第23話 怖い大人たち
二杯目の飲み物が来るまでは小休止となって女性陣は中座して化粧を直したり、鎧を着替えたりした。俺はほぼ普段着のようなものなので特にやることはない。身支度を整えた女性陣が飲み物を運ぶ掛井さんと一緒に戻って来た。
「さあ、途中になっていた『ハニー・ビー』の価格だな。これは毒針以上に価値がある。魔石のほぼ倍だ。ソルジャーが二十一万五千円が二瓶、クィーンは四十六万八千円だね。合計で八十九万八千円だ。このアイテムは攻略勢には必須といってもいいほどの需要があるんだよ。体力に任せて目標階層まで走り抜けるんだ。もちろん帰りにも必要になる。その他、睡眠時の見張りの時も必須だ。需要は常に高い!」
「なるほど、見張りが睡眠も体力低下も無いのは大きいですね。普通の滋養強壮剤ではまるで太刀打ち出来ないんですね」
「そうだ。だからハニー・ビー狙い専門でやっているパーティーもあるほどだ。人気のダンジョンのボス部屋は順番に攻略することになっているから独占は無理なのだが、抜け道はままあるからね」
「これって魔力も回復するんですか?」
「いや、残念ながら魔力は回復しない。魔力回復薬は別に存在する」
「俺たちがこれを必要とする可能性はどうでしょうか」
「なんとも言えないな。ダンジョン内で泊まり掛けになる遠征があるのかどうかとしか。ただね、この瓶のままでは使い勝手が悪いからね。割高にはなるが、必要な時に一回分ずつ摂取できる小分けになった製品を買った方がいい気もするね。そのためにもパーティー資金として毎回の収益から一定割合をプールするのが一般的かな」
最後は園子の方を向いて話を締めた。
「そうね。これだけの収入ですから一定割合をパーティー資金に回してもまったく問題ないわよね」
「他の二人はどうかな? 収益の一部をパーティー資金に割り当てることへの意見を聞きたいな」
「経理を預かる者としてはぜひそうしていただきたいですね」
「ウチは、うん、それでみんなで美味しいもん食べに行けるんやろ? それやったらいいことやと思うで」
一生懸命考えて自分の意見を言ったことに頭を撫でそうになったが、子供扱い過ぎて失礼だし、そもそも非モテのアラサーおやじの行為としてセクハラ有罪なのでやらない。
「どれぐらいをパーティー資金に回せばいいんだろう?」
「ちなみに今回からパーティー申請しているから、個人ではなくパーティーからのアイテム買い取り処理になる。私のSランクが少し貢献して、買取金額から五パーセントのタックスを国庫に納めれば税処理は終わりだ。あとは各メンバーへの分配はそれぞれのパーティーに任せることになる。宝くじに当たったようなものだな。分配金以降は無税だ」
「え?! 高位冒険者ってそんなに優遇されてるんですか?!」
「これでも税金を取っているということで他国に比べると冒険者が損してるなんて言われているんだがね」
冒険者すげぇ。というかたぶんSクラスの恩恵が半端ないんだ。攻略組は事前準備でも多額の資金投入が必要だからということも理由として大きそうだ。俺たちのパーティーって結成したばかりだからランクはもちろん選外だろう。だからこれは本当に寅吉さんのお陰だと思う。きっと引退してからは外部からのお誘いとかも凄いんだろうな。それだけ俺のスキルに希望を見出してくれたってことか。
「冒険者が有利と思うかもしれないが、冒険者は出ていく金も多いんだよ。いかに支出を抑えて利益を出すかというのはパーティー運営の永遠の課題だろう」
寅吉さんの話を園子が補足してくれる。
「そういう意味でもわかりやすいのはパーティー自体をメンバー扱いにして等分することなんですけどね。その場合はシェアハウスとかで共同生活をしているとか、弓矢やハニー・ビーを使うとかで消耗品の支出が多いからというのも理由よね」
「あら、それでしたら私たちも一緒に住めば問題解決ですわね!」
「いやいや、寅吉さんは妻帯者だしそれは無理だよ。でもこれでとりあえず葵も自分で部屋を借りて一人暮らしが出来るな」
「え! いや、それはアカンて! まだ一人は無理やって!」
「いや、なんでだよ。お前も成人してる大人だし、保証人なら俺がなるよ。無職になる前の今ならギリ間に合うぞ」
「ちょう、姉さんたち! ウチ追い出されてまうで!」
「落ち着いて葵、大丈夫よ。私たちが付いているからそんなことはさせないわ」
「千里さん、それはあまりにも身勝手ではありませんか? まだ右も左も分からない若い女の子を東京という危険で見知らぬ街に放り出すなんて」
「いや、高校卒業して上京してきたひとりの大人の女性でしょ? 香流も園子も若いけど立派にお金を稼いで東京でひとり暮らしをしているし、何言ってんの?」
「そんな正論は今は聞きたくありません!」
そっちのは暴論なのだが?! みんなの言ってることの方がおかしいよな?! 俺と葵は兄妹でもなんでもない、ネットで多少遊んだことはあるっていうぐらいの二日前に初めて会ったばかりのまったくの他人だぞ?! なにか場の雰囲気が殺伐としてきた! なんでだ?!
