子高生ヤンキーファッションじゃなくなって世間一般ウケする可愛いさに変貌したということをわからせる必要があるな。このままでは無自覚のまま好意を寄せられて気付かないニブい女になってしまうぞ。
撮影大会で遊んだあとに不審者に戻って先を急いだのは、ご存知、冒険者ショップ代々木公園前店。まずはみんなで五階の紳士服売り場へ。
「いや、俺の冒険者服を選ぶだけだからみんなは先に防具売り場に行ってもらっていいよ」
「兄いやん、それはアカンて。ウチらがええって言うやつやないモン選んでもぅたら後が事やで」
かなり難易度の高い関西弁だがなんとなくニュアンスは伝わって来た。他の二人も何も言わないから同じような考えなのだろう。なるほど。おじさんセンスで選ばれた日には一緒に電車に乗ったり冒険するのが恥ずかしくなるから監視が必要と、そういう事か。納得!
女子チームとお揃いの新進気鋭メーカーの『ゾディアック』にするか、老舗の実力派『バリスティック』にするかってところだなぁ。
「昨日買った軽量ヘルメットがゾディアックだから同じメーカーが良いと思ったんだけど、意外とバリスティックでもイケてるんじゃないか? どう思う?」
三人の批評家に審判を委ねる。
「どっちでもエエんちゃう?」
二人も頷く。なんだよ、君たちここに来た意味あるか? あ、アレか。どっちも大したことないからどっちでもいいってことか。納得!
「じゃあ、両方キープしてこのまま先に防具見に行こうか。それとまた比べて最終的にどっちにするか決めるよ」
「それがいいわね。写真は撮っておいたから防具選んでくれたら合成で比べられるわ」
さすが園子だ。パソコンもスマホも写真も動画もお手のものだな。
「園子は芸術のセンスもある上に技術もあるんだな。美人受付嬢で大人気だったはずだよ」
「そーなんですー。園子先輩辞めちゃうの寂しくてー」
店員の後輩も寂しそうだ。
「あなたたち大げさなのよ。店舗店員はけっこう出入りが激しいのよね。有力冒険者パーティーにスカウトされることも多いしね」
「でも園子先輩そういうのまったく相手にしてなかったじゃないですかー。今回はどうしちゃったんですかぁ~?」
そりゃ気になるよな。俺とか初めて冒険者服買いに来たっていうの丸わかりだし。
「ああ、今日は違うのよ。知り合いからの頼まれ事だから」
「そうそう、おじさんちょっと仕事の関係で必要になってね、アドバイスもらうのにお願いしたんだよ。じゃあ、また後でよろしくお願いしますね」
他人のフリ作戦どうだろう? こんなことしたら二度とここに来れなくなったりしないか? そんな疑問も芽生えつつ紳士服売り場を後にエスカレーターで下りて四階の防具売り場へ。




