第26話 一歩でも大冒険
《ははは。え? マジで? 宝箱、中身入ってるみたいですねー》
《ははは、じゃないのよ! なんでこんな簡単にあなたは!》
園子が俺をすごい形相で睨んでいる。なんか怒ってる?
《園子、落ち着け! 今のこの三人のことを目の前を歩く冒険者たちからはどう見えていると思う? 痴情のもつれの修羅場にしか見えないぞ》
「あははは、やーねー、そんなわけないじゃなーい」
「いやー、あの時は俺もちょっと焦ったんだよね。真由美さんもそういう経験ありますか?」
「え、あ、そうね。私はどうだったかなぁ」
談笑に見えるだろうか? 意味のわからない言葉を口から吐き出しながらアイテム回収方法を検索する。【扉の開閉方法】は?
【隠し部屋壁最上部真ん中のブロックを押す】
「ここの通路の高さってどれぐらいだろう」
ホールの先、通路の入口まで歩く。冒険者が行き来している脇に立つ。背伸びをして手を伸ばしても天井には到底届かない。天井まで三メートル以上ある。無言のまま二人のところまで戻る。
「槍を借りて来ます」
園子と真由美さんを残して重い身体を引きずるように受付まで戻ると、レンタルの槍を借りた。相変わらず淡々と処理されて、あっさりと借りることが出来た。ホールでふたりと合流して、俺が先頭になって歩き出す。マップに再びモンスターと冒険者を表示。誰もいない左通路へと躊躇なく入っていく。俺たちを不思議そうに見る冒険者もいたが、しょぼい装備にレンタルの槍を持っていることからド素人と判断したのか興味を失くしたようにそのまま歩み去った。
直線を歩き切って角を曲がる。
《ここだ》
《どれがスイッチかしら》
マップを確かめながら探す。
《扉はここらへんだろ、真ん中はこのへんか。この真上》
真由美さんが後ろに下がって壁を見ている。
《その一番上のレンガ、他より少し長い気がするわ》
どれだろう? 下から見てもよくわからない。槍の石突側でレンガブロックを指していく。
《これですかね?》
《ひとつ右ね》
《これ、ですか?》
《そう、それ》
よし、場所を覚えた。
《園子、真由美さんのところまで下がってくれ》
園子は【瞬間移動】を一日あたりの使用上限である三回中二回使っている。残り一回だから進入には使えない。正攻法で開けるしかない。
《園子、危険を感じたら【瞬間移動】を頼む》
《了解》
スイッチと思われるレンガブロックを石突で押す。
《硬いな。簡単には動かないみたいだ。ちょっと強く叩いてみるか》
逆さの槍を振って石突でぶっ叩く。
ゴッ
まだ弱いか。せーのっ。
ゴッ!
お、少し奥に動いたぞ。せえええのっ!
ゴガッ! ゴゴゴゴ
互い違いに組まれたブロックの壁が扉の形に奥に移動していくと、今度は右にスライドして徐々に中が見えてきた。
中は光源が無いのか暗い。こちら側の明かりが内部を照らし始めて徐々に見えてくる。
ゴゴゴン
扉が全開になった。横幅二メートル、奥行き三、四メートルの細長い石室だ。真ん中に宝箱が置かれている。上蓋を見るが前回のような蝶番は無い。引っ張り上げれば簡単に開きそうだ。音は聞かれていないみたいで誰も近付いて来る人はいない。
《わたしが行くわ。何かあってもわたしならすぐ跳べるから》
決意に満ちた表情で園子が俺を見ていた。
《悪いな園子。これは俺の仕事だ。ここで園子に何かあった時に俺は耐えられない》
真弓さんが園子の肩を掴んで頷いた。
「わかったわ。気を付けてね」
その言葉だけで充分だ。槍を真由美さんに渡す。園子が【瞬間移動】に備えて集中に入ったことがわかった。
地図を見る。
《念のためにマップで罠の有無を検索します》
【宝箱を開けると扉が閉まる】
マジか! こんなことまでわかるのか。二人の顔を見ると驚いていた。きっと俺も似たような顔をしているのだろう。寅吉さんの言った「冒険じゃなくなる」が現実味を帯びる。でも、やっぱりこのあとの作業は命懸けだからこれも冒険だよな。
《開いた時と同じように閉まるなら時間は充分ありそうだ。突発的に何かない限り、扉が動き始めてもそのまま待機しててくれ》
後半は園子の顔を見て告げた。リュックを園子に預けながらお互いに見つめ合って頷き合う。
「行きます」
二人に中が見えるように真ん中を外して少し左寄りに立つ。宝箱に対して左から入って利き手の右手で宝箱に触れるためだ。二人にも宝箱の正面に立たないよう指示する。開けたとたん何か飛び出してくるなんてこともありそうだしね。見えていないマップの情報がまだありそうなのも怖い。
ここからは迷っても仕方ない。いつまで扉が開いているかもわからない。少し腰を屈めて内部に飛び込む!
手を挟まないように両手で上蓋を掴むと念のために身体を宝箱正面から外す。
一気に蓋を持ち上げて宝箱を開ける!
ゴ、ゴゴゴゴ
扉が動き始めるがそちらを見ている余裕はない!