「ちょっと一旦落ち着いてくれ! えーと、それで結局、今回は総額いくらになるんだっけ?」
寅吉さんが答える前に香流がソラでスラスラと答えてくれた。
「一千七百四十二万四千円です。五パーセントの税抜き後に五人の等分で三百三十一万飛んで五百六十円、パーティー資金を等分とした六等分で二百七十五万八千八百円になります」
あらためて金額を聞いて誰も声を出せない! わずか小一時間の出来事だぞ?!
「総額一千七百万円?! 金額が大きすぎて実感が湧かないな。いや、それにしても一回のダンジョンダイブでのパーティー資金への分配が二百七十七万円はさすがに金額が大きすぎる気がするな」
冒険者マニアの園子を見ると俺の戸惑いを察してくれて助け舟を出してくれた。
「まずは個人装備を揃える必要もあるから、パーティーに資金を回すよりも個人への分配を中心にした方がいいかもしれないわね。いきなり二百七十万円もパーティー資金にプールする必要はないでしょう。使い途も無いわ」
「うん。ありがとう園子。参考になったよ。それで、これは将来的にはというこで考えていたことなんだが、パーティーの運営が順調だったら希望者だけで冒険者用のシェアハウスに住むというのはありかなとは思ってはいたんだ。それは葵が誰も知り合いの居ない東京で一人で暮らすのが不安かもしれないというおじさんの老婆心からだ! 決してやましい気持ちからではない! 何も言うな! 君らにキモいって言われると立ち直れないからな! アラサーおやじだって何を言われても傷つかない鋼のメンタルだとは思わないでくれ!」
「あら、そうなのですね。ちゃんと考えていてくれたのですね。だったら話は早いです。オススメは、都内でしたら世田谷、新宿、代々木が今は空きがありそうです。横浜なんかもいいですねー」
またしても香流が立石に水が如き流暢さで捲し立てる。
「なんでそんなに詳しいんだ?」
いろんな情報がスラスラ出てきて香流が止まらない。この娘こんなにしゃべるんだっけ?!
