第24話 何分咲き?
「寅吉さん、ありがとうございました」
「おっちゃん、ほんまにおおきに」
「はっはっは。立場は使うためにあるからね。役に立ったのなら良かったよ」
かっこいい大人だ。俺もそういうかっこいい大人に。無職の時点で無理!
さて、これで俺たちの最初の冒険は終了だ。ちょっと気持ちがふわふわしているからクールダウンの時間が欲しい気分だ。
スマホで口座の残高を確認すると確かに三百十一万円という大金が振り込まれていた。葵にも画面を見せると、ぽかーんとしていた。みんなも自分のスマホを見て慄いていた。
早速、香流がここまでの立替分をパーティー口座から各人へ振り込み手続きをした。仕事が早い!
「さて、ではそろそろ行こう。寅吉さん、奥様へのプレゼンの日が決まったら教えてください」
「うむ。かなり大きい援護射撃があったからね! これで話がしやすくなったよ」
「園子先輩、辞めてしまうんですか」
掛井さんが寂しそうだ。園子はやっぱり人気者なんだな。
「そうね。これこそがわたしがやりたかったことですもの」
「園子せんぱ~い。三百万円羨まし過ぎます~」
そっち?!
「あー、そうだ。皆さん、掛井さんには西宮さんに代わって『Renegades』の担当になってもらおうと思っているのですがどうでしょう」
「雅代、わたしの担当してるパーティーは全部あなたに引き継ぐからよろしくね。それとわたしたち『Renegades』のこともね。いいこと! くれぐれも『Renegades』のことは他言無用よ!」
「園子先輩の担当を全部ですか?! ありがとうございます~ 『Renegades』のことは最優先にするのでご安心ください!」
寂しさ一転、ニコニコになる掛井さん。
「よし! じゃあ代々木公園に花見に行こう」
帰りに葵の銀行カードを引き取りに寄るということで、装備一式を預かってくれることになった。
身軽になった四人で店の外に出て、春の陽光に照らされる歩道をゆっくりと歩き出す。目の前の園子と葵は冒険ジャケットのまま、香流はスプリングコートにキャップ、黒ぶちメガネ、デカいマスクという相変わらずの不審者スタイル。
葵を真ん中に楽し気に歩く若い娘を後ろから付いて行く保護者。保護者! 俺は不審者じゃない!
桜の咲き始めた代々木公園はすぐ目の前だ。
「兄やん! コンビニ寄ってなんか買うてこや」
「そうだな。みんなのお陰で懐が温かくなったからな。おじさんが何でも好きなものを買ってあげようじゃないないか」
「言い方がちょっとアレやけどおおきにー」
カゴを持って三人の後に付いて行くおじさんひとり。レジャーシートも買っておこう。ビールにチューハイにハイボール。
「ソフトドリンクが入ってないのなんで?」
葵をじっと見る。
「あ! これ新作のジュースやって! オイシソウヤナー」
こいつを更生させるのは俺の使命だ。
さすがに寅吉さんがいないのに経費扱いにするわけにはいかない。まぁまぁ、これぐらいおじさんに任せなさい! コンビニで買ったものをご自慢のリュックに詰め込んで背負えばこの程度の重さもどうってことはない。
公園の中を歩けば、すれ違うのは冒険者ばかりだな。そんな中、見頃の桜を探し歩く。考えることはみんな同じらしく、昼間っから宴会をしているパーティーも多く見受けられる。
「あ! 兄やん、あそこ人おらへんで!」
葵が指差すところに一本だけポツンと七分咲の桜が見える。
「お、良さげだな。行ってみよう」
いい感じに生垣で目隠しされて、ポツンと咲く桜の木。
「いいな。この木こそが俺たちの目指す咲き方だな」
「ふふふ、いいですね。私たちはこっそり綺麗に咲きましょう」
「今日の分で何分咲きになったかしらね」
「ウチにとっては満開やけどなぁ」
「そうだなぁ。今日が一分咲き、二分咲きぐらいだったらいいな」
「おおー、兄やん、強気やん」
香流には一本だけの約束でビールを開ける許可を出す。
プシュ! 開栓の音が心地よい。
「それでは、記念すべき第一回目の冒険の成功を祝して、乾杯!」
「かんぱーい!」
まったく、なんという怒涛の日々だ。二日前に無職になって三日目にして合計三百五十万円を超える入金があった。そして、目の前にはかけがえのないと思える仲間たちがいる。楽しげに話す彼女たちの声をBGMにレジャーシートに寝転んで桜の花を見上げているとダンジョンクリアの緊張が解けていくのを感じた。
◇
「おーい、兄いやん、起きてんかー」
肩をやすられて目が覚めた。
「ん? ああ、すまん。宴会中に寝ちゃってたか」
「そんなんはええねんけどな」
「千里、支部長が急ぎで話があるって」
