第29話 恩恵にあずかる
枕元に人の気配を感じて目が覚めた。
「おはよう。ごめんね。起こしちゃったわね」
「気にしなくていいよ。朝早くからご苦労様」
枕元に座ってテーブルのスタンドミラーで化粧をする園子だった。
「朝食は食べた?」
「ん、ヨーグルト食べたから」
冒険者支援機構は二十四時間営業だ。ということは働いている人はシフト勤務になっている。園子はデイタイムでの契約になっている。勤務時間は七時半から十六時半で、今はまだ朝六時だ。
「契約切るから、たぶん明日からは早起きしなくてよくなるわ」
「そうか。寅吉さんなら良くしてくれるだろう」
「ん、じゃあ行くわね」
洗濯ものだらけのキッチンを抜けて玄関まで見送った。
「行ってらっしゃい。気を付けて」
「行ってきます」
軽くハイタッチして送り出した。
二度寝は無理かなぁ~って思った時もありました。
「兄いやーん、朝やでー」
「ぐえ~」
腹の上にノシっと股がられている。
「ん? それで全体重掛けてるのか? 此花ちゃんと変わらんな」
「なにおー! こんなナイスバディな四歳児がおるかー!」
「わははは」
「今日も朝から元気ですね」
香流は今日は朝から素面らしい。
朝食は昨日の香流が作ってくれたお弁当の残りとコンビニで買って帰ったものをミックスして食べた。葵がよく食べる。
午前中に新宿の物件を見る。高層階からの都心の眺めはいかにも東京という感じがして素晴らしかった。葵も感動していた。新宿ダンジョンも徒歩圏内だから悪くない。昼に新宿の街を歩いてパスタランチを食べた。時間があったので香流の案内で葵の服を見に行く。
「おー、けっこう買ったな」
「香流ちゃんに似合う言われたら買うしかないからなぁ」
早速、買った服を着て歩く。荷物持ちは当然、俺だ。
「うん。東京バージョンの葵って感じで可愛くてすごく良いよ」
俺は紳士だ。葵はデパートの化粧品売り場で化粧も変わった。頭はパツキンだけどね。これはこれでトレードマークみたいなものか。
「あ、そうやった。兄やん、これな」
化粧品売り場で会計に向かう途中でそう言って五万円を渡される。
「あー、あったなこういうの」
「なんや。忘れてたんかいな」
「マジで忘れてた。急に金が入って気が大きくなってるのかな?」
「ホンマか~。しっかりしいやー」
「そうだな。どうせ忘れてた金だからな。香流、春の新作リップで欲しいのない? 葵のも一緒に選んでよ。どうだ? こういうお金はこうやって使うのがカッコイイんじゃないか?」
「うふふふふ。ありがとうございます。カッコイイですよ」
「かっこええねんけどな。自分で言うたら台無しやな」
「お嬢ちゃん、おじさんがなんでも好きなもの買ってあげるからね」
「わはははは! そっちの方が似合うてるわ」
「なんでやねん。あっ! 香流! 園子へのプレゼントも頼む!」
「はい。よく気が付きました」
あぶねー! 地雷踏むところだった!
◇
午後は川沿いの駅に立つ高層ビルマンションの見学だ。
「すげえなここ」
「兄やん! 一階の庭かこれ? めっちゃ広いで」
一階が普通に3LDKの間取りだ。けどものすごく広い。完璧だ。俺が住みたい。いや、独身でこの間取りはダメだ。みんなが引くやつだ。
そして今、空きがある高層階の部屋は最上階の三十二階の部屋だ。メゾネットタイプで下がリビングと一部屋、おしゃれなアイランドキッチン、水回り。上階は全部屋が角部屋という四部屋。リビング側は遠くの富士山が今日はハッキリと見えている。
「すげえな。葵、ここな、すぐそこの右側と左のちょい先、あのへんで同時に花火大会があるんだよ」
「えっ! マジかいな! ここ特等席やん!」
「うふふふ。ここ、良いですよね」
「香流、よくこんなの見つけたな」
「寅吉さんのアカウントをお借りして探しました。Sクラス向けの物件なので一般には出てこないんです。ここは最近、引退されたパーティーが出て行かれてリフォームされたばかりのお部屋だそうですよ。希望があれば家具もこのまま使えるそうです」
「うーむ。白基調の素晴らしいリビング家具じゃないか? 俺はこれで何の文句もないんだけどな。駅からも近いし最高なんだけどさ、家賃いくらなの?」
「管理費込みで十五万円です」
「えっ?! 十五万だって?!」
「高っ! そんなん住まれへんやん!」
「葵、違うぞ! 格安なんだよ! 俺たち四人だからな、ひとり四万円以下でここに住めるんだぞ!」
「そうなん? それって安いのん?」
関西の女子高生には東京都心の家賃事情はわからないよなぁ。
「はい。『Renegades』の事務所というか基地というんですかね。そういう扱いになります。Sランク冒険者がメインで所属するパーティーなので最大の補助金が適用されます。ちなみに先ほどの一階のファミリータイプのお部屋は六万円ですね」
「マジか。住まない理由がないぞ」
「それだけSランクという実力者が国にとって有用なんですよね。Sランクなら億単位の年俸でウチの国に来てくれ、クランやパーティーに入ってくれというオファーには事欠かないですから」
「はー、おっちゃんはただのおっちゃんやないねんなぁ」
日本最高峰の冒険者は世界最高峰の冒険者でもある。バリバリ稼がないとなぁ。
「これ、他のところ見る必要あるか? 横浜も凄そうではあるけどな。此花ちゃんのことを考えたらここでいい気がするなぁ」
「そうですね。他に取られてしまう前に仮押さえだけしておいた方がいいでしょうね」
内見予約で今はキープできているけど、このあとすぐに申し込まないとまたオープンにされてしまうらしい。
「よし! 電話だ!」
「ん? 誰に?」
「真由美さんだ!」
「まぁー。せやな。それがええやろうな」
そのあとすぐに真由美さんに一階の部屋の写真と動画を転送した。
『え、こんなにすごいんですか!?』
「そうなんです。これ、普通は住めないと思います。そして、信じられないことに格安です! 月に六万円です!」
真由美さんがキャーキャー言って可愛かった。その後、高層階の部屋からビデオ通話でルームツアーをした。また「十年若かったら」と言っていた。
とりあえず仮押さえしておくことに反対はなかった。次の寅吉さんの休みに合わせて千葉から見学に来ることが決定して通話を切った。
代々木のマンションもダンジョンの近さは魅力的だが、徒歩圏内にこだわる必要もない。
「横浜は此花ちゃんの進学の時にまた考えればいいだろう。パーティーとしてはもう住むところはどこでもいいからな。俺たちはこれから根城にするダンジョンを決めるべきか、あるいは別の方法を探るべきかの方が大事だから」
「別の方法て?」
「うん、それを園子や寅吉さんも交えて話し合いたいな」
香流が通話を終えた。
「仮押さえしておきました。断れば違約金は発生しますが、本契約まで一週間はキープ出来ます。全体チャットに報告したので真由美さんにも届いているはずです」
「ご苦労様」
「香流ちゃん、なんでも出来てすごいなぁ。ウチも見習わんとなぁ」
園子も葵にとって良い手本だろう。アラサーおやじの俺に出来ることは少ない!
「そろそろ園子が仕事から帰ってくるころだな。ここの駅で途中下車してもらって晩飯食いにいこうぜ。地元駅になるかもしれないし、実地調査だ」
「おお、それええなぁ! はよ店見にいこ!」
園子に連絡すると速攻で「すぐに帰ります!」とメッセージが入った。