「寅吉さんは今はどちらにお住まいですか? なるほど、千葉にお住まいなんですね。ちなみに賃貸でいらっしゃいますか? お子様が四歳ということは幼稚園か保育園ですよね。この四月から小学校への進学、私立への進路も視野に入れるのであれば都内に引っ越されるのもよろしいかと思いますよ。Sランク冒険者として現場復帰されるのであればセキュリティーの観点からも冒険者用の物件をオススメ致します」
「あ、ああ、そういう意味でも都内か近郊の冒険者マンションは魅力的だね。新設パーティーではあるが将来性は高いし、実際にこの戦果だしね。転居には私の冒険者ランクが役に立つだろう。例えばウチは低層階の家族向けの部屋、君たちは上階の多人数用のシェアルームを借りるとかでも優先的に部屋を借りられるだろうし、賃料にも割引が効くから」
「それが合理的且つ妥当ですね! では、寅吉さんは一階庭付き、我々四人で富士山の見える上層階にしましょう。五人用の部屋にして一部屋をパーティー用の装備置き場などの部屋にすればいいですね。本当は寝室もまとめてもいいのですけど、なかなかそれに見合ったお部屋が無いんですよね」
「えーと、ひょっとしてそれってもうだいぶ調べてくれたりしていたのかな?」
「あらやだ。わかっちゃいます? 千里さんのお家に泊まった日からずっと調べてましたからバッチリですわ」
どうりでお詳しい。ここまでパーティーのことを考えてくれているとは! お金のことも含めてパーティー運営の実務は香流に任せて大丈夫そうだな。
「香流は今回の分配はどうすればいいと思う?」
「家賃に関しては個人負担でいいと思います。寅吉さんはご自宅として。私たちは四人でひと部屋の家賃をシェアして支払う。そんなことから、一回あたりの冒険でパーティー資金への流用の上限を百万円にして残りを等分で運営を始めるのがよろしいかと」
「なるほど、わかりやすくていいですね。俺は賛成です」
誰からも反対意見は無かった。寅吉さんがタブレットを操作している。
「よし、というわけで全体から五パーセントの税金を引いてパーティー口座に百万円を入れてから五等分で、一人当たり三百十一万飛んで五百六十円だな」
「さんびゃくじゅういちまんえん?」
みんなを代弁するかのように葵が呟いた。そりゃ驚くよな。俺も驚いてるから。普通に年収に近い金額だぞ。高校出たばかりで上京してバイトして稼ぐにしても難しい金額だ。
「四人暮らしの世帯年収が活動初日で千二百万円だってさ」
おどけて言ってみた。
「ふふふ。はー、いつ引っ越せばいいかしらね?」
まだ退職願も出していない園子が妄想の世界へ飛んで行った。
「あ、せや。そのぉ、お金なんやけどな、銀行振り込みになんねやろ? ウチ、口座あるにはあるんやけどな、そこに入れてまうと……」
あ、そういうアレか。まぁ、わかるよ。葵は家庭環境に問題を抱えている。東京に出て来たのは人生をリスタートする切っ掛けにするためだ。
「葵、実家の方に通帳があるのか?」
「う、うん、そやな」
「そいつは不便だな。急ぎ入金手続きしなきゃならんことだし。寅吉さん! ここで葵の口座を新しく作る方法はありませんか? 無理なら俺がいったん預かってすぐに現金で全額渡すよ」
税金が絡まない金なんだからそれもアリだな。
「え? 今すぐ口座を?」
寅吉さんの目をじっと見る。言葉はいらないだろ。寅吉さんが香流の視線にも気付いた。寅吉さんが不安そうな葵を見る。
「ふむ。それは確かに不便だな。ちょっと待ってくれたまえよ。マイナカードは持ってるんだな? 星名さん、君に保証人になってもらって申請時に住所も同居人として提出してもらうけどいいかね?」
「もちろんです。なんでも使って下さい」
「葵くん、ちなみに今ある口座はどこの銀行だね? なるほど、関西系か。そこ以外に開設してる口座は無いんだね? よし、少し待ってくれ」
そう言うと内線に向かって日本人なら誰もが知る横文字の全国区財閥系銀行の支店長に繋ぐように指示を出す。なんか寅吉さんが偉い人に見える。
やがて電話が繋がったようで、やあやあ習志野の寅吉です。いつぞやの成田ダンジョンは盛り上がりましたな、などと和やかに話し始めたと思ったら、
「ところで最近ウチに指名買い取りに認定した若人なんですけどね、田舎から出てきたばかりで適当な口座がまだ無くて振込先に困ってましてね。ええ、そうです。ここだけの話ですがね、今すぐ数百単位で収めたいものがあるんですよ。はい。近日中に引っ越し予定ですが住所と保証人は付けます。ああ、今ウチの人間がメール送りました。この保証人も結構アレですんで、はい。ははは、それはもちろん、ぜひまたご一緒しましょう。いやいや、支店長もまだまだお若いですなあ! ほう? 今度はゾディアックで揃えたんですか? さすが、良い趣味と目を持っていらっしゃる。ええ、ええ、では、また」
静かに受話器を置く寅吉さん。
「と、いうわけで葵くん、花見の帰りにでも寄ってくれ給え。口座のカードを渡すから」
メールし終わった園子がタブレットを寅吉さんに返していた。ウチの住所とか言ってたな。俺、教えてないけどな。
「葵、これが東京の大人やで」
「兄やん、ウチなんか怖いわ」
「安心しろ。俺も怖い」