「グループチャットに連絡が来て、間も無くこちらにいらっしゃるそうです」
え? 仕事中じゃないのか? スマホの時間を見ると三時半を過ぎたところだった。
「支部長はお昼に時間作るのに早めに出社してたみたいなの。それで今日はもう上がれるらしいんだけど」
まさか花見がしたくて向かって来てるわけじゃないよな? 園子の誘導で寅吉さんが見知らぬ女性と女の子と共に現れた。
「いやぁ、お楽しみ中にすまんね」
「いえ、そんなことはぜんぜん構いませんよ。どうぞ、お座り下さい」
レジャーシートの上にみんなで車座になって座る。女の子は寅吉さんの胡座の上にちょこんと座った。余ってる飲み物から選んでもらったジュースを渡すと可愛らしい声と笑顔で「ありがとう」と言った。
「まずは紹介をさせてくれ。妻と娘だ」
「昨夜はお電話で失礼致しました。寅吉の妻の真由美です」
寅吉さんが膝に座る女の子に向かって「お名前を言ってごらん」と言うと、女の子はサッと立ち上がった。
「寅吉此花です! 四歳です!」
そう言ってペコリと頭を下げた。みんなで拍手~。女性陣は「このはちゃんかわいい~」と大絶賛。
「このはちゃんおいで~」
と誘う園子。
ニコニコと歩いて行くと「おねえちゃんきれい」と香流にべったりとなった。
各人の自己紹介も終わったところで寅吉さんの要件を聞く。
「それで、なにか緊急でお話があると聞いたのですが」
「ああ、いやいや! 緊急でとかそういうことじゃないんだ」
急にアタフタする寅吉さん。
「いや、今日のだね、えーと、アレを妻に連絡したんだ、そうしたらだね」
「星名さん、みなさん、昨夜はお電話にて大変失礼致しました。寅吉から冒険者復帰、パーティー加入と急に話をされて、私はいずれそういうこともあるかもと覚悟はしていたので、そういう話自体には驚きは無かったのです。ただ、本人の口から出る言葉がどうも歯切れ悪く、私も復帰するのなら元の仲間達とだろうと思っていたものですから」
そりゃそうだ。空挺団出身の攻略組だ。独立してパーティーを組むなり、そういった出身者で構成されたクランに入るのが筋というものだろう。
「実際だね、パーティーやクランからの誘いはあるんだ。それこそ定時連絡並みにね。危険の上に成り立つ商売なのは当然だし、見返りとなる収入は確かに魅力的だ。ただ、私の辞めた理由からもおわかりの通り、今までと同じようなことを繰り返す気にはなれないんだ」
攻略組の人たちの言う「命懸け」は俺には理解できない世界だ。なにも言えない。
「昨夜、お電話のあとにお話を聞かせていただき、動画も拝見しました。そして先ほどもらった連絡です。あの、私も一応、陸自出身ですし、ダンジョンもそれなりに潜っています。寅吉が夢中になる理由も頭では理解できるつもりです。それでつい、ここまで押しかけてしまいました。星名さん、大変不躾で失礼なお願いなのですが、私にもソレを一度体験させていただけないしょうか」
なんだ! そんなことか! あー、緊張した。
「もちろんです。お安い御用です。種も仕掛けも誇張も無いことをぜひお確かめください。ホールまで降りるだけでわかってもらえるのですぐに行きましょう」
「千里、待って、それならわたしも行くわ」
「ありがとう。じゃあ、みんなはここでちょっと待っててくれ」
此花ちゃんは香流に夢中だし寅吉さんがいるから大丈夫だが大人はもうひとりぐらいいた方がいいだろう。それがなにわのヤンキー娘でも。
「ここなら代々木第一ダンジョンの方が近いからそっちに行きましょう」
ダンジョンマニアの園子からの提案で俺にとってまったく未知のダンジョンに行くことになった。
花見客や冒険の行き帰りであろう人々の行きかう公園を世間話をしながらダンジョンに向かう。
「真由美さんは代々木のダンジョンには潜ったことはありますか?」
「ええ、何度かありますよ」
「そうなんですね。わたしはリアルは初めてなんで緊張してます」
「千里は渋谷第一以外は行ったことないのよね」
「うん、そうなんだよね。あとはゲームに入ってるところしか知らないな」
代々木には第一と第二ダンジョンがあって、どちらもマップが固定式となっている。渋谷といい、これだけ近くにダンジョンが集中している場所も珍しい。都内には他にも何か所かダンジョンがあり、ダンジョン産アイテムを取り扱うショップも多く、冒険者にとっては住みやすい街だ。
あまりにも軽装なので受付で「ホールまでの見学です」と言いながら冒険者カードと料金を出す。入場者数が多いからなのか、担当者は特に気に留めることも注意をすることもなく事務的に「お気をつけて行ってらっしゃっせ~」と軽いノリで通してくれた。




