第27話 秘匿
装備と真新しい銀行カード、そして銀行口座用の真新しい印鑑をピックアップ。大人って怖い。
装備の入ったキャリーケースをゴロゴロしながら居酒屋に突入。酔恋処のお姉さんは此花ちゃんを連れて来たことに大喜びだった。
いつもの個室に入って葵がスマホに銀行アプリを入れてあっという間にセッティング完了して入金チェック。三百十一万円入金のインパクトのデカさよ。葵は「信じられへん」と繰り返す壊れたロボットになっていた。三百万円という数字の大きさも実感出来ていない。わかる。実は俺もそうだから。
「それでは、『Renegades』の記念すべき第一回目の冒険が成功に終わったことを祝しまして、乾杯!」
「かんぱーい!」
此花ちゃんの「かんぱーい」の声に大人たちが癒される。
「今日はパーティー全員とその家族を迎えた祝勝会です。費用をパーティー資金から出すことに反対の人はいますか? いるわけありませんね。ということで、飲み放題は自己責任で! 食べ放題は決定なので好きなものを頼んでください!」
飲み物のお代わりと料理が一通り来たところで目の前の寅吉さんがこっそりと話しかけてきた。
「で、なにやらかしたんだって?」
「ちょっと当たりを引いただけですよ」
「見せてもらえるかね」
リュックを持って寅吉さんの隣に行き上部カバーを開ける。中を見せながら状況説明。
「この中にペットボトル三本と携帯用の食料三食分が入ってました。こいつを入れたらこんな感じに」
「ほう」
寅吉さんはリュックの中をしばらく覗き込んでいたが、おもむろに手を突っ込んだ。出て来た手には携帯糧食をひとつ掴んでいた。
「ふむ。持ち込みはいかんな」
そう言って携帯糧食をリュックの中に放り込んだ。「もうわかったからしまって大丈夫だよ」と言われたのでリュックを持って自分の席に戻る。
事情を知らない人から見たら、ただリュックの中から携帯糧食を取り出しただけにしか見えない。俺の横には三人娘が並んでいるので、リュックのカバーを開いて中を見せる。
「ひっ。なんやこれ。こわ」
真っ黒に口を開けた革袋はホラーの要素しかないのは確かだな。少し頬が赤い香流が寅吉さんに問いかける。
「この中に手を入れたんですか?」
「うん、大丈夫だよ。入れたらわかるよ」
酔った香流が興味津々というふうに目を輝かせながら止める間もなく手を突っ込んだ。
「うーん、ほうほう、なるほどですね~」
そう言って出てきた手にはペットボトルが握られていた。しばらく眺めた後に中に戻す。
「みなさんも一回やってみるべきですよ!」
目をキラキラさせてそう言われればやらないわけにはいかない。思い切って暗黒の中に右手を入れる!
なんだこれは? ぽっかり何も感触がないのだが、中に入っているものがわかる。水のペットボトルが三本と携行糧食のレトルトパウチが三袋。ペットボトルを取り出そうと思えばその姿が鮮明にイメージ出来てどこでも掴める。
寅吉さんがズイっと前に出てさらに小さい声で言う。
「星名さん、この氷水をひとつ入れておいてください」
さっき寅吉さんが頼んだ水だ。てっきり此花ちゃん用かと思ったのだが違ったようだ。
「ここにもう一つ置いておきます。氷の溶け方で時間経過機能の有無がわかります」
なるほど。時間停止機能が付いているものとそうでないものがあるのか。
「みんな、よく聞いてくれ。そして声を出さないように」
寅吉さんが注意を促す。最近、そんなのばっかりだなと思いながら頷く。
「間違いない。それは【マジックバッグ】だ。生命体は入らない。液体のみの状態のものも入らない。容量制限は特に感じない。入れられるのは開口部を通る大きさのものだ。あとは時間停止があるかないかだ」
ビールを飲む。さらに身を乗り出して小声になる。
「時間停止が無かったとしても数千万円だ。時間停止機能があったら億だ」
アイテムマニアの園子が目を輝かせてウンウンと頷いている。俺の身を案じて震えていた可愛い女の子の姿はもうそこにはなかった! この娘は金額ではなく、純粋にレアアイテムということに反応してることが、コップを嬉々としながら収納している姿からよくわかる。
「な、なんでそんなすんのん?」
これがノーマルな反応だよな。
「それひとつあれば無補給で探索し続けられるんだぞ。攻略組が欲しくて欲しくてたまらないものだ。日本国内で確認されているもので十個ほどだ。隠れて持っているクランやパーティーもあるようだが、ごく少数だ」
「長期間のダイブの場合、単独パーティーでは難しいわ。大手のクランが高所登山のように食料、飲料水をポーターに運ばせたり、事前に何往復もしながら隠して蓄積しなければ先には進めないわ。これがひとつあれば少なくとも飲食の問題は解決するのよ。値段なんてあって無いようなものだわ。国内だと二、三年にひとつドロップするかしないかよ。それにね、みんな気付いてる? ダンジョンじゃないのに機能するアイテムなのよ」
園子がマニアっぷり、いやプロの解説をしてくれた。なるほど、言われてみれば納得の有用性だ。
「兄やん、どないすんのそれ」
「これはとりあえず極秘でキープだな。手放したら二度と手に入らないだろう。運用してみて不要だと思えば処分すればいい。多少使用したところで価値は落ちないシロモノだよね。ダイブから飲食の問題が消えるのはありがたい」
「また誰にも言えないことが増えたわね」
園子が少し呆れ気味だ。
「それが上位クラス冒険者ってもんだがね」
寅吉さんが達観したように言う。
「ウチら上位ではないよなぁ?」
「うん、ぜんぜん違うね。今日デビューだしね。申請の時に全ての情報を非公開に設定しておいたからパーティー名も世には出ないよ」
「そうね。確かに名前は出ないけど、名前さえ非公開のパーティーが大金を交換したという情報までは隠せないわ。それに」
寅吉さんも園子も『中の人』だ。調べようと思えば調べられるのだろう。
「引っ越し、急がないとな」
冒険者マンションと呼ばれる有力冒険者専用住居がある。高レベル、高ランク、特殊スキル持ちの冒険者の保護が目的だ。レベルを上げていくら強くなったところで、地上ではその能力は発揮できない。強引な勧誘や下手をすれば拉致、誘拐もあり得る。プライバシー、そして何よりセキュリティの確保は難しい。それを解決してくれる住居が冒険者マンションという存在だ。
「明日、内見の予約が二軒取れました。新宿と世田谷です。あとは横浜も良さそうな部屋が空いてますね」
「仕事早っ!」
香流の突然の報告に思わず突っ込んでしまった。