宝箱の底、えんじ色のビロードのようなものの上に立つ革製に見えるバッグを引ったくって外に向かって走る! 扉は三分の一ほど閉まっていたが、問題無く擦り抜けて二人の元まで戻って来れた。園子が俺の左腕を掴んでぎこちなく微笑んだ。園子の手が震えていることがわかる。
「ただいま」
余裕があるフリで声を掛けた。
「無事でよかったわ」
ゴゴン。
完全に扉が閉まった。見るとスイッチのレンガブロックが少し凹んだままだ。もう役目を果たしたということなのだろう。マップで確認すると【隠し部屋】とは出ているが【宝箱】はどう調べても出てこなかった。終わってみれば大したことないギミックだったが、やってるこっちは命懸けだ。だが、【瞬間移動】持ちの園子がいる安心感は絶大だ。
真弓さんが俺の右手を見ている。肩ヒモも持ち手もフタも無い横幅三十センチ、高さ十五センチ、マチが三センチほどのバッグというか革袋のようなものだ。不気味なのは空いた口の中が真っ黒な深淵になっていて内部の様子が一切わからないことだ。
《真由美さん、マジックバッグって知ってますか》
《名前となんとなくの機能だけは。見たことは無いけれど、うちの旦那なら何か知ってると思うわ》
二人の顔を見る。
「はぁ~。花見に戻りましょうか」
溜息と共にそんな言葉しか出てこなかった。
リュックの中にマジックバッグを入れて背負い直す。行きかう冒険者が少なくなった瞬間を狙ってホールに戻った。そのまま無言で階段を上ってロビーの空いているテーブル席に座る。その時はじめて園子と手を繋いでいることに気付いた。
「ああ、すまん、気付いてなかった」
きょとんとした園子が半開きの口のまま俺の顔を見ている。
「あ、ああ、んっんん。ホントね、わたしも気付かなったわ」
最初の方、遠話で話し掛けてたのか?!
「あっはははは」
笑いながら喉の渇きを覚えて、さっき買った水をみんなに配ろうとリュックを開けて中を覗き込んだのだが、変な皮袋以外見当たらない。
「あー、と。飲み物、ね。無いな」
隣でクールダウンでぐったりしていた園子がガバっと起き上がる。
「え? さっき買ったやつよね?」
「あー、よくあるわよね。バッグの中のものがどこかにいっちゃってなくなったように見えるっていうね」
真由美さんがフォローしてくれた。マジか。とりあえず怖くて触れないのでそのままそっとリュックを閉じた。幸い、財布とスマホは、すぐに取り出せるようにリュックの蓋カバーの外ポケットに入れてあった。小銭を取り出すとリュックを園子に預けて飲み物のリクエストを聞いて自販機に向かった。
◇
ダンジョンを出て他の冒険者と同じように公園を歩く。話したいことは色々あるが何も言えなくて「暖かくなりましたよねー」とか「桜は今週末が満開ですかねー」など、ペットボトルのお茶を飲みながらどうでもいい話題しか出てこなかった。
「お? 兄やん、園子ちゃん、おかえりー。ん? なんかあったん? めっちゃ疲れてるやん?」
葵、なかなか鋭い指摘だな。ブーツを脱ぐのも面倒くさくて、リュックを置くとそのままレジャーシートに座り込んでゴロンと寝転んだ。そろそろ夕方になり気温も下がってきていた。
見慣れない小さな顔が俺を覗き込んでいる。目が合うとニコニコっとしたあとに笑いながら俺の身体によじ登ってきた。
「パパみたいに大きい!」
俺の身体に跨りながら、おそらく寅吉さんの方を見ながら大きな声で嬉しそうに話しかけていた。
「よいしょっと、ここに乗ってごらん」
足を正座のように曲げて腹の上に揃えるとそこに腹這いにさせる。足を伸び縮みさせて伸縮式エレベーター。きゃっきゃっきゃっきゃっとお喜びだった。
しばらく遊んでいると寅吉さんが申し訳なさそうな顔をしながら此花ちゃんを持ち上げてそのまま肩車をした。
「千里お兄ちゃんは優しくて大きいだろ」
「せんりちゃんってゆーの?」
「そうだよ。此花ちゃんまた一緒に遊んでね」
「妻に聞いたんだが、このあと食事に行かないかね」
マジックバッグの件だ。個室がいいとなるとまたあの店になってしまう。
「渋谷はぜんぜんわからなくて。気軽に個室が使える店はあそこしか知らないんですよね。どこかいい店ありますか?」
みんなの方を見ても首をひねっているだけだった。
「居酒屋ではお子さん連れはちょっとアレですよね。カラオケボックスとかでもいいですけど」
「いや、あの店ならうるさいファミレスよりよほど静かに過ごせていいと思うのだが、みんなはどうだね」
「まぁ、ごはんいうよりかは話がしたいんやもんな。あそこでエエんちゃう?」
葵もせっかく東京に出てきたばかりなのに同じ居酒屋にしか行ってないのもかわいそうだ。でも今日の稼ぎでだいぶ余裕が出来た。明日以降、園子や香流にいろいろ連れて行ってもらえるだろう。
「じゃあ三日連続『酔恋処』ということで」
今から向かえばちょうど十七時過ぎに到着だから予約もいらないだろう。まずは一旦、香流と園子の装備と大事な葵の銀行カードのピックアップだ。




